確かに風峯の養女として出仕した朱華が龍帝を殺害したことが明らかになれば、彼も捕縛の対象となるのは必至だ。
おそらく皇宮には龍帝の退位を望む一派が一定数おり、多少のことは揉み消せるだけの根回しが済んでいるのだろう。風峯が言葉を続けた。
「それから常行の話によれば、そなたの母親は病に臥しておるそうだな。高い薬代を捻出するのに難儀しているとか」
「……それは……」
「そなたが華綾の采女になるのを了承してくれるなら、母親は私が責任を持って面倒見よう。医者に診せて適切な薬を与え、衣食住を整えれば、体調はだいぶ改善するのではないか? こちらの申し出を了承してくれればすぐに対応し、そなたが皇宮に行ってからもずっと続けると約束する」
母の存在を引き合いに出され、朱華の胃が嫌なふうに引き絞られる。
父を亡くした朱華にとって、現在もっとも大切な存在が母親だ。経済的な理由で薬の服用を減らしているのは大きな懸念であり、いつ発作が起きてもおかしくない。
だが風峯の頼みを聞けば、彼は母をすぐに医者に診せてくれるという。それだけではなく、衣食住の面倒も見るという話に朱華の心は揺れた。
(どちらにせよ、この話を聞いてしまったわたしには逃げ場がない。断れば殺され、一人残されたお母さんは薬も買えずに路頭に迷うことになる……)
朱華は目まぐるしく考えた。
ならば一旦は了承したふりをし、何とか龍帝の暗殺を先延ばしにするしかないのではないか。
彼が自分で殺害を実行しないのは、おそらく朝議や宮廷行事でしか会えず、龍帝の傍近くに行くのが難しいからだ。
身の周りの世話をする役目である華綾の采女ならばその機会は多いと考えたのかもしれないが、こちらに任せざるを得ない状況なのだから暗殺の決行を引き延ばす余地はある。
心臓がドクドクと音を立て、手のひらにじんわりと汗がにじんだ。何度か深呼吸をした朱華は、やがて絞り出すような声で言った。
「……わかりました。風峯さまのご提案を……お受けいたします」
「まことか」
「はい。ですが先ほどおっしゃった母の面倒を見るというお話は、間違いなく履行していただけるとお約束いただけますか? わたくしがいなくなってしまえば、母は生活することもままならないのです。ですから」
すると風峯が喜色を浮かべ、満面の笑みで答える。
「もちろんだ。そなたの気持ちに応えるべく、母親には新しい住まいと医者をすぐに手配しよう。身の周りの世話をする女中も付けるから、安心するといい」
おそらく皇宮には龍帝の退位を望む一派が一定数おり、多少のことは揉み消せるだけの根回しが済んでいるのだろう。風峯が言葉を続けた。
「それから常行の話によれば、そなたの母親は病に臥しておるそうだな。高い薬代を捻出するのに難儀しているとか」
「……それは……」
「そなたが華綾の采女になるのを了承してくれるなら、母親は私が責任を持って面倒見よう。医者に診せて適切な薬を与え、衣食住を整えれば、体調はだいぶ改善するのではないか? こちらの申し出を了承してくれればすぐに対応し、そなたが皇宮に行ってからもずっと続けると約束する」
母の存在を引き合いに出され、朱華の胃が嫌なふうに引き絞られる。
父を亡くした朱華にとって、現在もっとも大切な存在が母親だ。経済的な理由で薬の服用を減らしているのは大きな懸念であり、いつ発作が起きてもおかしくない。
だが風峯の頼みを聞けば、彼は母をすぐに医者に診せてくれるという。それだけではなく、衣食住の面倒も見るという話に朱華の心は揺れた。
(どちらにせよ、この話を聞いてしまったわたしには逃げ場がない。断れば殺され、一人残されたお母さんは薬も買えずに路頭に迷うことになる……)
朱華は目まぐるしく考えた。
ならば一旦は了承したふりをし、何とか龍帝の暗殺を先延ばしにするしかないのではないか。
彼が自分で殺害を実行しないのは、おそらく朝議や宮廷行事でしか会えず、龍帝の傍近くに行くのが難しいからだ。
身の周りの世話をする役目である華綾の采女ならばその機会は多いと考えたのかもしれないが、こちらに任せざるを得ない状況なのだから暗殺の決行を引き延ばす余地はある。
心臓がドクドクと音を立て、手のひらにじんわりと汗がにじんだ。何度か深呼吸をした朱華は、やがて絞り出すような声で言った。
「……わかりました。風峯さまのご提案を……お受けいたします」
「まことか」
「はい。ですが先ほどおっしゃった母の面倒を見るというお話は、間違いなく履行していただけるとお約束いただけますか? わたくしがいなくなってしまえば、母は生活することもままならないのです。ですから」
すると風峯が喜色を浮かべ、満面の笑みで答える。
「もちろんだ。そなたの気持ちに応えるべく、母親には新しい住まいと医者をすぐに手配しよう。身の周りの世話をする女中も付けるから、安心するといい」
