天華殿の外に出ると既に雨が上がっており、あちこちに大きな水溜まりができていた。
足早に皇極殿へ向かって歩き始めながら、朱華は先ほどまでの逢瀬の甘い余韻を味わう。
(千黎さまに会えるのはうれしいけど、戻るときにはいつも罪悪感がある。……周囲の目が厳しいから)
奉職の最中に中座して龍帝の呼び出しに応じる朱華を、華綾の采女たちはいつも冷ややかな目で見ている。
高天帝はそうした嫉妬の感情が渦巻いているのを充分理解しており、すぐに妃にできないことを詫びてきたが、朱華はその申し出に気後れしていた。
(そもそもわたしは平民の出身で、しかも千黎さまを殺せという命令で出仕したのだから、妃になる資格なんてない。……それなのに)
彼の真心や真摯な愛情に触れるたび、うれしいと思う自分がいる。
初めて情を交わしたときは、高天帝の身体に黒い鱗が生えているのを見て驚いた。聞けばそれは体調を崩し始めた二年ほど前から生え始め、内殿医は龍帝のみが罹る〝龍鱗病〟という病だと説明したという。
それを見た瞬間、朱華は彼の本性が人間ではなく本当に龍であることを思い知らされ、畏れの感情を抱いた。
しかし気持ち悪いとは思わず、むしろ高天帝の体調が心配になった。
(気力が衰えて死を願った結果、身体に鱗が生えてしまうなんて、きっと千黎さまは繊細な方なんだわ。言い換えれば、それくらいあの方は過去の恋人を愛していた……)
その事実に対して、思うところがないわけではない。
しかし彼は朱華に対し、「過去は過去だ」「今の私は、新たに出会ったそなたを大切に思っている」と言ってくれ、その言葉を信じたいと強く思った。
あれから約十日、高天帝はこの上なく優しい。言葉のひとつひとつ、向けられる眼差しに朱華への想いがにじみ、自分が大切にされている実感を与えてくれた。
だが朱華の中には、じりじりとした焦りがある。先日、奉職の最中に話しかけてきた官人は、「早く龍帝の暗殺を実行しろ」と圧力をかけてきた。
そうしなければ母の桔梗を殺すと脅された朱華は、月に二日もらえる休みを前倒しして彼女に会いに行こうとしたものの、内儀の祢音に「それはできません」とにべもなく断られた。
休日をそれぞれの都合に合わせてしまえば秩序が乱れるというのがその理由で、ならばと桔梗に手紙を書いたものの、返事はない。
おそらく彼女の面倒を見ている女中が渡さずに握り潰しているか、返事を書くのを止められているのだろう。
(お母さんの身柄を押さえられている以上、わたしは下手な行動はできない。どうしたらいいの……?)
足早に皇極殿へ向かって歩き始めながら、朱華は先ほどまでの逢瀬の甘い余韻を味わう。
(千黎さまに会えるのはうれしいけど、戻るときにはいつも罪悪感がある。……周囲の目が厳しいから)
奉職の最中に中座して龍帝の呼び出しに応じる朱華を、華綾の采女たちはいつも冷ややかな目で見ている。
高天帝はそうした嫉妬の感情が渦巻いているのを充分理解しており、すぐに妃にできないことを詫びてきたが、朱華はその申し出に気後れしていた。
(そもそもわたしは平民の出身で、しかも千黎さまを殺せという命令で出仕したのだから、妃になる資格なんてない。……それなのに)
彼の真心や真摯な愛情に触れるたび、うれしいと思う自分がいる。
初めて情を交わしたときは、高天帝の身体に黒い鱗が生えているのを見て驚いた。聞けばそれは体調を崩し始めた二年ほど前から生え始め、内殿医は龍帝のみが罹る〝龍鱗病〟という病だと説明したという。
それを見た瞬間、朱華は彼の本性が人間ではなく本当に龍であることを思い知らされ、畏れの感情を抱いた。
しかし気持ち悪いとは思わず、むしろ高天帝の体調が心配になった。
(気力が衰えて死を願った結果、身体に鱗が生えてしまうなんて、きっと千黎さまは繊細な方なんだわ。言い換えれば、それくらいあの方は過去の恋人を愛していた……)
その事実に対して、思うところがないわけではない。
しかし彼は朱華に対し、「過去は過去だ」「今の私は、新たに出会ったそなたを大切に思っている」と言ってくれ、その言葉を信じたいと強く思った。
あれから約十日、高天帝はこの上なく優しい。言葉のひとつひとつ、向けられる眼差しに朱華への想いがにじみ、自分が大切にされている実感を与えてくれた。
だが朱華の中には、じりじりとした焦りがある。先日、奉職の最中に話しかけてきた官人は、「早く龍帝の暗殺を実行しろ」と圧力をかけてきた。
そうしなければ母の桔梗を殺すと脅された朱華は、月に二日もらえる休みを前倒しして彼女に会いに行こうとしたものの、内儀の祢音に「それはできません」とにべもなく断られた。
休日をそれぞれの都合に合わせてしまえば秩序が乱れるというのがその理由で、ならばと桔梗に手紙を書いたものの、返事はない。
おそらく彼女の面倒を見ている女中が渡さずに握り潰しているか、返事を書くのを止められているのだろう。
(お母さんの身柄を押さえられている以上、わたしは下手な行動はできない。どうしたらいいの……?)
