龍帝は即位して以降は真の名で呼ばれることはなく、朱華にそれを許しているのは彼女が恋人であるがゆえだ。
そのとき彼女がふと褥に目を留め、何かを拾い上げた。それは高天帝の身体から落ちた黒い龍鱗で、苦笑いして告げる。
「すまない。気持ち悪いだろう」
「そのようなことはございません。まるで黒曜石のようで、きれいです」
朱華が「でも」と言葉を続け、内衣の合わせから覗く高天帝の鱗が生えた素肌を見つめながら気がかりそうに言う。
「千黎さまのお身体が、心配です。もしかしてお加減がお悪いのに、無理をしてわたくしと会ってくださっているのではありませんか? ご政務もお忙しくてあらせられるのですから、もう少し御身をご自愛ください」
「そなたと会うのが私の癒やしなのに、つれないことを言わないでくれ。これでもだいぶ回復してきたところなんだ」
むしろ鱗が剥がれるのは、その証と言っていい。
そう告げたところ、彼女が安堵の表情を浮かべる。高天帝は改めて朱華の身体を抱きしめながら言った。
「一日も早く朱華を妃にしたいところだが、いろいろと根回しが必要になる。申し訳ないが、しばらくのあいだ私との関係を秘密にしてくれるか」
すると彼女が、何ともいえない表情でつぶやく。
「わたくしは……妃になることは望んでおりません。今のままで充分です」
朱華の発言は欲のなさの表れなのだろうが、自分と距離を置きたがっているようにも感じ、高天帝はもどかしさをおぼえる。
だが今の段階ではまだ動けないのだから、朱華に「妃にしてほしい」と言われないのはむしろ幸いだ。
そんなふうに考え、高天帝は褥の上に落ちていた花釵を手に取ると、彼女の髪に挿してやりながら告げる。
「采女の仕事で、何か困っていることはないか? もしきつい作業ばかり任されているなら、私が手を回して軽微なものにしてやることもできるが」
「いいえ。そのようなことはございませんし、千黎さまに便宜を図っていただくとむしろ角が立ちます。ですからご心配なさらないでください」
こちらを心配させないためなのか、朱華が笑顔で言う。
「わたくし、奉職の中でも特に花の手入れが好きなのです。これから桔梗や秋明菊などが咲き始めますから、千黎さまにお会いするときに持って参りますね」
「そうか。楽しみにしている」
花束を持って笑顔でやって来る彼女は、きっと可憐だろう。
そんなふうに想像しながら、高天帝は朱華の髪に口づけてささやく。
「――そなたが、心からいとおしい。何か困ったことがあったら、遠慮なく私に相談してくれ。どんなことでも力になる」
「わたくしも……千黎さまを、心からお慕いしています」
そのとき彼女がふと褥に目を留め、何かを拾い上げた。それは高天帝の身体から落ちた黒い龍鱗で、苦笑いして告げる。
「すまない。気持ち悪いだろう」
「そのようなことはございません。まるで黒曜石のようで、きれいです」
朱華が「でも」と言葉を続け、内衣の合わせから覗く高天帝の鱗が生えた素肌を見つめながら気がかりそうに言う。
「千黎さまのお身体が、心配です。もしかしてお加減がお悪いのに、無理をしてわたくしと会ってくださっているのではありませんか? ご政務もお忙しくてあらせられるのですから、もう少し御身をご自愛ください」
「そなたと会うのが私の癒やしなのに、つれないことを言わないでくれ。これでもだいぶ回復してきたところなんだ」
むしろ鱗が剥がれるのは、その証と言っていい。
そう告げたところ、彼女が安堵の表情を浮かべる。高天帝は改めて朱華の身体を抱きしめながら言った。
「一日も早く朱華を妃にしたいところだが、いろいろと根回しが必要になる。申し訳ないが、しばらくのあいだ私との関係を秘密にしてくれるか」
すると彼女が、何ともいえない表情でつぶやく。
「わたくしは……妃になることは望んでおりません。今のままで充分です」
朱華の発言は欲のなさの表れなのだろうが、自分と距離を置きたがっているようにも感じ、高天帝はもどかしさをおぼえる。
だが今の段階ではまだ動けないのだから、朱華に「妃にしてほしい」と言われないのはむしろ幸いだ。
そんなふうに考え、高天帝は褥の上に落ちていた花釵を手に取ると、彼女の髪に挿してやりながら告げる。
「采女の仕事で、何か困っていることはないか? もしきつい作業ばかり任されているなら、私が手を回して軽微なものにしてやることもできるが」
「いいえ。そのようなことはございませんし、千黎さまに便宜を図っていただくとむしろ角が立ちます。ですからご心配なさらないでください」
こちらを心配させないためなのか、朱華が笑顔で言う。
「わたくし、奉職の中でも特に花の手入れが好きなのです。これから桔梗や秋明菊などが咲き始めますから、千黎さまにお会いするときに持って参りますね」
「そうか。楽しみにしている」
花束を持って笑顔でやって来る彼女は、きっと可憐だろう。
そんなふうに想像しながら、高天帝は朱華の髪に口づけてささやく。
「――そなたが、心からいとおしい。何か困ったことがあったら、遠慮なく私に相談してくれ。どんなことでも力になる」
「わたくしも……千黎さまを、心からお慕いしています」
