彼の目線の先に視線を向けたところ、夜闇の中に黄金色の小さな光がいくつも現れ始め、蛍が飛んでいるのがわかった朱華は目を瞠る。
光はみるみる数を増し、神秘的な光景に思わず感嘆のため息を漏らした。
「……きれいですね……」
「そうだろう。そなたにこれを見せたくて、夜に呼んだんだ」
静観苑の周囲に生息するのはヒメボタルで、水辺ではなく陸地に生息しているらしい。
無数の光が舞う様子は胸に染み入るほど美しく、朱華はしばし目の前の光景に見入った。すると高天帝が、隣で口を開く。
「――そなたに話したいことがある。昨日、私が妃を娶らない理由が忘れられない女性がいるからだと話したが、彼女はもうこの世にはいない」
「えっ?」
「遠い昔に、亡くなってしまった。彼女以外の誰も傍に寄せつけるつもりはなかったし、一日も早くこの生を終えて天に帰りたいと願っていたのは事実だが、そんな私の心に入り込んできたのが朱華――そなただ」
その言葉に驚いた朱華は、ただ目の前の彼を見つめる。
高天帝が言葉を続けた。
「そなたは他の采女たちと違って、私に自身を売り込もうという野心をまったく感じない。だが気後れしたように振る舞っていたかと思えば、突然『毎日陛下とお話しする時間をください』と言ってきたり、目を輝かせて菓子を食したりと、意外に感情豊かなのが見ていて微笑ましかった。そうするうち、気づけば朱華と会うのが、私の日々のささやかな楽しみとなっていた」
彼は「だから」と言い、朱華の顔を正面から見つめる。
「私にとってそなたが特別なのは、本当だ。あの場の流れで『忘れられない女性がいる』と話したことで、朱華は私が不誠実な人間であるように感じただろう。だが、過去は過去だ。今の私は、新たに出会ったそなたを大切に思っている」
朱華は目を見開き、信じられない思いでつぶやいた。
「陛下が、わたくしを……ですか?」
「ああ」
「し、信じられません。わたくしは風峯さまの養女であるのを隠し、皇極殿に出仕いたしました。何か企んでいるのかと疑われても仕方がない人間ですのに」
すると高天帝が、事も無げに言う。
「朱華の言動を見ていれば、二心がない人間なのだと信じられる。そもそも私は、自分に向けられる殺気に気づくことに長けているんだ。だがそなたからは、私に対する害意を一切感じなかった」
光はみるみる数を増し、神秘的な光景に思わず感嘆のため息を漏らした。
「……きれいですね……」
「そうだろう。そなたにこれを見せたくて、夜に呼んだんだ」
静観苑の周囲に生息するのはヒメボタルで、水辺ではなく陸地に生息しているらしい。
無数の光が舞う様子は胸に染み入るほど美しく、朱華はしばし目の前の光景に見入った。すると高天帝が、隣で口を開く。
「――そなたに話したいことがある。昨日、私が妃を娶らない理由が忘れられない女性がいるからだと話したが、彼女はもうこの世にはいない」
「えっ?」
「遠い昔に、亡くなってしまった。彼女以外の誰も傍に寄せつけるつもりはなかったし、一日も早くこの生を終えて天に帰りたいと願っていたのは事実だが、そんな私の心に入り込んできたのが朱華――そなただ」
その言葉に驚いた朱華は、ただ目の前の彼を見つめる。
高天帝が言葉を続けた。
「そなたは他の采女たちと違って、私に自身を売り込もうという野心をまったく感じない。だが気後れしたように振る舞っていたかと思えば、突然『毎日陛下とお話しする時間をください』と言ってきたり、目を輝かせて菓子を食したりと、意外に感情豊かなのが見ていて微笑ましかった。そうするうち、気づけば朱華と会うのが、私の日々のささやかな楽しみとなっていた」
彼は「だから」と言い、朱華の顔を正面から見つめる。
「私にとってそなたが特別なのは、本当だ。あの場の流れで『忘れられない女性がいる』と話したことで、朱華は私が不誠実な人間であるように感じただろう。だが、過去は過去だ。今の私は、新たに出会ったそなたを大切に思っている」
朱華は目を見開き、信じられない思いでつぶやいた。
「陛下が、わたくしを……ですか?」
「ああ」
「し、信じられません。わたくしは風峯さまの養女であるのを隠し、皇極殿に出仕いたしました。何か企んでいるのかと疑われても仕方がない人間ですのに」
すると高天帝が、事も無げに言う。
「朱華の言動を見ていれば、二心がない人間なのだと信じられる。そもそも私は、自分に向けられる殺気に気づくことに長けているんだ。だがそなたからは、私に対する害意を一切感じなかった」
