口にした酒はキリリとした味わいで、芳香がじんわりと口の中に広がった。

朱塗りの膳の上には鴨と(きのこ)(あつもの)や鶏肉と牛蒡(ごぼう)の煎りつけ、こんがりと焼いた鮎とくらげの塩漬けの他、牛の乳で作った()など、酒に合うものが並んでいる。

それを見るとふいに盛大に腹の音が鳴って、高天(たかあまの)(みかど)が目を丸くした。一気に頬が熱くなるのを感じながら、朱華は急いで謝罪する。

「も、申し訳ございません。龍帝陛下にはしたない音をお聞かせし、何というご無礼を」
「もしかして、腹が減っているのか? 官人や采女は既に夕餉の時間なのでは」
「あの……食べそびれてしまいましたので」

モゴモゴと言い訳をすると、彼は微笑んで言う。

「だったら、これを食べるといい。私は半刻ほど前に夕餉を済ませたから、それほど腹が減っていないんだ」
「そ、そのようなことはできません。このお膳は、陛下の御為に用意されたものでございますから」
「よい。気にするな」

そう言って高天帝が箸を取り、蘇をひと切れ取って差し出してきた。

「ほら、口を開けよ」
「でも……っ」

彼はまったく引かず、断りきれずにおずおずと開けた口に蘇を入れられた朱華は、顔を真っ赤にしながら口元を袖で押さえる。

するとじんわりとした甘さを感じ、何ともいえず美味しかった。

「お、美味しゅうございます……」
「そうか。次はこれだ」

(ひしお)で照りよく煎りつけられた鶏肉は甘辛い味つけで、一緒に煮た牛蒡のよい香りが漂い、旨味がある。

高天帝は手ずから食べさせることがすっかり気に入ったのか、次々と箸で酒肴を差し出してきて、朱華は慌てて言った。

「陛下もお食べくださいませ。わたくしはもう充分でございますから」
「では、そなたが食べさせてくれるか?」

思いがけない申し出に目を丸くした朱華だったが、彼から箸を受け取ると、鮎の塩焼きを丁寧にほぐして口元に差し出す。

「ど、どうぞ」

差し出された鮎を咀嚼した高天帝は、やがて微笑んで言った。

「うん、美味いな」

朱華が酒器から酒を注ぐと、彼がその盃を傾け、満足げな息をつく。

辺りは静かで、かすかに虫の鳴き声がしていた。こうして二人きりで酒を酌み交わすのは初めてで、朱華は「明日になれば、また采女たちから嫌がらせをされるのかもしれない」と考える。

(今までのお呼び出しはお昼や夕方だったけれど、今回は夜なのだもの。きっといらぬ誤解を生むに違いないわ)

そんなことを考えていると、庭を見ていた高天帝がふいに声を上げた。

「――ああ、出てきたな」