すると朱華がひどく動揺した様子で、視線をさまよわせながらつぶやく。

「そ、……そうなのですか」

たった今、「そなたは私にとって特別だ」と言った口でこのような発言をするのだから、彼女の目にはこちらが不実に映っているのかもしれない。

だが初代龍帝・(かう)(んの)(みかど)の妃だった椿花(つばき)を忘れられないのは、高天帝にとって紛うことなき事実だ。

朱華が唇を引き結び、やがて顔を上げる。そしてどこか無理をした表情で微笑んで言った。

「わたくし、(えい)耀宮(ようきゅう)に届け物を頼まれていたのを思い出しました。大変申し訳ございませんが、そろそろ奉職に戻らせていただいてもよろしいでしょうか」
「ああ」
「では、失礼いたします」

両の袖に顔を伏せ、礼を取った彼女が去っていく。
その後ろ姿を見送った高天帝は、複雑な思いを押し殺した。

(私がこれまで采女を遠ざけてきたのは事実だし、朱華に嘘をつきたくないから正直に話した。でも――)

あんな表情を、させたかったわけではない。
だが椿花を想いながらも朱華を特別に思っているのは事実で、高天帝はふと自分の中の本音に気づく。

(そうか。……私は朱華を、いとおしく思っているのか)

これまで必要以上に異性を寄せつけず、孤独に生きてきた高天帝の日常に、彼女は自然な形で入り込んできた。

こちらに何を求めるでもなく、ただ気鬱を慰めるためだけに市井の話をしてくれる朱華は柔らかな雰囲気の持ち主で、優しい響きの声も耳に心地いい。

甘いものを口にしたときの素直な反応が可愛らしく、そんな顔をずっと見ていたくなる。先ほど花を髪に飾ってやったときの表情には戸惑いがにじみ、彼女があの行為に何らかの意味を見出したがっているのが伝わってきたものの、それはまったく不快ではなかった。

だが問われるがままに采女を召し上げない理由を話したのは、状況的によくなかった。もしかしたら朱華はこちらに拒まれたと感じているかもしれず、高天帝は彼女が去っていった方角を見つめる。

(次に会ったら、それは誤解だと伝えよう。今まではそういう気になれなかった、だが朱華だけは違うのだと)

そのとき下草を踏みしめて歩み寄ってきた烈真が「皇極(こうきょく)殿(でん)に戻られますか」と問いかけてきて、高天帝は頷いて答える。

「ああ、――戻る」

ふと足元に視線を落とすと、そこに生えている玉簾(たますだれ)はすっと真っすぐに伸びた葉と白い花弁が凛として美しかった。

しばらくそれを見つめ、顔を上げた高天帝は烈真を伴うと、庭園の中を歩いて皇極殿へと戻った。