庭園の中ほどで足を止めて振り返ると、烈真がこちらから少し距離を取って立っているのが見える。

高天帝は足元に視線を落とし、そこにスッと伸びた直線状の葉と白い花が美しい玉簾(たますだれ)が咲いているのを見つけると、身を屈めた。

そして可憐なそれを一輪摘み、朱華の耳元に飾ってやりながら言う。

「そう思われても当然だろうな。――私はそなたを、特別に思っている」
「えっ」
「先ほど萩音から『話し相手が必要なら、自分がなる』と言われたとき、私が求めているのは彼女ではないと感じた。萩音は何とかして私の妃になりたい、そのための取っかかりを作りたいという考えが常に透けて見えるが、朱華はそうではない。ただ純粋に私の話し相手となり、わずかな時間でも気を緩めてほしいと思っているのが伝わってきて、一緒にいて心が癒やされた」
「……龍帝陛下」
「風峯の娘という立場を利用せず、いつも一生懸命に奉職に励んでいるところも好ましく感じる。そういう意味では、きっとそなたは私にとって特別な存在なのだろう」

それを聞いた彼女がじわりと頬を染め、耳元に飾られた花にそっと触れながら問いかけてくる。

「あの、このお花は……」
「よく似合っている。今度はすぐに散ってしまう花ではなく、宮中御用達の職人に造らせた花釵(かさい)でも贈ろうか」

すると朱華はすぐに顔を上げ、首を横に振って言った。

「いいえ。わたくしには、このお花こそが宝物です。陛下が手ずから摘んでくださったのですから。……でも」

そう言って彼女はわずかに言いよどみ、やがて意を決したように口を開く。

「この皇極(こうきょく)殿(でん)には一〇〇人にも及ぶ華綾(かりょう)采女(うねめ)がおりますが、龍帝陛下は以前わたくしに『妃として召し上げるつもりはない』とおっしゃいました。そんな気にはなれないのだと……。あれはどのような意味だったのでしょうか」

高天帝は眉を上げ、朱華の顔を見下ろす。
確かに自分は、かつてそう発言した。その言葉どおり一貫して采女には手を付けず、妃にした者は一人もいない。

その事実が官僚たちとの軋轢を生んでいるのが現状だが、これまで理由を明かしたことはなかった。
吹き抜けるぬるい風が袍の裾を揺らすのを感じながら、高天帝は口を開いた。

「――私が妃を娶らないのは、忘れられない女性がいるからだ」
「えっ……?」
「その者以外を愛する気がないがゆえに、華綾の采女たちとは一定の距離を置いてきた。私の代では采女制度をなくそうと提案したこともあるが、慣例を破ることに対する官僚や富裕層からの反発が強く、それもままならぬ」