あまりに意外な話に、朱華は唖然として風峯を見つめる。
彼が説明した。

「知ってのとおり、私は内蔵頭(くらのかみ)として宮廷に出入りしている。龍帝陛下の身の周りのお世話をする、〝()(りょう)采女(うねめ)〟のことは知っているか」
「はい。存じ上げております」

この白桜国は建国三一二年の歴史を誇り、龍が統べる国として知られる。

帝はかつて人間の乙女を愛した龍が人の姿となって降臨しているといわれ、長く太平の世が続いていた。

華綾の采女とは皇宮において龍帝の傍近くに仕える若い娘たちで、さまざまな花を育てて献上する他、舞や歌などで地上に降りた龍の無聊(ぶりょう)を慰める役職だ。

上手く龍帝の手がつけば妃に昇格できるため、高級官僚や富豪たちがこぞって自身の娘を皇宮に送り込んでいるのが現状らしい。

風峯が言葉を続けた。

「しかしながら、私には息子はいても娘はおらぬ。陛下の元に采女を送り込もうにも手駒がなく、政敵に後れを取っているのが現状なのだ」

そのため彼は、屋敷で働いていた朱華に目をつけたらしい。

突然白羽の矢を立てられたことに驚きつつ、朱華は恐縮して言った。

「華綾の采女といえばこの国の娘たちの憧れ、貴族や富裕層の方々が出仕されているのであれば、市井出身で教養のないわたくしには到底務まるものではありません。どうかお許しください」
 
いくら風峯が〝娘〟という名目の女性を采女として送り込みたがっているとはいえ、自分には荷が重すぎる。
 
何よりも「一介の使用人にすぎない自分に、なぜそんな話が回ってくるのか」という疑問が強く、朱華が目まぐるしく考えながら平伏して床を見つめると、彼が再び口を開いた。 

「確かに采女は美貌と教養を兼ね備えた娘ばかり、百花繚乱とはあのようなことを言うのだろうな。だが龍帝陛下はその誰にもお手をお付けになっておられぬゆえ、我々にも好機はある」
「えっ?」
「華綾の采女は、平たく言えば妃嬪候補だ。運よく陛下に情けを賜れば妃に昇格でき、御子を生めば一族の繁栄は保証される。だがそなたに求めるのは、そういうことではない」