「言っただろう、怒っているわけではないと。面を上げよ」
そろそろと顔を上げて高天帝を見上げると、確かに彼の表情に怒りはない。
席に戻るように促され、朱華は悄然として立ち上がると、再び坐具に腰掛けた。高天帝が言葉を続ける。
「なるほど、父親が千早台の大路に店を構えていたからこそ、そなたは庶民の暮らしに詳しいのだな。それにしても、風峯が養女を迎えてまで采女を私の元に送り込みたがっていたとは驚きだ」
朱華の心臓が、ドクドクと速い鼓動を刻む。
彼の紅玉のごとき瞳に真っすぐ見つめられ、隠し事をすべて暴かれるような気がした。息を詰めて視線を返すと、高天帝が再び口を開く。
「初めて話をしたときも言ったが、宮廷内に私の退位を望む者が一定数いるのは肌で感じている。おそらくは風峯もそうした一派だと思っているが、現時点で確たる証拠はない。だからこそ、あの者がわざわざ養女にしてまで送り込んだそなたを疑わねばならぬ状況だが」
「…………」
「これだけは聞かせてくれないか。――朱華が私の敵なのか、そうではないのか」
静かな声音には棘がなく、朱華は膝の上の拳を強く握る。
始めて謁見したときから彼は一貫して孤独感を漂わせ、気を許す相手が多くないことを如実に感じさせた。
そんな高天帝が自分の話に興味を持ち、私室に呼んでくれていたのは、きっと特別なことに違いない。
朱華が風峯の実子ではないという事実は、彼にとって「そんな娘をわざわざ送り込んでくるくらいなのだから、何か企んでいるのではないか」という疑いを抱いて当然だが、高天帝は一方的に断罪することなくこうして直接問いかけてきている。
(わたしは……陛下とお話しできて、うれしかった。この方はいつも穏やかで、跪いているわたしに手を差し伸べてくれたり、熱心に話を聞いたりと優しくしてくれるから、こうしてお部屋に呼ばれるのがいつの間にか楽しみになってた)
元より彼を害する気は毛頭なかったが、直接言葉を交わすようになって余計にその思いは強くなった。
たとえ風峯に脅されようと、自分は高天帝を殺したくない。それは紛うなき本心で、朱華は真っすぐに彼を見つめ返すと、わずかに語気を強めて答えた。
「わたくしは龍帝陛下に害意を抱いてはおりません。どうか信じてください」
「――……」
そろそろと顔を上げて高天帝を見上げると、確かに彼の表情に怒りはない。
席に戻るように促され、朱華は悄然として立ち上がると、再び坐具に腰掛けた。高天帝が言葉を続ける。
「なるほど、父親が千早台の大路に店を構えていたからこそ、そなたは庶民の暮らしに詳しいのだな。それにしても、風峯が養女を迎えてまで采女を私の元に送り込みたがっていたとは驚きだ」
朱華の心臓が、ドクドクと速い鼓動を刻む。
彼の紅玉のごとき瞳に真っすぐ見つめられ、隠し事をすべて暴かれるような気がした。息を詰めて視線を返すと、高天帝が再び口を開く。
「初めて話をしたときも言ったが、宮廷内に私の退位を望む者が一定数いるのは肌で感じている。おそらくは風峯もそうした一派だと思っているが、現時点で確たる証拠はない。だからこそ、あの者がわざわざ養女にしてまで送り込んだそなたを疑わねばならぬ状況だが」
「…………」
「これだけは聞かせてくれないか。――朱華が私の敵なのか、そうではないのか」
静かな声音には棘がなく、朱華は膝の上の拳を強く握る。
始めて謁見したときから彼は一貫して孤独感を漂わせ、気を許す相手が多くないことを如実に感じさせた。
そんな高天帝が自分の話に興味を持ち、私室に呼んでくれていたのは、きっと特別なことに違いない。
朱華が風峯の実子ではないという事実は、彼にとって「そんな娘をわざわざ送り込んでくるくらいなのだから、何か企んでいるのではないか」という疑いを抱いて当然だが、高天帝は一方的に断罪することなくこうして直接問いかけてきている。
(わたしは……陛下とお話しできて、うれしかった。この方はいつも穏やかで、跪いているわたしに手を差し伸べてくれたり、熱心に話を聞いたりと優しくしてくれるから、こうしてお部屋に呼ばれるのがいつの間にか楽しみになってた)
元より彼を害する気は毛頭なかったが、直接言葉を交わすようになって余計にその思いは強くなった。
たとえ風峯に脅されようと、自分は高天帝を殺したくない。それは紛うなき本心で、朱華は真っすぐに彼を見つめ返すと、わずかに語気を強めて答えた。
「わたくしは龍帝陛下に害意を抱いてはおりません。どうか信じてください」
「――……」
