朱華はドキリとして、肩を揺らす。
内心の動揺を必死に押し隠しながら「あの……」と言いよどむと、彼は茶杯の中身を一口飲んで言葉を続けた。

「朱華が話してくれる庶民の暮らしは、まるで自分がそうした環境で暮らしてきたかのように生き生きしている。市場のにぎわいや行き交う人々の様子、寺院詣でや娯楽まで鮮やかに目に浮かんで、その場にいなければわからないであろう雰囲気に満ちているんだ。だが内蔵頭(くらのかみ)といえば高級官僚で、その娘ともなれば正真正銘の令嬢だ。たとえ千早台(ちはやだい)に住んでいても、そこまで細かく市井の暮らしがわかるとは思えない」

高天帝の発言はもっともで、朱華は自分が喋りすぎてしまったことを悟り、どう言い訳をしようか思い悩む。

そんな様子を見つめ、彼がチラリと笑って茶杯を置いた。

「別に怒っているわけではないから、誤解するな。そなたの話は面白く、ここ最近の私にとってひとときの癒やしになっていた。だからこそ違和感をおぼえ、こうして質問しているんだ」

それを聞いた朱華はこれ以上誤魔化しようがないと考え、膝の上の拳をぐっと握りしめて答えた。

「龍帝陛下の……おっしゃるとおりです。わたくしは風峯さまの実の娘ではございません。あの方のお屋敷で働いていたところ、『自分の養女になって、華綾(かりょう)采女(うねめ)として出仕してくれないか』というお話を持ちかけられ、皇宮に参りました」
「それは一体、何のために?」
「官僚や富裕層の方々は、こぞって自身の娘を華綾の采女として出仕させているのが現状だといいます。ですが風峯さまにはご子息はおられますがご令嬢はいらっしゃらず、他の方々に後れを取っていると思われたようなのです」

本当は風峯の目的は、それだけではない。
彼は高天帝を廃位して新たな龍帝を擁立することを目論んでおり、そのために朱華に「龍帝を暗殺しろ」と命じてきた。

だがそうとは言えず、朱華は当たり障りのない説明をする。すると高天帝が問いかけてきた。

「そなたの素性は、実際はどういうものなのだ?」
「わたくしには千早台の大路で寶匠堂(ほうしょうどう)という金銀細工店を営む父がおりましたが、突然の病で亡くなってしまい、悲しみに暮れている最中に父の弟子だった男性に店の商品や仕事道具、仕入れの金をすべて持ち逃げされてしまいました。病弱な母を抱え、高額な薬代を用意するのに困窮したわたくしは、風峯さまのお屋敷の女中として働き始めたのです」

朱華は立ち上がり、床に跪くと、彼に向かって深く頭を下げる。

「わたくしが身分を偽り、皇宮に出仕したのは確かでございます。幾重にもお詫びいたします、大変申し訳ございませんでした」