朝議を終えたばかりの高天帝は衝立の陰で着替えており、尚侍(しょうじ)の萩音がその手伝いをしていた。

内儀(ないぎ)祢音(ねね)が脱いだ袞衣(こんい)を抱えて部屋を出ていき、(ほう)を着せかけていた萩音が帯や肩の辺りを整えて告げる。

「終わりましたわ。お茶をご用意いたしましょうか」
「いや、朱華に頼むからいい。退出してくれ」
「…………。わかりました」

萩音が朱華の傍までやって来ると、こちらを見てふと微笑んだ。
思わず一礼したところ、彼女は優雅に部屋を出ていく。すると高天帝が、朱華に向かって声をかけてきた。

「茶を淹れてくれるか」
「はい。ただいまご用意いたします」

朱華は一旦部屋を出て、隣接する控えの間にいた膳奉(ぜんほう)という役職の采女に茶の用意を頼む。

すると彼女が茶道具一式と沸かした湯、茶器を揃えてくれたため、それらをすべて載せた盆を持って高天帝の元に戻った。

そして手順に則って香り高い茶を淹れた朱華は、湯気の立つ茶杯を彼の前に置いて告げる。

「こちら、風歌平(かざうたひら)地方で採れました、〝月霞(げっか)〟というお茶でございます」

すると茶を一口飲んだ高天帝が、小さく息をついて言う。

「美味いな。馥郁とした香りと、味に奥行きがあって」
「はい。膳奉の万紘(まひろ)さまが選んでくださいました」

そのとき室内に万紘が現れ、甘葛(あまづら)で甘みをつけた胡桃餅や豆菓子、干し杏などをお茶請けとして運んできた。

そんな彼女を見つめ、高天帝が口を開く。

「この茶はまことに美味だ。そなたが選んでくれたものだと聞いたが」
「はい。龍帝陛下のお口に合うものをご提供したく、白桜国のみならず他国のものも数多く取り寄せております」
「さすがは膳奉だ。今後もよく励んでくれ」

直々に誉め言葉をもらった彼女はうれしそうな顔になり、「ありがとうございます」と礼を述べて退出していく。

彼に座るように勧められた朱華は、卓を挟んだ向かい側に「失礼いたします」と言って控えめに腰かけた。

「今日はどんな話をしてくれるんだ?」
「はい。首都・千早台(ちはやだい)の者たちに人気の、〝伎楽(ぎがく)〟についてお話しいたします。海の向こうの明嶺国(めいれいこく)より来た者たちによる、異国のお芝居です」

伎楽とは明嶺国の人間が独特の衣裳と仮面を着け、笛の音に合わせて歌と踊りを披露するもので、物語仕立てになっている。

金を払えば庶民でも見ることができ、大変人気の娯楽だ。そんな朱華の説明を、高天帝は興味深そうに聞いてくれた。

そして何杯目かの茶杯を手にふと笑い、思いがけないことを言う。

「そなた、風峯の娘だと言っていたが、それは嘘であろう」
「えっ?」
「本当は平民出身ではないのか」