夜伽ではないと聞いて安堵する半面、龍帝に名を覚えられて個人的に話をするだけでも、采女たちにとっては特別なことらしい。

今まで以上に遠巻きにされるようになり、ヒソヒソと陰口を叩かれるようになって、朱華は何ともいえない気持ちになった。

呼ばれるのは昼間でごく短時間であることから、夜伽ではないというのを信じてもらえるのは幸いであるものの、これが夜になったらどうだろう。

一方、自身の娘が龍帝に呼ばれるようになったと知った風峯は、鼻高々らしい。彼は朝議のあと、朝堂院と皇極殿を繋ぐ回廊をウロウロし、通りかかった采女に朱華を呼んでもらうと喜色満面で言った。

「そなた、龍帝陛下に個人的に呼ばれるようになったらしいな。まだ新顔であるにもかかわらず、他の采女たちを差し置いてお気に入りになるとは、大したものだ。私も鼻が高い」
「恐れ入ります。ですが、わずかな時間お話し相手になっているだけですから」
「やがてお手付きとなることも、そう遠くないであろう。ときにそなた、例の件に関しては忘れておるまいな」

やや声をひそめてそういわれ、朱華はドキリとしながら目を伏せて答える。

「……心得ましてございます」
「まあ、物事にはしかるべき時期というものがある。なれどあまり悠長なことはできぬということは、心の隅に留めておくがよい」
「承知いたしました」

風峯が去っていき、朱華は回廊を歩きながらじっと考える。

夜の庭園で高天帝と話し、私室に呼ばれるようになって五日ほどが経つが、やはり風峯が言うような暗君とは思えない。

彼は高天帝が妃を持たないこと、世継ぎをもうけないことを退位させる理由として挙げていたが、それを判断するのは時期尚早ではないのか。

(そうよ。龍帝陛下の気持ちの落ち込みが改善すれば、妃を持つ気になるかもしれない。そうすれば御子も生まれて、あの方を殺害する理由はなくなる)

そんなことを考えながら、朱華は雅楽長の元で他の采女たちと共に楽器の音合わせをし、終わったあとに手入れをして戻す。

すると高天帝からの呼び出しがあり、彼の私室に向かった。部屋の前には(ぶえ)衛司(いのつかさ)が二人いて、朱華の姿を見ると無言で扉を開けてくれる。

「朱華でございます。お呼びと伺い、参上いたしました」
「入れ」