緊張しながら足を踏み入れると、贅を尽くした室内にいたのは五十代半ばの恰幅のいい男だった。

海棠(かいどう)(いろ)の絹の(ほう)を着て腰に剣を佩いた彼の傍には家令の常行(つねゆき)がいて、朱華は両腕を高く上げ、袖に顔を隠して礼を取る。

するとそんな様子を見つめ、風峯が声をかけてきた。

(おもて)を上げよ」

朱華がそろそろと顔を上げたところ、風峯の強い眼差しに合う。

呑まれたように息を詰めるこちらを見下ろし、彼が常行に向かって問いかけた。

「この娘の名は、何といったかな」
「朱華でございます。数ヵ月前まで大路にあった(ほう)匠堂(しょうどう)という金銀細工店の娘でしたが、父親を亡くして困窮し、ひと月前に女中として雇い入れました」

すると風峯が象牙の笏の先端でこちらの顎を上げさせ、ジロジロと無遠慮な視線で顔立ちを検分しながら言葉を続ける。

「先日屋敷の中で見かけたときも思ったが、品よく整った顔をしておるな。大店(おおだな)の娘だったのであれば最低限の行儀作法は身に着いているのだろうし、これなら磨けば陛下のお目に留まることもあろう」

話が見えず、戸惑う朱華を見下ろした彼が、ニッコリ笑って言う。

「突然呼びつけてしまってすまぬな。楽にするがよい」
「あの……」
「寶匠堂といえば、千早台でも評判の金銀細工店だ。あれだけ繁盛していたにもかかわらず急に店を畳んだときは驚いたが、店主がそなたの父で急逝したためだとは知らなんだ。残念なことだな」

朱華が「恐れ入ります」と答えたところ、風峯が家族構成を聞いてくる。

父が亡くなったあとは母と二人暮らしであること、店の品物や仕事道具、仕入れ金を従業員だった男に持ち去られたことを話すと、彼は同情の眼差しになってこちらを見た。

「なるほど。若い身空で、苦労している。こうして呼んだのは、とある提案があるからだ」
「提案、でございますか?」
「ああ。急な話で驚くかもしれぬが、そなた、私の養女となって皇宮に出仕せぬか?」