そうした宴のにぎわいの中、人々の謁見に応じた高天帝は、やがて席を立った。退出する際に同行を許したのは烈真一人で、その姿を采女たちが残念そうな顔をして見送る。

祭祀に加え、人の多い宴に参加してすっかり疲れていた。全身に何ともいえない重さと倦怠感があり、高天帝は廊下を歩きながら後ろを歩く烈真に向かって告げる。

「風に当たりたいから、少し(しょう)嶺園(れいえん)を散歩したい」
「かしこまりました」

松嶺園は皇宮内にある庭園のひとつで、季節の移ろいと共に表情を変える造りとなっており、古い石橋や庭灯籠がそれを引き立てていた。

中央には蓮の花が咲く池があって、開花している早朝から昼にかけてはその美しさを愉しめる。

日中は厳しい暑さでも、夜になると幾分過ごしやすくなっており、水辺は特に涼しくなるために散歩にはうってつけだった。

日がすっかり暮れた辺りは虫の鳴き声が響き、とても静かだ。(くつ)で下草を踏みしめながら池に向かって歩いていた高天帝は、ふと橋の上に人影があるのに気づく。

烈真がすぐに前に出て、半身でこちらを庇った。そして腰に佩いた太刀の束に手をかけながら、抑えた声音で誰何(すいか)する。

「何者だ。名を名乗れ」
「あ、……」

そこにいたのは、年若い采女だった。
承和(そが)(いろ)の大袖に鉛丹色の()、若葉色の羅の領巾(ひれ)という恰好で、交心髻(こうしんけい)に結った髪に花釵(かさい)を挿している。

その顔に見覚えがあった高天帝は、思わず眉を上げた。

「このあいだ、風で領巾を飛ばしていた采女だな。確か朱華と言ったか」

すると彼女はサッと跪き、挨拶をする。

「龍帝陛下におかれましては、ますますご清祥のことと存じます。ご散策のお邪魔をしてしまい、大変申し訳ございません」
「ああ、堅苦しい挨拶はいい。そなた、広間の宴に参加していなかったのか?」

采女は舞を披露しない者も、皇宮で開催する宴への参加が許されている。
普段皇極殿からほとんど外に出ることのない彼女たちにとって、着飾って衆目を集める酒宴は恰好の気晴らしの場だ。

しかし朱華は顔を伏せたまま、少し言いにくそうに答える。

「わたくしは、まだ仕事が残っておりましたので……参加を遠慮させていただいたのです。先ほど終わり、ここで涼んでおりました」