頑なに肌を見せようとしないこちらに、きっと思うところがあるのだろう。

しかしそれをぐっと抑えて頭を下げた彼女は、丁寧な手つきで袞衣(こんい)を高天帝に着せると退室していく。

一人になった高天帝は坐具(ざぐ)に座り、小さく息をついた。
本当は華綾の采女という制度自体を廃止し、身の周りの世話をするのは小姓などに一任したいが、そうなれば官僚たちとの軋轢が増すのは必至だ。

国を運営していく上で、閣僚や官僚の協力は欠かせない。税収や支出といった国庫の管理、治水や道路計画、災害対策や軍の統制など、龍帝一人ではできないことを彼らや地方行政官が代わりにやってくれている。

だが権を与えればおのずと発言力も増し、いかに高天帝が皇帝でも彼らの意見を無視するのは難しかった。

彼らの機嫌を損ねて行政が滞ることになれば、無辜(むこ)の民がその煽りを食らう。それを防ぐためにはある程度官僚たちの意向を聞き入れ、融和を図るしかないのだ。

そのひとつが華綾の采女を受け入れることだが、実際のところ妃候補である彼女たちはことあるごとに己の美しさや有能さを高天帝に見せつけ、自分こそ妃にふさわしいと主張してくる。

私室内の香りを整える香調(こうちょう)(のつかさ)、龍帝の個人的な書物や手紙などを管理する筆紡(ひつぼう)、皇極殿の明かりをつけて回る灯守(とうもり)といった役職の采女たちまで、隙あらばこちらに身を寄せて「どうかお情けをくださいませ」「陛下を心よりお慕いしております」と色仕掛けをしてくる日々は、高天帝を疲弊させていた。

ここ数年の不調は、そうした要素も多分に影響しているに違いない。そう結論づけた高天帝は立ち上がり、閣僚会議に参加するために天華殿に向かう。

それから一週間ほどは、何事もなく過ぎた。その日は夏の厳しい暑さの緩和や病や虫害を退けることを祈る祭祀があり、高天帝は多くの参列者が見守る中、皇宮広場で膳部司(かしわでのつかさ)が用意した神饌(しんせん)を儀式の手順に則って天に捧げる。

その後、神殿の祝部(ほうりべ)たちが大地を象徴する土器(かわらけ)に清水を注いで土地の清浄を祈り、太鼓や笛の音に合わせて石面を着けた舞を奉納した。

参列した人々が儀式そのものよりも気にかけているのは、着飾った華綾の采女たちだ。こうした行事に龍帝の供として参加する美しい采女は注目の的であり、その後行われた宴でも遠巻きに見てあれこれ優越をつけている。

彼女たちが仕えるのはあくまでも龍帝のため、宴の際に参加者に対して酌は一切しない。

そんな特別感が、余計に人々の興味をそそるのだろう。中には近くを通りかかったときにさりげなく声をかける者もいて、口元を袖で隠しながら応じる采女のほうも満更ではない様子だ。