彼女――萩音(はぎね)は、華綾の采女の筆頭である尚侍(しょうじ)だ。

龍帝の身支度を手伝う役目で、采女の中でもっとも傍近くで仕えている。大輪の牡丹の花を思わせるあでやかな美貌を持つ彼女は、一〇〇人にも及ぶ華綾の采女を束ねるだけの才覚があった。

その補佐をする内儀(ないぎ)祢音(ねね)といい、すっと切れ上がった目元と静謐な雰囲気の持ち主で、常に萩音に付き従っている。 

高天帝は一日に何度も着替えを行うが、それを用意するのが衣司(ころものつかさ)である楓禾(ふうか)という采女だ。

さまざまな場面に応じた衣裳を用意する役職で、宮廷行事や季節に応じたものを仕立てる際の指示もしており、衣服に関する専門家だった。

「このあとは天華殿にて閣僚会議となりますので、黒の袞衣(こんい)をご用意しております」
「ああ」

衣司の用意した衣裳を見て頷いた高天帝は、衝立の裏でそれまで着ていた袍を脱ぐ。
脱いだものを手に内儀が去っていき、一人残った萩音が袞衣を広げて手にしながら言った。

「外はお暑うございましたでしょう。お身体をお拭きいたしましょうか」
「いや。大事ない」
「ですが」

肌に直接触れている白妙(しろたえ)内衣(ないい)を脱ぎたくない高天帝は、彼女の申し出をはっきり拒絶する。

すると萩音が、どこかやるせない表情になって言葉を続けた。

「龍帝陛下は湯浴みの際、剣獅の烈真さまに介助をお願いしていらっしゃいますが、陛下の身の周りのお世話をするのは本来采女のはずです。こうしてお身体を拭くことすら拒否なさるのは、わたくしを信用していらっしゃらないからでしょうか」
「そんなことはない。ただ、そうした作業はすべて烈真に一任したいだけだ」

それを聞いた彼女が、ぐっと言葉に詰まる。

萩音の切々とした声音、憂いを帯びた眼差しは蠱惑的で、並みの男ならたちどころに絆されてしまうほどの魅力があった。

そもそも入浴の介助をする際は采女も薄い内衣一枚になるため、親密になりやすい。彼女がそうした機会を狙っているのがわかっていたが、高天帝は萩音の顔を見ずに言葉を告げた。

「私は元服して以来、湯浴みの手伝いを采女にさせたことは一度もない。今後もその方針を変えるつもりはないゆえ、そなたも承知しておいてほしい」
「…………。わかりました」