かくして初夏となった白桜国は、爽やかな空気に満ちていた。

空は青く澄み渡り、旺盛に茂った木々の隙間から眩しい日が零れ落ちる。気温が上がっても湿度は低く、人々はだいぶ薄着になっていた。

その日、朱華は皇宮への出仕の日を迎え、風峯の屋敷の一室で身支度をしていた。髪は結い上げて宝髻(ほうけい)を飾り、さらに金銀珠玉で造られた金花と簪釵(さんさ)を挿す。

肌に胡粉(ごふん)英粉(えいふん)を混ぜたものをはたき、唇に紅を差して、額に赤い色で花子(かし)を描いた。

衣は白の内衣に若葉色の大袖を(かさ)ね、()印花(いんか)染めの蘇芳色のもので、黄蘗(きはだ)色の地に金糸で刺繍をした紕帯(そえおび)を締め、梔子(くちなし)色の薄絹の領巾(ひれ)を腕に掛けた華やかな装いにする。

それに(くつ)を履けば完成で、床に跪く朱華を眺めた風峯が満足げに言った。

「ほう、美しいな。これならば他の采女たちにも引けを取るまい」
「恐れ入ります」
「だが、忘れてもらっては困る。そなたの本分は采女として働くことではなく、龍帝陛下の御命を奪うことだ。私は官僚であるがゆえに皇宮の朝堂院までしか入ることはできないが、官人には何人か間諜を潜り込ませておる。そなたの動向は、ある程度こちらに伝わると承知しておくように」
「心得ましてございます」

風峯の屋敷と皇宮・常世宮(とこよのみや)は目と鼻の先だが、わざわざ豪奢な馬車に乗り込んで移動した。

龍帝の住まいである皇宮の敷地は広大で、閤門(こうもん)から入ると城郭で囲まれた中に官僚が朝議を行う朝堂院を始め、式典や外交に使う壮麗な宮殿がいくつも立ち並び、官僚や官人、女官が多く行き交っている。

そんな中、龍帝が政務を執り行う皇極(こうきょく)殿(でん)に参内した風峯と朱華は、磨き上げた廊下を歩いて謁見の間に向かった。

すると扉の前に宮殿内の警備を担う(ぶえ)衛司(いのつかさ)が二人いて、朱華はにわかに胸の鼓動が高鳴るのを感じる。

(この先に、龍帝陛下がおられるのだわ。わたしが殺さなくてはならない相手が……)

中は朱塗りの円柱が立ち並び、金で縁取られた優美な木組み飾りが天井を覆う豪奢な空間だった。

最奥まで来ると、数段の(きざはし)を上がったところに(とばり)が半ばまで下りた玉座があり、そこに一人の男性が座っているのがわかる。

朱華と風峯が跪いて礼を取ったところ、両脇にいた若い采女二人が帳を上げる気配がした。やがて低い美声が、謁見の間に響く。

「――(おもて)を上げよ」