母の発言は、正論だ。

美貌と家柄に優れた良家の令嬢たちの中に入った自分は、きっとすぐに埋もれてしまうだろう。
しかしそれこそが狙い目なのだと朱華は考える。

(風峯さまはわたしを皇宮に送り込むことはできても、実際に龍帝陛下のお目に留まるかどうかは運に任せるしかない。だったらわたしは、できるだけ目立たぬように振る舞って時間を稼げばいい)

自分が采女として出仕しているあいだは、桔梗の面倒を見てもらえる。

ならば何とかその期間を引き延ばしつつ、風峯から逃れる方法を考えるべきだ。一番いいのは、采女の給金を貯めてそれを元手に親子で遠くに逃げることだが、彼に意見できる人間を皇宮で見つけて注進してもらうのもいいかもしれない。

そんなふうに結論づけた朱華は、改めて母に向き直って言った。

「お母さん、これはわたしにとって好機よ。お父さんが亡くなって、お店の商品や仕入れ金もすべて持ち去られてしまって、屋敷と財産を失ったわたしたちはどん底の生活に落ちてしまったわ。わたしが普通に働いて稼げるお金は微々たるものだけれど、風峯さまの養女になればきちんとした暮らしが保証されるし、華綾の采女は官位をいただけて多額のお給金をもらえる。出仕する前に采女にふさわしい教養や振る舞いを勉強できるそうだし、それだけでも今後の人生にとって損ではないわ。現状を打破するためには、悪い話ではないと思う」
「……朱華」
「それにわたしが龍帝陛下のお目に留まる可能性は限りなく低いけど、皆無ではないでしょう? そうなれば、妃となった娘を持つお母さんは大いなる誉れよ」

朱華が明るい表情でそう付け足したところ、しばらく考え込んでいた彼女は何ともいえない顔になってこちらを見た。

「……そうね。あの人が突然亡くなったあと、泣き崩れるばかりの私を朱華は一生懸命支えてくれた。お店のほうを放置しているうち、まんまとすべてを持ち去られてしまったのは私の責任よ。母親としてしっかりしなければならないのに、身体が弱いばかりにあなた一人を働かせることになってしまって、申し訳なく思ってる」
「…………」
「確かに風峯さまの養女となることで私の生活の面倒を見ていただけるのなら、朱華の負担が大幅に軽減されるのは間違いないわ。でもあなた、無理をしてない? 私は自分の生活のために娘を犠牲にするつもりはないし、本当は采女になるのに気が引けているのなら、風峯さまのお屋敷の仕事を辞めてもいいのよ」