SIDE:A / SIDE:B

 若い女性の叫び声―――――その内容は分からないが、何か事件の可能性もある。もし重大事件が発生していて、無視していたばかりに誰かが死ぬようなことがあれば、さすがに寝覚めが悪い。それどころか、見殺しにした人でなしとしてネットで叩かれるかも知れない。
 関わるつもりは全くないが、それでも何が起きているのか確認するため静かにベランダに出た。

 一大決心をしてベランダに出たものの、すでに叫び声は聞こえない。それでも、と思い、静かに隔て板に近寄り、頭だけを外に出してコッソリと隣のベランダを除き込んだ。
「「―――――あ」」
 その瞬間、隣のベランダにいた女性と目が合った。
 ジャージ姿の女性はベランダの壁ギリギリに置いた椅子の上に立ち、今まさに飛び降りようとしているところだった。
 数秒の沈黙。
 その間に冷静になったのか、飛び降りる瞬間を見られたくなかったのか、女性はゆっくりと椅子から下りた。

 最初は色々なことが起きて気が動転していたため分からなかったが、よく見ると相手はオレと同年代に見える。しかし、それにしても隣に同年代の女の子がいるなど知らなかった。もしかして、私立の学校に通っているのだろうか。
「覗かないでくれる?」
 色々と考えを巡らせていると、いつの間にかすごい表情で睨まれていた。
「え、ああ・・・」
 断りもなく、他人の家を覗き込んでいる状態だ。確かに彼女の言い分は正しい。でも、もしこのまま引き下がってしまうと、ベランダから飛び降りてしまうかも知れない。顔も見てしまったし、最後に会った人物が自分とか呪われそうで恐い。
「あの、さ、飛び降りようとしてるよね?」
 自分でも何という質問の仕方だろうと思いながらも話し掛ける。当然ながら、彼女は僕を睨み付けたまま表情を崩さない。それはそうだ。自分が彼女の立場だったとしても、自宅のベランダを覗き込んできたような人と話すことなど何もない。

 あの瞬間、どう見ても飛ぼうとしていた。その直前だった。たぶん、数秒遅かったらアスファルトの上だっただろう。でも、飛べなかった。飛ばせなかった。今日は、今日だけは、オレが世界で一番不幸だ。悲しみの底にいるのはオレで、他の誰かではない。そんなオレを差し置いて、飛ばせたりしない。だからといって、見知らぬ誰かに関わるほど余裕がある訳でもない。他人がどうなろうが知ったことではない。

 次の言葉を探しながら再び彼女を見ると、微塵も態度を変えずオレを睨み付けていた。その瞳に一切の光彩は無く、漆黒の闇に埋め尽くされている。きっと、その色を絶望と呼ぶのだろう。間違いなく、今のオレもその色で染まっている。


『 とはいえ、何の関係もない他人のことだ。どうなろうと知ったことではない。これまでも関わらなかったのだし、もう二度と会うこともないだろう。 』 ・・・ 37 へ

『 知ってしまった以上は放置する訳にもいかないし、理由を聞くことだけでもできればいいけど。 』 ・・・ 16 へ