ジーナから公務の説明を受けた僕は、さっそく大型馬車三台分の積荷の鑑定を一気に済ませた。
「鑑定結果ですが、これといって危険なものや怪しいものはありませんでした」
「レント様。こ、これだけの荷物をたった一回の鑑定で終わらせたというのですか?」
「うん。ジーナ、僕の鑑定は範囲を広げて、複数同時に行うことが可能だからね。このくらいの範囲と量であれば、同時に鑑定してもその結果に誤差は出ないよ」
「すごいですね!」
そこかしこから聞こえてくる、すごい! そんな事ができるのか! とか、王国認定鑑定士って、やっぱり凄かったんだ! など驚きの声に少しばかり気分が高揚する。
ふふん。どうだい? 少しは見直してくれたかな?
しかし、その一部は、あんなの嘘だろ? いっぺんにあれだけの量を正確に鑑定するなんて、いくら高レベルの鑑定士だからって、なあ? だとか、本当、眉唾もんだ。だとか、積荷の確認なんて積む前から終わってたんだ。おかしな鑑定結果なんて出なくて当たり前だろ。など、依然として否定的であることに変わりはなかった。
「それでは、皆様。そろそろ出発いたします。護衛の騎士、兵士は持ち場につけ! 出発!」
馬車が走り始めてから既に3時間ほどは経っただろうか? 今のところ、これといって不穏なことは何も起きていない。むしろ、あまりにも何もなさすぎて、眠たくなるくらいだ。
「ジーナ」
「はい。レント様。どうかなさいましたか?」
「こんなに安全というか、平和な状態なのに、なんで王国騎士やこれだけの兵士が護衛についてるの? これなら、わざわざ公務にしなくても、商人に任せればいいのに」
「レント様。この状況は今だから、にございます」
「というと? 以前は違ったってこと?」
「はい。その通りにございます」
ジーナの話によれば、数年前までは、国境城壁への物資輸送は商人ギルドが通常の商人たちを募り行っていたそうなのだが、ベルネ山の一角を根城とする盗賊団が現れて以来、この辺りの地域はそいつらにかなり荒らされてしまったのだという。
当時ベルネ・ベルタに常駐する兵士や王国から派遣された兵士などで対応に当たっていたが、他国との戦争が激化していた隣国から逃れてきた元兵士や元騎士、元傭兵らが盗賊団に次々と合流してしまっていたため、盗賊団との争いは、悪化の一途を辿っていたという。
しかし、三年前、いっこうに打破できない状況をみかねた国王が、複数の王国騎士団を派遣し、見事盗賊団を鎮圧。壊滅に追いやったという。
それ以来、国境城壁への物資運搬は公務として扱われるようになり、状況は飛躍的に改善。盗賊団の残党も年々その姿を見なくなっているという。
「なるほどね。そんなことがあったんだ」
「はい。ですが、このような良い状態が続けば、いつかはまた公務ではなくなるでしょう」
「そうだね」
「あ、レント様。見えて参りました」
「え? もう国境城壁まで来たの?」
「いえ。そうではなく。本日の野営地が見えて参りました。国境城壁までは、あと五日ほどかかりますので、決められた野営地で休息を取りながら進みます」
「あ、そうだったね。さっき説明してくれた中にあったね」
◇
それから僕たちは、各所で野営しながら進み、あと半日ほどで国境城壁というところまでやってきた。
「レント様! 見えましたよ! 今度こそ国境城壁にございます!」
「本当だ! それにしてもでっかい! まだあと半日くらいは距離あるはずだよね?」
「はい」
「なのに、もうあんなに大きく見えるなんて、凄すぎる!」
「レント、どうしたの?」
「あ、エフィ。国境城壁が見えてきたんだ」
「うわぁ。本当だ。すっごいね。でっかい!」
「だろ? あれ? ディアラは?」
「積荷の上で寝てる」
なんだ寝てるのか。もったいないな。せっかくの絶景だっていうのに。ディアラのやつ、きっと後で寝てたこと、後悔するだろうな。いや、でも怒られるのは嫌だから、一応起こしに行ってみるか。
「レント、どこ行くの?」
「一応ディアラを起こしにいってくる」
「ほーい」
◇
「おーい。ディアラ。国境城壁が見えるぞー。物凄い絶景だぞー」
「……んん……んふふ……レント……」
何の夢を見てるんだか。あんな幸せそうな寝顔見ちゃったら、無理矢理起こすなんて出来ないよな。おやすみ、ディアラ。
◇
「あれ? ディアラは? 起こさなかったの?」
「うん。声はかけたけど、爆睡中で起きなかった」
「そっか」
「いやー、それにしても近づけば近づくほど、どんどん壁が大きくなっていくな。やっぱり、城壁はロマンの塊だね」
「……ロマンねぇ。そういうものなの?」
「そういうものなんだよ。エフィ」
「ふーん」
それから、国境城壁に到着するまで、僕は城壁を眺め続け、エフィはジーナと会話をしていた。
ディアラはというと、結局到着するまで起きてくることはなかった。
「はぁー。レントよ。これは圧巻じゃな」
「そうだろ。そうだろ。でもディアラ。これが見えはじめてから、近づくにつれて、徐々に大きくなっていく様は、絶景だったぞ」
「なに!? レントよ。それは誠か!? なぜ妾を起こしてくれなかったのじゃ! はぁぁ、その顔は、まさか、お主、その絶景を独り占めしたくて、わざと妾を起こさなかったのか?」
「んっふふ」
「な、なんといけずな!」
「そんなことないよ。一応起こしには行ったんだよ。だけど、ディアラがあまりにも幸せそうな顔で寝ていたから、起こすに起こせなかったんだよ」
「それはのぉ、ふふ……レントと二人で……んふふ、幸せな夢じゃった」
ディアラのやつ、本当に何の夢を見てたんだか。
「レント様。公務はこれにて任務完了となりますが、レント様たちは、この後、いかがなさるおつもりですか?」
「ジーナ。僕たちは、このまま国境を越えるつもりでいるんだ。隣国にも面白そうなものがたくさんありそうだからね」
「そうでございまよね。レント様は今や、国が認める鑑定士でいらっしゃいますものね。隣国に赴くのも当然というもの」
「うん。だからジーナ、キミとはここで」
「レント様!」
「ど、どうしたの急に」
「……その、あの、わ、私も……」
ん? ジーナのやつ。急にうつむいたりして、どうしたんだ?
「私も、レント様の旅に連れて行って下さい!」
「へ?」
「な、なんじゃと!?」
「ふふ」
びっくりした。まさかそんな答えが返ってくるだなんて、思いもよらなかったよ。
というか、これは、エフィが一枚噛んでるな。
ディアラは僕と同じで、完全に驚いていたけど、エフィが一瞬、何やら含みのある笑みを浮かべていたこと、僕は見逃さなかったんだからな。
「レント。ディアラ。私はジーナが一緒に来ることに賛成だな」
「エフィ! お主、妾を裏切ったか!?」
「そんなことないよ。そもそも裏切るとかなんのことやら?」
「ぐぬぬ」
「ディアラ。これはね、私たちのパーティー構成を考えた上で、純粋にジーナの戦力が必要だなって思ったから私は賛成したの」
なんだ。なんだ。珍しくエフィが小難しいこと言おうとしてるぞ。これはいったいどういう風の吹き回しだ?
「それは、どういうことじゃ?」
「レント。ディアラ。私たちがこれから向かう先は?」
「いや、エフィ。ジーナの前でそれは」
「レント様。申し訳ございません。私は既に知っております」
な! エフィのやつ。ジーナに魔王の呪いのこと喋っちゃったの? そうか、僕が城壁に見惚れていたあの時か! チラッと見えた二人、やたらと楽しそうだったもんな!
というか、ジーナもジーナだよな。知ってたのに知らないフリしてたってことだもんな。
まぁ、でもエフィにも何か考えがあってのことみたいだし? とりあえず話だけでも聞いておくか。
「そういうことなら。どうぞ、話を続けてください」
エフィは、小さく頷くと、話を再開。
「私たちが向かう先は?」
「魔王の呪い」
「だよね。レント、ジーナは王国騎士なんだよね?」
「え? うん」
「ジーナは、第何師団の騎士だっけ?」
「……ハッ! そういうことか!」
「さすが、レント。察しが早い!」
「レント。エフィ。話がさっぱりわからぬのじゃ」
「ごめんよ。ディアラ。今説明するね」
なるほどね。そういうことだったか。僕としたこと事が、すっかり忘れていたよ。そうとなれば話は別だ。なんとしてもディアラを説得して、ジーナを連れて行かなくては。
「ジーナの所属は、第七師団。第七師団の別名は聖騎士団。つまりは、光属性の魔法が使える魔法剣士の集団というわけだ」
「正解!」
「魔王の呪いは、不浄の瘴気だといわれている。つまり、それは闇に属するものだと考えるのが正道。だとしたら、現状光属性の魔法を使える者がいない僕たちにとって、ジーナは願ったり叶ったりの人材だ」
「そういうこと。だから、ジーナも一緒に来てもらう必要があるの。どう? ディアラ。わかった?」
「うむ。そういうことであれば仕方がないのじゃ。じゃがジーナよ。レントは妾のもの。譲りはせぬぞ?」
「ディアラさん。私も……そう簡単に譲る気はありませんよ?」
え? なに? どういうこと? なんで、ディアラとジーナがバチバチになってるの? ちょっともう、ディアラだけでも大変なのに、ジーナまで何なのさ。面倒ごと増やすのやめてー!
ハッ! エフィの、あのしたり顔! ジーナをパーティーに加えた理由、単純にジーナが光属性魔法が使えるからって理由だけじゃないな! ぐぬぅ。
「はぁ。それじゃ、ジーナも仲間になった事だし、あらためて今後の作戦会議でもしようか。まずは魔王の呪いに向かうにあたり……」
◇
「……ということなんだけど、ここから先について何か知っていることがあれば教えてほしい」
「……えっと、なぜ、全員私をみるのでしょうか?」
僕たち三人の視線を同時に浴びせられたジーナがたじろぐ。でも、それは仕方がないこと。この場で、国境城壁より先の情報を持っていそうなのは、ジーナだけだからね。
「私が知っていることは、まずあの魔王の呪いの発生源は、ウォルステニアであり、今現在そこは不浄の不死者なる者によって支配された不浄都市となっていること。そして、その周りには聖王様によって築かれた光属性の結果が張られ、かろうじて瘴気の漏れを最低限に抑えられていること。です」
「ウォルステニアっていったら、かつては水の聖都って呼ばれてた美しい国だよね? それが今じゃ不浄都市と化しているなんて」
「ですから、直接ウォルステニアに向かうのは危険です。魔王の呪いを調査するのであれば、まずはその欠片を調査するのがいいかと」
ジーナのいう通りだ。ウォルステニアには不浄の不死者なる得体の知れない魔物か何か、もしかしたら魔族の残党かも知れないものがいるというのだから、下手に近づかない方がいいに決まってる。
「欠片? 魔王の呪いに欠片なんてあるの?」
「はい。魔王の呪いは、聖王様が結界を張られた際に、本体から切り離され、飛び散った欠片があると聞いたことがあります。そのほとんどは光魔法によってすぐに消滅させたそうですが、一部は、研究用に保存されていると聞きます」
「保存って。そんなことできるんだ。それで、その魔王の呪いの欠片というのは、どこにあるのかわかるかな?」
「はい。ここから北東に向かった先にあるウルナバ半島にその研究施設があるそうで、そこに」
「それじゃ、行き先は決まったね。レント」
「うん。エフィ。向かうは、ウルナバ半島だ!」
◇
「……ということなんだけど、信じてもらえたかな?」
「ええっと、まだ頭の中の整理がついておりませんが、ディアラさんは、端的にいうと、ドラゴンであると?」
「その通りじゃ。妾は獄炎龍じゃ」
僕はディアラが獄炎龍、僕たちが呼ぶところのレッドドラゴンであることを説明すると、ジーナは、ディアラの顔を見て苦笑いを浮かべた。
「それで、ウルナバ半島までは、ディアラの背に乗せてもらって、飛んで行こうと思うんだけど、大丈夫だと思う?」
「と、飛ぶ? ディアラさんに乗って? んー、大丈夫かと聞かれましても、私にはなんとも。たしかに飛んでいるところを誰かに目撃でもされたら、大変な騒ぎなることは避けられないでしょうから……あ、でも、ディアラさんが飛ばなくてもよい方法はあるかもしれません」
「歩きじゃないよね?」
エフィ、そこの反応早すぎだよ。よっぽど歩きたくないんだな。まったく、食っちゃ寝のぐーたらエルフもいいとこだ。いや、待てよ。もしかしたら、エルフって物凄く長命だから、エフィのやつ、実はすごいおばあちゃんだったりして! だとしたら、仕方ないね。
だからといって年齢を聞くほど僕は命知らずな男じゃないよ。
「いえ。歩くわけではありません。ディアラさんと同じように空を飛びます」
「空を飛ぶ? って、まさか!」
「レント様は、本当に察しが良い方ですね。それでは答えをどうぞ」
「魔導船!」
「はい。正解にございます!」
「うわー。魔導船かぁ。僕、一生に一度は乗ってみたいんだよなぁ。でもアレって、それこそ一般人は乗れないんじゃなかったっけ?」
「はい。ですが、私は第七師団に所属しておりますから、聖王教会との繋がりがありますし、研究所までは頻繁に魔導船が行き来しております。ですから、交渉次第では魔導船に乗ることができるかもしれません」
「ジーナ、最高!」
「む! この浮気者め!」
やばい! ディアラに睨まれた。僕、またやらかしたかな?
「ディアラ、そういうことじゃないって」
「ふん。どうだかの」
「ふっ。ディアラさん」
「くぅー! その勝ち誇った顔はやめい!」
「ほら、ほら。二人とも。ところで、ジーナ。私たちと一緒に来るのは決まったけど、このまま騎士団に所属したままでも大丈夫なの?」
「ハッ! そうでした。それはダメだと思います。騎士団に所属している以上、勝手な行動は許されませんから」
「だったら、どうするの?」
「退団届けを提出いたします! ですから、私は一度王都に戻らなくてはなりませんので、皆様とはしばらくの間、離れ離れに」
「いや、待って。ジーナがもし、騎士団を退団してしまったら、そもそも魔導船の交渉、できなくない?」
「あ……」
だよね。騎士団を辞めたら交渉出来ないよね。でも、そうなったらなったで、ディアラを含めて何かしら考えればいいさ。移動手段なんていろいろあるからさ。
「ハハ。なんかそういうところは、昔のジーナっぽいね」
「レント様!」
「むむむ」
なんかジーナの目がキラキラしてる。でも、ディアラの目は怖い! これ、またしても、やってしまったんじゃないか?
「あー、えっと、だったらさ、僕たちも一緒に王都に戻ればいいよ」
「ごまかした」
エフィ! 余計なこと言わないでよ。
「来ていただけるのですか!?」
「レ・ン・トー!」
「ディアラ! 王都にはね、僕の住んでいた家があるんだ」
「え? それは、レントのご両親がおられるということじゃな?」
「う、うん」
「……ご両親に、ご挨拶。んふふ。よし! 早う行こうではないか!」
なんとか誤魔化せたけど、結果良い方に進んだとは言えないよな。
「ディアラさん。私は、レント様のご両親に会ったことも、お屋敷に遊びに行ったこともありますが?」
「ななな、なんじゃと!?」
ジーナまで、余計なことを!
「ディアラ、子どもの頃の話だからね」
「わ、わかっておる! 心配などしておらぬわ」
そんな面倒なやり取りの最中、助け舟の如く、一人の兵士がやって来た。
『ジーナ様! 積荷の国境城壁への搬入が全て完了いたしました!』
「ご苦労。今日は予定通りこのままここに泊まる。明日の朝までは自由時間とする! しかし! あまりハメを外すなよ。皆にそう伝えておけ! 明日は昼過ぎにベルネ・ベルタに向けて出発だ。それまでに回収すべきものを全て馬車に積んでおけ!」
『ハッ!』
ジーナって、隊長やってるときはまるで別人だな。本当、昔の病弱な姿からは想像できないよ。
「ねぇ、レント。失礼なことだってわかってはいるけど、言ってもいい?」
なにそれ。失礼なことって何? そういうのって、わざわざ、あらたまって言うことなの? ちなみに、僕のことじゃないよね?
「あのさ。この城壁の中って……臭くない?」
「へ? あー、そういえば、なんか匂うね」
「……レント様。エフィ様。大変申し上げにくいのですが、この臭いは、ここに滞在している騎士の面々の体臭と溜まった洗濯物にございます。一度国境城壁の監視任務につきますと、二週間は滞在いたしますから、風呂に入る事は出来ません。水は貴重ですから三日に一回、湿らせたタオルで体を拭く程度。無論、洗濯など出来ませんから、洗濯物は一週間に一度、物資搬送の馬車が来た際にまとめて取り替えております」
「なるほどね。だからか。それじゃ、ジーナ。みんなを外に集めて。それと洗濯物も全部持ってきて」
「え? あ、はい。かしこまりました」
◇
「エフィ様、お申し付け通り、城壁に滞在する二十名、全員を集めて参りました。溜まっていた洗濯物はあちらに」
「うう……これだけ集まると、だいぶ匂うね。よーし! みんな。今からお風呂にするよ! それと洗濯もね!」
風呂? 風呂に入れるのか? だとか、風呂なんてどこにもないぞ? だとか、洗濯っていわれても水も何もないけどな。など、さまざまな疑問が飛び交う中、エフィが洗濯魔法を唱えはじめた。これは、水の魔法だな。
「はい! みんな。一度大きく息を吸ってー。はい! 止める! ウォルス!」
息を止めた団員たちを水球が包み込み、頭だけぴょこんと飛び出す。エフィは、続けて泡の魔法を放つ。
「バブリム!」
水球の中を泡がぐるぐると回り、団員たちの汚れという汚れを落としていく。
『な、なんだこれ。すごく、気持ちいい』
『ふぁぁぁ。風呂より気持ちがいい!』
『……天国』
そうでしょ。そうでしょ。僕も初めて洗ってもらった時はそのあまりの気持ち良さに驚いたもんだよ。
さ、仕上げは温風の魔法だね。これがまた、気持ちいいんだ。
「ヒーティア! はい。これで全員きれいになりました」
『あ、ありがとうございます! エフィ様!』
『今の魔法はいったい? 凄すぎます!』
『……天国』
集まった全ての団員から感謝の言葉を浴びるエフィ。
おー、おー、みんなに手を振ったりなんかして、かなり鼻高々って感じだね。
「さぁてと、あとはこの洗濯物の山だね。これも、ちゃちゃっと片付けちゃうよ! 倍々ウォルス! 倍々バブリム! そしてー、倍々ヒーティア!」
人の背丈の倍以上はあった洗濯物が、あっという間にきれいになる。仕上げのヒーティアで、乾いた洗濯物が、ふんわりとたたまれ、石の床の上に積まれていく。
『す、すごい。一週間分の洗濯物が、あっという間に』
『さらっさらで、ふんわり。しかも良い匂い』
『……天国』
「エフィ様! この度は、我々の為にここまでして下さり、本当にありがとうございます!」
「いいのよ。ジーナ。本音をいうと、怒られるかもだけど、私がこの匂いと汚れに耐えられなかっただけよ」
「それでもです! ほら、みんな。あらためてエフィ様にお礼を!」
『『『ありがとうございました!』』』
二十人の声が一斉に重なるって、すごいね。まさに圧巻だよ。
「エフィ。本当にすごいよ。まさか二十人をいっぺんに洗っちゃうなんて! そのあともあれだけ山になってた洗濯物まできれいにしちゃうなんてさ」
「ふふん! まぁね。でもちょっと疲れたな」
「だよね。部屋に戻って休もう」
「レント、まだよ」
え? まだ何か洗濯する物があるの?
「エフィ。もうさすがに洗うものはないんじゃない?」
「あるよ」
「あるって、何が?」
「この建物。汚れと匂いがこびりついてて不衛生でしょ?これじゃいつか、病気とかになっちゃうよ」
は? さすがに何を言っているのかわからないぞ?
この建物って、まさか、国境城壁自体を洗濯しようだなんて、考えてないよね?
「エフィ。まさか、この国境城壁を洗おうなんて思ってないよね?」
「んっふふん!」
え? どっちなの? その冗談なのか、そうじゃないのかわからない笑顔は。
「エフィ、さすがに、冗談だよね?」
「冗談!」
「やっぱり」
「じゃないよ! 本気だよ。いい? ちゃんと見ててよね。さぁ、始めるよー!」
エフィは、何やら僕の知らない洗濯魔法を唱え始めた。
ウソだろ。本当にできるの? でも、始めちゃったし、できるってことなんだよね? もう、あとは黙って見守るしかない。
「——ワイディレンジス——アンハイドロス——ウォッシブ!」
エフィが詠唱を終えると、巨大な魔法陣が空に出現し、無数の細かい光の結晶が、国境城壁全体に降り注いだかと思うと、不規則な動きで飛び回り、汚れという汚れを根こそぎ剥ぎ取っていった。
「ふぇぇぇ。ちかれた……」
そう、一言呟くと、エフィはその場にパタリと倒れてしまった。
「エフィー!」
僕は、慌ててエフィに駆け寄ると、彼女の鼻に耳を近づけた。
うん。息はある。ていうか、気持ちよさそうな寝息。まったく心配かけやがって。
僕は、そのままエフィを抱き抱えると、城壁内に用意された僕たちの部屋に運び、ベッドに寝かせた。
◇
「おっはよー! レント」
「んん……お、おはようエフィ。エフィ!?」
「何? どうしたの?」
「よかった。元気になったんだね」
「当たり前でしょ? よく寝たんだから」
「ハハ。そうだね」
「レント、ありがとうね」
エフィがお礼を言ってくるなんて、珍しいな。ここ最近は、いじられてばっかりだったから……なんか、新鮮。
「僕は何もしてないよ?」
「そんなことないでしょ? 魔力切れをおこした私をここまで運んでくれたのは、レントでしょ?」
「わかってたんだ。てっきり爆睡してると思ってたのに」
「爆睡してたよ。でもね、それでもわかったんだ。レントの腕の温もりが」
「なんだよ。それ。あ、今の。ディアラやジーナには言ったらダメだからね?」
「あ……」
「またそうやってニヤニヤして! 本当にダメだからね?」
「んっふふ。どうかなぁ」
「エフィ!」
「どうしたのじゃ?」
「レント様、何事ですか?」
「あ、ディアラ。ジーナ。おはよう。えっとね」
「エフィ!」
「やっぱり、なんでもなーい」
こうして、バタバタといつも通り騒がしくも楽しい朝の時間を過ごした僕たちは、賑やかな朝食を済ませると、予定通り昼過ぎにはベルネ・ベルタに向けて出発した。
第1章「冒険のはじまり。仲間との出会い編 完」
「鑑定結果ですが、これといって危険なものや怪しいものはありませんでした」
「レント様。こ、これだけの荷物をたった一回の鑑定で終わらせたというのですか?」
「うん。ジーナ、僕の鑑定は範囲を広げて、複数同時に行うことが可能だからね。このくらいの範囲と量であれば、同時に鑑定してもその結果に誤差は出ないよ」
「すごいですね!」
そこかしこから聞こえてくる、すごい! そんな事ができるのか! とか、王国認定鑑定士って、やっぱり凄かったんだ! など驚きの声に少しばかり気分が高揚する。
ふふん。どうだい? 少しは見直してくれたかな?
しかし、その一部は、あんなの嘘だろ? いっぺんにあれだけの量を正確に鑑定するなんて、いくら高レベルの鑑定士だからって、なあ? だとか、本当、眉唾もんだ。だとか、積荷の確認なんて積む前から終わってたんだ。おかしな鑑定結果なんて出なくて当たり前だろ。など、依然として否定的であることに変わりはなかった。
「それでは、皆様。そろそろ出発いたします。護衛の騎士、兵士は持ち場につけ! 出発!」
馬車が走り始めてから既に3時間ほどは経っただろうか? 今のところ、これといって不穏なことは何も起きていない。むしろ、あまりにも何もなさすぎて、眠たくなるくらいだ。
「ジーナ」
「はい。レント様。どうかなさいましたか?」
「こんなに安全というか、平和な状態なのに、なんで王国騎士やこれだけの兵士が護衛についてるの? これなら、わざわざ公務にしなくても、商人に任せればいいのに」
「レント様。この状況は今だから、にございます」
「というと? 以前は違ったってこと?」
「はい。その通りにございます」
ジーナの話によれば、数年前までは、国境城壁への物資輸送は商人ギルドが通常の商人たちを募り行っていたそうなのだが、ベルネ山の一角を根城とする盗賊団が現れて以来、この辺りの地域はそいつらにかなり荒らされてしまったのだという。
当時ベルネ・ベルタに常駐する兵士や王国から派遣された兵士などで対応に当たっていたが、他国との戦争が激化していた隣国から逃れてきた元兵士や元騎士、元傭兵らが盗賊団に次々と合流してしまっていたため、盗賊団との争いは、悪化の一途を辿っていたという。
しかし、三年前、いっこうに打破できない状況をみかねた国王が、複数の王国騎士団を派遣し、見事盗賊団を鎮圧。壊滅に追いやったという。
それ以来、国境城壁への物資運搬は公務として扱われるようになり、状況は飛躍的に改善。盗賊団の残党も年々その姿を見なくなっているという。
「なるほどね。そんなことがあったんだ」
「はい。ですが、このような良い状態が続けば、いつかはまた公務ではなくなるでしょう」
「そうだね」
「あ、レント様。見えて参りました」
「え? もう国境城壁まで来たの?」
「いえ。そうではなく。本日の野営地が見えて参りました。国境城壁までは、あと五日ほどかかりますので、決められた野営地で休息を取りながら進みます」
「あ、そうだったね。さっき説明してくれた中にあったね」
◇
それから僕たちは、各所で野営しながら進み、あと半日ほどで国境城壁というところまでやってきた。
「レント様! 見えましたよ! 今度こそ国境城壁にございます!」
「本当だ! それにしてもでっかい! まだあと半日くらいは距離あるはずだよね?」
「はい」
「なのに、もうあんなに大きく見えるなんて、凄すぎる!」
「レント、どうしたの?」
「あ、エフィ。国境城壁が見えてきたんだ」
「うわぁ。本当だ。すっごいね。でっかい!」
「だろ? あれ? ディアラは?」
「積荷の上で寝てる」
なんだ寝てるのか。もったいないな。せっかくの絶景だっていうのに。ディアラのやつ、きっと後で寝てたこと、後悔するだろうな。いや、でも怒られるのは嫌だから、一応起こしに行ってみるか。
「レント、どこ行くの?」
「一応ディアラを起こしにいってくる」
「ほーい」
◇
「おーい。ディアラ。国境城壁が見えるぞー。物凄い絶景だぞー」
「……んん……んふふ……レント……」
何の夢を見てるんだか。あんな幸せそうな寝顔見ちゃったら、無理矢理起こすなんて出来ないよな。おやすみ、ディアラ。
◇
「あれ? ディアラは? 起こさなかったの?」
「うん。声はかけたけど、爆睡中で起きなかった」
「そっか」
「いやー、それにしても近づけば近づくほど、どんどん壁が大きくなっていくな。やっぱり、城壁はロマンの塊だね」
「……ロマンねぇ。そういうものなの?」
「そういうものなんだよ。エフィ」
「ふーん」
それから、国境城壁に到着するまで、僕は城壁を眺め続け、エフィはジーナと会話をしていた。
ディアラはというと、結局到着するまで起きてくることはなかった。
「はぁー。レントよ。これは圧巻じゃな」
「そうだろ。そうだろ。でもディアラ。これが見えはじめてから、近づくにつれて、徐々に大きくなっていく様は、絶景だったぞ」
「なに!? レントよ。それは誠か!? なぜ妾を起こしてくれなかったのじゃ! はぁぁ、その顔は、まさか、お主、その絶景を独り占めしたくて、わざと妾を起こさなかったのか?」
「んっふふ」
「な、なんといけずな!」
「そんなことないよ。一応起こしには行ったんだよ。だけど、ディアラがあまりにも幸せそうな顔で寝ていたから、起こすに起こせなかったんだよ」
「それはのぉ、ふふ……レントと二人で……んふふ、幸せな夢じゃった」
ディアラのやつ、本当に何の夢を見てたんだか。
「レント様。公務はこれにて任務完了となりますが、レント様たちは、この後、いかがなさるおつもりですか?」
「ジーナ。僕たちは、このまま国境を越えるつもりでいるんだ。隣国にも面白そうなものがたくさんありそうだからね」
「そうでございまよね。レント様は今や、国が認める鑑定士でいらっしゃいますものね。隣国に赴くのも当然というもの」
「うん。だからジーナ、キミとはここで」
「レント様!」
「ど、どうしたの急に」
「……その、あの、わ、私も……」
ん? ジーナのやつ。急にうつむいたりして、どうしたんだ?
「私も、レント様の旅に連れて行って下さい!」
「へ?」
「な、なんじゃと!?」
「ふふ」
びっくりした。まさかそんな答えが返ってくるだなんて、思いもよらなかったよ。
というか、これは、エフィが一枚噛んでるな。
ディアラは僕と同じで、完全に驚いていたけど、エフィが一瞬、何やら含みのある笑みを浮かべていたこと、僕は見逃さなかったんだからな。
「レント。ディアラ。私はジーナが一緒に来ることに賛成だな」
「エフィ! お主、妾を裏切ったか!?」
「そんなことないよ。そもそも裏切るとかなんのことやら?」
「ぐぬぬ」
「ディアラ。これはね、私たちのパーティー構成を考えた上で、純粋にジーナの戦力が必要だなって思ったから私は賛成したの」
なんだ。なんだ。珍しくエフィが小難しいこと言おうとしてるぞ。これはいったいどういう風の吹き回しだ?
「それは、どういうことじゃ?」
「レント。ディアラ。私たちがこれから向かう先は?」
「いや、エフィ。ジーナの前でそれは」
「レント様。申し訳ございません。私は既に知っております」
な! エフィのやつ。ジーナに魔王の呪いのこと喋っちゃったの? そうか、僕が城壁に見惚れていたあの時か! チラッと見えた二人、やたらと楽しそうだったもんな!
というか、ジーナもジーナだよな。知ってたのに知らないフリしてたってことだもんな。
まぁ、でもエフィにも何か考えがあってのことみたいだし? とりあえず話だけでも聞いておくか。
「そういうことなら。どうぞ、話を続けてください」
エフィは、小さく頷くと、話を再開。
「私たちが向かう先は?」
「魔王の呪い」
「だよね。レント、ジーナは王国騎士なんだよね?」
「え? うん」
「ジーナは、第何師団の騎士だっけ?」
「……ハッ! そういうことか!」
「さすが、レント。察しが早い!」
「レント。エフィ。話がさっぱりわからぬのじゃ」
「ごめんよ。ディアラ。今説明するね」
なるほどね。そういうことだったか。僕としたこと事が、すっかり忘れていたよ。そうとなれば話は別だ。なんとしてもディアラを説得して、ジーナを連れて行かなくては。
「ジーナの所属は、第七師団。第七師団の別名は聖騎士団。つまりは、光属性の魔法が使える魔法剣士の集団というわけだ」
「正解!」
「魔王の呪いは、不浄の瘴気だといわれている。つまり、それは闇に属するものだと考えるのが正道。だとしたら、現状光属性の魔法を使える者がいない僕たちにとって、ジーナは願ったり叶ったりの人材だ」
「そういうこと。だから、ジーナも一緒に来てもらう必要があるの。どう? ディアラ。わかった?」
「うむ。そういうことであれば仕方がないのじゃ。じゃがジーナよ。レントは妾のもの。譲りはせぬぞ?」
「ディアラさん。私も……そう簡単に譲る気はありませんよ?」
え? なに? どういうこと? なんで、ディアラとジーナがバチバチになってるの? ちょっともう、ディアラだけでも大変なのに、ジーナまで何なのさ。面倒ごと増やすのやめてー!
ハッ! エフィの、あのしたり顔! ジーナをパーティーに加えた理由、単純にジーナが光属性魔法が使えるからって理由だけじゃないな! ぐぬぅ。
「はぁ。それじゃ、ジーナも仲間になった事だし、あらためて今後の作戦会議でもしようか。まずは魔王の呪いに向かうにあたり……」
◇
「……ということなんだけど、ここから先について何か知っていることがあれば教えてほしい」
「……えっと、なぜ、全員私をみるのでしょうか?」
僕たち三人の視線を同時に浴びせられたジーナがたじろぐ。でも、それは仕方がないこと。この場で、国境城壁より先の情報を持っていそうなのは、ジーナだけだからね。
「私が知っていることは、まずあの魔王の呪いの発生源は、ウォルステニアであり、今現在そこは不浄の不死者なる者によって支配された不浄都市となっていること。そして、その周りには聖王様によって築かれた光属性の結果が張られ、かろうじて瘴気の漏れを最低限に抑えられていること。です」
「ウォルステニアっていったら、かつては水の聖都って呼ばれてた美しい国だよね? それが今じゃ不浄都市と化しているなんて」
「ですから、直接ウォルステニアに向かうのは危険です。魔王の呪いを調査するのであれば、まずはその欠片を調査するのがいいかと」
ジーナのいう通りだ。ウォルステニアには不浄の不死者なる得体の知れない魔物か何か、もしかしたら魔族の残党かも知れないものがいるというのだから、下手に近づかない方がいいに決まってる。
「欠片? 魔王の呪いに欠片なんてあるの?」
「はい。魔王の呪いは、聖王様が結界を張られた際に、本体から切り離され、飛び散った欠片があると聞いたことがあります。そのほとんどは光魔法によってすぐに消滅させたそうですが、一部は、研究用に保存されていると聞きます」
「保存って。そんなことできるんだ。それで、その魔王の呪いの欠片というのは、どこにあるのかわかるかな?」
「はい。ここから北東に向かった先にあるウルナバ半島にその研究施設があるそうで、そこに」
「それじゃ、行き先は決まったね。レント」
「うん。エフィ。向かうは、ウルナバ半島だ!」
◇
「……ということなんだけど、信じてもらえたかな?」
「ええっと、まだ頭の中の整理がついておりませんが、ディアラさんは、端的にいうと、ドラゴンであると?」
「その通りじゃ。妾は獄炎龍じゃ」
僕はディアラが獄炎龍、僕たちが呼ぶところのレッドドラゴンであることを説明すると、ジーナは、ディアラの顔を見て苦笑いを浮かべた。
「それで、ウルナバ半島までは、ディアラの背に乗せてもらって、飛んで行こうと思うんだけど、大丈夫だと思う?」
「と、飛ぶ? ディアラさんに乗って? んー、大丈夫かと聞かれましても、私にはなんとも。たしかに飛んでいるところを誰かに目撃でもされたら、大変な騒ぎなることは避けられないでしょうから……あ、でも、ディアラさんが飛ばなくてもよい方法はあるかもしれません」
「歩きじゃないよね?」
エフィ、そこの反応早すぎだよ。よっぽど歩きたくないんだな。まったく、食っちゃ寝のぐーたらエルフもいいとこだ。いや、待てよ。もしかしたら、エルフって物凄く長命だから、エフィのやつ、実はすごいおばあちゃんだったりして! だとしたら、仕方ないね。
だからといって年齢を聞くほど僕は命知らずな男じゃないよ。
「いえ。歩くわけではありません。ディアラさんと同じように空を飛びます」
「空を飛ぶ? って、まさか!」
「レント様は、本当に察しが良い方ですね。それでは答えをどうぞ」
「魔導船!」
「はい。正解にございます!」
「うわー。魔導船かぁ。僕、一生に一度は乗ってみたいんだよなぁ。でもアレって、それこそ一般人は乗れないんじゃなかったっけ?」
「はい。ですが、私は第七師団に所属しておりますから、聖王教会との繋がりがありますし、研究所までは頻繁に魔導船が行き来しております。ですから、交渉次第では魔導船に乗ることができるかもしれません」
「ジーナ、最高!」
「む! この浮気者め!」
やばい! ディアラに睨まれた。僕、またやらかしたかな?
「ディアラ、そういうことじゃないって」
「ふん。どうだかの」
「ふっ。ディアラさん」
「くぅー! その勝ち誇った顔はやめい!」
「ほら、ほら。二人とも。ところで、ジーナ。私たちと一緒に来るのは決まったけど、このまま騎士団に所属したままでも大丈夫なの?」
「ハッ! そうでした。それはダメだと思います。騎士団に所属している以上、勝手な行動は許されませんから」
「だったら、どうするの?」
「退団届けを提出いたします! ですから、私は一度王都に戻らなくてはなりませんので、皆様とはしばらくの間、離れ離れに」
「いや、待って。ジーナがもし、騎士団を退団してしまったら、そもそも魔導船の交渉、できなくない?」
「あ……」
だよね。騎士団を辞めたら交渉出来ないよね。でも、そうなったらなったで、ディアラを含めて何かしら考えればいいさ。移動手段なんていろいろあるからさ。
「ハハ。なんかそういうところは、昔のジーナっぽいね」
「レント様!」
「むむむ」
なんかジーナの目がキラキラしてる。でも、ディアラの目は怖い! これ、またしても、やってしまったんじゃないか?
「あー、えっと、だったらさ、僕たちも一緒に王都に戻ればいいよ」
「ごまかした」
エフィ! 余計なこと言わないでよ。
「来ていただけるのですか!?」
「レ・ン・トー!」
「ディアラ! 王都にはね、僕の住んでいた家があるんだ」
「え? それは、レントのご両親がおられるということじゃな?」
「う、うん」
「……ご両親に、ご挨拶。んふふ。よし! 早う行こうではないか!」
なんとか誤魔化せたけど、結果良い方に進んだとは言えないよな。
「ディアラさん。私は、レント様のご両親に会ったことも、お屋敷に遊びに行ったこともありますが?」
「ななな、なんじゃと!?」
ジーナまで、余計なことを!
「ディアラ、子どもの頃の話だからね」
「わ、わかっておる! 心配などしておらぬわ」
そんな面倒なやり取りの最中、助け舟の如く、一人の兵士がやって来た。
『ジーナ様! 積荷の国境城壁への搬入が全て完了いたしました!』
「ご苦労。今日は予定通りこのままここに泊まる。明日の朝までは自由時間とする! しかし! あまりハメを外すなよ。皆にそう伝えておけ! 明日は昼過ぎにベルネ・ベルタに向けて出発だ。それまでに回収すべきものを全て馬車に積んでおけ!」
『ハッ!』
ジーナって、隊長やってるときはまるで別人だな。本当、昔の病弱な姿からは想像できないよ。
「ねぇ、レント。失礼なことだってわかってはいるけど、言ってもいい?」
なにそれ。失礼なことって何? そういうのって、わざわざ、あらたまって言うことなの? ちなみに、僕のことじゃないよね?
「あのさ。この城壁の中って……臭くない?」
「へ? あー、そういえば、なんか匂うね」
「……レント様。エフィ様。大変申し上げにくいのですが、この臭いは、ここに滞在している騎士の面々の体臭と溜まった洗濯物にございます。一度国境城壁の監視任務につきますと、二週間は滞在いたしますから、風呂に入る事は出来ません。水は貴重ですから三日に一回、湿らせたタオルで体を拭く程度。無論、洗濯など出来ませんから、洗濯物は一週間に一度、物資搬送の馬車が来た際にまとめて取り替えております」
「なるほどね。だからか。それじゃ、ジーナ。みんなを外に集めて。それと洗濯物も全部持ってきて」
「え? あ、はい。かしこまりました」
◇
「エフィ様、お申し付け通り、城壁に滞在する二十名、全員を集めて参りました。溜まっていた洗濯物はあちらに」
「うう……これだけ集まると、だいぶ匂うね。よーし! みんな。今からお風呂にするよ! それと洗濯もね!」
風呂? 風呂に入れるのか? だとか、風呂なんてどこにもないぞ? だとか、洗濯っていわれても水も何もないけどな。など、さまざまな疑問が飛び交う中、エフィが洗濯魔法を唱えはじめた。これは、水の魔法だな。
「はい! みんな。一度大きく息を吸ってー。はい! 止める! ウォルス!」
息を止めた団員たちを水球が包み込み、頭だけぴょこんと飛び出す。エフィは、続けて泡の魔法を放つ。
「バブリム!」
水球の中を泡がぐるぐると回り、団員たちの汚れという汚れを落としていく。
『な、なんだこれ。すごく、気持ちいい』
『ふぁぁぁ。風呂より気持ちがいい!』
『……天国』
そうでしょ。そうでしょ。僕も初めて洗ってもらった時はそのあまりの気持ち良さに驚いたもんだよ。
さ、仕上げは温風の魔法だね。これがまた、気持ちいいんだ。
「ヒーティア! はい。これで全員きれいになりました」
『あ、ありがとうございます! エフィ様!』
『今の魔法はいったい? 凄すぎます!』
『……天国』
集まった全ての団員から感謝の言葉を浴びるエフィ。
おー、おー、みんなに手を振ったりなんかして、かなり鼻高々って感じだね。
「さぁてと、あとはこの洗濯物の山だね。これも、ちゃちゃっと片付けちゃうよ! 倍々ウォルス! 倍々バブリム! そしてー、倍々ヒーティア!」
人の背丈の倍以上はあった洗濯物が、あっという間にきれいになる。仕上げのヒーティアで、乾いた洗濯物が、ふんわりとたたまれ、石の床の上に積まれていく。
『す、すごい。一週間分の洗濯物が、あっという間に』
『さらっさらで、ふんわり。しかも良い匂い』
『……天国』
「エフィ様! この度は、我々の為にここまでして下さり、本当にありがとうございます!」
「いいのよ。ジーナ。本音をいうと、怒られるかもだけど、私がこの匂いと汚れに耐えられなかっただけよ」
「それでもです! ほら、みんな。あらためてエフィ様にお礼を!」
『『『ありがとうございました!』』』
二十人の声が一斉に重なるって、すごいね。まさに圧巻だよ。
「エフィ。本当にすごいよ。まさか二十人をいっぺんに洗っちゃうなんて! そのあともあれだけ山になってた洗濯物まできれいにしちゃうなんてさ」
「ふふん! まぁね。でもちょっと疲れたな」
「だよね。部屋に戻って休もう」
「レント、まだよ」
え? まだ何か洗濯する物があるの?
「エフィ。もうさすがに洗うものはないんじゃない?」
「あるよ」
「あるって、何が?」
「この建物。汚れと匂いがこびりついてて不衛生でしょ?これじゃいつか、病気とかになっちゃうよ」
は? さすがに何を言っているのかわからないぞ?
この建物って、まさか、国境城壁自体を洗濯しようだなんて、考えてないよね?
「エフィ。まさか、この国境城壁を洗おうなんて思ってないよね?」
「んっふふん!」
え? どっちなの? その冗談なのか、そうじゃないのかわからない笑顔は。
「エフィ、さすがに、冗談だよね?」
「冗談!」
「やっぱり」
「じゃないよ! 本気だよ。いい? ちゃんと見ててよね。さぁ、始めるよー!」
エフィは、何やら僕の知らない洗濯魔法を唱え始めた。
ウソだろ。本当にできるの? でも、始めちゃったし、できるってことなんだよね? もう、あとは黙って見守るしかない。
「——ワイディレンジス——アンハイドロス——ウォッシブ!」
エフィが詠唱を終えると、巨大な魔法陣が空に出現し、無数の細かい光の結晶が、国境城壁全体に降り注いだかと思うと、不規則な動きで飛び回り、汚れという汚れを根こそぎ剥ぎ取っていった。
「ふぇぇぇ。ちかれた……」
そう、一言呟くと、エフィはその場にパタリと倒れてしまった。
「エフィー!」
僕は、慌ててエフィに駆け寄ると、彼女の鼻に耳を近づけた。
うん。息はある。ていうか、気持ちよさそうな寝息。まったく心配かけやがって。
僕は、そのままエフィを抱き抱えると、城壁内に用意された僕たちの部屋に運び、ベッドに寝かせた。
◇
「おっはよー! レント」
「んん……お、おはようエフィ。エフィ!?」
「何? どうしたの?」
「よかった。元気になったんだね」
「当たり前でしょ? よく寝たんだから」
「ハハ。そうだね」
「レント、ありがとうね」
エフィがお礼を言ってくるなんて、珍しいな。ここ最近は、いじられてばっかりだったから……なんか、新鮮。
「僕は何もしてないよ?」
「そんなことないでしょ? 魔力切れをおこした私をここまで運んでくれたのは、レントでしょ?」
「わかってたんだ。てっきり爆睡してると思ってたのに」
「爆睡してたよ。でもね、それでもわかったんだ。レントの腕の温もりが」
「なんだよ。それ。あ、今の。ディアラやジーナには言ったらダメだからね?」
「あ……」
「またそうやってニヤニヤして! 本当にダメだからね?」
「んっふふ。どうかなぁ」
「エフィ!」
「どうしたのじゃ?」
「レント様、何事ですか?」
「あ、ディアラ。ジーナ。おはよう。えっとね」
「エフィ!」
「やっぱり、なんでもなーい」
こうして、バタバタといつも通り騒がしくも楽しい朝の時間を過ごした僕たちは、賑やかな朝食を済ませると、予定通り昼過ぎにはベルネ・ベルタに向けて出発した。
第1章「冒険のはじまり。仲間との出会い編 完」
