洗濯士のエフィ 〜僕は鑑定士だというのに、なぜか洗濯屋のエルフと旅をすることになりました〜

 エフィのお師匠様である、ソレア・ランドローネがしかるべきときのために残したという洗濯魔法。しかるべきときとはいったい、いつなのか? 洗濯魔法はどこに隠されているのか? まったく手がかりのない今の状況をどう打破すべきか。問題は山積みだ。
 わかっている事といえば、国境城壁の奥に、魔王の呪いと呼ばれるかなりやばい瘴気が見えていることだけだ。

「ねぇ、レント。魔王の呪いは、ここからだと鑑定できなったけど、もっと近づけば鑑定できたりする?」
「実際にやってみないとわからないけど、たぶん近くまで行くことができれば、何かしらの結果は得られると思う」
「なら、決まりだね。まずは魔王の呪いを調べてみようよ」

 そうか! そうだよね! その手があったよね! お師匠様と魔王の呪いになんらかの関係性があるかもしれないって、たった今言っていたばかりだというのに、僕ときたら、お師匠様の残した洗濯魔法や、その試練のことばかり考えてしまっていた。
 エフィの言う通りだ。あの魔王の呪いについて調べてみれば、きっと糸口が見つかるはずだ。

「そうだね。魔王の呪い、調査してみよう!」
「ならば、今回も妾の出番じゃな。ひとっ飛びで魔王の呪いとやらまで連れて行ってやるのじゃ」
「ディアラ、それがそうもいかないんだ。今回はディアラに飛んでもらうわけにはいかないんだよ」
「なぜじゃ?」
「国境城壁の守りは、王国騎士団が担っていて昼夜問わず誰かしらの目がある。それと城壁上空にもかなり強力な結界魔法が張られているから、そこを無傷で通過することは、たとえディアラだとしても難しいと思うんだ」
「うーむ。ならばどうするのじゃ? 歩くのか?」
「えー!? あそこまで歩くの? うへぇ」
「妾はそれでもよいぞ」

 ディアラの言葉に即反応し、うなだれたエフィに対し、ディアラは平然としていた。
 人間とドラゴンで、こうも自身の体力に応じた反応に違いが出るとは、ちょっと面白い。
 僕も、もちろん反応としてはエフィと同じだ。でもね、今回ばかりは違う。なぜなら、僕には歩かなくても良い秘策がある!

「いや、歩かなくても良い方法があるんだ」
「え!? なに? なに?」

 エフィ、食いつきが良いね。その反応、嫌いじゃないよ。

「ふふん」
「レントよ。勿体つけず、早う教えてほしいのじゃ」

 おっと、ディアラはせっかちだね。でも、そういう反応も嫌いじゃないよ。わかった。答えてあげようじゃないか。

「結論から言うと、王国公認の物資搬送の馬車を利用させてもらおうと思ってる」

 僕の返答にディアラは首を傾げ、エフィは眉間にシワを寄せた。そんなエフィが僕に言う。

「たしかに物資搬送の馬車に乗ることができれば、歩かずに国境城壁まで行けるだろうけど、それはさすがに無理な話じゃない? あの馬車は国から運用を一任されている商人ギルドが、積荷から人まで厳しく管理してるのよ? 普通の馬車じゃないんだから、国やギルドの許可無しに乗ることなんて出来ないよね?」
「それがね、出来るんだよ。ほら」

 僕は、ドヤ顔でエフィに、小さな金属製のプレートを見せた。

「うそ!? レント、それって、もしかして公務同行許可証なの?」
「うん!」
「なんで? なんで? なんでレントがそれ持ってるの?」
「僕はね、これでも何気に、王国認定の鑑定士なんだよ。だから商人ギルドが国から依頼された公の仕事も受けることが出来るんだ」
「ほへぇ。レントはすごいね!」
「というわけで、一度麓の街まで降りて、商人ギルドに顔を出してみよう」



「こんにちは。ベルネ・ベルタ商人ギルドへようこそ。ご用件は、こちらでお伺いいたします」
「えっと、こちらのギルドに、公務はありませんか? あれば同行させてもらいたのですが」

 僕が口にした公務という単語を耳にした受付嬢が顔を曇らせた。
 まぁ、そうなるよね。公務は通常、特定の条件を満たした適任者に、国やギルド側から直接依頼されるものだから、窓口で自ら公務を求めれば、警戒されるのは当然だ。
 だけど、物事には大抵例外が存在する。今回にいたっては、僕がその例外だ。僕みたいに、王国から認定を受けている者は、依頼を待つだけじゃなく、自ら公務への参加を打診できる。もちろん、打診したからといって、必ず参加できるというわけではないけどね。

「お客様、会員証のご提示をお願いできますか?」
「あ、はい。どうぞ」

 この受付嬢、僕のことかなり怪しんでるな。

「会員証のご提示、ありがとうございました。レント・ライゼル様。ご職業は鑑定士でいらっしゃいますね?」
「はい」
「ライゼル様が、当旅商協会の会員であることは確認できました。であれば、公務を受託する流れは、既にご存知ですよね?」
「はい」
「それでもとおっしゃるのであれば、ライゼル様は、公務同行許可証(アレ)をお持ちであると?」
「はい。持っていますよ。どうぞ、隅々までご確認下さい」

 僕がプレートを受付嬢に提示すると、彼女は目を見開き、僕の顔とプレートを交互に三往復ほど見た後、にっこりと微笑んだ。

「許可証のご提示、ありがとうございました」

 受付嬢は、僕にプレートを返すなり、その顔をグッと近づけ、興奮気味に言う。

「ライゼル様は、王国認定鑑定士であらせられたのですね!」

 受付嬢の言葉に、ギルド内がざわつく。

「ちょ、ちょっと声が大きいですよ」
「も、申し訳ございません!」

 受付嬢は慌てて頭を下げると、今度は周りに聞こえないよう小声で話し始めた。

「現在、当ギルドが有する案件の中で、ライゼル様のご参加が可能な直近の案件は、国境城壁への物資輸送がございます」

 よし! きた! 狙い通りの案件だ!

「ライゼル様におかれましては、主に積荷の鑑定をお願いいたします。その他の事は、現場責任者の指示に従っていただければと思います」
「わかりました。それで、その案件ですが、公務同行許可証を持っていない仲間の同行は可能ですか?」
「はい。今回の案件につきましては、王国認定を受けておられる方が監督者となり責任を負う形をとっていただければ、許可証のない方でも二名様までご同行が可能でございます。最短で、明朝出発する案件がございますが、いかがなさいますか?」
「はい。それでお願いします」
「では、こちらの公務受託書および誓約書に、ライゼル様を含め、ご参加される全ての方のお名前をご明記下さい」
「えっと、ここですね……書き終わりました」
「ありがとうございます。では、明日の朝、こちらのギルド前にお集まり下さい」



 僕たちが商人ギルドを出ると、長い松明をもった数人の男女が目の前を通り過ぎていった。

「レントよ! あれはなんじゃ? 火を持ってうろうろしておるぞ! 危ない連中なのではないか!?」
「ディアラ、大丈夫だよ。あの人たちは、これから街灯に火を灯してくれるんだ」
「ガイトウ?」
「そう。街灯。ここへ到着する直前に、街や山のあちこちでゆらゆら揺れる光りが見えただろ?」
「街灯。あの光りはこれじゃったのか!」
「ディアラは見るの初めて?」
「初めてじゃ。妾のいた国では、ロウソクや提灯、灯籠はあったが、街灯なるものはなかったのじゃ」
「ロウソクは分かるけど、チョウチン? トウロウ? 僕にはその方がわからないな」
「提灯とはな、こういうな、まるくてだな……」

 ディアラ、ごめん! 一生懸命、身振り手振りチョウチンを説明しようとしてくれてるのはわかる。でも、さすがに見たことのないものを想像するっていうのは難しいな。

「……おお! レント! 街灯に明かりが灯ったぞ! ふむ。街灯とはかがり火のようなものじゃったか。それにしても風流じゃの」
「そうだね」

 あれ? そういえば、エフィはどこに行った? 街灯のくだりまでは一緒にいたはずなんだけどな。

「おーい! レント! ディアラ! こっち! こっち! 早く来てー!」

 エフィのやつ。いつの間にあんなところまで行ったんだ?
 僕とディアラを呼ぶエフィの姿は、山肌を削って作られた階段を登った先に見える崖に張り付くように建てられた建物のテラスにあった。

「エフィ。一人で勝手に行ったら危ないよ」
「ごめん。ごめん。でもさ、我慢できなくて」

 エフィは、そう言うと目をつむり、鼻先をひくひくと動かしてみせた。

「……あ、なんか、すごく良い匂いがする」
「本当じゃ。これはなんとも芳しいの」
「でしょ!」
「エフィ、ここは?」
「レストラン! だと思う」

 うん。僕もそう思う。あの看板のナイフとフォークとお皿の絵。それに、これだけ美味しそうな匂いを店の中から漂わせているんだから、間違いないでしょ。

「ねぇ、レント。なんだかんだでお昼食べてないから、もうお腹ぺこぺこだよ。だ・か・ら、ここで晩ごはんにしない?」
「え? でも、高そうだよ? ここ」
「そうなんだけどさぁ。わかった! ここは私がごちそうしちゃう! テムリドで結構稼げたから。それならいいでしょ?」
「……わかったよ。でもエフィ。ここは僕が払うから」
「いいの?」
「うん」
「やったー! それじゃ、お店入ろ!」



「いらっしゃいませ」

 白いシャツに黒いベスト。黒いパンツに黒いソムリエ・エプロン。そして黒い革靴。シャツ以外黒で統一された制服に身を包んだ長身で丹精な顔立ちの男性ホールスタッフが、爽やかな笑顔で僕たちを店に迎え入れる。

「わぉ。イケメン」
「うむ。たしかに色男じゃな」

 イケメン? 色男? なるほどね。なんとなく女性客が多い気がしてたのは、そういうことか。

「なに? レント。もしかして、ちょっと妬いてる?」
「え? そんなことないよ!」
「ふーん」
「安心せぇ。妾はレント一筋じゃからの」

 二人とも、僕は別にそんな風に思ってないんだけどな。でも、ほんの少し、ほんの少しだけ、そう、これは男として、悔しく思う気持ちはあった……かもしれない。

「三名様でいらっしゃいますか?」
「はい」
「かしこまりました。ご案内いたします」

 へぇ、これはすごい。思った以上に店内は広いんだな。表からだとぜんぜんわからなかったけど、お店の半分以上は、山を削って作られているんだ。

「こちらのお席はいかがでしょう?」
「はい。ありがとうございます」
「こちらはメニューにございます。お決まりになりました頃に、お伺いさせていただきます。ごゆっくりお選び下さい」
「あ、えっと、すみません。僕たち初めてなものでして、おすすめがあれば教えていただけますか?」

 イケメンホールスタッフは、もちろんでございます。と再び爽やかな笑顔で答えると、手慣れた手つきでメニューを開いた。

「当店のおすすめは、なんといっても、ベルタ牛のチーズクリームパスタでございます。高原小麦のパスタに、ベルタ牛のミルクとベーコン、そして、ベルネ・ベルタ特産のベルタチーズをふんだんに使用いたしました自慢の一品でございます」
「わぁ! それ、おいしそう!」
「美味の予感じゃな」

 二人の反応も良いし、これで決まりかな?

「二人とも、これでいいかな?」
「うん!」
「うむ」
「では、おすすめのパスタを三つ、お願いします」
「かしこまりました」

 こういう店に入るのは何年ぶりだろう? それこそ、家を出たあの日から、入ってないんじゃないか? それにしても、店は違えど、この雰囲気。なんだか小さい頃を思い出すな。忙しい父さんたちの代わりに、執事(セバス)が内緒でこっそりと連れて行ってくれて、甘いお菓子とかをご馳走してくれたっけ。
 でも結局、なぜかいつも、母さんにだけはバレてしまうんだよな。

「お待たせいたしました。ベルタ牛のチーズクリームパスタでございます。それではごゆっくり、お食事をお楽しみ下さいませ」

 僕たちは、それぞれの前に並べられた皿を見て、その美しさにしばらくの間見惚れてしまった。

「すごいね。芸術品みたい」
「そうだね。これだけ綺麗だと、食べていいのか迷うね」
「じゃな」
「でも、食べるけどね! いっただきまーす!」
「あ、エフィ。ずるい! 僕もいただきます!」
「妾もいただくのじゃ」

「おいひい」
「美味じゃのぉ」

 うん。二人がうっとりする気持ちがわかる。これは、美味しい! 高原小麦とベルタ牛のベーコンの香ばしい香りが絶妙に混ざり合って、ベルタ牛のミルクに溶け込んだチーズが、少し細めの麺にしっかりと絡みつき、口に運んだ瞬間、濃厚でこく深い味わいが口いっぱいに広がる。幸せ。なんて幸せな味なんだ。
 そんな幸福感に浸っていられたのも束の間、窓際に座る十人ほどの集団の会話から、水をさすような会話が聞こえてきた。

『聞いたか? 明日の公務、王国の認定を受けた鑑定士がついてくるらしいな』
『あー、聞いた。なんでも積荷の鑑定をさせるんだってな』
『別に運ぶもんなんて、いつもと大して変わらないのにな。そんなエリートがついてきてどうしよっていうんだ? それともなんかやばいもんでも混ざってるのか?』
『それはないだろ。事前の確認は既に終えてるんだぞ?』
『だよな。ま、ほら、たまにあるだろ? お偉いさんが自分はしっかり仕事してます的な気まぐれ同行。今回もそれだろ?』
『それだな。とりあえず機嫌を損ねないようにしとけば問題ないだろう』

「何あれ。もしかして明日同行する人たち?」
「たぶんね」
「レント、あんなの気にしなくていいからね」
「そうじゃぞ。いざとなったら妾が消し炭にしてやるのじゃ」
「二人ともありがとう。こういうことには結構慣れてるから、僕は大丈夫だよ。それと、ディアラ。消し炭はやめてね」
「わかったのじゃ。ちょっと焦がすだけにするのじゃ」
「それもダメ」
「うう。わかったのじゃ」

 さてと、彼らに気づかれるのも面倒だし、これ以上あんな話が聞こえてくるのもさすがに不快だから、外に出よう。宿も探さないとだしな。



「宿屋は……あった」

 レストランを出て、宿を探すつもりで辺りを見回した僕の目に、宿屋の看板が映った。
 というか、上を見上げた瞬間、勝手に視界に入ってきたという方が正しい。

「なんだ、レストランの目の前が宿屋だったのか」

 宿屋に入り空室を確認。部屋は大半が埋まっていたが、僕たち三人が泊まれる室はなんとか確保することができた。

「ねぇ、レント。国境城壁までは行けることになったけど、その先はどうするの?」
「どうしようか」
「え? まさか考えてなかったの? レントらしくないね」
「実のところ、国境城壁を越えた先の状況がまったくわかってなくてね。魔王の呪いまでの移動手段は決まっていない。だから、最悪は歩きになるね。でも、たぶん、向こう側にも国や街があるから、馬車がきているとは思ってるけどね」
「そっか。歩きはヤダから、馬車、来ててほしいな」

 エフィが両手を握り、祈るような格好をしていると、僕たち二人の肩にディアラが手を乗せた。

「二人とも、妾がおるではないか。レントよ。国境を越えてしまえば、妾が飛ぶことは可能なのではないか?」
「言われてみればたしかに」
「ならば、また夜に飛んでしまえば良いではないか」
「向こう側の様子次第にはなるけど、それが一番の方法かもしれない。なんにしても、まずは国境城壁に行ってみないと事は進まないと思う。だから今日はもう、明日に備えて休もう?」
「そうだね」
「うむ」

 僕たちは、それぞれのベッドに潜り込むと、眠りについた。



「……ント……きて……レン……レント」

 んん……? 誰かが僕を呼ぶ声が聞こえる。これは……夢……なのか?

「……ント! レント! 起きて!」

 んぁ? 体が揺れて……声もさっきよりハッキリと聞こえるような。誰? 誰なの?

「誰って、私よ。エフィよ。もう、寝言言ってないで起きて!」
「エフィ……エフィ!?」
「やっと、起きた。レント、すぐに支度して。もうすぐ夜が明けちゃう。集合に遅れるよ」
「レントは寝坊助よのぉ」
「ごめん! 二人とも!」

 僕のベッドを両脇から囲むエフィとディアラは、既に支度を終えていた。僕は、慌ててベッドから飛び起きると、急いで支度を終わらせた。

「お、お待たせ。ごめん。遅くなって」
「うん。それじゃ急いで行くよ!」

 僕たちが、集合場所である商人ギルドの前に到着すると、まだ空の上半分に星が瞬く中、数十人の人が忙しく動き回り、三台の大型馬車にそれぞれ荷物を積み込む姿と、それを見守る兵士の姿が見えた。
 あの、兵士たち。やっぱり昨日レストランにいた連中じゃないか。はぁ、あんな悪態をつかれた後じゃ、なんか気まずいな。
 とはいえ、彼らは僕がいた事に気づいてなかったみたいだし、まさか僕が、話を聞いていたなんて知らないだろうから、僕の方から嫌な態度をとるのは良くないよな。
 って、ディアラ!? めちゃくちゃ睨んでる!

「ディアラ、ダメだよ。そんな顔したら」
「しかし、レントよ」
「あの人たちは、昨日のこと、僕たちに聞かれてたなんて知らないんだから、ね? 笑顔、笑顔」
「わかったのじゃ。ニッ」
「うん。可愛い笑顔だね」
「か、かかか、可愛い!? んふふ」
「あら、あら。レントさんたら」

 へ? ディアラのあの顔。エフィの不適な笑み。僕、また何かやらかしちゃいました?

「おはようございます! レント・ライゼル様ですね?」
「は、はい。王国認定鑑定士のレント・ライゼルです」

 誰だ? 暗くて顔がよく見えないけど、昨日の連中の中にはいなかった気がするな。それに、他の兵士とは明らかに違うこの鎧姿は……王国騎士だな。ということは、さしずめこの隊の隊長といったところか?

「えっと、あなたは?」
「申遅れました! (わたくし)は、王国騎士団第七師団所属、ジーナ・クレド。僭越ながらこの物資輸送隊の隊長を務めさせていただいております!」

 ジーナ・クレド? どこかで聞いたことがある名前だな……あ! もしかして、あのジーナなのか? いや、でも、僕の知るジーナは、体が弱くて、とても王国騎士になれるような子じゃなかった気がするからな。人違いかな?

「……覚えておられませんか? レント様」

 え? やっぱり、ジーナなのか?

青白(あおじろ)ジーナ。覚えておられませんか?」

 青白ジーナ!? 覚えてるよ! やっぱりキミはジーナなんだね!

「青白ジーナ! 覚えてるよ! いや、でも、この名前で呼ぶのは良くない。このあだ名は、キミをいじめてた連中がつけたものだからね。あらためて、ジーナ。久しぶりだね」
「はい! お久しぶりです!」
「なに? なに? レントの知り合い?」
「うん。この人はジーナ・クレド。僕が小さい頃通っていた学校でクラスが一緒だった人だよ」
「ほう。ほう。ということは、レントの幼馴染。昔の女、というわけですな?」

 む、昔の女? 何いってるんだエフィは。って、ディアラ!? 顔が怖いよ! それに、体の周りに、なんか黒いオーラが出てません!?

「レント様。お二人は、レント様の同行者だと伺っておりますが」
「うん。エフィとディアラ。僕の旅仲間だよ」
「旅!? レント様は今、旅をされているのですか? それは、やはり剣の修行! さすがです!」
「いや、いろいろあってね。僕は、自ら剣を放棄して、今は鑑定士として旅商人をしてるんだよ」
「旅商人!? 剣聖の血を受け継ぐライゼル家のレント様ともあろうお方が……そうでしたか。この度報告を受け、レント様のお名前を拝見したとき、何かの間違いではと思っておりましたが、本当だったのですね。私は、てっきり剣の道を歩まれているとばかりに……ですから、私も」
「ん? どうしたの?」
「いえ。なんでもありません」
「それにしても、驚いたよ。あの体が弱かったジーナが、まさか王国騎士になってただなんて」
「そうですよね。私自身もあの頃を思えば、自分が王国騎士の一員になるだんて、想像もつきませんでしたよ」
「頑張ったんだね。なんて、そんな一言じゃ言い表せないほど努力したんだね」
「はい。私は、頑張りました。これもレント様のおかげです」

 え? 僕のおかげ? 僕は別に何もしてないけどな。

「僕のおかげって、僕はジーナに、何もしてないと思うけど?」
「いいえ。レント様は、あの頃、いつも私を気にかけて下さいました。病弱だった私をからかう周りから、いつも助けて下さいました。そして、なにより、私自身が強くなることを教えていただきました。あの時、レント様が私に手を差し伸べ、時に厳しく指導して下さったからこそ、今の私があるのです」

 言われてみれば、たしかによくジーナと一緒にいたし、ジーナをいじめる連中を追っ払ってたな。それは、父さんに、強き者は弱き者を助けよ。学校でもライゼル家の人間として恥じぬ振る舞いをせよと言われてたからな。それに、普段厳しい父さんが、クラスの子をいじめっ子から助けたっていうと、えらく褒めてくれたんだよな。それが、なんていうか、子どもながらに嬉しかったっていうか。
 ジーナには悪いけど、ジーナのためというより、僕は、父さんに褒められたい、認めてもらいたいって、そう思ってたんだろうな。

「優しくて、誠実で、そして強くて。レント様は、私の憧れの存在でした。それは今も変わりません。当時の私はまだ幼く、世の中というものを知らず、夢物語を描いておりました。ですが、現実を知り……自身の身分を理解し……だから私は、少しでもレント様のお側にいることができればと、死物狂いで剣を振り、ようやく王国騎士になれた……というのに、現実とは、常に厳しいものですね」
「ジーナ……」
「これは、失礼いたしました! 私は、王国騎士団第七師団所属、ジーナ・クレド! これ以上の私情は慎ませていただきます! それでは、本公務の内容をご説明させていただきます……」

 そういうとジーナは、人が変わったように、完全に王国騎士の振る舞いに戻った。