「マスター! ごちそうさま!」
「「ごちそうさまでした!」」
エフィに続き、マスターにぺこりと頭を下げた僕たちは、酒場を出るとまっすぐに宿屋へ向かった。
「レント・ライゼル様。エフィ・ランドローネ様。お帰りなさいませ。おや、そちらの方は?」
「私の友人です。ディアラっていいます。あの、お願いがあるのですが、この子も私の部屋に泊めさせてもらえませんか? もちろん宿代は追加でお支払いしますから」
「構いませんよ。エフィ様のお部屋はもともと4名様までお泊まりになれますから」
え? エフィの借りてる部屋って、そんなに広かったの? それを一人でだなんて、なんて羨ましい。僕の部屋は角部屋だけど、ベッドと机があるだけの一人部屋だよ? エフィが、商人ギルドに加盟しているかはわからないけど、もし加盟しているとしたら、それだけの部屋をギルドが貸し出すってことは、エフィって、僕なんかよりずっとランクが高いってことだよな?
「というわけだから、ディアラは私と一緒ね」
「妾はレントと一緒が良いのじゃが?」
「そう言うと思ったけど、それはダメ」
「なぜじゃ?」
「婚前の男女が同じ部屋でっていうのは好ましくないと思わない?」
エフィの言葉を聞いたディアラが、ハッと口を両手で隠した。
「そ、それもそうじゃな。レント、すまぬが妾はエフィの部屋で世話になる」
「うん。そうしてくれると僕も助かるよ」
ディアラは、顔を赤らめ頷くと、そのまま階段を上がって行った。
「エフィ、ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。それじゃ、レント。また明日ね」
「うん。また明日」
部屋に戻り、ベッドに寝転んだ僕の頭の中に、ふとエフィの言葉が浮かぶ。
『婚前の男女が同じ部屋でっていうのは好ましくないと思わない?』
エフィがそう言ってくれたおかげで、ディアラが素直にエフィのところに行ってくれたのはよかった……よかったんだけど、『婚前』っていうのがね。ちょっとまずかったよね。ディアラの反応からして、さらに勘違いさせてしまった気がするんだよな。
どうしよう。とはいっても、考えても仕方がないことなんだよな。エフィが言ったとおり、今は、成り行きに任せるしかない。ないんだよ。
僕は、そう自分に言い聞かせながら、ベッドに潜り込み眠りについた。
◇
ドン! ドン! ドン!
んん……ん。
ドン! ドン! ドン!
もう少し。もう少しだけ寝かせて。
ドン! ドン! ドン!
んあ? なに? だれ? どうしたの?
僕は、ベッドから渋々起き上がると、ふらふらとした足取りで扉に向かった。
「なん……ですか?」
寝ぼけ眼を擦りながら扉を開けると、そこには既に身支度を済ませたエフィとディアラが立っていた。
「レントー! おっはよー!」
「おはようなのじゃ」
「お、おはよう。二人ともどうしたの? こんな朝早くから」
「レント、朝市に行くよ!」
「朝市? あー、朝市ね」
「ほら、ほら。だから早く支度して!」
「わかった。わかったから、そんなに揺らさないで」
「それじゃ、私とディアラはフロントで待ってるからね」
「ふぁーい」
まだ眠いけど、朝市は気になる。
よし。せっかくエフィとディアラも早起きして誘ってくれたんだ。行ってみるか。
◇
「二人とも、お待たせ」
「お! 早いじゃん!」
「妾はそれほど待っておらぬぞ」
「それじゃ、私がこの間見つけた、おすすめの屋台に連れて行ってあげるね!」
宿屋を出て、広場へ続く大通りまで来ると、まだ日が登り始めたばかりだというのに、通りの両端にはたくさんの屋台が並び大勢の人で賑わっていた。
「テムリドの朝市がすごいっていうのは、うわさには聞いていたけど、こんなに賑わってるだなんて!」
昼間の賑わいに引けを取らないその圧巻な光景に、僕は思わず足を止め見入ってしまった。
「レントー! おいてくよー!」
「あ、ごめん! ごめん! 今行くよ」
◇
「わぁ、もうあんなに並んでる! レント、ディアラ。私たちも並ぶよ!」
「エフィ、この行列は何?」
「サンドイッチ屋さんよ。新鮮な朝採り野菜を使ったサンドイッチがとってもおいしいの。ちなみに、私のおすすめは、彩り野菜とベイリーポークのハムサンド! ついさっき採れたばかりのシャキシャキ野菜とベイリーポークのハムが特製ソースと絡み合って……うーん! 想像しただけでよだれが出ちゃう!」
エフィの身振り手振りを交えた解説に、僕とディアラは、ゴクリと唾を呑んだ。
列に並んでから、数分。薄暗かった空が、淡いオレンジ色に染まり始めた頃、いよいよ僕たちの順番が回ってきた。
「朝採り野菜とベイリーポークのハムサンドを三つ!」
「はーい! ちょっと待っててくださいね。——はい。どうぞ。ありがとうございます」
「ありがとうございます! それじゃ、広場に行って、私の屋台のところで食べよ!」
◇
広場へ移動した僕たちは、エフィからサンドイッチを受け取ると、畳まれたままのエフィの屋台の上に腰を下ろし、その包み紙を開けた。
「いっただきまーす!」
「いただきます」
「いただきますなのじゃ」
僕とエフィとディアラの三人は、同時にサンドイッチにかじりつくと、目を丸くして顔を見合わせた。
「「「おいしい——!」」」
それからは、完食するまで、全員無我夢中でサンドイッチを頬張った。
「ごちそうさま!」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまなのじゃ」
「エフィ、ありがとう。エフィのおかげで、とてもおいしい朝ごはんをいただけたよ」
「よかった。朝早く起きた甲斐、あったでしょ?」
「うん!」
あれ? どうしたんだろう。なんか、ディアラの表情が曇ってるように見えるのは、気のせいかな? 実は好みの味じゃなかったとか?
「ディアラ、どうかした?」
「どうもせん」
これは、絶対に何かあったな。でなきゃ、あんなにムッとした顔をするはずがない。
「ディアラ」
「……妾も、その……レントのことを起こしたのじゃが?」
えっと、もしかして、エフィにしかお礼を言わなかったから、ディアラのやつ、拗ねたのか?
「ディアラ。ディアラも僕を起こしてくれてありがとう」
「どういたしましてじゃ!」
あ、やっぱりそうだったんだ。とりあえずディアラの機嫌が直ったみたいでよかった。
「さぁてと、朝ごはんも食べてお腹いっぱいになったし、お仕事、頑張るぞ!」
エフィが、屋台を組み上げると、待ってましたと言わんばかりに一人の客がやってきた。
「洗濯屋さん!」
「あ! おばちゃん!」
「よかったよ。今日はやってくれるんだね?」
「うん! 休んじゃってごめんね!」
「いいんだよ。それはそうと、具合でも悪かったのかい?」
「ううん。そうじゃないの。ちょっと用事があっただけ」
「そうだったのかい。それならよかったよ。さっそくなんだけど、お願いできるかい?」
おばさんはそう言うと、かごいっぱいに詰め込んだ洗濯物をエフィの屋台のカウンターの上にぶちまけた。
「わぉ! これまたいっぱいだね!」
「うちの人ら、大人子ども関係なくすぐ汚すからね。これでも頑張って洗ってるんだけど、この間の天気が悪かった時からなかなか追いつかなくてね」
「そっか。それは大変だったね。でも、私が来たからにはもう大丈夫! すぐにきれいにするからね!」
「アハハ。頼もしいね。それじゃお願いね」
「うん! 任せて! ウォルス! からのバブリムー!」
こうして見てると、なんだか二人とも楽しそうで微笑ましい。
さてと、僕もぼちぼち始めますか。
◇
「おい、鑑定屋。この絵を鑑定しろ」
なんだこの偉そうなおっさんは。いかにも成金みたいな派手な格好だな。
絵の持ち込みね。ま、こういう輩は、大抵騙されてることが多いんだよね。
「いらっしゃいませ! お預かりいたしますね。鑑定!」
鑑定結果……画家ソワレスが描いた作品の模倣品。
ハッ。やっぱりね。偽物だ。
「お客様、残念ながらこれは偽物ですね」
「なんだと!? あの古物商め! 本物のソワレスの絵だと言うから大金叩いて買ってやったというのに! ……いや、まてよ。お前、この絵を狙って偽の鑑定結果を出したんじゃないのか?」
うわぁ。偽物だとわかった途端、今度は僕に、いちゃもんつけてきたよ。面倒くさいおっさんだな。
「そんなことはございませんよ?」
「うるさい! そうやって騙して、この絵をワシから奪い取るつもりだろ?」
「そんなことはいたしませんよ?」
だって、それ、偽物だし。
「このペテン師めが! こうなったら……おい! こいつを始末しろ!」
おっさんが右手をかざすと、少し離れたところに立っていた強面の男が、僕の前に立つなり、カウンターの上に右足を乗せ、ナイフをチラつかせてきた。
「兄ちゃん。嘘はよくねぇな。 あんたに恨みはねぇが、こちとら仕事なんでね。ちっと痛い目にあってもらうぜ」
あのおっさん、用心棒を雇ってたのか。本当に面倒くさいやつだな。さて、どうしたものか。この程度なら、僕でも相手できそうだけど、ここで騒ぎを起こすのもなぁ。
「これ。そこの者。その薄汚い足を下ろし、凶器を捨てるのじゃ」
ディアラ! なんで出てきたの? 危ないよ! ってことはないか。ディアラはドラゴンなわけだし、なんならこの場で一番強いよね? だったら、ちょっと様子をみるか。
「あん? お? こりゃえらい上玉じゃねぇか。しかも東の女とくりゃ、こいつはかなり高く売れるな。まぁ、その前にちっとばかし楽しませてもらうけどな」
「下衆め」
ディアラのあの顔。相当頭に血がのぼってるな。
間違っても、ドラゴンの姿にだけはならないでくれよ。
「ケッ。つべこべ言わず大人しく俺に捕まれや。そうすりゃこの兄ちゃんは見逃してやるよ」
「おい! お前! 勝手なマネをするな! お前は雇い主であるワシの言うことをきいていればそれでいいのだ! きかないというなら報酬は払わんぞ!」
「うるせぇ! てめぇのケチな報酬よりもこの女の方がよっぽど金になんだよ!」
「くぅ! どいつもこいつも! ワシをバカにしおって! 覚えておれ!」
あー、おっさん。結局、鑑定代払わず逃げちゃったよ。
「おら。さっさと来いや!」
「妾に気安く触れるでない!」
ディアラの腕を掴もうとした輩の手が、どこから出したのか、ディアラが手にした扇子で弾かれた。
「痛ってぇな。ったく。下手に出てりゃ調子に乗りやがって! こうなりゃ力ずくで連れてってやる!」
両腕を広げ、ディアラに襲いかかる輩。
しかし、ディアラは、その腕を、まるで舞を舞うかのようにひらひらとかわした。
「なめやがってこの女!」
激昂した輩が、拳をかかげディアラに飛びかかるも、ディアラは、その拳を華麗にいなし、巧みに操る扇子で、輩を四方八方から叩きつけ、その場にのしてしまった。
おお——!! 広場に大歓声が上がった。
とその直後、騒ぎを聞きつけた治安部隊の兵士たちが、ディアラと輩を取り囲んだ。
「何事だ! 大人しくしろ!」
兵士がディアラに向けて一斉に剣を構えた。
と、そこへあのおばさんが立ち塞がった。
「兵士さん。この人は悪くないよ。あの倒れてる輩が、そこの鑑定屋さんに絡んで、それをこの美人さんが助けてくれたんだよ」
「それは、誠か?」
「みんな、そうだろ?」
広場に集まった人々に向かっておばさんが声を大にして呼びかけると、そこにいた誰しもが頷いた。
「そうか。ではこの者が事態を納めてくれたというわけだな。剣を下ろせ! すまなかったな」
「よい。よい。気にするでない」
「この男を縛り上げ、連合しろ!」
「ハッ!」
「あらためてこの場を納めてくれたこと、礼を言う」
「うむ」
兵士たちは、輩を縛り上げ馬に乗せると早々に撤収した。
「レント、怪我はないか?」
「うん。ディアラ、ありがとう。それにしてもディアラは強いね。しかもあの身のこなし、すごく綺麗だったよ」
「き、綺麗!? そそ、そんな……レントがそう言ってくれるのなら、妾はこの上なく嬉しい、のじゃ」
「あら、あら。レントさんったら隅に置けないわね」
「な! 何いってるんだよ。エフィ、これは別にそういう意味じゃなくって、そう、単純にあの舞うような動きが綺麗だなって思っただけだよ!」
「そうね。そういうことにしておいてあげる」
「いや、だから本当だって」
エフィのやつ! またニヤニヤして!
「はぁ、それにしても大損だよ。鑑定はしたのに、お代は取りっぱぐれてしまった」
「レント。それなら、ほれ」
愚痴をこぼした僕に向かってディアラが小さな皮袋を投げ渡してきた。
「これは……財布?」
「あのオヤジからは取れんかったが、大男からはこっそり拝借しておいたぞ」
ディアラのやつ、なんて抜け目ないんだ!
しかし、驚いたな。ディアラにこんな盗賊みたいな能力があったなんて。この間の鑑定結果には載ってなかった気がするけど、もしかして隠れ能力とかだったりするのかな? それとも、能力じゃなくて単に盗っただけだったりして。
「ありがとう。ディアラ」
「んっふふ。どういたしましてじゃ」
「さてと、気を取り直して仕事再開だ」
「妾も手伝うぞ?」
「うん。お願いしようかな」
「任せるのじゃ! して、妾は何をしたらよいのじゃ?」
とは言ったものの、ディアラに何を手伝ってもらおうかな。
僕が首を傾げていると、向かいの屋台からエフィが手を振った。
「ディアラ! こっち手伝ってもらえる?」
「あ、えっと、妾は……」
「ディアラ。今のところこっちは大丈夫だから、エフィのところに行ってあげて」
「わかったのじゃ!」
おお。ディアラのやつ、テキパキ動いてくれるし、感じの良い接客してくれるじゃないか。
ディアラは、エフィの店に客が来ればそちらに行き、僕の店に客が来れば僕の店に来て、客の相手をしてくれた。
◇
そんなこんなで、無事仕事をこなし迎えたテムリド滞在最終日の前夜。
いつものようにベッドに寝転び一日の疲れを癒していると、誰かが僕の部屋の扉を叩いた。
こんな時間に、誰だろ? なんて考えなくても、ドアの向こうに立っているのはエフィとディアラだ。
念のため行った鑑定の結果がそれを告げているから間違いない。
僕が扉を開けると、二人は部屋になだれ込み、ベッドの上に座り込むと、エフィが一枚の汚れた布切れを広げた。
「レント。こんな時間にごめんね。でも、どうしても最後はレントにも見てもらいたくて!」
見るって、いったい何を? まったく状況が把握できないんですけど? ん? それって、お婆さんから洗濯依頼を受けてたあれだよね?
「エフィ、その布切れ」
「そう。おばあちゃんの依頼品」
「ということは……もしかして!?」
「そう! レッドドラゴンの血の解析がようやく終わったの! だからこの汚れが落とせるのよ!」
「レント。すまぬな。妾もそれを一緒に見てみたくての。ついて来てしまったのじゃ。許せ」
「ぜんぜんいいよ。むしろいてほしい」
「そ、そうか」
ディアラ。なんか顔が赤いけど、大丈夫?
「あの、お二人さん。もういいかしら?」
「へ? 何が」
「何がって。レント……」
それじゃディアラが可哀想でしょ? とエフィが小声で耳打ちをしてきたが、僕にはさっぱり意味がわからなかった。
「?」
「本当レントは、うといんだから。いいよ。今のは忘れて。それじゃ、始めるよ?」
エフィが詠唱を始めると、布切れの周りに大小いくつもの魔法陣が展開され、それぞれが淡い光を放ちながらゆっくりと回転を始めた。
「ウォルス、バブリム、スピーニ、クリーニグ、ソナリス……」
水の魔法に泡の魔法、後のは……なんの魔法だろ? 僕の知らない、聞いたことのない魔法が次々とエフィの口から詠唱される。
……すごいな。洗濯魔法って、こんなにも種類があったなんて。奥が深い。
汚れた布切れは、エフィが放った水の魔法によって水の球に包み込まれ、水流や泡に加えて、光や音波など様々な洗濯魔法で洗浄させていく。
詠唱を終え、両手を布切れにかざしたまま静かに目をつむるエフィ。汚れが一つ落ちる毎に、魔法陣も一つその姿を消していった。
仕上げのヒーティアが消え、全ての魔法陣が消失すると、美しい輝きを取り戻した布切れがふわりとベッドの上に舞い落ちた。
「……ふぅ。どう? きれいになったでしょ?」
「うん! すごいよ! エフィ! ピッカピカだよ!」
「これはなんという美しさじゃ」
「えっへへ……う、うう」
エフィは、小さく微笑むと、気を失うようにベッドに倒れ込んでしまった。
「エフィ!?」
「安心せえ。ただの魔力切れ。眠っておるだけじゃ。あれだけの魔法を同時に発動したのじゃから当然の結果じゃ」
「魔力切れ。そうか。そうだよね」
「このまま寝かせておけば、明日には回復するじゃろう」
「それならよかった」
「ふぁ。妾も眠くなってきたのじゃ。ほれ、三人で寝るぞ?」
「えぇ!? それはさすがにダメだよ!」
「そうは言ったところで、ベッドは一つしかないであろう? 他にどこで寝るというのじゃ?」
確かにこの部屋には、シングルベッドしかない。だからといって、三人で一緒に寝るには物理的に無理がある。そもそも、それ以前に僕の倫理観に反する!
「僕はこの椅子で寝るから、ディアラはエフィの横で寝て」
「……婚前じゃからな。仕方ないの」
今、ものすごーく小いさな声だったけど、僕は聞き逃さなかったよ。婚前って言葉を! やっぱり勘違いされてるじゃないか! くぅ。それもこれもみんなエフィのせいだ! 目が覚めたら文句言ってやる!
◇
窓から差し込む朝日で目が覚め僕。エフィとディアラはまだベッドの上で気持ち良さそうに寝息を立てている。
どうやら、僕が一番に起きたみたいだ。
今日は滞在最終日か。思い返せばあっという間だったな。ところで、次はどこの街へ行くつもりなんだろう?
あっ、そうか。お婆さんの依頼した汚れが落ちたんだから、次はそのお婆さんがいる街だ! ……って、結局どこなんだ?
「レント、おはよう」
「おはよう。エフィ……エフィ!?」
「な、なに?」
「よかった。元気になったんだね!」
「うん。元気だよ。変なレント。あ、そっか。私、魔法使いすぎて倒れたんだった」
「そうだよ。魔力切れ起こしてぶっ倒れたんだよ!」
「ごめんね。心配かけて。でも、ほら。もう大丈夫だから」
エフィは、ベッドに立ち上がると、ぴょんぴょん飛び跳ねてみせた。
「あわわ! 地震か?」
エフィがベッドの上で飛び跳ねたりするから、その揺れでディアラが驚いて起きちゃったじゃないか。
「ディアラ!? そこで寝てたの?」
「そうじゃ。エフィを一人で寝かすわけにはいかぬからの。それに、ベッドはこれ一つだけじゃしな」
「そっか。心配してくれてありがとう。あとごめんね。起こしちゃって」
「よい、よい」
「ところでレントは、どこで寝たの?」
「僕はこの椅子で寝たよ」
僕の返答を聞いたエフィが目を丸くした。
「なんで、ベッドで寝なかったの? レントの部屋なんだら一緒に寝ればよかったのに」
いくら自分の部屋のベッドだからって、そんなことできるわけない。そもそもエフィとディアラが並んで寝た時点で、僕が寝られる隙間はなかったからね。
「エフィ、いくらなんでも一緒には寝れないよ」
「なんで? 森で野営した時は一緒に寝たのに?」
「なに!? それは誠か!」
エフィ、言い方! ディアラがまた勘違いしてるじゃないか!
「一緒にって言ったって、焚き火を挟んでお互い別々に寝てたでしょうよ」
「でも、一緒に寝てたっていうのは、ウソじゃないでしょ?」
「たしかに、交代で寝るつもりが二人して朝まで爆睡してしまったのは事実だからね」
僕の言葉を聞いて、ホッと肩を撫で下ろしたディアラとは反対に、エフィはチッと言わんばかりに口を歪ませた。
エフィのやつ、成り行きに任せるしかないなんて言っておきながら、実は僕とディアラをそういう方向にもっていこうとしてないか?
だとしたら、目が覚めたことだし、文句の一つでも言ってやらないと! ……いや、待て。落ち着け。考えてもみろ。ディアラを勘違いさせるようなことを言う度に、僕の反応を見て楽しんでるんだぞ? 今僕がここで文句を言ってしまったら、それこそ彼女の思うツボなんじゃないか?
僕は、今一歩のところで、エフィに文句を言うのをやめた。
「ねぇ、エフィ。その布切れを綺麗にできたってことは、次に僕たちが向かうのは、そのお婆さんがいる街ってことになるよね?」
「うん。レントの言う通りよ。おばあちゃんはベルネ・ベルタに住んでいるから、フェルニドを経由して行くことになるかな。この街に滞在するのも今日で終わりだから、昼すぎには屋台を片付けて、夕方には出発になるね」
「そのベルネ・ベルタとやらは、どのくらい遠いのじゃ?」
「うーん。フェルニドまでは、馬車で一晩だけど、フェルニドからベルネ・ベルタまでは、天候にもよるけど、丸五日はかかるかな」
「ふむ。ならば妾なら三日、いや二日で行けよう」
「ディアラ、いいの? また飛んでもらっても」
「うむ」
おお! ディアラが飛んでくれるって言うならものすごく助かる! それにしても、普通なら五日以上かかる距離を二日で移動できると言えるなんて、ディアラ様々だ。
「それじゃ、この街での最後の仕事に行きますか!」
「「おー!」」
◇
「ふぅ。なんだかんだ忙しかったぁ。またあのおばちゃんも来てくれてたし、お友達にも声かけてくれたみたいで、お客さんいっぱい来てくれた。ディアラ、ずっと手伝ってくれてありがとう。レントも途中から自分の屋台そっちのけで手伝ってくれてありがとう」
「どういたしまてじゃ」
「僕の方は暇だったからね。それにあの列を見たら、なんだか居ても立っても居られなくなってしまったんだよ」
「ふふ。商売魂に火がついたってやつかな?」
「だね」
僕たちは、予定通り昼すぎには屋台を片付け、商人ギルドに返却。その足で酒場に向かい昼食を済ませると夜になるまで宿屋のエフィの部屋でのんびりと過ごした。
◇
「レントよ。どうじゃ? そろそろ頃合いではないか?」
「うん。そうだね。夜も更けてきたし、そろそろいいかな」
「うむ。では出発じゃな」
僕たちは、宿屋を出て城壁の外へ出るとしばらく歩き、街から離れたところで、ドラゴンの姿になったディアラの背に乗り、ベルネ・ベルタに向けて飛び立った。
「「ごちそうさまでした!」」
エフィに続き、マスターにぺこりと頭を下げた僕たちは、酒場を出るとまっすぐに宿屋へ向かった。
「レント・ライゼル様。エフィ・ランドローネ様。お帰りなさいませ。おや、そちらの方は?」
「私の友人です。ディアラっていいます。あの、お願いがあるのですが、この子も私の部屋に泊めさせてもらえませんか? もちろん宿代は追加でお支払いしますから」
「構いませんよ。エフィ様のお部屋はもともと4名様までお泊まりになれますから」
え? エフィの借りてる部屋って、そんなに広かったの? それを一人でだなんて、なんて羨ましい。僕の部屋は角部屋だけど、ベッドと机があるだけの一人部屋だよ? エフィが、商人ギルドに加盟しているかはわからないけど、もし加盟しているとしたら、それだけの部屋をギルドが貸し出すってことは、エフィって、僕なんかよりずっとランクが高いってことだよな?
「というわけだから、ディアラは私と一緒ね」
「妾はレントと一緒が良いのじゃが?」
「そう言うと思ったけど、それはダメ」
「なぜじゃ?」
「婚前の男女が同じ部屋でっていうのは好ましくないと思わない?」
エフィの言葉を聞いたディアラが、ハッと口を両手で隠した。
「そ、それもそうじゃな。レント、すまぬが妾はエフィの部屋で世話になる」
「うん。そうしてくれると僕も助かるよ」
ディアラは、顔を赤らめ頷くと、そのまま階段を上がって行った。
「エフィ、ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。それじゃ、レント。また明日ね」
「うん。また明日」
部屋に戻り、ベッドに寝転んだ僕の頭の中に、ふとエフィの言葉が浮かぶ。
『婚前の男女が同じ部屋でっていうのは好ましくないと思わない?』
エフィがそう言ってくれたおかげで、ディアラが素直にエフィのところに行ってくれたのはよかった……よかったんだけど、『婚前』っていうのがね。ちょっとまずかったよね。ディアラの反応からして、さらに勘違いさせてしまった気がするんだよな。
どうしよう。とはいっても、考えても仕方がないことなんだよな。エフィが言ったとおり、今は、成り行きに任せるしかない。ないんだよ。
僕は、そう自分に言い聞かせながら、ベッドに潜り込み眠りについた。
◇
ドン! ドン! ドン!
んん……ん。
ドン! ドン! ドン!
もう少し。もう少しだけ寝かせて。
ドン! ドン! ドン!
んあ? なに? だれ? どうしたの?
僕は、ベッドから渋々起き上がると、ふらふらとした足取りで扉に向かった。
「なん……ですか?」
寝ぼけ眼を擦りながら扉を開けると、そこには既に身支度を済ませたエフィとディアラが立っていた。
「レントー! おっはよー!」
「おはようなのじゃ」
「お、おはよう。二人ともどうしたの? こんな朝早くから」
「レント、朝市に行くよ!」
「朝市? あー、朝市ね」
「ほら、ほら。だから早く支度して!」
「わかった。わかったから、そんなに揺らさないで」
「それじゃ、私とディアラはフロントで待ってるからね」
「ふぁーい」
まだ眠いけど、朝市は気になる。
よし。せっかくエフィとディアラも早起きして誘ってくれたんだ。行ってみるか。
◇
「二人とも、お待たせ」
「お! 早いじゃん!」
「妾はそれほど待っておらぬぞ」
「それじゃ、私がこの間見つけた、おすすめの屋台に連れて行ってあげるね!」
宿屋を出て、広場へ続く大通りまで来ると、まだ日が登り始めたばかりだというのに、通りの両端にはたくさんの屋台が並び大勢の人で賑わっていた。
「テムリドの朝市がすごいっていうのは、うわさには聞いていたけど、こんなに賑わってるだなんて!」
昼間の賑わいに引けを取らないその圧巻な光景に、僕は思わず足を止め見入ってしまった。
「レントー! おいてくよー!」
「あ、ごめん! ごめん! 今行くよ」
◇
「わぁ、もうあんなに並んでる! レント、ディアラ。私たちも並ぶよ!」
「エフィ、この行列は何?」
「サンドイッチ屋さんよ。新鮮な朝採り野菜を使ったサンドイッチがとってもおいしいの。ちなみに、私のおすすめは、彩り野菜とベイリーポークのハムサンド! ついさっき採れたばかりのシャキシャキ野菜とベイリーポークのハムが特製ソースと絡み合って……うーん! 想像しただけでよだれが出ちゃう!」
エフィの身振り手振りを交えた解説に、僕とディアラは、ゴクリと唾を呑んだ。
列に並んでから、数分。薄暗かった空が、淡いオレンジ色に染まり始めた頃、いよいよ僕たちの順番が回ってきた。
「朝採り野菜とベイリーポークのハムサンドを三つ!」
「はーい! ちょっと待っててくださいね。——はい。どうぞ。ありがとうございます」
「ありがとうございます! それじゃ、広場に行って、私の屋台のところで食べよ!」
◇
広場へ移動した僕たちは、エフィからサンドイッチを受け取ると、畳まれたままのエフィの屋台の上に腰を下ろし、その包み紙を開けた。
「いっただきまーす!」
「いただきます」
「いただきますなのじゃ」
僕とエフィとディアラの三人は、同時にサンドイッチにかじりつくと、目を丸くして顔を見合わせた。
「「「おいしい——!」」」
それからは、完食するまで、全員無我夢中でサンドイッチを頬張った。
「ごちそうさま!」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまなのじゃ」
「エフィ、ありがとう。エフィのおかげで、とてもおいしい朝ごはんをいただけたよ」
「よかった。朝早く起きた甲斐、あったでしょ?」
「うん!」
あれ? どうしたんだろう。なんか、ディアラの表情が曇ってるように見えるのは、気のせいかな? 実は好みの味じゃなかったとか?
「ディアラ、どうかした?」
「どうもせん」
これは、絶対に何かあったな。でなきゃ、あんなにムッとした顔をするはずがない。
「ディアラ」
「……妾も、その……レントのことを起こしたのじゃが?」
えっと、もしかして、エフィにしかお礼を言わなかったから、ディアラのやつ、拗ねたのか?
「ディアラ。ディアラも僕を起こしてくれてありがとう」
「どういたしましてじゃ!」
あ、やっぱりそうだったんだ。とりあえずディアラの機嫌が直ったみたいでよかった。
「さぁてと、朝ごはんも食べてお腹いっぱいになったし、お仕事、頑張るぞ!」
エフィが、屋台を組み上げると、待ってましたと言わんばかりに一人の客がやってきた。
「洗濯屋さん!」
「あ! おばちゃん!」
「よかったよ。今日はやってくれるんだね?」
「うん! 休んじゃってごめんね!」
「いいんだよ。それはそうと、具合でも悪かったのかい?」
「ううん。そうじゃないの。ちょっと用事があっただけ」
「そうだったのかい。それならよかったよ。さっそくなんだけど、お願いできるかい?」
おばさんはそう言うと、かごいっぱいに詰め込んだ洗濯物をエフィの屋台のカウンターの上にぶちまけた。
「わぉ! これまたいっぱいだね!」
「うちの人ら、大人子ども関係なくすぐ汚すからね。これでも頑張って洗ってるんだけど、この間の天気が悪かった時からなかなか追いつかなくてね」
「そっか。それは大変だったね。でも、私が来たからにはもう大丈夫! すぐにきれいにするからね!」
「アハハ。頼もしいね。それじゃお願いね」
「うん! 任せて! ウォルス! からのバブリムー!」
こうして見てると、なんだか二人とも楽しそうで微笑ましい。
さてと、僕もぼちぼち始めますか。
◇
「おい、鑑定屋。この絵を鑑定しろ」
なんだこの偉そうなおっさんは。いかにも成金みたいな派手な格好だな。
絵の持ち込みね。ま、こういう輩は、大抵騙されてることが多いんだよね。
「いらっしゃいませ! お預かりいたしますね。鑑定!」
鑑定結果……画家ソワレスが描いた作品の模倣品。
ハッ。やっぱりね。偽物だ。
「お客様、残念ながらこれは偽物ですね」
「なんだと!? あの古物商め! 本物のソワレスの絵だと言うから大金叩いて買ってやったというのに! ……いや、まてよ。お前、この絵を狙って偽の鑑定結果を出したんじゃないのか?」
うわぁ。偽物だとわかった途端、今度は僕に、いちゃもんつけてきたよ。面倒くさいおっさんだな。
「そんなことはございませんよ?」
「うるさい! そうやって騙して、この絵をワシから奪い取るつもりだろ?」
「そんなことはいたしませんよ?」
だって、それ、偽物だし。
「このペテン師めが! こうなったら……おい! こいつを始末しろ!」
おっさんが右手をかざすと、少し離れたところに立っていた強面の男が、僕の前に立つなり、カウンターの上に右足を乗せ、ナイフをチラつかせてきた。
「兄ちゃん。嘘はよくねぇな。 あんたに恨みはねぇが、こちとら仕事なんでね。ちっと痛い目にあってもらうぜ」
あのおっさん、用心棒を雇ってたのか。本当に面倒くさいやつだな。さて、どうしたものか。この程度なら、僕でも相手できそうだけど、ここで騒ぎを起こすのもなぁ。
「これ。そこの者。その薄汚い足を下ろし、凶器を捨てるのじゃ」
ディアラ! なんで出てきたの? 危ないよ! ってことはないか。ディアラはドラゴンなわけだし、なんならこの場で一番強いよね? だったら、ちょっと様子をみるか。
「あん? お? こりゃえらい上玉じゃねぇか。しかも東の女とくりゃ、こいつはかなり高く売れるな。まぁ、その前にちっとばかし楽しませてもらうけどな」
「下衆め」
ディアラのあの顔。相当頭に血がのぼってるな。
間違っても、ドラゴンの姿にだけはならないでくれよ。
「ケッ。つべこべ言わず大人しく俺に捕まれや。そうすりゃこの兄ちゃんは見逃してやるよ」
「おい! お前! 勝手なマネをするな! お前は雇い主であるワシの言うことをきいていればそれでいいのだ! きかないというなら報酬は払わんぞ!」
「うるせぇ! てめぇのケチな報酬よりもこの女の方がよっぽど金になんだよ!」
「くぅ! どいつもこいつも! ワシをバカにしおって! 覚えておれ!」
あー、おっさん。結局、鑑定代払わず逃げちゃったよ。
「おら。さっさと来いや!」
「妾に気安く触れるでない!」
ディアラの腕を掴もうとした輩の手が、どこから出したのか、ディアラが手にした扇子で弾かれた。
「痛ってぇな。ったく。下手に出てりゃ調子に乗りやがって! こうなりゃ力ずくで連れてってやる!」
両腕を広げ、ディアラに襲いかかる輩。
しかし、ディアラは、その腕を、まるで舞を舞うかのようにひらひらとかわした。
「なめやがってこの女!」
激昂した輩が、拳をかかげディアラに飛びかかるも、ディアラは、その拳を華麗にいなし、巧みに操る扇子で、輩を四方八方から叩きつけ、その場にのしてしまった。
おお——!! 広場に大歓声が上がった。
とその直後、騒ぎを聞きつけた治安部隊の兵士たちが、ディアラと輩を取り囲んだ。
「何事だ! 大人しくしろ!」
兵士がディアラに向けて一斉に剣を構えた。
と、そこへあのおばさんが立ち塞がった。
「兵士さん。この人は悪くないよ。あの倒れてる輩が、そこの鑑定屋さんに絡んで、それをこの美人さんが助けてくれたんだよ」
「それは、誠か?」
「みんな、そうだろ?」
広場に集まった人々に向かっておばさんが声を大にして呼びかけると、そこにいた誰しもが頷いた。
「そうか。ではこの者が事態を納めてくれたというわけだな。剣を下ろせ! すまなかったな」
「よい。よい。気にするでない」
「この男を縛り上げ、連合しろ!」
「ハッ!」
「あらためてこの場を納めてくれたこと、礼を言う」
「うむ」
兵士たちは、輩を縛り上げ馬に乗せると早々に撤収した。
「レント、怪我はないか?」
「うん。ディアラ、ありがとう。それにしてもディアラは強いね。しかもあの身のこなし、すごく綺麗だったよ」
「き、綺麗!? そそ、そんな……レントがそう言ってくれるのなら、妾はこの上なく嬉しい、のじゃ」
「あら、あら。レントさんったら隅に置けないわね」
「な! 何いってるんだよ。エフィ、これは別にそういう意味じゃなくって、そう、単純にあの舞うような動きが綺麗だなって思っただけだよ!」
「そうね。そういうことにしておいてあげる」
「いや、だから本当だって」
エフィのやつ! またニヤニヤして!
「はぁ、それにしても大損だよ。鑑定はしたのに、お代は取りっぱぐれてしまった」
「レント。それなら、ほれ」
愚痴をこぼした僕に向かってディアラが小さな皮袋を投げ渡してきた。
「これは……財布?」
「あのオヤジからは取れんかったが、大男からはこっそり拝借しておいたぞ」
ディアラのやつ、なんて抜け目ないんだ!
しかし、驚いたな。ディアラにこんな盗賊みたいな能力があったなんて。この間の鑑定結果には載ってなかった気がするけど、もしかして隠れ能力とかだったりするのかな? それとも、能力じゃなくて単に盗っただけだったりして。
「ありがとう。ディアラ」
「んっふふ。どういたしましてじゃ」
「さてと、気を取り直して仕事再開だ」
「妾も手伝うぞ?」
「うん。お願いしようかな」
「任せるのじゃ! して、妾は何をしたらよいのじゃ?」
とは言ったものの、ディアラに何を手伝ってもらおうかな。
僕が首を傾げていると、向かいの屋台からエフィが手を振った。
「ディアラ! こっち手伝ってもらえる?」
「あ、えっと、妾は……」
「ディアラ。今のところこっちは大丈夫だから、エフィのところに行ってあげて」
「わかったのじゃ!」
おお。ディアラのやつ、テキパキ動いてくれるし、感じの良い接客してくれるじゃないか。
ディアラは、エフィの店に客が来ればそちらに行き、僕の店に客が来れば僕の店に来て、客の相手をしてくれた。
◇
そんなこんなで、無事仕事をこなし迎えたテムリド滞在最終日の前夜。
いつものようにベッドに寝転び一日の疲れを癒していると、誰かが僕の部屋の扉を叩いた。
こんな時間に、誰だろ? なんて考えなくても、ドアの向こうに立っているのはエフィとディアラだ。
念のため行った鑑定の結果がそれを告げているから間違いない。
僕が扉を開けると、二人は部屋になだれ込み、ベッドの上に座り込むと、エフィが一枚の汚れた布切れを広げた。
「レント。こんな時間にごめんね。でも、どうしても最後はレントにも見てもらいたくて!」
見るって、いったい何を? まったく状況が把握できないんですけど? ん? それって、お婆さんから洗濯依頼を受けてたあれだよね?
「エフィ、その布切れ」
「そう。おばあちゃんの依頼品」
「ということは……もしかして!?」
「そう! レッドドラゴンの血の解析がようやく終わったの! だからこの汚れが落とせるのよ!」
「レント。すまぬな。妾もそれを一緒に見てみたくての。ついて来てしまったのじゃ。許せ」
「ぜんぜんいいよ。むしろいてほしい」
「そ、そうか」
ディアラ。なんか顔が赤いけど、大丈夫?
「あの、お二人さん。もういいかしら?」
「へ? 何が」
「何がって。レント……」
それじゃディアラが可哀想でしょ? とエフィが小声で耳打ちをしてきたが、僕にはさっぱり意味がわからなかった。
「?」
「本当レントは、うといんだから。いいよ。今のは忘れて。それじゃ、始めるよ?」
エフィが詠唱を始めると、布切れの周りに大小いくつもの魔法陣が展開され、それぞれが淡い光を放ちながらゆっくりと回転を始めた。
「ウォルス、バブリム、スピーニ、クリーニグ、ソナリス……」
水の魔法に泡の魔法、後のは……なんの魔法だろ? 僕の知らない、聞いたことのない魔法が次々とエフィの口から詠唱される。
……すごいな。洗濯魔法って、こんなにも種類があったなんて。奥が深い。
汚れた布切れは、エフィが放った水の魔法によって水の球に包み込まれ、水流や泡に加えて、光や音波など様々な洗濯魔法で洗浄させていく。
詠唱を終え、両手を布切れにかざしたまま静かに目をつむるエフィ。汚れが一つ落ちる毎に、魔法陣も一つその姿を消していった。
仕上げのヒーティアが消え、全ての魔法陣が消失すると、美しい輝きを取り戻した布切れがふわりとベッドの上に舞い落ちた。
「……ふぅ。どう? きれいになったでしょ?」
「うん! すごいよ! エフィ! ピッカピカだよ!」
「これはなんという美しさじゃ」
「えっへへ……う、うう」
エフィは、小さく微笑むと、気を失うようにベッドに倒れ込んでしまった。
「エフィ!?」
「安心せえ。ただの魔力切れ。眠っておるだけじゃ。あれだけの魔法を同時に発動したのじゃから当然の結果じゃ」
「魔力切れ。そうか。そうだよね」
「このまま寝かせておけば、明日には回復するじゃろう」
「それならよかった」
「ふぁ。妾も眠くなってきたのじゃ。ほれ、三人で寝るぞ?」
「えぇ!? それはさすがにダメだよ!」
「そうは言ったところで、ベッドは一つしかないであろう? 他にどこで寝るというのじゃ?」
確かにこの部屋には、シングルベッドしかない。だからといって、三人で一緒に寝るには物理的に無理がある。そもそも、それ以前に僕の倫理観に反する!
「僕はこの椅子で寝るから、ディアラはエフィの横で寝て」
「……婚前じゃからな。仕方ないの」
今、ものすごーく小いさな声だったけど、僕は聞き逃さなかったよ。婚前って言葉を! やっぱり勘違いされてるじゃないか! くぅ。それもこれもみんなエフィのせいだ! 目が覚めたら文句言ってやる!
◇
窓から差し込む朝日で目が覚め僕。エフィとディアラはまだベッドの上で気持ち良さそうに寝息を立てている。
どうやら、僕が一番に起きたみたいだ。
今日は滞在最終日か。思い返せばあっという間だったな。ところで、次はどこの街へ行くつもりなんだろう?
あっ、そうか。お婆さんの依頼した汚れが落ちたんだから、次はそのお婆さんがいる街だ! ……って、結局どこなんだ?
「レント、おはよう」
「おはよう。エフィ……エフィ!?」
「な、なに?」
「よかった。元気になったんだね!」
「うん。元気だよ。変なレント。あ、そっか。私、魔法使いすぎて倒れたんだった」
「そうだよ。魔力切れ起こしてぶっ倒れたんだよ!」
「ごめんね。心配かけて。でも、ほら。もう大丈夫だから」
エフィは、ベッドに立ち上がると、ぴょんぴょん飛び跳ねてみせた。
「あわわ! 地震か?」
エフィがベッドの上で飛び跳ねたりするから、その揺れでディアラが驚いて起きちゃったじゃないか。
「ディアラ!? そこで寝てたの?」
「そうじゃ。エフィを一人で寝かすわけにはいかぬからの。それに、ベッドはこれ一つだけじゃしな」
「そっか。心配してくれてありがとう。あとごめんね。起こしちゃって」
「よい、よい」
「ところでレントは、どこで寝たの?」
「僕はこの椅子で寝たよ」
僕の返答を聞いたエフィが目を丸くした。
「なんで、ベッドで寝なかったの? レントの部屋なんだら一緒に寝ればよかったのに」
いくら自分の部屋のベッドだからって、そんなことできるわけない。そもそもエフィとディアラが並んで寝た時点で、僕が寝られる隙間はなかったからね。
「エフィ、いくらなんでも一緒には寝れないよ」
「なんで? 森で野営した時は一緒に寝たのに?」
「なに!? それは誠か!」
エフィ、言い方! ディアラがまた勘違いしてるじゃないか!
「一緒にって言ったって、焚き火を挟んでお互い別々に寝てたでしょうよ」
「でも、一緒に寝てたっていうのは、ウソじゃないでしょ?」
「たしかに、交代で寝るつもりが二人して朝まで爆睡してしまったのは事実だからね」
僕の言葉を聞いて、ホッと肩を撫で下ろしたディアラとは反対に、エフィはチッと言わんばかりに口を歪ませた。
エフィのやつ、成り行きに任せるしかないなんて言っておきながら、実は僕とディアラをそういう方向にもっていこうとしてないか?
だとしたら、目が覚めたことだし、文句の一つでも言ってやらないと! ……いや、待て。落ち着け。考えてもみろ。ディアラを勘違いさせるようなことを言う度に、僕の反応を見て楽しんでるんだぞ? 今僕がここで文句を言ってしまったら、それこそ彼女の思うツボなんじゃないか?
僕は、今一歩のところで、エフィに文句を言うのをやめた。
「ねぇ、エフィ。その布切れを綺麗にできたってことは、次に僕たちが向かうのは、そのお婆さんがいる街ってことになるよね?」
「うん。レントの言う通りよ。おばあちゃんはベルネ・ベルタに住んでいるから、フェルニドを経由して行くことになるかな。この街に滞在するのも今日で終わりだから、昼すぎには屋台を片付けて、夕方には出発になるね」
「そのベルネ・ベルタとやらは、どのくらい遠いのじゃ?」
「うーん。フェルニドまでは、馬車で一晩だけど、フェルニドからベルネ・ベルタまでは、天候にもよるけど、丸五日はかかるかな」
「ふむ。ならば妾なら三日、いや二日で行けよう」
「ディアラ、いいの? また飛んでもらっても」
「うむ」
おお! ディアラが飛んでくれるって言うならものすごく助かる! それにしても、普通なら五日以上かかる距離を二日で移動できると言えるなんて、ディアラ様々だ。
「それじゃ、この街での最後の仕事に行きますか!」
「「おー!」」
◇
「ふぅ。なんだかんだ忙しかったぁ。またあのおばちゃんも来てくれてたし、お友達にも声かけてくれたみたいで、お客さんいっぱい来てくれた。ディアラ、ずっと手伝ってくれてありがとう。レントも途中から自分の屋台そっちのけで手伝ってくれてありがとう」
「どういたしまてじゃ」
「僕の方は暇だったからね。それにあの列を見たら、なんだか居ても立っても居られなくなってしまったんだよ」
「ふふ。商売魂に火がついたってやつかな?」
「だね」
僕たちは、予定通り昼すぎには屋台を片付け、商人ギルドに返却。その足で酒場に向かい昼食を済ませると夜になるまで宿屋のエフィの部屋でのんびりと過ごした。
◇
「レントよ。どうじゃ? そろそろ頃合いではないか?」
「うん。そうだね。夜も更けてきたし、そろそろいいかな」
「うむ。では出発じゃな」
僕たちは、宿屋を出て城壁の外へ出るとしばらく歩き、街から離れたところで、ドラゴンの姿になったディアラの背に乗り、ベルネ・ベルタに向けて飛び立った。
