洗濯士のエフィ 〜僕は鑑定士だというのに、なぜか洗濯屋のエルフと旅をすることになりました〜

「すごい! すごいよ! エフィ! 僕たち、空を飛んでる!」
「イャッホー! 私たち今、鳥になってるみたーい!」

 と喜んだのも束の間。僕は、考えたくない光景を目にしてしまった。

「……エフィ、レッドドラゴンが!」
「ドラゴンがどうかした?」
「まだ、追いかけてきてる!」

 ドラゴンは賢い。圧倒的な強さを誇るが、決して無謀な戦いはしない。ゆえに自身のテリトリーから出ることを嫌い、通常ならテリトリーから出た者をむやみに追ってくるようなことはしない。
 だというのに、なんで? 僕が古傷を傷つけたりしたから? でも、ドラゴンからすれば、怪我をさせられたのだから、むしろ警戒心が強くなると思ったんだけど、それ以上に怒らせてしまったってこと?

「まったくしつこいわね! このままじゃ追いつかれちゃう! とにかく早く地上に降りなきゃ! 倍々ヒーティア!」

 僕たちは、エフィの唱えた威力増しの温風の魔法で地上に向かってぐんぐん加速。なんとかレッドドラゴンに追いつかれずに落下できている。
 でも、これって、ちょっと速すぎない? このままいったら、僕たち地面に叩きつけられて終わりじゃない?

「エフィ、僕たち地面に激突するってことはないよね?」
「たぶん」
「たぶん!?」
「だ、大丈夫よ! 着地直前にちゃんと、その、いろいろ調整するから!」

 何それ。ますます不安になってきてんだけど、本当に大丈夫なの?
 そんなことを考えているうちに、いよいよ地面がハッキリと見えてきた。
 ……やっぱり、やばくない?

「エフィ! 地面が! 地面がもうすぐそこだよ!」
「大丈夫! 大丈夫だから! 10、9、8……」
「え? まさか、死のカウトダウン始めちゃった?」
「そんなわけないでしょ! いいからちょっと静かにしてて! 4、3、2、1、倍々ウォルス! 倍々の倍々バブリム!」

 エフィの放った水の魔法と泡の魔法は、大きなクッションのようになり、そこへ飛び込んだ僕たちは急減速し、ゆっくりと地面に降り立った。

「ぷはぁ。死ぬかと思った」
「だね」
「だね? エフィ、今のやっぱり、やばかったんじゃないの?」
「そ、そんなことないよ! 計画通り、計画通りだから」
「本当に?」
「本当だって。と、とにかく今は、早くあっちの森の中に隠れないと! ここでドラゴンに追いつかれたら、もう逃げられないよ!」
「そうだね。ごめん。森へ急ごう!」
「……あぁ、レント」
「何? どうかした?」
「う、後ろ……」
「後ろ?」

 青ざめた顔で、僕の後ろを指差すエフィ。
 バサリ、バサリと大きな何かが動く音と、全身に感じる明らかに自然ではない風の流れ。僕たちをすっぽりと覆う影。そして、身がすくむ強大な圧。
 背後から感じるその全てが、強者の存在を物語っていた。

「エフィ、もしかして……」

 エフィは、小さくコクリと頷いた。

「だよね……はぁ」

 ため息混じりで振り向き見上げた空には、大きな赤い塊が浮遊していた。それは、紛れもなくあのレッドドラゴンだった。
 重低音でゴロゴロと喉を鳴らし、今にでも僕たちに喰らいついてきそうな……って、さっきの睨み合いとはえらく声が違くない? なんか、唸り声っていうより、猫撫で声みたいなんですけど?
 と、思った矢先。レッドドラゴンが僕に向かってその巨体を降ろしてきた。
 ダメだ! 避けられない! 潰される!
 死を覚悟し、目をつむったその時、ぎゅっと誰かが僕の体に抱きついた感触がした。
 こ、これは! もしかして、エフィが飛びついて助けてくれた!?

「レント! 大丈夫?」
「うん。大丈夫」

 大丈夫は大丈夫、なんだけど……なんだろう、この違和感は。
 目をつむったまましばらく考えた僕は、ある事に気がついた。それは、僕は一歩もこの場を動いていないということだ。
 もし、エフィが僕に飛びついて助けてくれたのなら、その勢いで地面に倒れ込んでいてもおかしくない。なのに、僕はここに立ったままだ。いや、そもそも、一歩も動いていないというのに、なんでレッドドラゴンに押しつぶされていないんだ? それに、心なしかエフィの声が少し離れたところから聞こえたような?
 いったい何が起こったというのか? 恐る恐る目を開けてみると……え? だ、誰?
 僕の体には、エフィではなく、見知らぬ美女が抱きついていた。

「レント! 今、ものすごいことが起きたの!」
「ものすごいこと? もしかして、コレ?」
「うん! ソレ!」
「レッドドラゴンは?」
「だから、ソレが」
「これ、二人とも。(わらわ)のことを、コレだのソレだのというのは不敬であろう?」

 ワラワ? なんか東方の国の王族みたいな喋り方だな。それにこの格好は……キモノ? だっけかな? これも東方の国の人が着ているものに似ている気がするけど、いったい何者なんだ? レッドドラゴンの姿が無いってことは、この人が倒してくれたってことだよな。それも一瞬で跡形もなく。だとしたら凄腕の、いや、伝説級の冒険者なのでは!? でも、なんでそんな人が僕に抱きついているんだ? まったくわからない。まぁ、とりあえず、まずはこの人に僕から離れてもらおう。

「あの、すみませんが、僕から離れてくれませんか?」
「嫌じゃ」
「レント、鼻の下伸びてるよ」
「何言ってるんだよエフィ。冗談はいいから、この人をなんとかしてくれないかな」
「はい、はい。あの、ドラゴンさん? 一度レントから離れてもらえませんか?」
「嫌じゃ」

 は? 待て、待て。今エフィ、この人のこと、ドラゴンさんとか言わなかったか?

「エフィ、ドラゴンさんって、どういうことかな?」
「だから、さっき言おうとしてたのに。いい? 今度は、今から言うことちゃんと聞いててよね?」
「はい。お願いします」

 エフィが言うには、僕たちを追ってきたレッドドラゴンは、僕たちの頭上にその姿を現した後、僕に向かってその巨体を降ろしてきた。
 ここまでは、僕も見ていたから覚えている。問題は僕が目をつむった後、その先の話だ。

「ドラゴンさんは、空から降りてくる途中で、今の姿に変身したの! それで、レントに抱きついたってわけ」
「は? え? じゃあ、この人が、あのレッドドラゴンだっていうの?」
「そう」
「そうじゃ。妾は獄炎龍(ごくえんりゅう)其方(そなた)らがレッドドラゴンと呼ぶ者じゃ」
「えぇー!!」

 信じられない! この美人があのレッドドラゴンだなんて。
 鑑定! ……獄炎龍(レッドドラゴン)。竜種。火属性。人型(女)。獄炎の吐息。鋭い爪。強者の覇気。真紅の瞳。火系術……その他諸々。
 ほ、本当にあのレッドドラゴンだ。それにしてもこれは興味深い。鑑定結果に見たことのない能力が現れてる。これってやっぱり人型になったからだよね?
 でも、なんで人の姿に? なんで僕に抱きついてるの? 

「あの、レッドドラゴンさん」
「すまぬが、その呼ばれ方はあまり好きではないでの。そうじゃ! 其方、妾に名を付けよ!」

 はぁ!? レッドドラゴンに名前を付けろだって!? いやいや。そんなこと急に言われても……って、すごいワクワクした瞳で見つめてくる! 困ったな。そうだ! エフィなら、何かいい案出してくれるかも!

「エフィ!」
「そんなうるうるした目をしてもダメよ。ドラゴンさんは、レントにつけてほしいって言ってるんだから、ちゃんと考えてあげなさい」
「そうじゃぞ。妾は其方につけてほしいのじゃ」

 くっ。読まれていたか。そして、あのニヤニヤした笑み。エフィめ、完全にこの状況を楽しんでるな。はぁ、仕方ない。真面目に考えるか。
 えっと……そういえば、(いにしえ)の火竜にサラマンドラってのがいたな。サラマンドラ、サラマンドゥーラ、サラマン! はないな。ドゥーラ、ディーラ、ディアラ! うん! ディアラが良いんじゃないか!

「ディアラ。なんてどう、かな?」
「ディアラ! なんと甘美な響き! 良い! 良いではないか! んふふ。今この時より妾はディアラと名乗るとしよう!」
「よかったね。気に入ってもらえて」
「うん。ところで、ディアラ」
「なんじゃ?」
「なんで、きみは急に人の姿になったの? ついさっきまでは、その、僕たちを……殺そうとしていたように見えたんだけど?」
「うむ。先までは、其方らを葬るつもりじゃったのは確かじゃぞ。しかし、其方がこれを……」

 そう言って、僕からようやく離れてくれたディアラは、何やら恥ずかしそうに体をくねらせながら、後ろ手に隠していた何かを両手で握り締め、僕の前に差し出した。

「こ、これは! 星夜草の花!」
「んふ。そうじゃ。其方が……レントがこれを妾に投げ渡してくれたのじゃ」
「わぉ! レント、いつの間に!」
「は? エフィ、いつの間にってどういうこと?」
「ちょっとレント、いい?」

 エフィは、顔を赤らめもじもじしているディアラから少し僕を遠ざけると、耳元で言う。

「レントは、星夜草の花が別名『愛の女神』って呼ばれてるのは知ってるよね?」
「うん。なんとなくだけど。それが、なにか?」
「うそでしょ? それ知っていて、そんなこと言う?」
「いや、ごめん。愛の女神って呼ばれてることはなんとなく知ってたけど、それ以上のことはよく知らないんだ」
「本当に? それじゃ教えるけど、ディアラにはさっきレントが口にしたこと、言ったらダメだからね? いい?」
「う、うん」

 いつになく真剣なエフィの表情に、僕は思わずたじろいでしまった。

「星夜草の花はね、その希少さから、求愛に使う花の中で最も高貴なものとされてるのよ。だから、この花を渡されたってことは、最上級のプロポーズをうけたことになるってわけ」
「さ、最上級のプロポーズ!? それじゃ僕は、ディアラにプロポーズをしたってことになってるわけ?」
「たぶんね」
「断らなきゃ。僕はそんな気はないし、花はうっかり落としただけだから」
「ちょ、レント! そんなことしたらダメよ。少なくとも今はね。考えてもみて。ここでディアラを悲しませたり、怒らせたりしたら、今度こそ私たち」
「……殺される、かも」

 エフィが深く頷く。

「それじゃ僕はどうしたら?」
「成り行きにまかせるしかないわね」
「そんなぁ」
「もとはと言えば、レントがうっかりにしたって花を落としたのが悪いんだから、仕方ないでしょ?」
「それは、そうなんだけどさぁ」

 僕が肩を落としていると、それを見たディアラが心配をしたのか、駆け寄ってきた。

「レント? 大丈夫か? どこか具合でも悪いのか?」
「ううん。大丈夫」
「そうか? 無理は禁物じゃぞ?」
「うん。ありがとう。心配してくれて」
「うむ。妾がレントを心配するは、当然のことじゃ!」

 はぁ。仕方ないか。エフィの言うとおり、僕が蒔いた種だもんな。それに、こんな心から心配してくれているような顔を見たら、花はただ落としただけだなんて言えない。

母君(ははぎみ)!」
「うぇ!?」

 ぷっ! エフィがお母さんだって!?
 ディアラのやつ、面白いこと言うな。たしかにエフィはエルフだから、僕よりも年上であることは確実だろうけど、まさかお母さんとは斬新な発想だ。でも、見た目からしたら、僕の方がエフィより年上に見えるだろうし、どっちかっていうと、僕がお兄さんって感じなんだけどな。

「ちょっと、レント。何笑ってるの?」
「いや、別に」

 頬を膨らませるエフィには悪いけど、やっぱりちょっと面白い話だ。もう少し、このまま聞いていよう。

「あの、ディアラ。母君って私のこと、だよね?」
「そうじゃ。エフィ殿はエルフとお見受けした。だとしたら人間であるレントは、エフィ殿が育てられたのであろう?」
「たしかに私はエルフだよ。だけど、レントとはつい3日前に知り合ったばかりで、私が育ての親ってことはないよ」
「おや。そうじゃったか。それはすまなかった。エフィ殿」
「別にいいよ。あ、それとエフィでいいよ。殿はいらない」
「おお、そうか。ならばこれからはエフィと呼ばせてもらうとしよう」
「うん。そうして。それじゃ、テムリドに戻ろっか」
「そうだね。あの、エフィ。ちょっといいかな?」
「何?」

 僕は、エフィに向かって小声で言う。

「ディアラも一緒に、だよね?」
「当たり前でしょ」

 そうだとはわかっていたよ。でもさ、ディアラはなんだかんだいって、ドラゴンなんだよ? それを街に連れて行っていいものなのか? とはいえ、おいていくなんてできないから、結局は連れていくわけだけど……大丈夫かな?

「そんな顔してると、またディアラが心配するよ? 今はレントのことを慕ってるんだから、大丈夫だって。なんとかなるよ。これまでだって、なんとかなってきたじゃない。ね?」
「う、うん」

 まぁ、たしかに今はディアラがすぐに暴れ出すようなことにはならないだろうけど、彼女のことがよくわかっていない以上油断はできない。だけど、考えたところでどうにかなる問題じゃないからな。ひとまずは流れに任せるしかないか。

「ディアラ。これから街に行くけど、ドラゴンの姿になったらダメだよ? それと、暴れるのもね」

 エ、エフィ!? そんなド直球に言ったら、ディアラが怒るんじゃないか!?

「エフィよ。案ずることはない。そのくらいのことは妾とて理解しておる」

 おお! これは意外な反応……? いや、これが本来のディアラなのかもしれない。僕は、彼女のことをドラゴンだから獰猛で怖いと勝手に思い込んでいたけれど、まだ何もわかっていないじゃないか。それなのに僕ときたら……先入観で判断するなんて、商人としても、人としても恥ずべき行いだ。ディアラ、申し訳ない!
 
「それにしても人里は久しぶりじゃ。テムリドとやらには、美味いものはあるのか?」
「いっぱいあるよ!」
「ほほう。酒はどうじゃ?」
「あるよ!」
「おお! それは、楽しみじゃのう!」

 身振り手振りを交えながら楽しそうに会話をするエフィとディアラ。
 二人ともいい笑顔だ。とてもさっき出会ったばかり、それも生死を分ける戦いを繰り広げていただなんて、今の光景からは想像もつかないな。

「よぉし! それじゃ、テムリドに戻るよ!」
「おー! と言いたいところだけど、僕たちが降りてきたこの場所って、オルグ山があそこに見えるってことは、テムリドとは真逆、山のさらに西側に来てしまったってことだよね?」
「そうだね」
「だとすると、森の入り口までは少なくとも5日はかかるな」
「うへぇ。そんなにぃ。なら途中で食材集めたり、狩をしないとだよね?」
「そうなるね」
「二人とも何を言っておるのじゃ?」

 僕とエフィの会話を黙って聞いていたディアラが不思議そうな顔で言った。

「ここからだと、テムリドの街までは、すごく時間がかかるって話だよ」
「それはわかっておる。そうではなく、二人とも歩いて行くつもりでおるのか?」
「え? うん。それ以外に方法はないからね。森の入り口まで行けば、街道を通る馬車で街まで移動できるけど、そこまでは確実に歩くことになる」

 ん? ディアラ? 何その顔。なんで急にドヤ顔したの?

「レント。エフィ。妾がおるではないか!」
「うん。いるね」
「いるわね」
「……其方らは、案外鈍いの。妾は獄炎龍ぞ?」
「……ハッ! ディアラ、まさか!」

 僕が、両手を広げ上下に動かしてみせると、ディアラは、ふふん! とさらに得意げな顔を見せた。

「え? え? どういうこと?」
「エフィよ。レントのあの動きを見てもまだわからぬのか?」
「わかんない!」
「仕方がないのぉ。答えるとするか。妾が龍の姿となり、其方らを背に乗せて空を飛ぶのじゃ。さすればテムリドとやらまでそう時間はかからんじゃろ」
「えぇ!? すごい! 空を飛んでいけるってこと!?」
「そうじゃ」

 エフィは、目を輝かせながらディアラの両腕を撫でた。

「でも、空を飛んでるとこ見つかったら、大騒ぎになるんじゃない?」
「エフィよ。案ずることはない。今宵も月が無いからの。そうそう見つかりはせん」
「そっか。なら、ディアラ。よろしくね!」
「承知。さすればすぐにでも参ろうぞ!」

 そう言うとディアラは、龍へと姿を変え、僕とエフィをその背中に乗せた。

「二人とも、しっかり掴まっておれ。いざ、参る!」

 左右に目一杯広げた翼を、バサァっと大きく羽ばたかせた瞬間、その巨体がいとも簡単に空高く舞い上がった。

「うっわぁ! すっごーい! レント! 見て! あそこ! もうテムリドが見えるよ!」
「本当だ! 街の明かりが見える!」
「ふむ。あれがテムリドなのだな。二人とも、振り落とされるでないぞ! いざ!」

 バッサァ——!! 一振りでどれだけ進んだのか。街の明かりがぐっと近くなった。バサリ、バサリと翼を羽ばたかせる度に、僕たちは街に近づき、ものの数分でテムリドの城壁近くまで到達した。

「速っ! もう着いちゃったよ!」
「あっという間だったね! ディアラはすごいね!」
「ふふん。この程度、妾にとっては造作もないことぞ」

 僕たちを降ろし、人の姿に戻ったディアラが両手を腰に当て、胸を張り言った。

「まだお店も開いてるみたいだから、まずは晩ごはんにしよっか?」
「なぬ!? 食事とな!? 何を食すのじゃ?」
「なにがいいかなぁ。ここはやっぱり、気軽に入れる酒場がいいかな? レントはどう思う?」
「いいと思うよ。ディアラはお酒も飲みたいみたいだし」

 コクコクと嬉しそうに頷くディアラ。

「よし! 決まりだね!」



「らっしゃい!」

 エフィに続き酒場へ入ると、丸坊主のマスターがいつものように、威勢の良い声で迎えてくれた。

「エールを大で三杯と塩茹で緑まめ! あと今日は、ブラックホーンのステーキを三枚! お願いマスター!」
「おお? 洗濯屋の姉ちゃん。今日はずいぶんと羽振がいいじゃねぇか。儲かったんか?」
「ううん。そうじゃないけど、新しい仲間が出来たお祝いなの」
「おお! そうか! そりゃめでたいな!」
「でしょー」
「そういうことなら俺にまかせろ! 腕によりをかけて作ってやる! ちっと待ってな!」

 エフィのやつ、相変わらず常連客みたいだな。

「はーい! エール大と、塩茹で緑まめでーす!」

 マスター同様元気の良い店員の女の子が、酒とつまみを僕たちの前に並べた。

「わーい! それじゃ、乾杯しよっか。ディアラが私たちの旅に参加してくれたお祝いに! かん」
「ちょっと待って! エフィ、今なんて言った?」
「え? ディアラが私たちの旅に」
「そこ。私たちの旅って何かな?」
「何かなって。この前言ったじゃない。洗濯の極意を完成させるための旅に決まってるでしょ?」
「そこじゃなくて、いや、そこはそれで合ってるんだけど、そうじゃなくて、僕たちの『たち』ってのが引っかかって」
「レント、何言ってるの?」

 何言ってるの? じゃないよ! 僕は、あくまで今回限りのつもりでついて行ったんだよ? レッドドラゴンの血は手に入ったわけだし、旅の目的だって違うし、今後はお互いそれぞれの旅を……でもそうなったら、ディアラはどうなる? 間違いなく彼女は、僕についてくるよな?
 ……まぁ、それはそれでいいか……ってよくない! ぜったいによくない気がする!

「エフィ。僕は、今回一度きりのつもりでついていったんだけど」
「え? あんなに一緒に冒険したのに、今更そんな事言う?」
「あんなにって、たった3日ちょっとのことじゃないか」
「あのね、レント。私はね、日にちや時間の問題じゃないと思うわけ。もっとこう、シンプルに考えてみて。レントは楽しくなかった? この数日のこと」

 それはまぁ、ちょっとした冒険? みたいだったし? どちらかと言えば……楽しかったさ。それは認める。認めるよ。でもさぁ。

「レントよ。旅は道連れ世は情けじゃぞ?」
「そうだよ! ディアラ、いいこと言う!」

 エフィに褒められ、ドヤ顔のディアラ。

 わかってる。わかってるよ。ディアラがついて来た時点で、結局はこうなるんじゃないかと思ってた。
 でもさぁ、絶対これからの旅、危険ないことだらけに決まってる!
 だけど、危険だってわかってるのに、なんだかワクワクしてしまう自分がいるのも事実なんだよな。だとしたら僕は……うーん。

「レント。自分の気持ちに素直になったら?」
「……わかったよ。ついて行く」
「やったー!」
「ところで、レントとエフィは何の旅をしておるのじゃ?」
「それはね、実は旅はこれからはじまるんだけど……」

 エフィは、洗濯の極意を完成させるための旅をしていることや、僕が鑑定士としてその旅に加わること、おばあさんから受けた依頼のことをディアラに話した。

「なるほどの。妾の封印をなぜ解いたのか疑問に思うておったが、その婆様のために、命をかけてでも妾の血が必要であったと、そういうわけであったか。なんとも涙ぐましい話よのぉ。良き、良き」

 あ、えっと、封印を解いてしまったのは、エフィによる半ば事故みたいなものだったから、ディアラが思うような立派な理由はないんだけどな。

「あ、封印はね、エフィが」
「ちょーっと、レント」
「ん? どうしたのじゃ?」
「なんでもないよ。ね? レント」
「うん。なんでもない」

 ちょっとからかうつもりだったけど、エフィのあの顔。うん。僕にはわかる。あの引きつった笑顔は、これ以上攻めたらいけないやつだ。

「そうだ、ディアラ。話は変わるけど、40年前の大規模魔獣討伐のことって覚えてたりする?」
「覚えておるぞ。あれは、突然じゃった。ようやく安住の地を見つけたと思いここで静かに暮らしていたというに、あの日、大勢の兵士が妾のもとにやってきたのじゃ。予期せぬ奇襲じゃったからの。妾はほどなくして封印されてしまったというわけじゃ」
「え? ちょっと待って」

 僕は、ディアラのあまりにも不可解な発言に、思わず二人の会話に割って入ってしまった。
 
「ディアラは、討伐隊を壊滅させたんだよね?」
「壊滅じゃと? 早々に封印されてしまったというのに、そのようなこと、妾にできるはずなかろう」

 どう言うことだ? エフィがおばあさんから聞いていた話だと、討伐隊はレッドドラゴンによってほぼ壊滅。かろうじて生き残った数名の一人が、形見の布切れを持ち帰ってきたってことだったよな? でもディアラの話が本当なら、いや本当なわけだから、これは……考えたくないけど、レッドドラゴンの被害に見せかけた何者かによる陰謀。だとしたら、とてつもなくきな臭いぞ。

「エフィ。この話は、おばあさんの依頼が終わったら、これ以上は関わらないほうがいいと思う」
「そ、そうだね。なんだか危ない匂いがするもんね」

 そんな不穏な空気を一新してくれたのは、おっ待たせしましたー! という店員の女の子の元気な声だった。

「マスター特製ブラックホーンのステーキでございまーす!」
「わぁ! 肉厚で美味しそう!」
「こ、これは! なんと美味な香りじゃ!」
「え? これって、僕たちが頼んだステーキじゃないですよね?」
「はい! マスターがお祝いだから特別だ! って言ってましたー!」

 僕たちが厨房に視線を移すと、右手の親指をグッと立てたマスターが、とびっきりの笑顔でこちらを見ていた。