「あの大きなリュックサックを背負った後姿……エフィさんだろうな」
西の城門に着いた僕は、馬車乗り場で御者らしき男と何やら話をしている、いやもめている? エフィさんらしき人物にこっそり近づくと、聞き耳を立てた。
「だから! もうすぐ来るはずなんです! あと少し! あと少しだけ待ってください! お願い!」
「お客さん、これ以上は無理だって。もう出発の時間になっちまったよ」
「そこをなんとか!」
「いや、無理だって」
「えっと、えっと……」
辺りをしきりにキョロキョロと見回しはじめた人物の顔は、紛れもなくエフィさんだった。
「あ! いた! レント!」
エフィさんの動きを、思わず目で追っていた僕は、まんまと彼女に見つかってしまった。
「おじさん! 来ました!」
「それなら急いで乗ってくれ」
「レント! 早く! 早く!」
「え? うわっ! ちょ、ちょっと!」
エフィさんは、僕に駆け寄り右腕に手を回してきたかと思うと、そのままグイグイ引っ張り、馬車の中に傾れ込んだ。
「はぁ、危なかったね。なんとか間に合って良かったね」
「……」
「どうしたの? レント? もしかして、怒ってる?」
「……別に、怒ってませんよ」
「それ、絶対怒ってるやつじゃん!」
そりゃもう、内心激怒ですよ! こんなの強引すぎるでしょ!
「レント、ごめんね。でも、ありがとう。来てくれて」
うう。そんな笑顔で、ありがとうだなんて……ずるいよ。そんなこと言われたら、これ以上怒るに怒れないじゃないか。
「レントは優しいね」
「僕は、別に……優しくなんてないですよ」
「口ではそう言ってても、私にはわかるよ」
「……」
これ、今のところ完全にエフィさんのペースに呑まれてるな。馬車は走り出してしまったし、このままだと本当にレッドドラゴンのところに連れて行かれてしまう。なんとかしないと。
「エフィさん」
「エフィでいいわよ」
「いや、それはダメですよ」
「なんで?」
「なんでって、僕とエフィさんは昨日出会ったばかりじゃないですか」
「今更何言ってるのよ。私とレントの仲じゃない」
「何ですか? その誤解を生むようなフレーズは」
ハッ! もしかしてエフィさん、他でもそんな事言ってたりして! だとしたら宿屋の人や冒険者ギルドの人の反応も理解できる気がするんだけど。
「そんな細かいこと気にしない! ね?」
「細かいことって」
「それよりレント。あなたなら絶対に来てくれるって私、信じてた」
話を逸らされた。エフィさんめ、僕の話聞く気ないな。そして、あの口ぶり。なんか手のひらの上で転がされているような気がして歯痒い。
「来ましたよ。来ましたけど、それはエフィさんを」
「エフィ! それと敬語もやめて!」
怖! めちゃくちゃ頬膨らませてるし、顔、赤! さん付けとか敬語って、別に怒ることじゃないよね? それともエルフ界隈だと失礼にあたるのか? んーわからない。だけど、ここは穏便に話を進めた方が良い気がする。僕の商人としての勘がそう告げているからね。
「……わ、わかったよ。エフィ」
「よろしい。続けて」
「えっと、僕は、エフィを止めに来たんだよ」
「へ? 止めに?」
僕が深く頷くと、エフィは瞳を潤ませ、上目遣いで僕の顔を覗き込んできた。
「レント、それって冗談だよね? レントは私のこと心配してくれて、ここに来てくれたんでしょ? か弱い女の子を超危険な場所に一人で行かせるわけには行かないって、そう思ったから来てくれたんだよね? だから一緒に来てくれるんだよね? ね?」
ものすごい早口! そして、なんて都合の良い解釈! だけど、ここで引くわけにはいかない。一人で行こうが、二人で行こうが、待ち受ける結果は同じ。死あるのみ!
僕は、まだまだ死にたくないし、エフィだって洗濯の極意を完成させる夢をこんなところで終わらせたくないはず!
「エフィ、正直に言うね。僕は死にたくないんだ。エフィだってそうだろ? こんなところで洗濯の極意を完成させる夢を終わらせたくはないだろ?」
「そんなの当たり前じゃない。命も洗濯の極意も、どっちも大事よ。だから行くの」
「いやでも、レッドドラゴンとまともにやり合ったりしたら、僕たち確実に死んでしまうよ?」
「レントは、アレと真っ向から戦おうって思ってる?」
「え?」
僕が首を傾げると、エフィはニヤリと笑った。
「アレとまともにやり合っても勝ち目がないことくらい私もわかってる。だから、そうじゃないやり方でいく!」
うん。ものすごいドヤ顔してるけど、真っ向勝負じゃなければ、そうなるよね。
「それで、そうじゃないやり方なんてあるの?」
「あるよ! 寝込みを襲う!」
ちょ、言い方! 声も大きいし、他の乗客が一斉にこっちを見たじゃないか!
「エフィ。この話の続きは、後にしない?」
「……そうね。わかった。そうする」
◇
「おじさん! ここら辺で降ろしてもらえませんか?」
「え? それは構わないが、ここからじゃフェルニドまで、まだずいぶんとあるよ?」
「ご心配なく。私たちはフェルニドには行きませんので。この森に用があるんです」
「森に? 薬草でも取りに行くのかい?」
「はい。そんなとこです」
「そういうことなら降りてもらって構わないが、近ごろは薬草の群生地にも魔獣が出るってウワサだ。気をつけて行きなよ」
「はい! ご忠告、ありがとうございます! ほら、レントもちゃんとお礼して」
「あ、ありがとうございます」
僕とエフィは、馬車を止めてくれた御者のおじさんにお辞儀をすると、キャビンから飛び降りた。
「さてと、まずはお昼にしよっか」
エフィは空を見上げるとそう言った。
「私さ、今日まだ何も食べてないんだ。だからもうお腹ペコペコ」
エフィは、朝も昼も食べてなかったんだ。それはそうだよな。冒険者ギルドでレッドドラゴンの情報収集をしたり、馬車を足止めしてたんだから、そんな暇はなかったよな。
それなのに僕は、さっき昼飯食べて来ちゃったぞ。どうしよう。言いづらいな。
「あ、あのエフィさん」
「どうしたの? 急にあらたまって」
「僕、お昼、食べて来ちゃった」
「はぁ!? うそでしょ!? 大遅刻して来たっていうのに、一人でお昼食べて来たですって! ひどい! 私、レントと一緒にごはん食べようと思って我慢してたのに! 私、頑張ってたのに!」
「ご、ごめん! ごめんよ!」
あぁ、僕は、なんでこんなに必死に謝ってるんだろう。僕からすれば別に遅刻なんてしたつもりはないし、一緒に昼飯を食べる約束だってしてなかったのに……理不尽すぎる。
「そ、そうだ! エフィ、これ!」
僕は、鞄にしまっておいたパンを思い出し、それを取り出すと、エフィに差し出した。
「パン?」
「うん。さっき昼飯を食べた時に一つとっておいたんだ」
苦し紛れに思わずパンを出してしまった。けど、これで、少しでもエフィの機嫌が良くなってくれれば……って、さすがにそれはないか。
「レント……」
「は、はい」
「ありがとう! すごく嬉しい!」
「え? ほ、本当に?」
「うん! だって、このパンは、レントが私のためにわざわざとっておいてくれたものなんでしょ?」
「そ、そう。そのパンはエフィの分だよ」
うん。それはあながち間違ってない。何かあった時のためにとっておいたものだからね。今回が、その何かあった時だと思えば、このパンはエフィの分としてとっておいたと言っても過言ではない! うん。そういうことにしよう!
「やっぱりレントは優しいね! これ、今、食べてもいい?」
僕が頷くと、エフィは目にうっすらと涙を浮かべながらパンを頬張り、小さくおいしいと呟いた。
まさかパン一つでここまで機嫌が直るとは思わなかったな。それに、あの幸せそうな顔を見ていると、なんだか僕の方まであったかい気持ちになる。本当、不思議な女性だ。
「ごちそうさま! とってもおいしかったよ! ありがとう!」
「いえいえ。お粗末さまでした」
「ねぇレント。さっきの話しだけど、アレ、良い作戦だと思わない?」
「思わないよ」
「えぇ!? そんなバッサリと否定する?」
「相手はレッドドラゴンなんだよ? どう考えても危険だし、失敗する確率の方が圧倒的に高いと僕は思う」
「そうかなぁ……」
「そうだよ。だから、今からでも街の広場に戻ろう? 昨日来てたおばちゃんもエフィがいないから困ってたよ?」
エフィだって商売人だ。お客さんが困ってたって聞けば見過ごすことはできないはず。そうだろ?
「んー、おばちゃんには悪いけど、今はこっちが最優先ね」
「なんで? なんでエフィは、そんな明らかに危険だとわかってる方をわざわざ選ぶの?」
「昨日、話したでしょ? おばちゃんの依頼のこと。時間がないのよ」
「それは、そうかもしれないけど」
確かに昨日の話では、おばあさんは持病が悪化してしまい、もう長くないかもしれないということだった。
だからといって、自らの命を危険に晒す必要があるか? 死んでしまったら元も子もないというのに。
「レント。私だって、今回の件がとっても危険なことだっていうのは、よくわかってるつもりよ。けど、それでも私は、洗濯士としてこの依頼を受けた以上、絶対に、きれいにしてみせたいの」
それって、洗濯士としてのプライドってやつか。
ふっ。まぁ、そういうの……嫌いじゃない。僕にだって、鑑定士としてのプライドがあるからね。
エフィって、ご都合主義なひとだとばかり思ってたけど、案外ちゃんと芯を持ってるひとなのかもしれないな。これは、ひょっとすると、面白いことになるのかもしれない。僕の商人としての勘がそう告げている気がするからね。
「わかったよ。エフィ。一緒に行くよ」
「本当に!? やったー!」
「それで、ここで馬車を降りたってことは、それなりの情報は集まってるってことでいいのかな?」
「うん。ギルドにいた冒険者さんたちや受付のお姉さんに聞いた話だと、レッドドラゴンは昔、オルグ山で目撃されたことがあるらしいの。それで、そのオルグ山へは、この森の中にある川を、上流に向かって行くのが一番近いんだって。それでも丸一日は歩くみたいだけど」
なるほど。ここからでも山は見えてるけど、それなりに距離はあるってことか。そうなると今夜は野宿になるな。だとしたら、途中で食料を確保しながら進む必要がある。
鑑定! ……薬草にきのこ、木の実に果物。虫や魚、動物の反応もある。うん。思った通り。この森は食材の宝庫だ。さすが薬草の群生地があるだけのことはある。
「エフィ、今日は野宿になるだろうから、歩きながら食材を確保しよう」
「そうだね。私も探しながら歩くね! それじゃ、しゅっぱーつ!」
僕とエフィは、木々の生い茂る森に足を踏み入れると、オルグ山へ続く川を探しはじめた。
「……レント、こっちの方から水の流れる音がする」
さすがはエフィの耳。僕にはまだ聞こえていない川の音をしっかりと捉えてくれている。これなら、すぐに川は見つかりそうだ。
「レント! このきのこは食べれるよね?」
「鑑定! ……それはダメ。毒キノコだ」
「えー!? こんなにおいしそうなのに?」
「そういうものほど毒があるんだ」
「そっか。あ! じゃこれは?」
「鑑定! ……それも毒があるね」
それからエフィは、川へ向かうついでに、一生懸命食材を探してくれたけど、ほとんどが毒のあるものだった。
しかし、驚いたな。どちらかというと、この森にある食材って、食べられるものが多いのに、よくこれだけ毒のある食材を見つけられたものだ。これもある意味、エフィの才能なのかもしれないな。
「うーん。食材探しって難しいね」
「ハハ、そうだね」
「レントがいなかったら私、とっくに死んでるよ」
「縁起でもないこと言わない」
エフィは、ニヒヒと白い歯を覗かせ笑うと、何かを見つけたのか森の奥に向かって駆け出した。
「レント! 早く! 早く! あったよ!」
「今行くよ! それで、今度は何があったの?」
「早く! 早く!」
急いでエフィのあとを追った次の瞬間、視界がパァっと明るくなったかと思うと、キラキラと輝く澄んだ水流が僕の目に飛び込んできた。
「……綺麗な水だ」
「だね。ほら、レント。あそこ!」
「魚だ!」
「今日の夜ご飯は決まりだね」
たしかに水面下にはたくさんの魚影が見える。だけど、目に見えている魚ほど捕まえるのは難しいんだよな。ここは木の枝でも拾ってきて、地道に釣るしかないか。
と思った矢先、エフィが何やら詠唱を始めた。
「ウォルス!」
ウォルス? って、それ、昨日僕の体を洗う時に使った水玉の魔法だよね? なんでそれをここで発動したの?
一瞬首を傾げた僕だったが、その答えはすぐにわかった。
「え? え!? えぇ!? 凄い! エフィ! 凄いよ!」
「えっへへ」
川から浮き上がってきた水玉の中には、驚くことに、たくさんの魚の姿があった。
これは凄い! 水玉を出す魔法にこんな使い方があったなんて!
エフィは、水玉を上手に操り、河原の上まで動かしたところでそれを割った。
ピチピチと小石の上で跳ねる魚を急いで拾い上げる。
「一匹、二匹、三匹……七匹、八匹。大漁だ! これならお腹いっぱい食べられるぞ!」
「やったー! 楽しみだね! ん? レント、あれ、なんだろう?」
エフィが指差す木々の間に、なにやら赤い球体がいくつも見える。
鑑定! ……フォレストウルフ。これは厄介なのが現れたな。ざっと見ても十匹以上いる。やつらは集団で獲物を襲うから、いったん狙われたら、それなりの数を相手にしなければならないんだよな。戦士や魔法使いがいれば、さほど脅威というわけではない低ランクの魔獣だけど、僕たちだけではちょっと厳しい。
「エフィ、まずいことになった。僕たち、どうやらフォレストウルフに囲まれたみたいだ」
「フォレストウルフ!? なんで? それって、おかしくない? 私、魔獣除けのチャームちゃんとつけてるよ?」
「僕もだよ」
エフィの言う通り、この状況はおかしい。僕とエフィが身につけている魔獣除けのチャームは、フォレストウルフのような低ランクの魔獣には、ほぼ見つかることはないはずなのに……ん? アイツらの視線……そうか! 狙いは、これか!
「エフィ。多分なんだけど、この魚の匂いにつられたんじゃないかな」
「そういうこと!? だとしたら魚をおいて早く逃げなきゃ」
「待って。今は下手に動かない方がいい。アイツらもまだ警戒してこちらの様子を伺ってるみたいだからね」
そう。まずはこちらも様子見だ。
フォレストウルフには、群れを統率するリーダーが必ず存在する。そして、そのリーダーを失った群れはバラバラになり逃げ去る。
だから、力技に持ち込めない僕たちは、リーダーを見極め最小限の被害で乗り切る必要がある。
この群れのリーダーは……他の個体よりも一回り大きいアイツだな。
「エフィ、群れにリーダーがいるのは知ってるよね?」
「うん。リーダーさえなんとかできれば、群れは解散するんだよね?」
「そう。そして、この群れのリーダーはアイツだ。僕はせっかくエフィが獲ってくれた魚をみすみすアイツらにくれてやるつもりはない! 仮に、逃げるにしてもアイツをなんとかしない限り僕たちは逃げきれないと思う」
「なら、やるしかないね」
僕は深く頷くと、腰のベルトに装着している護身用の短剣を抜き構えた。
僕だって、やる時はやるさ。これまでだって、旅先でこういうことは何度か経験してるからね。
「エフィ、キミはあの岩の後ろに隠れていてくれ。僕は、魚を一匹餌にしてアイツをおびき寄せ、隙を見て倒す!」
「わかった。でも、私も援護するからね!」
「援護って? エフィ、もしかして攻撃魔法とか支援魔法が使えたりするの?」
「使えないよ。でも、たぶん大丈夫だから」
攻撃魔法も支援魔法も使えないっていうのに、どうやって援護するつもりなの? 大丈夫だからと言われたけど、何の根拠もないものを信じるのは難しい……でも、今のこの状況でエフィさんを疑っても仕方がない。信じて僕は、僕のできる事をやるしかない!
「うん。その言葉、信じるよ!」
「任せて!」
「ほらよ! 来い!」
僕が魚を一匹、リーダーめがけて投げると、リーダーは牙を剥き、魚に飛びついた。
「よし! 作戦通り! この一撃で決める!」
僕は、リーダーの首元めがけ全力で突進し、短剣を突きつけた。
が、あと少しというところで、こちらを振り向いたリーダーの鋭い爪が短剣を弾いた。
僕を睨みつけ、牙剥き出しで迫るリーダー。
まずい! このままじゃ、殺られる!
「ウォルス!」
水玉がリーダーを包み込む。水玉はリーダーを包み込んだまま、垂直に地面に落ちると、弾けた。
「バブリム!」
よろめきながらも立ち上がったリーダーの足元に無数の泡が出現し、リーダーはその泡で立とうとする度、何度も滑り地面に倒れた。
「レントー!」
振り向いた僕に、エフィが投げ渡してきたのは果物ナイフだった。
「エフィ! ありがとう!」
今度こそ外さない。アイツの動きをよく見て、確実に首元を狙う!
「おりゃー!」
僕は、果物ナイフをしっかりと握り、そのまま勢いよく振り下ろした。
果物ナイフは、見事リーダーの首元に突き刺さり……って、あれ? 首、切り落としちゃったぞ?
リーダーの首と体が地面にぶつかり、軽い地響きが起きると、リーダーを失った群れは、散り散りに森の中へと姿を消した。
「やったね! レント! さすが、剣聖の末裔ね!」
「うん! 僕やれたよ! って、エフィ? もしかして、僕の血筋のこと知ってる?」
「うん。知ってるよ。昨日、レントの名前聞いた時、すぐにわかった。キミ、知ってる人からすれば有名だもの。剣聖の血をひくライゼル家の三男。兄は王様直属の近衛騎士団団長にして現剣聖、アルベリオ・ライゼル。姉は王国騎士団団長ルシア・ライゼル、でしょ?」
「そこまで知ってるんだね。それじゃ、僕がなんで剣の道じゃなくて鑑定士をやってるのかも知ってるの?」
「それは知らない。なんでなの?」
「……」
僕が黙り込むと、エフィはくるりと後ろを向き、別に話さなくてもいいよと言ってくれた。
だけど、僕は……話したい。エフィになら、話してもいい。そんな気がする。
「……僕は小さい頃から剣を振るよりも、本を読んだり植物や虫なんかを調べることに興味があってね。だから将来は鑑定士になりたいと思ってたんだ。ある日、僕は父さんにそれを打ち明けた。もちろん大反対されたよ。幼かった僕は、当時剣聖だった父さんに逆らうことなんて出来なかったから、仕方なく剣の練習を続けたんだ。でもね、僕は諦めがすごく悪くて。父さんと大喧嘩をする羽目になったんだ。それで結局、家を飛び出してしまった。それからは独学で鑑定を見様見真似で始めたってわけ。呆れた理由でしょ?」
「ぜんぜん。むしろかっこいいと思うよ!」
かっこいい? そんなこと、初めて言われたな。これまでは、剣聖の血筋なのにだとか、家柄に泥を塗っただとか、親不孝者だとか、散々な言われようだったから、拍子抜けした。でも、なんだろう……ちょっと、心の内が温かい。
「そんなこと、って言ったら失礼かもだけどさ、今は今なんだから、気にすることなんてないと思うよ? レントは腕利きの鑑定士だし、ちょこっと剣の腕もある! それで良くない? あれ? なんで泣いてるの?」
泣いてる? 僕が? そんなわけ……あれ?
慌てて手で顔を触ってみると、自分でも気づかないうちに、両頬を涙がつたっていた。
「ハハ。なんでだろうね。でも、ありがとう。エフィのおかげで、なんか少し心が軽くなった気がするよ」
「お礼を言われる理由がよくわかんないけど、良かった」
僕は、小さく頷き涙を拭うと、笑顔でエフィに言う。
「さてと、日が傾いて来たし、気を取り直して先を急ごう!」
「おう!」
◇
川の上流を目指し進むこと数時間。
気がつけば、見上げた空には星が瞬いていた。
「だいぶ近くなってきた気はするけど、今日はここら辺で休んだ方が良さそうだね」
「そうね。だったらすぐ夜ご飯にしようよ!」
「気が早いなエフィは。まずは、火を起こさないと」
「そっか。そうだよね。それじゃ私、薪になりそうな枝を集めてくる!」
「僕も一緒にいくよ」
「そう? じゃ、一緒に行こう! ……って、あの光り、なんだろう?」
西の城門に着いた僕は、馬車乗り場で御者らしき男と何やら話をしている、いやもめている? エフィさんらしき人物にこっそり近づくと、聞き耳を立てた。
「だから! もうすぐ来るはずなんです! あと少し! あと少しだけ待ってください! お願い!」
「お客さん、これ以上は無理だって。もう出発の時間になっちまったよ」
「そこをなんとか!」
「いや、無理だって」
「えっと、えっと……」
辺りをしきりにキョロキョロと見回しはじめた人物の顔は、紛れもなくエフィさんだった。
「あ! いた! レント!」
エフィさんの動きを、思わず目で追っていた僕は、まんまと彼女に見つかってしまった。
「おじさん! 来ました!」
「それなら急いで乗ってくれ」
「レント! 早く! 早く!」
「え? うわっ! ちょ、ちょっと!」
エフィさんは、僕に駆け寄り右腕に手を回してきたかと思うと、そのままグイグイ引っ張り、馬車の中に傾れ込んだ。
「はぁ、危なかったね。なんとか間に合って良かったね」
「……」
「どうしたの? レント? もしかして、怒ってる?」
「……別に、怒ってませんよ」
「それ、絶対怒ってるやつじゃん!」
そりゃもう、内心激怒ですよ! こんなの強引すぎるでしょ!
「レント、ごめんね。でも、ありがとう。来てくれて」
うう。そんな笑顔で、ありがとうだなんて……ずるいよ。そんなこと言われたら、これ以上怒るに怒れないじゃないか。
「レントは優しいね」
「僕は、別に……優しくなんてないですよ」
「口ではそう言ってても、私にはわかるよ」
「……」
これ、今のところ完全にエフィさんのペースに呑まれてるな。馬車は走り出してしまったし、このままだと本当にレッドドラゴンのところに連れて行かれてしまう。なんとかしないと。
「エフィさん」
「エフィでいいわよ」
「いや、それはダメですよ」
「なんで?」
「なんでって、僕とエフィさんは昨日出会ったばかりじゃないですか」
「今更何言ってるのよ。私とレントの仲じゃない」
「何ですか? その誤解を生むようなフレーズは」
ハッ! もしかしてエフィさん、他でもそんな事言ってたりして! だとしたら宿屋の人や冒険者ギルドの人の反応も理解できる気がするんだけど。
「そんな細かいこと気にしない! ね?」
「細かいことって」
「それよりレント。あなたなら絶対に来てくれるって私、信じてた」
話を逸らされた。エフィさんめ、僕の話聞く気ないな。そして、あの口ぶり。なんか手のひらの上で転がされているような気がして歯痒い。
「来ましたよ。来ましたけど、それはエフィさんを」
「エフィ! それと敬語もやめて!」
怖! めちゃくちゃ頬膨らませてるし、顔、赤! さん付けとか敬語って、別に怒ることじゃないよね? それともエルフ界隈だと失礼にあたるのか? んーわからない。だけど、ここは穏便に話を進めた方が良い気がする。僕の商人としての勘がそう告げているからね。
「……わ、わかったよ。エフィ」
「よろしい。続けて」
「えっと、僕は、エフィを止めに来たんだよ」
「へ? 止めに?」
僕が深く頷くと、エフィは瞳を潤ませ、上目遣いで僕の顔を覗き込んできた。
「レント、それって冗談だよね? レントは私のこと心配してくれて、ここに来てくれたんでしょ? か弱い女の子を超危険な場所に一人で行かせるわけには行かないって、そう思ったから来てくれたんだよね? だから一緒に来てくれるんだよね? ね?」
ものすごい早口! そして、なんて都合の良い解釈! だけど、ここで引くわけにはいかない。一人で行こうが、二人で行こうが、待ち受ける結果は同じ。死あるのみ!
僕は、まだまだ死にたくないし、エフィだって洗濯の極意を完成させる夢をこんなところで終わらせたくないはず!
「エフィ、正直に言うね。僕は死にたくないんだ。エフィだってそうだろ? こんなところで洗濯の極意を完成させる夢を終わらせたくはないだろ?」
「そんなの当たり前じゃない。命も洗濯の極意も、どっちも大事よ。だから行くの」
「いやでも、レッドドラゴンとまともにやり合ったりしたら、僕たち確実に死んでしまうよ?」
「レントは、アレと真っ向から戦おうって思ってる?」
「え?」
僕が首を傾げると、エフィはニヤリと笑った。
「アレとまともにやり合っても勝ち目がないことくらい私もわかってる。だから、そうじゃないやり方でいく!」
うん。ものすごいドヤ顔してるけど、真っ向勝負じゃなければ、そうなるよね。
「それで、そうじゃないやり方なんてあるの?」
「あるよ! 寝込みを襲う!」
ちょ、言い方! 声も大きいし、他の乗客が一斉にこっちを見たじゃないか!
「エフィ。この話の続きは、後にしない?」
「……そうね。わかった。そうする」
◇
「おじさん! ここら辺で降ろしてもらえませんか?」
「え? それは構わないが、ここからじゃフェルニドまで、まだずいぶんとあるよ?」
「ご心配なく。私たちはフェルニドには行きませんので。この森に用があるんです」
「森に? 薬草でも取りに行くのかい?」
「はい。そんなとこです」
「そういうことなら降りてもらって構わないが、近ごろは薬草の群生地にも魔獣が出るってウワサだ。気をつけて行きなよ」
「はい! ご忠告、ありがとうございます! ほら、レントもちゃんとお礼して」
「あ、ありがとうございます」
僕とエフィは、馬車を止めてくれた御者のおじさんにお辞儀をすると、キャビンから飛び降りた。
「さてと、まずはお昼にしよっか」
エフィは空を見上げるとそう言った。
「私さ、今日まだ何も食べてないんだ。だからもうお腹ペコペコ」
エフィは、朝も昼も食べてなかったんだ。それはそうだよな。冒険者ギルドでレッドドラゴンの情報収集をしたり、馬車を足止めしてたんだから、そんな暇はなかったよな。
それなのに僕は、さっき昼飯食べて来ちゃったぞ。どうしよう。言いづらいな。
「あ、あのエフィさん」
「どうしたの? 急にあらたまって」
「僕、お昼、食べて来ちゃった」
「はぁ!? うそでしょ!? 大遅刻して来たっていうのに、一人でお昼食べて来たですって! ひどい! 私、レントと一緒にごはん食べようと思って我慢してたのに! 私、頑張ってたのに!」
「ご、ごめん! ごめんよ!」
あぁ、僕は、なんでこんなに必死に謝ってるんだろう。僕からすれば別に遅刻なんてしたつもりはないし、一緒に昼飯を食べる約束だってしてなかったのに……理不尽すぎる。
「そ、そうだ! エフィ、これ!」
僕は、鞄にしまっておいたパンを思い出し、それを取り出すと、エフィに差し出した。
「パン?」
「うん。さっき昼飯を食べた時に一つとっておいたんだ」
苦し紛れに思わずパンを出してしまった。けど、これで、少しでもエフィの機嫌が良くなってくれれば……って、さすがにそれはないか。
「レント……」
「は、はい」
「ありがとう! すごく嬉しい!」
「え? ほ、本当に?」
「うん! だって、このパンは、レントが私のためにわざわざとっておいてくれたものなんでしょ?」
「そ、そう。そのパンはエフィの分だよ」
うん。それはあながち間違ってない。何かあった時のためにとっておいたものだからね。今回が、その何かあった時だと思えば、このパンはエフィの分としてとっておいたと言っても過言ではない! うん。そういうことにしよう!
「やっぱりレントは優しいね! これ、今、食べてもいい?」
僕が頷くと、エフィは目にうっすらと涙を浮かべながらパンを頬張り、小さくおいしいと呟いた。
まさかパン一つでここまで機嫌が直るとは思わなかったな。それに、あの幸せそうな顔を見ていると、なんだか僕の方まであったかい気持ちになる。本当、不思議な女性だ。
「ごちそうさま! とってもおいしかったよ! ありがとう!」
「いえいえ。お粗末さまでした」
「ねぇレント。さっきの話しだけど、アレ、良い作戦だと思わない?」
「思わないよ」
「えぇ!? そんなバッサリと否定する?」
「相手はレッドドラゴンなんだよ? どう考えても危険だし、失敗する確率の方が圧倒的に高いと僕は思う」
「そうかなぁ……」
「そうだよ。だから、今からでも街の広場に戻ろう? 昨日来てたおばちゃんもエフィがいないから困ってたよ?」
エフィだって商売人だ。お客さんが困ってたって聞けば見過ごすことはできないはず。そうだろ?
「んー、おばちゃんには悪いけど、今はこっちが最優先ね」
「なんで? なんでエフィは、そんな明らかに危険だとわかってる方をわざわざ選ぶの?」
「昨日、話したでしょ? おばちゃんの依頼のこと。時間がないのよ」
「それは、そうかもしれないけど」
確かに昨日の話では、おばあさんは持病が悪化してしまい、もう長くないかもしれないということだった。
だからといって、自らの命を危険に晒す必要があるか? 死んでしまったら元も子もないというのに。
「レント。私だって、今回の件がとっても危険なことだっていうのは、よくわかってるつもりよ。けど、それでも私は、洗濯士としてこの依頼を受けた以上、絶対に、きれいにしてみせたいの」
それって、洗濯士としてのプライドってやつか。
ふっ。まぁ、そういうの……嫌いじゃない。僕にだって、鑑定士としてのプライドがあるからね。
エフィって、ご都合主義なひとだとばかり思ってたけど、案外ちゃんと芯を持ってるひとなのかもしれないな。これは、ひょっとすると、面白いことになるのかもしれない。僕の商人としての勘がそう告げている気がするからね。
「わかったよ。エフィ。一緒に行くよ」
「本当に!? やったー!」
「それで、ここで馬車を降りたってことは、それなりの情報は集まってるってことでいいのかな?」
「うん。ギルドにいた冒険者さんたちや受付のお姉さんに聞いた話だと、レッドドラゴンは昔、オルグ山で目撃されたことがあるらしいの。それで、そのオルグ山へは、この森の中にある川を、上流に向かって行くのが一番近いんだって。それでも丸一日は歩くみたいだけど」
なるほど。ここからでも山は見えてるけど、それなりに距離はあるってことか。そうなると今夜は野宿になるな。だとしたら、途中で食料を確保しながら進む必要がある。
鑑定! ……薬草にきのこ、木の実に果物。虫や魚、動物の反応もある。うん。思った通り。この森は食材の宝庫だ。さすが薬草の群生地があるだけのことはある。
「エフィ、今日は野宿になるだろうから、歩きながら食材を確保しよう」
「そうだね。私も探しながら歩くね! それじゃ、しゅっぱーつ!」
僕とエフィは、木々の生い茂る森に足を踏み入れると、オルグ山へ続く川を探しはじめた。
「……レント、こっちの方から水の流れる音がする」
さすがはエフィの耳。僕にはまだ聞こえていない川の音をしっかりと捉えてくれている。これなら、すぐに川は見つかりそうだ。
「レント! このきのこは食べれるよね?」
「鑑定! ……それはダメ。毒キノコだ」
「えー!? こんなにおいしそうなのに?」
「そういうものほど毒があるんだ」
「そっか。あ! じゃこれは?」
「鑑定! ……それも毒があるね」
それからエフィは、川へ向かうついでに、一生懸命食材を探してくれたけど、ほとんどが毒のあるものだった。
しかし、驚いたな。どちらかというと、この森にある食材って、食べられるものが多いのに、よくこれだけ毒のある食材を見つけられたものだ。これもある意味、エフィの才能なのかもしれないな。
「うーん。食材探しって難しいね」
「ハハ、そうだね」
「レントがいなかったら私、とっくに死んでるよ」
「縁起でもないこと言わない」
エフィは、ニヒヒと白い歯を覗かせ笑うと、何かを見つけたのか森の奥に向かって駆け出した。
「レント! 早く! 早く! あったよ!」
「今行くよ! それで、今度は何があったの?」
「早く! 早く!」
急いでエフィのあとを追った次の瞬間、視界がパァっと明るくなったかと思うと、キラキラと輝く澄んだ水流が僕の目に飛び込んできた。
「……綺麗な水だ」
「だね。ほら、レント。あそこ!」
「魚だ!」
「今日の夜ご飯は決まりだね」
たしかに水面下にはたくさんの魚影が見える。だけど、目に見えている魚ほど捕まえるのは難しいんだよな。ここは木の枝でも拾ってきて、地道に釣るしかないか。
と思った矢先、エフィが何やら詠唱を始めた。
「ウォルス!」
ウォルス? って、それ、昨日僕の体を洗う時に使った水玉の魔法だよね? なんでそれをここで発動したの?
一瞬首を傾げた僕だったが、その答えはすぐにわかった。
「え? え!? えぇ!? 凄い! エフィ! 凄いよ!」
「えっへへ」
川から浮き上がってきた水玉の中には、驚くことに、たくさんの魚の姿があった。
これは凄い! 水玉を出す魔法にこんな使い方があったなんて!
エフィは、水玉を上手に操り、河原の上まで動かしたところでそれを割った。
ピチピチと小石の上で跳ねる魚を急いで拾い上げる。
「一匹、二匹、三匹……七匹、八匹。大漁だ! これならお腹いっぱい食べられるぞ!」
「やったー! 楽しみだね! ん? レント、あれ、なんだろう?」
エフィが指差す木々の間に、なにやら赤い球体がいくつも見える。
鑑定! ……フォレストウルフ。これは厄介なのが現れたな。ざっと見ても十匹以上いる。やつらは集団で獲物を襲うから、いったん狙われたら、それなりの数を相手にしなければならないんだよな。戦士や魔法使いがいれば、さほど脅威というわけではない低ランクの魔獣だけど、僕たちだけではちょっと厳しい。
「エフィ、まずいことになった。僕たち、どうやらフォレストウルフに囲まれたみたいだ」
「フォレストウルフ!? なんで? それって、おかしくない? 私、魔獣除けのチャームちゃんとつけてるよ?」
「僕もだよ」
エフィの言う通り、この状況はおかしい。僕とエフィが身につけている魔獣除けのチャームは、フォレストウルフのような低ランクの魔獣には、ほぼ見つかることはないはずなのに……ん? アイツらの視線……そうか! 狙いは、これか!
「エフィ。多分なんだけど、この魚の匂いにつられたんじゃないかな」
「そういうこと!? だとしたら魚をおいて早く逃げなきゃ」
「待って。今は下手に動かない方がいい。アイツらもまだ警戒してこちらの様子を伺ってるみたいだからね」
そう。まずはこちらも様子見だ。
フォレストウルフには、群れを統率するリーダーが必ず存在する。そして、そのリーダーを失った群れはバラバラになり逃げ去る。
だから、力技に持ち込めない僕たちは、リーダーを見極め最小限の被害で乗り切る必要がある。
この群れのリーダーは……他の個体よりも一回り大きいアイツだな。
「エフィ、群れにリーダーがいるのは知ってるよね?」
「うん。リーダーさえなんとかできれば、群れは解散するんだよね?」
「そう。そして、この群れのリーダーはアイツだ。僕はせっかくエフィが獲ってくれた魚をみすみすアイツらにくれてやるつもりはない! 仮に、逃げるにしてもアイツをなんとかしない限り僕たちは逃げきれないと思う」
「なら、やるしかないね」
僕は深く頷くと、腰のベルトに装着している護身用の短剣を抜き構えた。
僕だって、やる時はやるさ。これまでだって、旅先でこういうことは何度か経験してるからね。
「エフィ、キミはあの岩の後ろに隠れていてくれ。僕は、魚を一匹餌にしてアイツをおびき寄せ、隙を見て倒す!」
「わかった。でも、私も援護するからね!」
「援護って? エフィ、もしかして攻撃魔法とか支援魔法が使えたりするの?」
「使えないよ。でも、たぶん大丈夫だから」
攻撃魔法も支援魔法も使えないっていうのに、どうやって援護するつもりなの? 大丈夫だからと言われたけど、何の根拠もないものを信じるのは難しい……でも、今のこの状況でエフィさんを疑っても仕方がない。信じて僕は、僕のできる事をやるしかない!
「うん。その言葉、信じるよ!」
「任せて!」
「ほらよ! 来い!」
僕が魚を一匹、リーダーめがけて投げると、リーダーは牙を剥き、魚に飛びついた。
「よし! 作戦通り! この一撃で決める!」
僕は、リーダーの首元めがけ全力で突進し、短剣を突きつけた。
が、あと少しというところで、こちらを振り向いたリーダーの鋭い爪が短剣を弾いた。
僕を睨みつけ、牙剥き出しで迫るリーダー。
まずい! このままじゃ、殺られる!
「ウォルス!」
水玉がリーダーを包み込む。水玉はリーダーを包み込んだまま、垂直に地面に落ちると、弾けた。
「バブリム!」
よろめきながらも立ち上がったリーダーの足元に無数の泡が出現し、リーダーはその泡で立とうとする度、何度も滑り地面に倒れた。
「レントー!」
振り向いた僕に、エフィが投げ渡してきたのは果物ナイフだった。
「エフィ! ありがとう!」
今度こそ外さない。アイツの動きをよく見て、確実に首元を狙う!
「おりゃー!」
僕は、果物ナイフをしっかりと握り、そのまま勢いよく振り下ろした。
果物ナイフは、見事リーダーの首元に突き刺さり……って、あれ? 首、切り落としちゃったぞ?
リーダーの首と体が地面にぶつかり、軽い地響きが起きると、リーダーを失った群れは、散り散りに森の中へと姿を消した。
「やったね! レント! さすが、剣聖の末裔ね!」
「うん! 僕やれたよ! って、エフィ? もしかして、僕の血筋のこと知ってる?」
「うん。知ってるよ。昨日、レントの名前聞いた時、すぐにわかった。キミ、知ってる人からすれば有名だもの。剣聖の血をひくライゼル家の三男。兄は王様直属の近衛騎士団団長にして現剣聖、アルベリオ・ライゼル。姉は王国騎士団団長ルシア・ライゼル、でしょ?」
「そこまで知ってるんだね。それじゃ、僕がなんで剣の道じゃなくて鑑定士をやってるのかも知ってるの?」
「それは知らない。なんでなの?」
「……」
僕が黙り込むと、エフィはくるりと後ろを向き、別に話さなくてもいいよと言ってくれた。
だけど、僕は……話したい。エフィになら、話してもいい。そんな気がする。
「……僕は小さい頃から剣を振るよりも、本を読んだり植物や虫なんかを調べることに興味があってね。だから将来は鑑定士になりたいと思ってたんだ。ある日、僕は父さんにそれを打ち明けた。もちろん大反対されたよ。幼かった僕は、当時剣聖だった父さんに逆らうことなんて出来なかったから、仕方なく剣の練習を続けたんだ。でもね、僕は諦めがすごく悪くて。父さんと大喧嘩をする羽目になったんだ。それで結局、家を飛び出してしまった。それからは独学で鑑定を見様見真似で始めたってわけ。呆れた理由でしょ?」
「ぜんぜん。むしろかっこいいと思うよ!」
かっこいい? そんなこと、初めて言われたな。これまでは、剣聖の血筋なのにだとか、家柄に泥を塗っただとか、親不孝者だとか、散々な言われようだったから、拍子抜けした。でも、なんだろう……ちょっと、心の内が温かい。
「そんなこと、って言ったら失礼かもだけどさ、今は今なんだから、気にすることなんてないと思うよ? レントは腕利きの鑑定士だし、ちょこっと剣の腕もある! それで良くない? あれ? なんで泣いてるの?」
泣いてる? 僕が? そんなわけ……あれ?
慌てて手で顔を触ってみると、自分でも気づかないうちに、両頬を涙がつたっていた。
「ハハ。なんでだろうね。でも、ありがとう。エフィのおかげで、なんか少し心が軽くなった気がするよ」
「お礼を言われる理由がよくわかんないけど、良かった」
僕は、小さく頷き涙を拭うと、笑顔でエフィに言う。
「さてと、日が傾いて来たし、気を取り直して先を急ごう!」
「おう!」
◇
川の上流を目指し進むこと数時間。
気がつけば、見上げた空には星が瞬いていた。
「だいぶ近くなってきた気はするけど、今日はここら辺で休んだ方が良さそうだね」
「そうね。だったらすぐ夜ご飯にしようよ!」
「気が早いなエフィは。まずは、火を起こさないと」
「そっか。そうだよね。それじゃ私、薪になりそうな枝を集めてくる!」
「僕も一緒にいくよ」
「そう? じゃ、一緒に行こう! ……って、あの光り、なんだろう?」
