洗濯士のエフィ 〜僕は鑑定士だというのに、なぜか洗濯屋のエルフと旅をすることになりました〜

 ……眠い。
 眠いのにぜんぜん眠れない。身体は休みたがっているというのに、頭がそうさせてくれない。

『それじゃ明日ね。宿の前で待ってるから』

 エフィさんが別れ際に放ったフレーズが、うとうとする度に頭の中に浮かび、僕を眠りの淵から呼び戻す。
 何度繰り返されたかわからないが、気づけば窓の外は明るくなっていた。

「うそだろ? もう朝なの? ほとんど眠れなかっんだけど。そうだ。エフィさんは……」

 僕は、昨日のことが嘘や夢であってほしいと願いつつ、恐る恐るカーテンの隙間から宿屋の出入り口を覗いた。

「……いる」

 体に合わない大きなリュックサックを背負い仁王立ちするエルフの姿。間違いなくエフィさんだ。
 本当に待っている。はぁ、どうしよう。あの様子だと、僕が来るまであそこを動くつもりはなさそうだ。
 けど、一緒に行きますなんて言えるわけない。だって、レッドドラゴンの巣に自ら赴くなんて、命を捨てに行くようなものだ。
 本当にどうしたものか。このまま部屋に閉じこもっていても(らち)が明かないことはわかってる。だからと言って、のこのこ出て行ったら、それこそエフィさんの思うつぼだ。
 宿の出入り口を使わず外に出る方法はないものか。
 腕を組み首をかしげた僕の視界に映ったのは窓。

「さすがに無理だよな。あそこから身を乗り出せば、即エフィさんに見つかる」

 窓以外にあるとしたら……そうだ! アレだ! きっとアレがあるはずだ!
 僕が思いついたのは、通用口の存在だ。こういう建物には正面以外に別の出入り口があることが多い。それが宿屋ともなればなおさらだ。
 僕は早々に支度を済ませると、フロント横の階段に身を潜め、従業員の女性に向かって手招きをした。

「お客様? どうかなさいましたか?」
「しっ! お静かに」
「え? あ、はい」
「すみません。こそこそと。ひとつお聞きしたいのですが、この宿に通用口はありますか?」
「はい。ございますが……それがどうかなさいましたか?」
「えっと、ちょっとした事情がありまして。通用口を使わせてもらえないかと」
「はぁ、ちょっとした事情、でございますか」

 あの顔。従業員さん、僕のこと怪しんでるな。
 まぁ、当然だよね。僕が逆の立場だったら、間違いなくこの人怪しいって思うもん。
 仕方がない。少し本当の事を話すか。

「あの、言いにくい事なのですが、表に立っているエルフの女の子と、ちょっと顔を合わせたくなくって」

 ん? 従業員さん? どうしたの? 急に両手で口を隠したりして。それに顔と耳が真っ赤だよ?

「ん? ん?」

 なんか、僕とエフィさんを交互に指差してるけど、それは何でしょう?

「ん? ん?」

 だから、それは何? よくわからないけど、ここはとりあえず愛想笑いしておくか。

「はうっ! やっぱり! お二人は……こ、これは、修羅場の予感」

 はうっ!? やっぱりとは? その後は声が小さくてよく聞こえなかったんですけど、なんて言いました? 

「そう言う事でしたら、ぜひ表に出ていただいて!」
「え? 表?」
「え? じゃなかった! はい! 通用口はこちらです!」

 なんか、盛大に勘違いされている気がするけど……まぁ、いいか。さ、エフィさんに勘付かれないうちにさっさと出よう。

「おはよ。レント」
「エ、エフィさん!? なんでこっちに!? さっきまで表にいたはずなのに! なぜ僕が通用口(こっち)を使うとわかったんですか?」
「なぜって、レントとフロントの人の会話が聞こえてきたからよ」

 えぇー!? エルフの耳がそこまで良いだなんて、文献にも載ってなかったし、予想外なんですけど!

「さ、レント。まずは冒険者ギルドに行くわよ」
「行きませんよ。エフィさん。昨日も言いましたけど、僕は行きませんからね」
「なんで?」
「なんでって、めちゃくちゃ危険だからに決まってるじゃないですか。相手はレッドドラゴンですよ? そんな自ら命を捨てに行くようなマネできませんよ」
「そっか。言われてみればレッドドラゴンはちょっと危険かもね。でも、何とかなるんじゃないかな?」
「なりませんよ!」
「そうかなぁ」
「そうです!」
「まぁ、レントがそう言うなら仕方ないね。とりあえず私は行くから!」

 そう言って駆け出したエフィさんは、十数歩行ったところで、チラリと僕の方を振り向くと、痩せ我慢をしているかのようなひきつった笑顔を見せた。

「ぐぬぬ」
 
 その儚げな微笑に思わず気持ちが揺らぎそうになったけど、僕は心を鬼にして広場に向かった。

 ◇

 畳まれたままの屋台が目立つ広場。今のところ雨は止んでいるが、いつ雨が降り出して来てもおかしくない黒くて分厚い雲を見るとついつい気分が沈む。

「はぁ、今日も客足は期待出来そうにないな」

 そうは言っても、仕事をしないわけにはいかない。気を取り直して仕事だ! 仕事!
 僕は、手早く屋台を組み立て、石畳の上に敷いたラグに座り客を待ったが、やはり客足は鈍く、寝不足も相まってあくびが止まらない。
 そんな僕の目に、ふと目の前の畳まれた屋台が映る。エフィさんの屋台だ。

「エフィさん、あの後どうしたかな……」

 って、なんで僕はエフィさんのこと心配してるんだ? あの後、エフィさんがどうしようと僕には関係ないことじゃないか! ……とはいえ、エフィさんがここへ来ないのはきっと天気のせいじゃない。だとしたら、一人でレッドドラゴンを探しに? いやいや、さすがにそれは考え過ぎだよな……でも、ひょっとしたら……いや、いや。だから僕には関係ないことなんだって! さ、もうエフィさんのことは忘れて、仕事に集中! 集中!



 店を開けてから、かれこれ一時間は経っただろうか。こくり、こくりと頭を揺らし、睡魔と戦うことに専念していた僕の意識を、誰かの声が現実に呼び戻した。

「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 起きとくれよ!」
「い、いらっしゃいませ! 何を鑑定いたしましょう?」
「そうじゃないんだよ。お兄ちゃん」

 あれ? この人、どっかで見たことあるような……その右脇に抱えている籠に、年季の入ったエプロン……そうだ! 昨日、エフィさんと話をしていたお客さんだ。

「あなたは昨日、洗濯屋さんのところに来ていた方ですよね?」
「おや。お兄ちゃん、見てたのかい?」
「えぇ、真向かいですからね」
「そりゃそうだね。ところでお兄ちゃん、洗濯屋さんのお嬢ちゃんを見なかったかい?」

 見ましたよ。なんなら、レッドドラゴンを探しに行こうとしてますよ。なんて正直に言えるわけない。たとえ、言ったところで信じてもらえるような話じゃないからね。

「僕は見てませんね」
「そうかい。困ったねぇ。今日もこんな天気だから、またお願いしたかったんだけど。今日は来ないのかしらねぇ」

 おばちゃんは、残念そうに眉をハの字に傾けると、溢れんばかりの洗濯物が詰まった籠を抱え直し、広場を出て行ってしまった。

「……」

 なんか、おばちゃんに悪いことした気がするな。別に僕のせいじゃないんだけど、なんかモヤモヤする。

「……さ、仕事だ、仕事! ん?」

 両頬を軽く叩いた僕の前に、スッと何かが差し出された。見れば少々派手な化粧と格好をした10代後半くらいの女の子が、赤い宝石のような石がついた銀色の小さな指輪を僕に向けていた。

「お兄さん。これ、何かわかる? 人からもらったやつなんだけど」

 お! ついに来た! 一番客来店だ! 張り切って鑑定するぞ!
 
「はい! お任せ下さい! それではお預かりいたしますね」

 鑑定! ……リングの素材は銀。石はレッドガーネット。純度は共に低いな。差し詰め露店で売られてた安物だろう。

「どう? わかった?」
「はい。これは、レッドガーネットのシルバーリングですね」
「レッドガーネット!? それって高く売れるやつ?」
「残念ながら、こちらは純度がさほど高くありませんので、それほど値はつかないかと」
「なーんだ」

 女の子は、さほどがっかりするわけでもなく指輪をその場に捨てると、お代の銀貨一枚をカウンターに投げ置き行ってしまった。
 ったく。お金を投げるなよ。そういう粗末な扱いをしてると、いつか泣きを見るぞ。それと、誰に貰ったか知らないけど、いくら安物だからって捨てることないだろ。
 どこに行っても一定数はいるヤキモキする客が帰った後、ついにポツリ、ポツリと雨が降り始めてしまい、客足はピタリと止まってしまった。

「今日はもうダメだな。あ、そうだ。ちょっと早いけど昼食にでもするかな」

 エフィさんとの一件で朝食を抜いていたことを思い出した僕は、早々に屋台を畳むと酒場に向かった。

「丸パンを二つとソーセージ。それとホットミルクをお願いします」
「あいよ」

 マスターから丸パンが乗った皿とホットミルクの入ったジョッキを受け取った僕は、昨日と同じ席に座り、丸パンを一個布に包みウエストポーチにしまうと食事をはじめた。すると、僕の後ろの席で食事をしている冒険者らしき二人組の男たちから気になる会話が聞こえてきた。

『なぁ、お前も聞かれたか?』
『何を?』
『何をって。レッドドラゴンのことだよ』
『あー。聞かれた』

 ん? レッドドラゴン? それって、たぶん……いや、絶対エフィさんだよな。

『ギルドに入るなり、この辺りでレッドドラゴンを見たことあるか? とか、居場所を知らないか? って聞いてきた女の子だろ?』
『それそれ』

 なるほど。だからエフィさんは、広場に来なかったのか。
 でも、それって、やっぱりエフィさん、一人で行こうとしてるってことだよね! それがもし本当だとしたら、あまりにも無謀すぎる!
 って、僕はなんでまた気にしているんだ。エフィさんのことなんて、僕には関係ないことじゃないか! ましてやレッドドラゴンの血を採取するなんて命知らずな話! ……命知らずな……ああ! もう! 彼女が本当にレッドドラゴンを探しに行こうとしているのか、それを確かめるだけ! 確かめるだけだからな!



「あれ? いないな」

 僕が冒険者ギルドの扉を潜った時には、既にエフィさんの姿はそこになく、数人の冒険者が談話しているだけだった。

「ようこそ、冒険者ギルドへ……失礼ですが、冒険者ライセンスはお持ちですか?」

 僕を見た受付嬢が顔を曇らせた。
 それはそうだ。冒険者らしい格好の一つもしていないのだから仕方がない。
 
「いえ。持っていません」
「わぁ! でしたら新人さんですね! では、まずは冒険者登録から」
「すみません。僕は登録に来たわけではないんです」
「あー! 私としたことが! ついつい新人さんだと早合点してしまいました! 申し訳ございません! 冒険者ではないということは、ご依頼主様でいらっしゃいますね! それで、今回はどのようなご依頼をお持ちになられたのでしょうか?」
「あの、ワクワクされているところ申し訳ないのですが、それも違います」
「はえ? ではどのようなご用件で?」
「えっと、先ほどここに洗濯屋の女の子が来ませんでしたか?」
「洗濯屋の女の子? ですか?」
「はい。大きなリュックサックを背負ったこれくらいの背丈の子なんですが」
「あー、その子なら来ましたよ」

 やっぱりエフィさんはここへ来ていたか。あの冒険者たちの話を信じていなかった訳じゃないけど、自分で真偽を確かめるまで疑ってかかるのは、商人として当然の行いだ。まぁ、なんでも疑ってかかるのは悪い癖ともいえるけどね。

「彼女、レッドドラゴンの話をしていませんでしたか?」
「はい。していましたよ。レッドドラゴンの生息地や目撃情報を、冒険者の皆さんに聞いてまわってましたね。なんでもレッドドラゴンの生態に興味がある学者の友人がいるとかで、その友人のために行く先々で情報を集めているとか」

 なるほど。そういう理由をつけて情報収集してたのか。

「あの、それで、その子は?」
「一通り聞いてまわった後は、ありがとうございますと、皆さんにお礼を言って出て行きましたよ」
「どこに行ったか、わかりますか?」
「さぁ。それはわかりませんね」
「ですよね。ちなみに、レッドドラゴンの目撃情報なんてありませんよね?」
「はい。ありませんね。40年ほど前の大規模魔獣討伐以来、目撃情報はありませんから。ですが、その討伐以前なら西のオルグ山で目撃されたという記述は残っていますよ」
「西のオルグ山ですか。貴重な情報をありがとうございます!」

 一礼した僕が頭を上げると、ニヤニヤとしながら僕の顔を覗き込む受付嬢の姿が目に飛び込んできた。そして、受付嬢はさらに顔を近づけると言う。

「もしかして、あの子は、彼女さんですか?」
「か!? 彼女!? なな、何を言ってるんですか! ち、違いますよ!」
「うふふ」
「本当に違いますからね! し、失礼します!」

 まったく。宿屋の人といい、冒険者ギルドの人といい、何を勘違いしているんだか。
 それはさておき、今の話からすると、エフィさんの目的地はきっとオルグ山だ。けれど、オルグ山へ直接向かう馬車はない。
 だとすると、西の城門から出ているフェルニド行きでオルグ山の麓まで続く森まで行って、あとは歩いて行くしかないな。
 フェルニド行きは、一日二便。早朝と昼過ぎに出ている。この時間だと早朝便は既に出発しているから、乗るとすれば間違いなく昼過ぎの便になる。
 なら、まだ間に合う! 西の城門にある馬車乗り場まで行ってエフィさんを探し出し、一人でレッドドラゴンを探しに行くのをやめるよう説得する!

「頼むから一人で先走ったりしないでくれよ! って、あれ?」