桐生(きりゅう)家はそこそこ広い庭がある一軒家。
 そんな桐生家には一匹の猫が飼われていた。
 クリーム色のミヌエット。一歳の雌で、名前はティアラ。
 彼女は生後二ヶ月で桐生家にやって来た。
 ティアラがゴロリと寝転べば、桐生家の人達は彼女を撫でる。
 ティアラが毛繕いをすれば、桐生家の人達は夢中で彼女を愛でる。
 そして時々ティアラは桐生家の人達に吸われたりする。
 桐生家の中心には常にティアラがいるのだ。

 ティアラのお気に入りの場所は、日当たりの良い一階の窓辺。桐生家の広い庭がよく見えるスポットでもある。
 そこでゴロリと寝転びお昼寝をしたり毛繕いをしたりと、気ままに過ごすティアラである。
 もちろんその様子にも桐生家の人達はメロメロで、撫でたりスマートフォンで写真や動画を撮ってくる。

 そして最近ティアラは窓の外をじっと見るようになった。
 彼女の視線の先を辿ると、そこには白黒のハチワレの猫がいた。
 最近桐生家の庭にやって来る野良猫だ。どうやら雄らしい。
 野良猫は窓辺付近でくつろいでいる。
 思わずティアラはにゃあ、と声をかけてみる。
「ねえ、貴方、今は冬だけど外にいて寒くないの?」
 すると野良猫はにゃあ、と鳴き答える。
「俺は生まれた時から野良だ。慣れてる」
「……そうなのね。私はずっと家の中だから寒いのは苦手よ。暑いのもだけど」
「だろうな。にしてもお前、良いもん食ってんな」
 野良猫は桐生家の人が庭に少しだけ撒いてくれた高級カリカリを食べてにゃあ、と鳴いた。
「そう? いつものご飯よ」
 ティアラは首を傾げた様子でにゃあ、と鳴いた。
 当たり前のように高級カリカリを食べるお嬢様猫なティアラである。
(すげ)えな、家猫は」
 やや呆れた様子でにゃあ、と鳴いた野良猫。
「貴方はいつも何を食べているの? カリカリでなければ、ササミやお刺身?」
 ティアラはきょとんと首を傾げてにゃあ、と鳴く。
 もう一度言おう。ティアラはお嬢様猫だ。
「どれも野良の俺には縁がねえ話だな。俺達野良はネズミや小鳥や虫なんかを食う。で、足りなかったらお前んとこみたいに餌くれる人間に助けてもらう感じだ」
 野良猫は苦笑したようににゃあ、と鳴いた。
「虫……よくそんなもの食べられるわね」
 ティアラは若干引き気味ににゃあ、と鳴いた。
「ま、家で育ったお嬢様にはそうだろうよ。んじゃ、俺はそろそろ行く。気が向いたらまた来るわ。お前んとこの人間、良い餌くれるしな」
 フッと笑ったように野良猫はにゃあ、と鳴いた。そしてそのまま桐生家の庭を立ち去るのであった。

 野良猫が去った後、ティアラはゴロンと寝転がった。
 外にはティアラの知らない世界が広がっている。しかし、桐生家で好き勝手出来る今の生活を気に入っているティアラ。
 人間ならもしかしたら身分差のあるラブロマンスが始まっていたかもしれないが、いかんせんティアラは猫である。
 彼女は別に外に出ようとも、あの野良猫とどうこうなろうとも思っていなかった。
 ただ、ティアラはこの先も桐生家で気ままに過ごし、時々窓越しにハチワレの野良猫と何らかの会話をやり取りするだけである。