●篠ノ井家・居間 昼
■糸モノローグ■
『帰宅後、桜緋さんが、朝陽さんの件で心の整理がつくまでしばらく桜庭家で暮らしたい。それに伴って私にも来てほしい、と言ってくれたおかげで、両親の説得はスムーズに進んだ』
●篠ノ井・糸の部屋 夜
糸が静かに荷物をまとめていると、弓華が襖をノックもせずに入ってくる。
糸、ビクリと肩を震わせ、振り返る。
糸「弓華……」
弓華、不機嫌な顔で糸を睨んでいる。
弓華「……ほんと、信じらんない。姉さんが最高位の式神の主なんて、相応しくないでしょ。まともに霊力使ったこともないくせに」
糸「……そうだね。でも、これからちゃんと学んでいくつもり。桜緋さんにも、少しずつでいいって言われたし」
弓華「そんなの、あの式神が我が身可愛さに適当なこと言ってるだけ」
糸、少しだけ手が震える。
弓華「期待されてるなんて思わないほうがいいわ」
弓華、吐き捨てるように言い、乱暴に襖を閉めて出ていく。
糸「桜緋さんはそんな人じゃ……」
言い返せず、自分に嫌悪感。
荷支度を続ける。
机の上のかんざしが目に入る。
糸(かんざし……。桜緋さんが無事な今、私が持ってるわけにもいかない)
糸「返さないと……」
●篠ノ井家・正門前 朝
桜緋、車のトランクに荷物を入れる。
桜緋「荷物はこれで全部か?」
糸「はい、--あ、桜緋さん」
袂からかんざしを取り出す。
糸「これ、お返しします。桜緋さんご無事でしたから」
桜緋「ああ……」
トランクの蓋をバタンと締め。
桜緋「いい、あんたが持ってて」
糸「え……でも、これは……」
桜緋「年頃の娘に使われた方が、かんざしも喜ぶだろう」
糸「……」
納得いっていない表情。
桜緋「準備も出来たし、行くか」
車に乗り込む。
糸「は、はい!」
かんざしを見つめる。
糸(私なんかが朝陽さんのかんざしを持つなんて……)
かんざしを袂に戻し、車に乗る。
●桜庭家・庭 昼
薄く風が流れる中、糸と当主が向かい合う。
桜緋、少し離れた桜の木にもたれ、腕を組んで無言で様子を見守っている。
当主「それでは早速、霊力操作の訓練を始めましょう」
糸「はい、よろしくお願いします」
①霊力の認識
当主「まずは基礎から。桜緋との霊力の繋がりがまだ不安定だから、最初の目標は“接続の強化”よ」
当主「一番手っ取り早いのは婚姻を結ぶことだけど……」
糸「それはちょっと……」
当主、笑いながら。
当主「そうよね。大丈夫よ、強制する気はないわ。他にいくらでも方法はあるから安心して」
糸、胸を撫で下ろす。
当主「でも一応婚姻の儀の仕組みくらいは知っておいて損はないわ。やり方は単純よ」
自身の唇にそっと触れる。
当主「キスで霊力を流し込むだけ。それで繋がりは安定して、式神の能力を最大限に引き出すことが出来るの」
糸「ほ、ほお……そんなに簡単なんですね」
糸(ならやったほうがいいのかな……?)
当主「フフ。でもね、お互いがお互いのことをちゃんと想い合ってないと、効果はないわ」
糸「なるほど」
糸(じゃあやっても意味ないか……)
ちらりと桜緋を見る。
桜緋はあくびをしている。
当主「ではまずは自分の霊力の流れを感じ取ってみましょう。目を閉じて……身体の奥にある温かな気配を探して。見つけたら、ごくわずかに外へ放ってごらんなさい」
当主、実演。髪が霊力によってふわりと浮く。
糸「自分の、霊力……」
ゆっくりと目を閉じる。
糸の内側に白い光が流れる演出。
糸(これかな……?)
糸の髪がふわりと浮く。
当主「いいわ、その調子。霊力の流れを掴めれば、式神へ送る量も自在に調整できるようになる。--さあ、次は桜緋へ送ってみて」
糸、桜緋の方を向き、手を組んで霊力を送る。
当主「--どう? 桜緋」
桜緋、手を開閉しながら。
桜緋「ええ、さっきよりもずっとはっきり届いてます」
当主「上出来ね。飲み込みが早いわ、糸さん」
糸「ほ、本当ですか……?」
桜緋「ああ、初めてにしては、スムーズに出来てる」
糸、桜緋に微笑まれ、胸がドキリとする。
②式神の位置把握
当主「次は“繋がり”を辿る練習をしましょう。主と式神は霊力で結ばれているから、互いの位置が分かるの」
糸「桜緋さんの……位置を、霊力で?」
当主「ええ。それじゃあ、もう一度目を閉じて」
糸、目を閉じる。
当主「桜緋」
桜緋「はい」
桜の花びらとなり、家の中へ。
当主「今彼は、庭より離れたどこかにいるわ。貴女の中から伸びる霊力の糸を辿って、桜緋という霊力の塊のある場所を感じてみて」
糸(ここより、遠くの……)
白い霊力が細い糸のようにスッと伸び、家の中へ。廊下、階段、そして二階の一室へ流れ込む演出。
糸「た、たぶん、二階に……」
当主「ふふ、目を開けてみて」
糸、そっと目を開け、上を向く。
二階の窓。
カーテンが揺れ、窓が開け放たれ、桜緋がひらりと手を振っている。
糸、安堵の笑みで控えめに手を振り返す。
当主「よく出来ましたね。--桜緋、戻ってきていいわよ」
桜緋「分かりました」
桜緋、窓から離れる。
糸、訓練が順調なことに安堵。ほっと息を吐く。
ふと袂の中のかんざしに触れ、そっと取り出す。
当主「あら、それは……」
糸「はい、朝陽さんのものです。桜緋さんに返そうとしたんですが、受け取ってもらえなくて……。それなら桜庭さんにお返しするべきかと思いまして」
両手でかんざしを差し出す。
当主、懐かしげに目を細めた後、優しく微笑む。
当主「そのかんざしは、朝陽がいつも身につけていた大切なもの。あの子が亡くなった後、私が桜緋に渡した物よ」
静かに糸の手をそっと包む。
当主「託す相手に、きっと相応しいと思ったのでしょうね。だから--あなたが持っていてちょうだい」
糸「……いいんでしょうか、私が持ってて」
当主「辛い記憶とともにあるものだからこそ、新しい縁に結ばれていくほうが、桜緋も、娘も救われるわ」
糸、複雑な表情でかんざしを見つめる。
●桜庭家・離れ(糸の部屋) 夜
長期滞在する糸のために用意された部屋。和室。
布団で眠っている糸。(寝巻き)
■糸の夢■
暗闇の中。
糸の目の前で、桜緋が背を向けて歩いていく。隣には見知らぬ女性。
糸「桜緋さん……その人は……?」
桜緋、立ち止まり振り返る。
桜緋「新しい主を見つけたたんだ。あんたと違って、式神使いとしての技術も高い。だから、あんたはもう用済みだ。じゃあな」
桜緋、前を向き再び歩きだす。
女性と共に暗闇の奥へ、どんどん見えなくなっていく。
糸「待って……行かないで……桜緋さん……!」
糸と桜緋を繋ぐ霊力の糸が切れかけている。
糸「待っ--」
ブツンと、霊力の糸が切れた。
■夢終わり■
糸「っ……!」
糸、息を荒くして目を覚ます。
震える手を胸に当てる。
呼吸を整えた後、霊力の糸を辿る。
糸(……繋がってる、けど……遠い……隣の部屋にいるはずなのに)
布団から出て、外へ駆け出す。
●桜庭家・中庭
霊力の糸を辿っていくと、強い風が吹いた。
腕で顔を覆いながら、母屋の方を見上げた瞬間--。
ひらり、ひらりと風に舞い、数枚の紙が落ちてきた。
糸「……紙?」
近づいて一枚拾い上げる。
糸(写真だ……)
写真には、十歳くらいの少女と少年が写っている。
少女は黒髪を糸が所持している物と同じかんざしでまとめている。
少年は桜色の長髪をおろした状態。女の子と見間違うほどの顔立ち。
糸「小さい頃の朝陽さん……じゃあこっちは、桜緋さん……?」
他の写真も拾う。
年齢はバラバラだが同じ二人が写っている。
写真を眺めていると、視界の角で二階の窓のカーテンがふわりと揺れた。
糸、見上げる。
窓辺に桜緋が立っている。
寝巻き姿で、髪は下ろした状態。
桜色の長髪が風になびく。
ひどく切なげな表情。
糸「桜緋……さん……?」
■糸モノローグ■
『帰宅後、桜緋さんが、朝陽さんの件で心の整理がつくまでしばらく桜庭家で暮らしたい。それに伴って私にも来てほしい、と言ってくれたおかげで、両親の説得はスムーズに進んだ』
●篠ノ井・糸の部屋 夜
糸が静かに荷物をまとめていると、弓華が襖をノックもせずに入ってくる。
糸、ビクリと肩を震わせ、振り返る。
糸「弓華……」
弓華、不機嫌な顔で糸を睨んでいる。
弓華「……ほんと、信じらんない。姉さんが最高位の式神の主なんて、相応しくないでしょ。まともに霊力使ったこともないくせに」
糸「……そうだね。でも、これからちゃんと学んでいくつもり。桜緋さんにも、少しずつでいいって言われたし」
弓華「そんなの、あの式神が我が身可愛さに適当なこと言ってるだけ」
糸、少しだけ手が震える。
弓華「期待されてるなんて思わないほうがいいわ」
弓華、吐き捨てるように言い、乱暴に襖を閉めて出ていく。
糸「桜緋さんはそんな人じゃ……」
言い返せず、自分に嫌悪感。
荷支度を続ける。
机の上のかんざしが目に入る。
糸(かんざし……。桜緋さんが無事な今、私が持ってるわけにもいかない)
糸「返さないと……」
●篠ノ井家・正門前 朝
桜緋、車のトランクに荷物を入れる。
桜緋「荷物はこれで全部か?」
糸「はい、--あ、桜緋さん」
袂からかんざしを取り出す。
糸「これ、お返しします。桜緋さんご無事でしたから」
桜緋「ああ……」
トランクの蓋をバタンと締め。
桜緋「いい、あんたが持ってて」
糸「え……でも、これは……」
桜緋「年頃の娘に使われた方が、かんざしも喜ぶだろう」
糸「……」
納得いっていない表情。
桜緋「準備も出来たし、行くか」
車に乗り込む。
糸「は、はい!」
かんざしを見つめる。
糸(私なんかが朝陽さんのかんざしを持つなんて……)
かんざしを袂に戻し、車に乗る。
●桜庭家・庭 昼
薄く風が流れる中、糸と当主が向かい合う。
桜緋、少し離れた桜の木にもたれ、腕を組んで無言で様子を見守っている。
当主「それでは早速、霊力操作の訓練を始めましょう」
糸「はい、よろしくお願いします」
①霊力の認識
当主「まずは基礎から。桜緋との霊力の繋がりがまだ不安定だから、最初の目標は“接続の強化”よ」
当主「一番手っ取り早いのは婚姻を結ぶことだけど……」
糸「それはちょっと……」
当主、笑いながら。
当主「そうよね。大丈夫よ、強制する気はないわ。他にいくらでも方法はあるから安心して」
糸、胸を撫で下ろす。
当主「でも一応婚姻の儀の仕組みくらいは知っておいて損はないわ。やり方は単純よ」
自身の唇にそっと触れる。
当主「キスで霊力を流し込むだけ。それで繋がりは安定して、式神の能力を最大限に引き出すことが出来るの」
糸「ほ、ほお……そんなに簡単なんですね」
糸(ならやったほうがいいのかな……?)
当主「フフ。でもね、お互いがお互いのことをちゃんと想い合ってないと、効果はないわ」
糸「なるほど」
糸(じゃあやっても意味ないか……)
ちらりと桜緋を見る。
桜緋はあくびをしている。
当主「ではまずは自分の霊力の流れを感じ取ってみましょう。目を閉じて……身体の奥にある温かな気配を探して。見つけたら、ごくわずかに外へ放ってごらんなさい」
当主、実演。髪が霊力によってふわりと浮く。
糸「自分の、霊力……」
ゆっくりと目を閉じる。
糸の内側に白い光が流れる演出。
糸(これかな……?)
糸の髪がふわりと浮く。
当主「いいわ、その調子。霊力の流れを掴めれば、式神へ送る量も自在に調整できるようになる。--さあ、次は桜緋へ送ってみて」
糸、桜緋の方を向き、手を組んで霊力を送る。
当主「--どう? 桜緋」
桜緋、手を開閉しながら。
桜緋「ええ、さっきよりもずっとはっきり届いてます」
当主「上出来ね。飲み込みが早いわ、糸さん」
糸「ほ、本当ですか……?」
桜緋「ああ、初めてにしては、スムーズに出来てる」
糸、桜緋に微笑まれ、胸がドキリとする。
②式神の位置把握
当主「次は“繋がり”を辿る練習をしましょう。主と式神は霊力で結ばれているから、互いの位置が分かるの」
糸「桜緋さんの……位置を、霊力で?」
当主「ええ。それじゃあ、もう一度目を閉じて」
糸、目を閉じる。
当主「桜緋」
桜緋「はい」
桜の花びらとなり、家の中へ。
当主「今彼は、庭より離れたどこかにいるわ。貴女の中から伸びる霊力の糸を辿って、桜緋という霊力の塊のある場所を感じてみて」
糸(ここより、遠くの……)
白い霊力が細い糸のようにスッと伸び、家の中へ。廊下、階段、そして二階の一室へ流れ込む演出。
糸「た、たぶん、二階に……」
当主「ふふ、目を開けてみて」
糸、そっと目を開け、上を向く。
二階の窓。
カーテンが揺れ、窓が開け放たれ、桜緋がひらりと手を振っている。
糸、安堵の笑みで控えめに手を振り返す。
当主「よく出来ましたね。--桜緋、戻ってきていいわよ」
桜緋「分かりました」
桜緋、窓から離れる。
糸、訓練が順調なことに安堵。ほっと息を吐く。
ふと袂の中のかんざしに触れ、そっと取り出す。
当主「あら、それは……」
糸「はい、朝陽さんのものです。桜緋さんに返そうとしたんですが、受け取ってもらえなくて……。それなら桜庭さんにお返しするべきかと思いまして」
両手でかんざしを差し出す。
当主、懐かしげに目を細めた後、優しく微笑む。
当主「そのかんざしは、朝陽がいつも身につけていた大切なもの。あの子が亡くなった後、私が桜緋に渡した物よ」
静かに糸の手をそっと包む。
当主「託す相手に、きっと相応しいと思ったのでしょうね。だから--あなたが持っていてちょうだい」
糸「……いいんでしょうか、私が持ってて」
当主「辛い記憶とともにあるものだからこそ、新しい縁に結ばれていくほうが、桜緋も、娘も救われるわ」
糸、複雑な表情でかんざしを見つめる。
●桜庭家・離れ(糸の部屋) 夜
長期滞在する糸のために用意された部屋。和室。
布団で眠っている糸。(寝巻き)
■糸の夢■
暗闇の中。
糸の目の前で、桜緋が背を向けて歩いていく。隣には見知らぬ女性。
糸「桜緋さん……その人は……?」
桜緋、立ち止まり振り返る。
桜緋「新しい主を見つけたたんだ。あんたと違って、式神使いとしての技術も高い。だから、あんたはもう用済みだ。じゃあな」
桜緋、前を向き再び歩きだす。
女性と共に暗闇の奥へ、どんどん見えなくなっていく。
糸「待って……行かないで……桜緋さん……!」
糸と桜緋を繋ぐ霊力の糸が切れかけている。
糸「待っ--」
ブツンと、霊力の糸が切れた。
■夢終わり■
糸「っ……!」
糸、息を荒くして目を覚ます。
震える手を胸に当てる。
呼吸を整えた後、霊力の糸を辿る。
糸(……繋がってる、けど……遠い……隣の部屋にいるはずなのに)
布団から出て、外へ駆け出す。
●桜庭家・中庭
霊力の糸を辿っていくと、強い風が吹いた。
腕で顔を覆いながら、母屋の方を見上げた瞬間--。
ひらり、ひらりと風に舞い、数枚の紙が落ちてきた。
糸「……紙?」
近づいて一枚拾い上げる。
糸(写真だ……)
写真には、十歳くらいの少女と少年が写っている。
少女は黒髪を糸が所持している物と同じかんざしでまとめている。
少年は桜色の長髪をおろした状態。女の子と見間違うほどの顔立ち。
糸「小さい頃の朝陽さん……じゃあこっちは、桜緋さん……?」
他の写真も拾う。
年齢はバラバラだが同じ二人が写っている。
写真を眺めていると、視界の角で二階の窓のカーテンがふわりと揺れた。
糸、見上げる。
窓辺に桜緋が立っている。
寝巻き姿で、髪は下ろした状態。
桜色の長髪が風になびく。
ひどく切なげな表情。
糸「桜緋……さん……?」

