●篠ノ井家・弓華の部屋 昼
弓華、クッションを叩きつける。
弓華「……なんで……なんで姉さんなんかが、最高位の式神の主に選ばれるのよ……!」
●車中
後部座席で並んで座る糸と桜緋。(糸は私服に着替え済)
どこか落ち着かない様子の桜緋。膝の上で指をそわそわと動かしている。
糸「桜緋さん、どうかしたんですか?」
桜緋「……黙って家を出て、それっきりだから、少し顔を合わせづらくてな」
糸「えっと……どのくらい連絡を取ってないんですか?」
桜緋「半年」
糸「え……」
驚き過ぎて言葉を失う。
桜緋「絶対怒られるよな……」
はぁ、とため息をつき憂鬱げ。
糸「はは……」
苦笑。
●桜庭家・正門前
篠ノ井家と同規模の日本家屋。
玄関横の庭に、一本の桜の木が満開に咲いている。
糸・桜緋、正門をくぐる。
糸、桜の木に目を奪われる。
糸(綺麗……)
糸、インターホンを押す。
使用人(スピーカー越し)「はい、どちら様で--って桜緋!?」
糸の後ろに立つ桜緋の姿に驚く。
桜緋、ぎこちない笑みを浮かべながら、小さく手を振る。
糸「篠ノ井糸と申します。ご当主様はいらっしゃいますか?」
使用人「しょ、少々お待ちを……!」
●桜庭家・客間
机の上には三人分のお茶。
糸と桜緋は並んで座っている。
縁側からは桜の木が見え、糸はそれを眺めている。
当主「お待たせ致しました」
縁側から桜庭家当主がやってくる。
(気品ある柔和な雰囲気の四十代女性)
■糸モノローグ■
『彼女が桜庭の当主、朝陽さんのお母様だ』
当主「久しぶりね、桜緋。……半年も音沙汰なしで」
桜緋「……申し訳ありません」
当主「そちらのお嬢さんは?」
桜緋「篠ノ井家の娘の糸です。俺の新しい主になりました」
糸、軽く会釈。
当主、目を見開き、次の瞬間にぱっと笑顔になる。
当主「まあ……! そうだったのね」
二人に向かい合って座る。
当主「ああ、本当に良かったわ。貴方このまま消えてしまうんじゃないかと、どれだけ心配したことか」
当主、糸のほうへ向き直る。
当主「糸さん。……桜緋を救ってくれて、本当にありがとう」
糸「いえそんな……」
当主「どうか桜緋をよろしくね」
糸「は、はい! 未熟者ですが、精一杯努めてまいりますっ」
当主、フッと目を細めて桜緋へ向き直る。
当主「さて、桜緋。半年も連絡しなかった理由……ゆっくり聞かせてもらえるわよね?」
表情は穏やかな笑顔のまま。声音は少し低く。
桜緋「ッ……!」
当主「糸さん、少し桜緋を借りるわね。……桜緋、来なさい」
桜緋「……はい」
弱々しい声。
桜緋・当主、退室。
糸は苦笑いを浮かべて二人を見送る。
●桜庭家・書斎
洋室。壁一面に本棚。中央にはテーブルと椅子。
桜緋と当主、二人きり。
当主「まったく勝手にいなくなるなんて、貴方何を考えてるのっ!!」
桜緋「本当に申し訳ございませんでした!」
深く頭を下げる。
当主「謝罪で済む問題じゃないのよ。自分がどれだけ危険な状態にあったか、分かっているでしょう?」
桜緋、返す言葉がなく、頭を下げたまま無言。
当主「……でも、良かったわ。こうしてまた会えて」
当主の声色が、ふっと柔らかさを帯びる。
桜緋、ピクリと反応。顔を上げる。
当主「無事だと分かっただけで、私は十分よ。--貴方まで失ったら、私……」
言葉の先は震え、目に涙が滲む。
桜緋、その姿に胸を締めつけられ、そっと頭を下げ直した。
桜緋「……本当に、ご心配をおかけ致しました」
当主「もういいわ、謝らないで」
涙を拭い、静かに息を整える。
当主「貴方はもう篠ノ井さんのところの式神。これ以上私が独り占めして時間を取るわけにもいかないわ。向こうでも元気でね」
桜緋「そのことなのですが、一つお願いが--」
経緯を説明し--
当主「そう、そんなことがあったのね……。--事情はよく分かったわ。もちろん、糸さんをしばらく置いていいわよ」
桜緋「本当ですか!? ありがとうございます!」
当主「いいのよ。貴方と過ごせる口実にもなるし、糸さんともいろいろお話してみたいの。遠慮はいらないわ」
●桜庭家・客間
机の上に空になった和菓子の皿を追加。
糸、茶を飲む。
桜緋が戻ってきた。
糸「あ、おかえりなさい」
桜緋「ご当主様と話を付けてきた。あんたの滞在は問題ない、と言ってくださった」
糸「本当ですか!?」
ぱっ、と明るい表情。
桜緋「ああ、だから一旦家に戻って荷物をまとめてこよう」
糸「はい!」
立ち上がり客間を出る。
●桜庭家・縁側
当主「糸さん」
糸、後ろから当主に呼び止められ、振り返る。
糸「桜庭さん--。この度は色々とお気遣い頂き、本当にありがとうございます」
深く頭を下げる。
当主「いいのよ、気にしないで。困っている子を放っておけないだけだから」
柔らかく微笑む。
「--それでね、糸さんに少し伝えておきたいことがあるの」
糸「?」
当主、桜緋に聞こえないように声を潜めて。
当主「あの子、ああ見えて結構繊細でね。戦闘面では誰よりも強いけど、心の方は人一倍脆いの。朝陽のことも--かなり気にしてると思うわ。だから、寄り添ってあげてね」
糸、桜緋の方を見る。
桜緋、少し離れた場所で糸と当主を不思議そうに見ている。
糸「……はい。微力ですが、頑張ります」
当主、満足げに頷き、そっと糸の背を押す。
当主「行ってらっしゃい。桜緋が待ってるわ」
糸が歩き出すと、桜緋がほんの少しだけ表情を緩めた。
その笑みに糸の心臓がドクンと跳ね、慌てて目を逸らす。
■糸モノローグ■
『こうして、私の新しい日々が、静かに動き出したのでした』
弓華、クッションを叩きつける。
弓華「……なんで……なんで姉さんなんかが、最高位の式神の主に選ばれるのよ……!」
●車中
後部座席で並んで座る糸と桜緋。(糸は私服に着替え済)
どこか落ち着かない様子の桜緋。膝の上で指をそわそわと動かしている。
糸「桜緋さん、どうかしたんですか?」
桜緋「……黙って家を出て、それっきりだから、少し顔を合わせづらくてな」
糸「えっと……どのくらい連絡を取ってないんですか?」
桜緋「半年」
糸「え……」
驚き過ぎて言葉を失う。
桜緋「絶対怒られるよな……」
はぁ、とため息をつき憂鬱げ。
糸「はは……」
苦笑。
●桜庭家・正門前
篠ノ井家と同規模の日本家屋。
玄関横の庭に、一本の桜の木が満開に咲いている。
糸・桜緋、正門をくぐる。
糸、桜の木に目を奪われる。
糸(綺麗……)
糸、インターホンを押す。
使用人(スピーカー越し)「はい、どちら様で--って桜緋!?」
糸の後ろに立つ桜緋の姿に驚く。
桜緋、ぎこちない笑みを浮かべながら、小さく手を振る。
糸「篠ノ井糸と申します。ご当主様はいらっしゃいますか?」
使用人「しょ、少々お待ちを……!」
●桜庭家・客間
机の上には三人分のお茶。
糸と桜緋は並んで座っている。
縁側からは桜の木が見え、糸はそれを眺めている。
当主「お待たせ致しました」
縁側から桜庭家当主がやってくる。
(気品ある柔和な雰囲気の四十代女性)
■糸モノローグ■
『彼女が桜庭の当主、朝陽さんのお母様だ』
当主「久しぶりね、桜緋。……半年も音沙汰なしで」
桜緋「……申し訳ありません」
当主「そちらのお嬢さんは?」
桜緋「篠ノ井家の娘の糸です。俺の新しい主になりました」
糸、軽く会釈。
当主、目を見開き、次の瞬間にぱっと笑顔になる。
当主「まあ……! そうだったのね」
二人に向かい合って座る。
当主「ああ、本当に良かったわ。貴方このまま消えてしまうんじゃないかと、どれだけ心配したことか」
当主、糸のほうへ向き直る。
当主「糸さん。……桜緋を救ってくれて、本当にありがとう」
糸「いえそんな……」
当主「どうか桜緋をよろしくね」
糸「は、はい! 未熟者ですが、精一杯努めてまいりますっ」
当主、フッと目を細めて桜緋へ向き直る。
当主「さて、桜緋。半年も連絡しなかった理由……ゆっくり聞かせてもらえるわよね?」
表情は穏やかな笑顔のまま。声音は少し低く。
桜緋「ッ……!」
当主「糸さん、少し桜緋を借りるわね。……桜緋、来なさい」
桜緋「……はい」
弱々しい声。
桜緋・当主、退室。
糸は苦笑いを浮かべて二人を見送る。
●桜庭家・書斎
洋室。壁一面に本棚。中央にはテーブルと椅子。
桜緋と当主、二人きり。
当主「まったく勝手にいなくなるなんて、貴方何を考えてるのっ!!」
桜緋「本当に申し訳ございませんでした!」
深く頭を下げる。
当主「謝罪で済む問題じゃないのよ。自分がどれだけ危険な状態にあったか、分かっているでしょう?」
桜緋、返す言葉がなく、頭を下げたまま無言。
当主「……でも、良かったわ。こうしてまた会えて」
当主の声色が、ふっと柔らかさを帯びる。
桜緋、ピクリと反応。顔を上げる。
当主「無事だと分かっただけで、私は十分よ。--貴方まで失ったら、私……」
言葉の先は震え、目に涙が滲む。
桜緋、その姿に胸を締めつけられ、そっと頭を下げ直した。
桜緋「……本当に、ご心配をおかけ致しました」
当主「もういいわ、謝らないで」
涙を拭い、静かに息を整える。
当主「貴方はもう篠ノ井さんのところの式神。これ以上私が独り占めして時間を取るわけにもいかないわ。向こうでも元気でね」
桜緋「そのことなのですが、一つお願いが--」
経緯を説明し--
当主「そう、そんなことがあったのね……。--事情はよく分かったわ。もちろん、糸さんをしばらく置いていいわよ」
桜緋「本当ですか!? ありがとうございます!」
当主「いいのよ。貴方と過ごせる口実にもなるし、糸さんともいろいろお話してみたいの。遠慮はいらないわ」
●桜庭家・客間
机の上に空になった和菓子の皿を追加。
糸、茶を飲む。
桜緋が戻ってきた。
糸「あ、おかえりなさい」
桜緋「ご当主様と話を付けてきた。あんたの滞在は問題ない、と言ってくださった」
糸「本当ですか!?」
ぱっ、と明るい表情。
桜緋「ああ、だから一旦家に戻って荷物をまとめてこよう」
糸「はい!」
立ち上がり客間を出る。
●桜庭家・縁側
当主「糸さん」
糸、後ろから当主に呼び止められ、振り返る。
糸「桜庭さん--。この度は色々とお気遣い頂き、本当にありがとうございます」
深く頭を下げる。
当主「いいのよ、気にしないで。困っている子を放っておけないだけだから」
柔らかく微笑む。
「--それでね、糸さんに少し伝えておきたいことがあるの」
糸「?」
当主、桜緋に聞こえないように声を潜めて。
当主「あの子、ああ見えて結構繊細でね。戦闘面では誰よりも強いけど、心の方は人一倍脆いの。朝陽のことも--かなり気にしてると思うわ。だから、寄り添ってあげてね」
糸、桜緋の方を見る。
桜緋、少し離れた場所で糸と当主を不思議そうに見ている。
糸「……はい。微力ですが、頑張ります」
当主、満足げに頷き、そっと糸の背を押す。
当主「行ってらっしゃい。桜緋が待ってるわ」
糸が歩き出すと、桜緋がほんの少しだけ表情を緩めた。
その笑みに糸の心臓がドクンと跳ね、慌てて目を逸らす。
■糸モノローグ■
『こうして、私の新しい日々が、静かに動き出したのでした』

