●篠ノ井家・糸の部屋 昼
隅に勉強机が設置されており、その上には桜緋から渡されたかんざしが置かれている。
糸は布団の中で眠っている。髪は下ろした状態。服装は寝巻き。
糸、目を覚ます。時計を見て顔面蒼白。
糸(うそ……)
慌てて身体を起こす。
糸「もうこんな時間!」
桜緋「そんなに慌てなくてもいいぞ。ゆっくりしてていいって、あんたの父親も言ってたし」
桜緋、あぐらをかいて漫画雑誌を読んでいる。
糸、状況が飲み込めず呆然。その後桜緋が自室にいることに驚き後ずさる。
糸「な、な……なんでここに!?」
桜緋「そんな幽霊出たみたいな反応しなくても……傷付くなぁ」
雑誌を閉じる。
桜緋「覚えてないのか? 昨日のこと」
糸「え……」
桜緋が経緯を説明し終えて--
糸「それじゃあ私が、桜緋さんの主になったってことですか……?」
信じられない、といった表情。
桜緋「そういうことだ」
糸(私が……主? 最高位の式神の……? 昨日まで無能だったのに……!?)
桜緋「それで、体調はどうだ? どこか辛いところは?」
糸「あ……だ、大丈夫です……」
桜緋「そうか、なら良かった」
フッと優しく笑い、その後上機嫌な声で。
桜緋「いやまさか奇跡が二度も起きるなんてな。おかげで消えずに済んだ。というわけで、今日からよろしくな」
満面の笑み。
糸「……」
表情を曇らせ俯く。
桜緋「--? どうした、嬉しくないのか?」
糸「わ、私には荷が重過ぎます」
桜緋「は?」
糸「私なんかが桜緋さんの主なんて、務まるはずありません!」
桜緋、ムッとした表情。
桜緋「おいおい、朝陽様のような式神使いになるって言っておきながら、それはねぇだろ」
糸「それとこれとは話が別です! 他にもっと相応しい方が--」
桜緋「見つからなかったから野良式神なんて呼ばれる羽目になったんだよ」
糸、顔を上げる。
桜緋、目を伏せる。
桜緋「桜庭の人間にも俺を使役出来る奴はいなかった。その後別の家の式神使いが何人も挑みにきたが、結果は同じ。朝陽様は特別な人だから、あの人に育てられた俺は、並大抵の人間には扱えない」
桜緋、首をこてんと傾け上目遣い。
桜緋「なぁ頼むよ、あんたしかいないんだ。俺を助けると思ってさ。俺だってあのときはあんなこと言ったが、本当は消えたくなんてないし、自分の手で復讐を果たしたい」
糸、桜緋の言動に「うっ……」とたじろぐ。
糸(そ、そうだ……私が霊力を使えるようになったのは、桜緋さんのおかげ。なら……)
糸「……分かりました。未熟者ですが、頑張ります」
桜緋「なぁに、これから少しずつ学んでいけばいいさ」
安心させるようにニコリと笑う。
糸、ドクンと跳ねる心臓。両手を胸元に持っていく。
襖をノックする音。
使用人「糸様、お目覚めになられましたか?」
糸「は、はい!」
使用人「旦那様がお話があるとのことです。居間で待っている、と」
糸「分かりました、すぐに向かいます」
立ち上がる。
●篠ノ井家・廊下
居間までの道中。
糸を先頭に、桜緋が後ろに続く。
使用人達、ヒソヒソ声。
「糸様、本当に霊力が……」
「しかも最強の式神を従えるほどの……」
糸、使用人のよそよそしい態度に内心困惑。
●篠ノ井家・居間
机を囲んで座る父母と糸・桜緋。
父母、糸に笑顔を向ける。
糸の父「糸、無事に目覚めて良かった。そしておめでとう! まさかこれほどの力を秘めていたとは!」
糸の母「ええ、本当に……。娘が最高位の式神の主だなんて、とても誇らしいわ」
糸「あ、ありがとうございます……」
糸(お父さんにも、お母さんにも、ここまで褒められるの初めてなのに、どうしてだろう……あまり嬉しくない)
糸の父「他者の式神との霊力の繋がりを安定させるには、縁を結ぶのが最も効果的だ。……ゆくゆくは結婚も考えてはどうかと思っている」
糸の母「ええ。桜緋さんにとっても、名家の一員になれるわけだし、良いことばかりよ」
糸「そ、そんな……」
桜緋の反応が気になり、チラッと横目で見る。
桜緋、父母に冷ややかな視線を送っているが、父母はそれに気付いていない。
桜緋「……そうですね。前向きに検討しておきます」
糸(ああ、やっぱり怒ってる……)
申し訳ない気持ち。
桜緋「それで今後についてですが、ひとまずは新しい主が見つかったことを、桜庭家の当主にご報告したいです」
糸の父「うむ、分かった。車を手配しよう。準備が出来たら言いなさい」
●篠ノ井家・糸の部屋
桜緋「--たくっ、人のこと道具みたいに扱いやがって!」
糸「すみません、父と母が……」
桜緋(振り返りながら)「俺じゃない、あんただ!
あんた今まで、ほぼ使用人みたいに扱われてきたんだろ? それなのに能力が発現した途端手のひら返して……挙句には結婚だなんて、どうかしてるっ!」
糸、驚き目を見開く。
糸(私の扱いに怒ってたんだ……)
桜緋、顎に手を当てて考える素振りを見せた後。
桜緋「そういやあんた、家から出たいって言ってたよな?」
糸「え? まぁ……はい」
桜緋「ならしばらくの間、桜庭家に滞在するってのはどうだ? それなら成人を待たずともここから離れられるぞ」
糸「え……。でも急に押しかけたら迷惑では……」
桜緋「俺が説得する。ご当主様なら、事情を話せば受け入れてくれる」
糸「なんでそこまで……」
糸(私が主だから……?)
桜緋、しばし無言
桜緋「……行動に迷ったら、己の良心に従えと--朝陽様からそう言われている」
糸、瞳が揺れる。
桜緋「それだけのことだ」
糸から視線を逸らし、首を掻く。
糸、公園での出来事(子供と自分を助けてくれたこと、子供に向けた彼の笑顔、自分が消えるのを厭わずに治療、霊力を使えるようにしてくれたこと)を思い出す。
糸(……優しい人)
桜緋「それで、どうする? 嫌なら無理強いはしない」
糸「……」
俯き考える。
糸(霊力が使えるようになっても、息が詰まる感覚はずっと残ったまま……。ここから離れたら、この苦しさも消える……?)
糸、顔を上げる。
糸「……はい、お願いしたいです」
桜緋、顔を綻ばせる。
桜緋「そうか、なら早速--」
何かに気付き言葉を止める。視線は襖に。
糸「桜緋さん?」
桜緋、襖の前まで移動し開ける。
弘月「おわっ!?」
廊下にはしゃがんで耳をそばだてていた弘月、その後ろで立っている弧雪がいた。
桜緋「なんだお前らは」
弘月「お、落ち着け怪しい者じゃ--」
弘月、慌てて立ち上がり弁明。
糸「何かご用ですか?」
驚いた表情。
弧雪「お二人の様子を見てこいと、弓華様に命じられて参りました」
真顔で答える。
弘月・弧雪、入室
桜緋「ああ、お前達あの娘の……」
弘月「俺は弘月」
弧雪「弧雪と申します」
糸(弓華……そういえば起きてから見てない)
糸「あの、妹は……?」
弘月・弧雪、弧雪の表情は変わらないが、弘月は気まずそうな顔でお互い見合っている。
弘月、糸に向き直り。
弘月「だいぶ荒れてる。糸様が桜緋の主になったことが、余程気に食わないらしい」
糸「そう、ですか……」
糸(分かってはいた。昔から嫌われていたから)
弘月「そういうわけだから、俺達も桜庭家への滞在は賛成の意見だ。しばらく弓華様から離れたほうがいい」
弧雪、無言で頷く。
糸「……はい」
顔を俯かせる。
弧雪「糸様」
糸、顔を上げる。
弧雪「遅くなりましたが、この度は霊力の開花、おめでとうございます」
弘月「おおっ、そうだった! 良かったな、糸様!」
弘月、拍手。
糸、じーんと嬉しい気持ちになり、泣きそうな表情。
糸「二人とも……」
糸のお腹がグゥーと鳴る。
糸「あ……」
お腹を押さえ赤面。
桜緋「そういえば昨日から何も食べてなかったな」
弘月「ハハッ、食事を持ってくるよ」
桜緋「俺の分も頼むわ」
弧雪「かしこまりました」
桜緋と二人きりになり。
桜緋「飯食ってから行くか」
糸「はい……」
恥ずかしくて彼の顔が見られず、視線を泳がせる。
隅に勉強机が設置されており、その上には桜緋から渡されたかんざしが置かれている。
糸は布団の中で眠っている。髪は下ろした状態。服装は寝巻き。
糸、目を覚ます。時計を見て顔面蒼白。
糸(うそ……)
慌てて身体を起こす。
糸「もうこんな時間!」
桜緋「そんなに慌てなくてもいいぞ。ゆっくりしてていいって、あんたの父親も言ってたし」
桜緋、あぐらをかいて漫画雑誌を読んでいる。
糸、状況が飲み込めず呆然。その後桜緋が自室にいることに驚き後ずさる。
糸「な、な……なんでここに!?」
桜緋「そんな幽霊出たみたいな反応しなくても……傷付くなぁ」
雑誌を閉じる。
桜緋「覚えてないのか? 昨日のこと」
糸「え……」
桜緋が経緯を説明し終えて--
糸「それじゃあ私が、桜緋さんの主になったってことですか……?」
信じられない、といった表情。
桜緋「そういうことだ」
糸(私が……主? 最高位の式神の……? 昨日まで無能だったのに……!?)
桜緋「それで、体調はどうだ? どこか辛いところは?」
糸「あ……だ、大丈夫です……」
桜緋「そうか、なら良かった」
フッと優しく笑い、その後上機嫌な声で。
桜緋「いやまさか奇跡が二度も起きるなんてな。おかげで消えずに済んだ。というわけで、今日からよろしくな」
満面の笑み。
糸「……」
表情を曇らせ俯く。
桜緋「--? どうした、嬉しくないのか?」
糸「わ、私には荷が重過ぎます」
桜緋「は?」
糸「私なんかが桜緋さんの主なんて、務まるはずありません!」
桜緋、ムッとした表情。
桜緋「おいおい、朝陽様のような式神使いになるって言っておきながら、それはねぇだろ」
糸「それとこれとは話が別です! 他にもっと相応しい方が--」
桜緋「見つからなかったから野良式神なんて呼ばれる羽目になったんだよ」
糸、顔を上げる。
桜緋、目を伏せる。
桜緋「桜庭の人間にも俺を使役出来る奴はいなかった。その後別の家の式神使いが何人も挑みにきたが、結果は同じ。朝陽様は特別な人だから、あの人に育てられた俺は、並大抵の人間には扱えない」
桜緋、首をこてんと傾け上目遣い。
桜緋「なぁ頼むよ、あんたしかいないんだ。俺を助けると思ってさ。俺だってあのときはあんなこと言ったが、本当は消えたくなんてないし、自分の手で復讐を果たしたい」
糸、桜緋の言動に「うっ……」とたじろぐ。
糸(そ、そうだ……私が霊力を使えるようになったのは、桜緋さんのおかげ。なら……)
糸「……分かりました。未熟者ですが、頑張ります」
桜緋「なぁに、これから少しずつ学んでいけばいいさ」
安心させるようにニコリと笑う。
糸、ドクンと跳ねる心臓。両手を胸元に持っていく。
襖をノックする音。
使用人「糸様、お目覚めになられましたか?」
糸「は、はい!」
使用人「旦那様がお話があるとのことです。居間で待っている、と」
糸「分かりました、すぐに向かいます」
立ち上がる。
●篠ノ井家・廊下
居間までの道中。
糸を先頭に、桜緋が後ろに続く。
使用人達、ヒソヒソ声。
「糸様、本当に霊力が……」
「しかも最強の式神を従えるほどの……」
糸、使用人のよそよそしい態度に内心困惑。
●篠ノ井家・居間
机を囲んで座る父母と糸・桜緋。
父母、糸に笑顔を向ける。
糸の父「糸、無事に目覚めて良かった。そしておめでとう! まさかこれほどの力を秘めていたとは!」
糸の母「ええ、本当に……。娘が最高位の式神の主だなんて、とても誇らしいわ」
糸「あ、ありがとうございます……」
糸(お父さんにも、お母さんにも、ここまで褒められるの初めてなのに、どうしてだろう……あまり嬉しくない)
糸の父「他者の式神との霊力の繋がりを安定させるには、縁を結ぶのが最も効果的だ。……ゆくゆくは結婚も考えてはどうかと思っている」
糸の母「ええ。桜緋さんにとっても、名家の一員になれるわけだし、良いことばかりよ」
糸「そ、そんな……」
桜緋の反応が気になり、チラッと横目で見る。
桜緋、父母に冷ややかな視線を送っているが、父母はそれに気付いていない。
桜緋「……そうですね。前向きに検討しておきます」
糸(ああ、やっぱり怒ってる……)
申し訳ない気持ち。
桜緋「それで今後についてですが、ひとまずは新しい主が見つかったことを、桜庭家の当主にご報告したいです」
糸の父「うむ、分かった。車を手配しよう。準備が出来たら言いなさい」
●篠ノ井家・糸の部屋
桜緋「--たくっ、人のこと道具みたいに扱いやがって!」
糸「すみません、父と母が……」
桜緋(振り返りながら)「俺じゃない、あんただ!
あんた今まで、ほぼ使用人みたいに扱われてきたんだろ? それなのに能力が発現した途端手のひら返して……挙句には結婚だなんて、どうかしてるっ!」
糸、驚き目を見開く。
糸(私の扱いに怒ってたんだ……)
桜緋、顎に手を当てて考える素振りを見せた後。
桜緋「そういやあんた、家から出たいって言ってたよな?」
糸「え? まぁ……はい」
桜緋「ならしばらくの間、桜庭家に滞在するってのはどうだ? それなら成人を待たずともここから離れられるぞ」
糸「え……。でも急に押しかけたら迷惑では……」
桜緋「俺が説得する。ご当主様なら、事情を話せば受け入れてくれる」
糸「なんでそこまで……」
糸(私が主だから……?)
桜緋、しばし無言
桜緋「……行動に迷ったら、己の良心に従えと--朝陽様からそう言われている」
糸、瞳が揺れる。
桜緋「それだけのことだ」
糸から視線を逸らし、首を掻く。
糸、公園での出来事(子供と自分を助けてくれたこと、子供に向けた彼の笑顔、自分が消えるのを厭わずに治療、霊力を使えるようにしてくれたこと)を思い出す。
糸(……優しい人)
桜緋「それで、どうする? 嫌なら無理強いはしない」
糸「……」
俯き考える。
糸(霊力が使えるようになっても、息が詰まる感覚はずっと残ったまま……。ここから離れたら、この苦しさも消える……?)
糸、顔を上げる。
糸「……はい、お願いしたいです」
桜緋、顔を綻ばせる。
桜緋「そうか、なら早速--」
何かに気付き言葉を止める。視線は襖に。
糸「桜緋さん?」
桜緋、襖の前まで移動し開ける。
弘月「おわっ!?」
廊下にはしゃがんで耳をそばだてていた弘月、その後ろで立っている弧雪がいた。
桜緋「なんだお前らは」
弘月「お、落ち着け怪しい者じゃ--」
弘月、慌てて立ち上がり弁明。
糸「何かご用ですか?」
驚いた表情。
弧雪「お二人の様子を見てこいと、弓華様に命じられて参りました」
真顔で答える。
弘月・弧雪、入室
桜緋「ああ、お前達あの娘の……」
弘月「俺は弘月」
弧雪「弧雪と申します」
糸(弓華……そういえば起きてから見てない)
糸「あの、妹は……?」
弘月・弧雪、弧雪の表情は変わらないが、弘月は気まずそうな顔でお互い見合っている。
弘月、糸に向き直り。
弘月「だいぶ荒れてる。糸様が桜緋の主になったことが、余程気に食わないらしい」
糸「そう、ですか……」
糸(分かってはいた。昔から嫌われていたから)
弘月「そういうわけだから、俺達も桜庭家への滞在は賛成の意見だ。しばらく弓華様から離れたほうがいい」
弧雪、無言で頷く。
糸「……はい」
顔を俯かせる。
弧雪「糸様」
糸、顔を上げる。
弧雪「遅くなりましたが、この度は霊力の開花、おめでとうございます」
弘月「おおっ、そうだった! 良かったな、糸様!」
弘月、拍手。
糸、じーんと嬉しい気持ちになり、泣きそうな表情。
糸「二人とも……」
糸のお腹がグゥーと鳴る。
糸「あ……」
お腹を押さえ赤面。
桜緋「そういえば昨日から何も食べてなかったな」
弘月「ハハッ、食事を持ってくるよ」
桜緋「俺の分も頼むわ」
弧雪「かしこまりました」
桜緋と二人きりになり。
桜緋「飯食ってから行くか」
糸「はい……」
恥ずかしくて彼の顔が見られず、視線を泳がせる。

