またひとつ大会が終わって、季節が少しずつ移り変わってきた。
夕方のプールはやさしい光に包まれていて、金色に輝いている。
練習が早く終わった今日は、ひとりで少し泳いだ。
昔なら苦しくて仕方がなかった距離も、今は最後まで気持ちよく進める。
先輩に並びたい。先輩の隣で胸を張っていたい。
そう思うようになってから、できることが前よりずっと増えた気がする。
タオルで髪を拭いていたときだった。
「今日の陽斗、いつもより軽そうだったね」
声のする方を見ると、プールサイドに湊先輩が立っていた。
「え、まじですか? そう見えました?」
「うん。水が喜んでたよ」
そんなこと恥ずかしげもなく言えるの、先輩だけだ。でも、おれはその言葉がたまらなく好きだった。
先輩は、前よりずっといろんな顔を見せてくれるようになった。困った顔も、怒った顔も、照れた顔も見てきたけど──。
恋人になった今、おれに向けられる表情はどれもあったかくて、胸の奥がくすぐったくなる。
「陽斗、ほら。お疲れさま」
差し出されたのは冷えたスポドリだった。手に触れた瞬間、ひんやりした感触が伝わる。
「ありがとうございます!」
「別に、かしこまらなくていいのに」
「いや、先輩にこういうことされると……なんか、お礼を言いたくなるんで。うれしいから」
おれがそう言うと、先輩は目を丸くしてから、ほほ笑んだ。
「こら、また先輩って言ったぞ」
たまに見せるこの小さな照れ笑いが好きだ。高校生の恋なんて、単純なものかもしれない。でも、この単純な幸せが続いてくれたら、それだけで十分だと思えた。
先輩が泳げなくなったと、おれに打ち明けてくれたあの日。必死にそれでも笑おうとしていた横顔。
あのときおれは、勝手に決めたのだ。先輩の笑顔は、ぜったいに守る。
たとえ先輩がそれを知らなくても。たとえ、おれだけが勝手に思っていることでも。
先輩が前を向くなら、支えになりたい。先輩が迷うなら、隣で手を取る。その気持ちは、恋人になった今でも、いや、今だからこそ、もっと強くなった。
だけど──。
この決意だけは、言葉にするつもりはない。だって、こんなに深くてどうしようもない想いを全部伝えたら、先輩を困らせてしまう気がするから。
「……あ、おいしい!」
隣で先輩がうれしそうに笑った瞬間、胸の奥にしまっていた言葉が自然と浮かんできた。
幸せだからこそ、言わないでおきたい気持ち。おれが勝手に始めて、勝手に強くしてきた恋の核みたいなもの。
「湊、好きだ」
だから、先輩は知らなくていい。
END
夕方のプールはやさしい光に包まれていて、金色に輝いている。
練習が早く終わった今日は、ひとりで少し泳いだ。
昔なら苦しくて仕方がなかった距離も、今は最後まで気持ちよく進める。
先輩に並びたい。先輩の隣で胸を張っていたい。
そう思うようになってから、できることが前よりずっと増えた気がする。
タオルで髪を拭いていたときだった。
「今日の陽斗、いつもより軽そうだったね」
声のする方を見ると、プールサイドに湊先輩が立っていた。
「え、まじですか? そう見えました?」
「うん。水が喜んでたよ」
そんなこと恥ずかしげもなく言えるの、先輩だけだ。でも、おれはその言葉がたまらなく好きだった。
先輩は、前よりずっといろんな顔を見せてくれるようになった。困った顔も、怒った顔も、照れた顔も見てきたけど──。
恋人になった今、おれに向けられる表情はどれもあったかくて、胸の奥がくすぐったくなる。
「陽斗、ほら。お疲れさま」
差し出されたのは冷えたスポドリだった。手に触れた瞬間、ひんやりした感触が伝わる。
「ありがとうございます!」
「別に、かしこまらなくていいのに」
「いや、先輩にこういうことされると……なんか、お礼を言いたくなるんで。うれしいから」
おれがそう言うと、先輩は目を丸くしてから、ほほ笑んだ。
「こら、また先輩って言ったぞ」
たまに見せるこの小さな照れ笑いが好きだ。高校生の恋なんて、単純なものかもしれない。でも、この単純な幸せが続いてくれたら、それだけで十分だと思えた。
先輩が泳げなくなったと、おれに打ち明けてくれたあの日。必死にそれでも笑おうとしていた横顔。
あのときおれは、勝手に決めたのだ。先輩の笑顔は、ぜったいに守る。
たとえ先輩がそれを知らなくても。たとえ、おれだけが勝手に思っていることでも。
先輩が前を向くなら、支えになりたい。先輩が迷うなら、隣で手を取る。その気持ちは、恋人になった今でも、いや、今だからこそ、もっと強くなった。
だけど──。
この決意だけは、言葉にするつもりはない。だって、こんなに深くてどうしようもない想いを全部伝えたら、先輩を困らせてしまう気がするから。
「……あ、おいしい!」
隣で先輩がうれしそうに笑った瞬間、胸の奥にしまっていた言葉が自然と浮かんできた。
幸せだからこそ、言わないでおきたい気持ち。おれが勝手に始めて、勝手に強くしてきた恋の核みたいなもの。
「湊、好きだ」
だから、先輩は知らなくていい。
END

