家に帰ってからもしばらく、頭が回らなかった。

(はぁ……生徒会入り……決定、っと。)
机の上に置かれたスマホを見つめながら、美羽は深くため息をつく。

(まさか脅しで入ることになるなんて……。
 “鈴に会うな”なんて卑怯だよ、あの人……!)

モヤモヤしたまま、鈴ちゃんにLIMEで確認のメッセージを送ってみた。

『ねぇ鈴ちゃん、あのさ……お兄さんって北条椿くんだったの!?』



数分後、鈴から返ってきたスタンプとメッセージ。

『そうだよ!あれ、言ってなかったっけ? ごめんね♡』



「…………」

美羽はスマホを握りしめ、頭を抱えた。

(……この中学生の“♡”が余計腹立つ!!)
(しかもあの意地悪な言い方、絶対兄妹似てる
!!)







――翌朝。

教室に入るなり、甲高い声が響いた。

「ちょっとぉ!!美羽ぇ!??黒薔薇生徒会に入ったって本当なのー!!?」

高城莉子、興奮値MAX。

美羽は机に突っ伏しながら答える。
「……本当だよ。」

「マジでぇ!? 黒薔薇の生徒会!? すごすぎじゃん!」

「いや、“すごすぎ”じゃなくて“地獄すぎ”だからね……」

ため息をひとつ。
「さらば……安泰学園……平和スローLIFE。」

莉子は椅子をガタッと鳴らして近寄る。
「ねぇねぇ、でもなんで?どうやって?まさか北条くんにスカウト!?
 それとも悠真くんが!?それともどっちも!?」

「……言えない」

「えぇ〜〜〜!! 教えてよぉ〜!」

「命の危険があるから無理よ。」

莉子は「なにそのR指定な理由ー!!」と呟きながら机に突っ伏す。







お昼休み。

美羽のスマホがブルッと震えた。
画面を見ると——
"北条椿"

『今日、生徒会室に来い。18時。遅れたら、どうなるかわかるな?』



「…………」

(これが……脅しってやつですよね……)

スマホを握りしめながら、美羽は遠い目をした。

「……もう、どうにでもなれ……」

「み、美羽ぇぇぇ!? 悟り開いてる!?!」

莉子は半泣きで叫んでいた。







夕方。

放課後の廊下は人がまばらで、窓から差し込む夕日がオレンジ色に床を染めていた。
生徒会室の扉の前に立つ美羽は、手汗が止まらなかった。

(はぁ……もう逃げたい……)
(でも逃げたらたぶん……あの人、しらみ潰しに追ってくるよね……)

「よしっ……!」
気合を入れてノックしようとした瞬間、背後から声がした。

「美羽ちゃん?」

「えっ——」

振り返ると、そこにいたのは少し疲れた表情の白石悠真。
数日ぶりに見るその顔。
けれど、やっぱり整いすぎていて、目が合うだけでドキッとしてしまう。

「……悠真くん?」

悠真は少し微笑み、
「やっぱり、僕のこと、気になってたんだね?」

「は?」

「ほら、最近避けてたでしょ? でも僕、分かるんだよ。
 本気で嫌いなら、そんな顔しない。」

(そんな顔ってどんな顔よ!?)

「ちがいますっ!」
美羽は即答した。

「そ、そんな冷たくしないでよ。
 僕、ちょっと傷つくなぁ……でもそんな美羽ちゃんもドキドキする。」

「え、いや……こ、こりてないの!?」

(どんなメンタルしてるのこの人!? 鋼!?)

悠真はにっこり笑い、
「僕ね、休んでた間ずっと考えてたんだ。
 なんで君に振られたのか……でも、やっぱり諦められない。」

「は、はぁ!?!?」

その真剣な瞳に一瞬だけ心臓が跳ねる。
でも次の瞬間には——

「廊下で俺の許可なしにいちゃつくな。」

低い声が空気を切り裂いた。

「っ!」

美羽と悠真、同時に振り返る。

そこに立っていたのは——北条椿。
鋭い瞳と無表情な顔。
夕日が彼の輪郭を縁取り、まるで映画のワンシーンみたいに見えた。

「ち、ちがうからっ!!!」
美羽は顔を真っ赤にして叫ぶ。

悠真は悪びれもせず笑う。
「いやぁ、椿。僕が美羽ちゃんに挨拶してただけだよ?」

「言い訳は聞いてない。」

「はいはい、怖い怖い〜。そんなに睨まないでよ、会長?」

悠真は挑発的に笑いながら、美羽の肩に手を置いた。
「僕、美羽ちゃんの味方だから。椿が何言っても、僕は信じてるよ?」

「ちょ、ちょっと、やめっ…!」

その瞬間、椿が歩み寄り——
悠真の手を、容赦なく払った。

「勝手に触んな。」

金属音のような声。
空気が一瞬、凍る。

悠真は目を細め、「独占欲、強いね?」と笑う。

「俺の生徒に、だ。」

「へぇ……“生徒”ねぇ……?」

二人の間に見えない火花が散る。

美羽はオロオロと二人の顔を交互に見ていた。
(や、やめて!! 私を挟んでバチバチしないで!!)

「おい、美羽。時間だ。入れ。」
椿が冷たく言った。

「え、あ……はいっ!」

逃げるように生徒会室に入る美羽。

後ろで悠真が、「美羽ちゃん、僕も後で会いに行くからね〜」と手を振っていた。

(やだぁぁぁ!!来ないでぇぇぇ!!)








生徒会室の中。
重い扉が閉まると、静寂が戻る。

椿は机に腰をかけながら、美羽を見た。
「お前、結局の所、悠真と仲がいいんだな。」

「な、仲なんて良くないです! あの人が勝手に話しかけてくるだけで!」

「ふぅん?」

「な、なにその“嘘ついても無駄”みたいな目!」

椿は口の端を上げる。
「……お前、面白いな。」

「面白くないです!!」

「でも俺は、嫌いじゃない。」

「……はぁ!?」

顔が一気に赤くなった。
(な、なに今の、反則……!!)

椿は立ち上がり、彼女のすぐそばを通りすぎるとき、
小さく囁いた。

「ま、これから俺のそばで働くんだからな。覚悟しとけよ?」

その声が、息がかかるほど近くて。
美羽の心臓が、またトクンと跳ねた。

(ど、どうしてこの人……いつも距離が近いのよ……!)

——その瞬間、扉の外から
「会長〜!僕も一緒に働くからね〜♡」
という悠真の声が響いた。

椿が額を押さえ、低く呟く。
「……本気で殴っていいか。」

美羽は、思わず苦笑いした。