次の日も、その次の日も——
雨音美羽は、ずっと悩まされていた。

「美羽ちゃ〜ん、いたいた♪」

その声に背筋が凍る。
まただ。
今日もだ。

教室の扉のところに立っているのは、
黒薔薇の副会長、白石悠真。
いつもの爽やかスマイルを浮かべて、軽く手を振ってくる。

「……悠真くん、また来たの?」
「うん、なんか会いたくなっちゃって」
「いやいや、私この間、断ったよね?」
美羽は引きつった笑みで返した。

「でも、気が変わるかもしれないじゃん?」
「変わりませんっ!」
にっこりしながら、即答。

悠真はその“拒絶”すら楽しそうに見ていた。
「美羽ちゃんの、そうやって困ってる顔みると、やっぱり可愛いなぁ。」
「はぁぁ!? どこが!?」
(この人、ほんっとにタチ悪い!)

莉子はそんな二人を教室の隅で見ながら、
「……なにこの少女漫画展開っ!!」とドキドキしていた。

「もう、莉子も助けてよ〜……!」
「えー、でもさぁ、白石くんカッコいいし、強いし、生徒会副会長だし。
 逆になんでダメなの? 付き合っちゃえばいいじゃん?」
「む、無理無理! だって好きじゃないもん!」
「でも顔は好きでしょ?」
「顔だけなら……う~ん、まぁ、なくはないけど……って違う!!!」

教室のあちこちで女子たちがキャーキャー言っている中、
美羽は必死に逃げる毎日を送っていた。

(もう、なんでこうなるのよ〜……!)







昼休み。
廊下を歩いていた美羽は、背後に気配を感じて足を止めた。

(……まさか)

「やっぱり、見つけた♪」

振り向くと、そこには悠真が壁にもたれて笑っていた。

「……ストーカーですか?」
「違うよ。"恋人候補"を追いかけてるだけ。」
「いや、それほぼ一緒だから!!」

(ほんと、どこで嗅ぎつけてくるのよ……)

逃げようとした瞬間、悠真が一歩前へ。
壁際に追い詰められる形になってしまった。

「ちょっ……悠真くん、近いよ!」
「だって逃げるから。ほら、顔赤くなってるよ?」
「なってませんっ!」

悠真が軽く笑いながら、彼女の頬を覗き込む。
目が合った瞬間、
心臓がバクン、と跳ねた。

(な、なんなのこの人……!)

美羽は息をのみ、必死に声を出す。
「悠真くん、この前、告白の返事で本当に傷つけたんならごめんなさい! でも……本当に付き合えないの!」

「なんで? こんなに顔を赤くして動揺してるのに?」
悠真の声が低く甘い。
「ねぇ美羽ちゃん、素直になりなよ。」

そのまま、悠真がゆっくりと顔を近づけてくる。
距離が一気に縮まる。

(え、え、え、ちょ、近い近い近いぃぃい!!)

唇が触れそうになった瞬間——

「だ~からぁっ! 迷惑だって言ってるでしょーがぁ!!」

美羽の怒声が響いた。

次の瞬間、悠真の体がふわっと浮く。
美羽の腕が彼の右腕を捻り上げ、背後でロック!

「いったたた!?!? え、ちょ、美羽ちゃん!? あいたたた!!」
「ちょっと、動かないでっ!!」

(や、やばい、完全に空手反射でやっちゃったーーー!!)

悠真が顔をしかめ、
「これ……羽交い締めってやつ? 可愛いけど痛い!」と呻く。

そこへ——

「何やってる。」

低い声が響いた。

美羽と悠真がハッと振り向く。
そこに立っていたのは、生徒会長・北条椿。

黒薔薇の“王”が、静かな瞳でこちらを見ていた。







「え、椿! 今いいとこだったのに!」
悠真が文句を言う。

「どこがいいところだ。公然で痴話げんかか?」
椿は呆れ顔で近づく。

美羽は慌てて手を放し、後ろ手を隠して笑ってごまかす。
「あ、あははっ……あの、これはですね……ちょっとした護身術的な……」

「護身術?」
椿が目を細める。

「え、ええっと、父に少し教えてもらって……あははは……」

悠真が腕をさすりながら言った。
「この子、僕の腕折る気だったよ絶対……」
「折ってません!」

美羽は慌てて否定する。

そして、意を決して言った。
「と、とにかくっ! 北条椿くんでしたっけ? この白石くんがしつこくて困ってるんです!
 生徒会ならちゃんとしつけてください!」

その言葉に、悠真が「えぇぇぇ!?」とショック顔。

椿は少し驚いたように目を開く。
そして、ゆっくりと笑った。

「へぇ……俺に楯突くのか?」

(やば……! 言いすぎた!!)
美羽の顔から血の気が引く。

「い、いえ! あの! そういう意味じゃなくて! 私……白石くんみたいな人……ちょっと怖くて!
 だから困ってて……」

無理やり“か弱い女子”モードに切り替える。
だが、椿の眉がぴくりと動いた。

「お前のほうが乱暴してたように見えたが?」

「っ……!」

(な、なんなのこの人!? 人のこと勝手に決めつけて……!)

「とにかく! 関わりたくないんです! 話しかけないでください! じゃっ!!」

勢いよく背を向け、走り去る美羽。

悠真は呆然として、
「……振られた……」と肩を落とした。

「椿のせいで、振られた……」
「知らん。」
椿は冷たく言い放つ。

だがその目には、わずかに笑みが浮かんでいた。

「……でも、俺の読みは当たってたな。」
「え? どゆこと?」

椿は窓の外を見ながら、
「間違いない。鈴を助けたのはあいつだ。」

悠真が目を見開く。
「え、まじで!? あの子が!?」

椿は小さく頷いた。
その目は、王としてではなく、
“兄”としての光を宿していた。







一方その頃、美羽は廊下の角でうずくまっていた。

「まずいまずいまずいまずい!!!」
「どうしよう! やらかした!! 完っ璧にやらかした!!」

額を押さえながら、頭の中でぐるぐる。
(でも……これでもう、関わらなくてすむかもしれないよね!?)

ポジティブさを振り絞り、無理やり笑顔を作る。
「うん、きっともう大丈夫……うん……」

——その瞬間、
校舎のどこかで誰かがくすっと笑ったような気がした。

運命の糸は、もう絡まり始めていた。