危険すぎる恋に、落ちてしまいました。1

次の日も、その次の日も——
美羽は、ずっと悩まされていた。

「美羽ちゃ〜ん、いたいた♪」

その声に背筋が凍る。
まただ。
今日もだ。

教室の扉のところに立っているのは、
黒薔薇の副会長、白石悠真。
いつもの爽やかスマイルを浮かべて、軽く手を振ってくる。

「……悠真くん、また来たの?」
「うん、なんか会いたくなっちゃって」
「いやいや、私この間、断ったよね?」
美羽は引きつった笑みで返した。

「でも、気が変わるかもしれないじゃん?」
「変わりませんっ!」
にっこりしながら、即答。

悠真はその“拒絶”すら楽しそうに見ていた。
「美羽ちゃんの、そうやって困ってる顔みると、やっぱり可愛いなぁ。」
「はぁぁ!? どこが!?」
(この人、ほんっとにタチ悪い!)

莉子はそんな二人を教室の隅で見ながら、
「……なにこの少女漫画展開っ!!」とドキドキしていた。

「もう、莉子も助けてよ〜……!」
「えー、でもさぁ、白石くんカッコいいし、強いし、生徒会副会長だし申し分ないと思うけど。
 逆になんでダメなの? 付き合っちゃえばいいじゃん?」
「む、無理無理! だって好きじゃないもん!」
「でも顔は好きでしょ?」
「顔だけなら……う~ん、まぁ、なくはないけど……って違う!!!」

教室のあちこちで女子たちがキャーキャー言っている中、
美羽は必死に逃げる毎日を送っていた。

(もう、なんでこうなるのよ〜……!)




昼休み。
生徒たちの笑い声と購買のパン争奪戦のざわめきが混じる廊下で、美羽は一人、教室へ戻ろうと渡り廊下を歩いていた。

その時——
背後に何やら熱い視線を送られているような気配を、ひしひしと感じて思わず足を止めた。

(……まさか)

自然に足が止まる。
振り向かなくてもわかる。この視線の主は、十中八九、いや百中百——白石悠真くんだ。


「やっぱり、見つけた♪」

甘ったるい声。
ゆっくり振り向くと、そこには案の定、悠真がいた。
爽やかににっこりとした表情で、窓際の壁にもたれていた。すらりとした長い脚を優雅にクロスしている。
制服のから垂れ下がっているネックレスがキラリと光り、窓からの昼の光を背負って王子様オーラ全開だ。
女子数名が遠巻きにきゃあきゃあと騒いでいる。
その王子様スタイルに、なんとも憎たらしさを覚える美羽だった。

(なんでいちいち背景キラキラしてるのよこの人!!)


最近の"執拗"で"わざとらしい"出会い方に少しうんざりしている美羽は、眉間に少し皺をよせて悠真をチラリと見つめた。
そして怪訝な表情で、じとっと睨む。

「……ストーカーですか?」

悠真は、美羽の言葉に少し眉毛を下げて、クスリと笑った。


「違うよ。"恋人候補"を追いかけてるだけ。」

さも当たり前かのように、うっとりとした表情で、前髪をかきあげながら話す悠真。それにつられまいと美羽はツッコミを入れる。

「いや、それほぼ一緒だから!!」


(ほんと、どこで嗅ぎつけてくるのよ……)


美羽は、悠真に気付かれないようにため息をついた。

そして悠真から距離をとり、逃げようとした瞬間、悠真が先に一歩前へ進んだ。一気に目の前に立ちふさがり、壁際に追い詰められる形になってしまった。ゆっくりと両手を前にだして美羽を挟み、壁に優しく手をついた。

「ちょっ……悠真くん、近いよ!」

「だって、こうでもしないと…美羽ちゃん、すぐ逃げちゃうでしょ。ほら、顔赤くなってるよ?」
と首をかしげて、困っている子犬のように見つめてくる。

美羽は顔に熱がこもっていくのを感じながらも、「なってませんっ!」とハッキリと否定する。



悠真が口角をあげて軽く笑いながら、彼女の顔を覗き込む。

至近距離で目が合った瞬間、美羽の心臓がバクンと脈を打つように跳ねた。

(な、なんなのこの人ぉっ……!)


美羽は息をのみ、必死に声を出す。

「悠真くん?この前の事だけど…!告白の返事で、本当に傷つけてしまったんならごめんなさい! でも私……本当に付き合えないの!」

美羽は息をのみ、必死に声を出す。


「なんで? こんなに顔を赤くして動揺してるのに?」
悠真の声が低く甘い。

「ねぇ美羽ちゃん、素直になりなよ。」


そのまま、悠真は美羽の頬に手をすべらせた。
ピクっと美羽が反応し身動きがとれなくなると、ゆっくりと顔を近づけてきた。

距離が一気に縮まる。

(え、え、え、ちょ、近い近い近いぃぃい!!)


そのまま、悠真が段々と顔を近づけてくる。

ふたりの唇が触れそうになった瞬間——

「だ~からぁっ!迷惑だって言ってるでしょーがぁ!!」

美羽の怒声が響いた。

次の瞬間、悠真の体がふわっと揺れ動いた。
美羽の手が彼の右腕を瞬時に捻り上げ、見えない早さで背後に周りロック!

「いったたた!?!? え、ちょ、美羽ちゃん!? あいたたた!!」
「ちょっと、動かないでっ!!」

(や、やばい、完全に空手反射でやっちゃったーーー!!)

悠真が顔をしかめ、身体が不自然な角度で固定されている。

「これ……ドラマで警察官がよくやってる、"ハンマーロック"ってやつ? 可愛いけど実際は結構痛いんだねっ!」と呻く。



そこへ——

「何やってる。」

低い声が響いた。

美羽と悠真がハッと振り向く。
そこに立っていたのは、生徒会長・北条椿。

黒薔薇の“王”が、静かな瞳でこちらを見ていた。







「え、椿!?今いいとこだったのに!」
悠真が文句を言う。

「どこがいいところだ。公然で痴話げんかか?」
椿は呆れ顔で近づく。

美羽は慌てて手を放し、後ろ手を隠して笑ってごまかす。
「あ、あははっ……あの、これはですね……ちょっとした護身術的な……」

「護身術?」
椿が目を細める。

「え、ええっと、父に少し教えてもらって……あははは……」

悠真が腕をさすりながら言った。

「この子、僕の腕折る気だったよ絶対……」
「折ってません!」

美羽は慌てて否定する。

そして、意を決して悠真に指を指して言った。

「と、とにかくっ! 北条椿くんでしたっけ?私、この白石くんが最近しつこくて困ってるんです!
 生徒会メンバーなら、ちゃんとメンバーの行動を把握するなりして、躾てくださいっ!」

その言葉に、悠真が「えぇぇぇ!?」とショック顔。

椿は少し驚いたように目を開く。
そして、ゆっくりと笑った。

「へぇ……俺に楯突くのか?」

(やば……! 言いすぎた!!)
美羽の顔から血の気が引く。

「い、いえ! あの! そういう意味じゃなくて! 私……白石くんみたいな人……ちょっと怖いっていうかぁ~…
 だから困ってて~……」

無理やり“か弱い女子”モードに切り替える。
だが、椿の眉がぴくりと動いた。

「お前のほうが乱暴してたように見えたが?」

「っ……!」

(な、なんなのこの人!? 人のこと勝手に決めつけて……!私が怪力女だって言いたいわけっ?!)

「とにかく!関わりたくないんです! 今後一切、近寄らないで、そして話しかけないでください!じゃっ!!」

勢いよく背を向け、走り去る美羽。

悠真は呆然として、
「完璧に……振られた……」と肩を落とした。

「椿のせいで、振られた……」
「知らん。」
椿は冷たく言い放つ。

だがその目には、わずかに笑みが浮かんでいた。

「……だが、俺の読みは当たってたな。」
「え?どゆこと?」

椿は窓の外を見ながら、右の口角が上がっていた。

「間違いない。鈴を助けたのはあいつだ。」

悠真が目を見開く。
「え、まじで!? あの子が!?」

椿は小さく頷いた。
その目は、王としてではなく、
“兄”としての光を宿していた。







一方その頃、美羽は息を切らして廊下の角でうずくまっていた。

「まずいまずいまずいまずい!!!」
「どうしよう! やらかした!! 完っ璧にやらかした!!」

額を押さえながら、頭の中でぐるぐる。
(でも……これでもう、関わらなくてすむかもしれないよね!?)

ポジティブさを振り絞り、無理やり笑顔を作る。
「うん、きっともう大丈夫……うん……」

——その瞬間、
校舎のどこかで誰かがくすっと笑ったような気がした。

運命の糸は、もう絡まり始めていた。