――数日後。
ようやく春の空が安定して、少し暖かい風が吹いていた。
「おはよー! 美羽っ!」
勢いよく教室に飛び込んできたのは、高城莉子だった。
いつものテンション。まるで風邪なんてなかったみたいに元気いっぱい。
「莉子、風邪もう大丈夫なの?」
「うん! もうピンピンだよ! 心配してくれてありがと、美羽!」
莉子の笑顔がキラキラしていて、美羽は思わず笑ってしまった。
(よかった、いつもの莉子だ)
莉子は机に肘をついて、目を輝かせながら話し出した。
「そういえばさ、聞いた!? 黒薔薇チーム! 青龍チームとの乱闘で見事に制圧したんだって!」
「えっ……」
美羽の心臓がドキッと跳ねた。
(も、もう制圧しちゃったの!? 早っ……!)
「さすが黒薔薇だよねー! やっぱあの人たち、ただのイケメンじゃなかったわ!」
莉子がキャーキャー言いながら話を続ける。
美羽は表情を取り繕いながら、内心冷や汗だった。
(あの噂……まさかまだ続いてる?)
(私が関係してるなんて、誰も知らないよね? 大丈夫だよね?)
心の中で自分に言い聞かせるように何度もつぶやく。
でも、脳裏に浮かんだのは——屋上で見た白石悠真の顔。
(……そういえば、あの人、強かったなぁ……)
思い出すだけで心臓が少し早くなる。
優しくて、爽やかで、でもどこか底が見えない笑顔。
「ねぇ、美羽、聞いてる!?」
「え、あっ、ごめん!」
莉子がぷくっと頬を膨らませる。
「もう〜、人の話聞いてよぉ! それでね、この前の“美少女”の噂、覚えてる?」
「美少女……?」
「そう! 青龍の下っ端を倒した謎の女の子! あれね、黒薔薇が今、血眼になって必死に探してるんらしいよ~!」
「えっ……!」
その瞬間、美羽の心臓が凍りついた。
(や、やばい! まだ続いてたの!?)
「(ど、どうしよう……私、眼鏡かけてたし……顔わかんないよね? たぶん……いや、お願い、そうであって!)」
内心パニックの美羽をよそに、莉子は楽しそうに話し続ける。
「なんかね、黒薔薇の生徒会が裏で動いてるとか! カッコよくない!?」
(カッコよくない! 全然よくない!!)
(しばらく……白石くんにも黒薔薇にも、絶対近づかないようにしよう……)
そう固く心に誓ったその瞬間だった。
「きゃーーーっ!!!」
女子たちの黄色い声が教室中に響いた。
美羽と莉子が同時に顔を上げる。
そこには——
白シャツの袖をまくり上げた、爽やかな笑顔の男子。
黒薔薇の生徒会副会長、白石悠真が立っていた。
「えっ……ええええ!? なんでここに!?」
美羽は思わず椅子から立ち上がる。
悠真は教室の入り口で軽く手を挙げ、にこっと笑った。
「ねぇ、このクラスに雨宮 美羽ちゃん、いるかな?」
教室がざわつく。
女子たちの悲鳴のような声。
「やばい! 生徒会副会長がクラスに来た!」
「しかも名前呼んでる! 雨宮さん!? 雨宮さんだわっ…!?」
美羽は、顔から血の気が引く。
(うそ……なんで……!?)
「ひぃぃ……!」
咄嗟に莉子の後ろに隠れる。
「ちょっ、美羽!? どしたの!?」
莉子がびっくりして振り向く。
(お願い、見つからないで! 見つからないで!)
だが——。
「……あれ?」
耳元で、柔らかい声がした。
「隠れんぼ? やっぱり可愛いね、美羽ちゃん。」
「ひゃっ!!?」
振り向いた瞬間、悠真がすぐ後ろにいた。
いつの間に背後を取られたのか分からない。
(いつの間に!? こわっ! はやっ!!)
莉子がテンション爆上がりで叫ぶ。
「え!? 美羽いつの間に白石くんと知り合いに!? すごっ!」
悠真は笑いながら言う。
「美羽ちゃん、ちょっと借りるね?」
「えっ、あの、ちょ、ちょっと!?」
抵抗する間もなく、手を引かれて教室の外へ。
(ま、また手引かれてるぅぅ……!!)
――空き教室にて。
静まり返った教室。
午後の光が差し込み、ホコリが舞っている。
「ここなら誰も来ないね?」
悠真が軽く微笑む。
美羽はドキドキしながら言った。
「あ、あの、この間はありがとうございました!ちゃんとお礼に行けなくて、ごめんなさい!」
悠真は目を細めて、
「やだなぁ、美羽ちゃん。そういうのいらないよ。悠真って呼んで?」
「え、えぇっ!? い、いやその……」
「ねぇ、頬の傷、大丈夫?」
悠真が一歩近づく。
指先がゆっくりと、美羽の頬へ伸びて——
(えっ、ま、まさか……)
——むにっ。
「いった!?」
突然、頬を軽くつねられた。
「え、え、なに!? なんで!?」
悠真は笑っていた。
その笑みは爽やかというより、どこか悪戯っぽくて危険。
「美羽ちゃん可愛いね。僕ね…、"女の子の苦痛に歪む表情"が大好きなんだ。」
「えっ!? ゆ、悠真くん!?」
(ちょっと待って。今、さらっと怖いこと言わなかった!?)
悠真は手を離しながら、さらりと告げた。
「ねぇ、美羽ちゃん。僕の彼女にならない?」
「……へ?」
時間が止まった。
「え、わ、私!?」
「うん、僕じゃダメかな?」
「な、なんで……」
「だって僕、強いし、カッコいいし、条件いいと思うんだけど?」
(うわー、めっちゃ自信ある言い方!)
助けてもらった時のことを思い出す。
確かに強い。
確かにカッコいい。
でも——。
(この人、“女の子の苦痛な顔が好き”って言ったよね!?)
(怖い、普通に危ない人なんですけどぉ!)
「ゆ、悠真くん! ごめんなさい。私、怖い人は無理です!」
即答。
悠真はキョトンとした顔になり、
数秒後——吹き出した。
「……ぷっ、ははっ。美羽ちゃん、断るの? こんなの初めてなんだけど!」
「えっ、えぇ……」
「面白い。やっぱり僕、美羽ちゃんのこと好きだわ〜。」
不適な笑み。腹黒オーラ全開。
(やっぱこの人、危険!!)
ちょうどその時、チャイムが鳴った。
救いの音だった。
「ご、ごめんなさいっ!!」
美羽はバッグをつかんで、ダッシュで教室を飛び出す。
(もう無理! 心臓止まる!!)
廊下を全力で駆け抜ける美羽。
その姿を、
偶然廊下の端から見ていた男がいた。
北条椿。
無表情のまま、美羽を目で追う。
そして、空き教室から出てきた悠真を見て、
「……あの女子生徒、保健室にいた奴だな。悠真に靡かない女なんて珍しいな。」
悠真は笑って肩をすくめた。
「でしょ? だからハマりそうなんだよねぇ。」
椿は小さく笑って、
「……あいつ、ただの女子じゃないな。」
悠真は興味深そうに目を細めた。
「ふぅん……それ、どういう意味かな?」
椿は答えず、廊下の先へ歩き去っていった。
光の中で、風がカーテンを揺らしていた。
そして——
美羽の“平穏な日常”は、
もう二度と戻らない予感がしていた。
ようやく春の空が安定して、少し暖かい風が吹いていた。
「おはよー! 美羽っ!」
勢いよく教室に飛び込んできたのは、高城莉子だった。
いつものテンション。まるで風邪なんてなかったみたいに元気いっぱい。
「莉子、風邪もう大丈夫なの?」
「うん! もうピンピンだよ! 心配してくれてありがと、美羽!」
莉子の笑顔がキラキラしていて、美羽は思わず笑ってしまった。
(よかった、いつもの莉子だ)
莉子は机に肘をついて、目を輝かせながら話し出した。
「そういえばさ、聞いた!? 黒薔薇チーム! 青龍チームとの乱闘で見事に制圧したんだって!」
「えっ……」
美羽の心臓がドキッと跳ねた。
(も、もう制圧しちゃったの!? 早っ……!)
「さすが黒薔薇だよねー! やっぱあの人たち、ただのイケメンじゃなかったわ!」
莉子がキャーキャー言いながら話を続ける。
美羽は表情を取り繕いながら、内心冷や汗だった。
(あの噂……まさかまだ続いてる?)
(私が関係してるなんて、誰も知らないよね? 大丈夫だよね?)
心の中で自分に言い聞かせるように何度もつぶやく。
でも、脳裏に浮かんだのは——屋上で見た白石悠真の顔。
(……そういえば、あの人、強かったなぁ……)
思い出すだけで心臓が少し早くなる。
優しくて、爽やかで、でもどこか底が見えない笑顔。
「ねぇ、美羽、聞いてる!?」
「え、あっ、ごめん!」
莉子がぷくっと頬を膨らませる。
「もう〜、人の話聞いてよぉ! それでね、この前の“美少女”の噂、覚えてる?」
「美少女……?」
「そう! 青龍の下っ端を倒した謎の女の子! あれね、黒薔薇が今、血眼になって必死に探してるんらしいよ~!」
「えっ……!」
その瞬間、美羽の心臓が凍りついた。
(や、やばい! まだ続いてたの!?)
「(ど、どうしよう……私、眼鏡かけてたし……顔わかんないよね? たぶん……いや、お願い、そうであって!)」
内心パニックの美羽をよそに、莉子は楽しそうに話し続ける。
「なんかね、黒薔薇の生徒会が裏で動いてるとか! カッコよくない!?」
(カッコよくない! 全然よくない!!)
(しばらく……白石くんにも黒薔薇にも、絶対近づかないようにしよう……)
そう固く心に誓ったその瞬間だった。
「きゃーーーっ!!!」
女子たちの黄色い声が教室中に響いた。
美羽と莉子が同時に顔を上げる。
そこには——
白シャツの袖をまくり上げた、爽やかな笑顔の男子。
黒薔薇の生徒会副会長、白石悠真が立っていた。
「えっ……ええええ!? なんでここに!?」
美羽は思わず椅子から立ち上がる。
悠真は教室の入り口で軽く手を挙げ、にこっと笑った。
「ねぇ、このクラスに雨宮 美羽ちゃん、いるかな?」
教室がざわつく。
女子たちの悲鳴のような声。
「やばい! 生徒会副会長がクラスに来た!」
「しかも名前呼んでる! 雨宮さん!? 雨宮さんだわっ…!?」
美羽は、顔から血の気が引く。
(うそ……なんで……!?)
「ひぃぃ……!」
咄嗟に莉子の後ろに隠れる。
「ちょっ、美羽!? どしたの!?」
莉子がびっくりして振り向く。
(お願い、見つからないで! 見つからないで!)
だが——。
「……あれ?」
耳元で、柔らかい声がした。
「隠れんぼ? やっぱり可愛いね、美羽ちゃん。」
「ひゃっ!!?」
振り向いた瞬間、悠真がすぐ後ろにいた。
いつの間に背後を取られたのか分からない。
(いつの間に!? こわっ! はやっ!!)
莉子がテンション爆上がりで叫ぶ。
「え!? 美羽いつの間に白石くんと知り合いに!? すごっ!」
悠真は笑いながら言う。
「美羽ちゃん、ちょっと借りるね?」
「えっ、あの、ちょ、ちょっと!?」
抵抗する間もなく、手を引かれて教室の外へ。
(ま、また手引かれてるぅぅ……!!)
――空き教室にて。
静まり返った教室。
午後の光が差し込み、ホコリが舞っている。
「ここなら誰も来ないね?」
悠真が軽く微笑む。
美羽はドキドキしながら言った。
「あ、あの、この間はありがとうございました!ちゃんとお礼に行けなくて、ごめんなさい!」
悠真は目を細めて、
「やだなぁ、美羽ちゃん。そういうのいらないよ。悠真って呼んで?」
「え、えぇっ!? い、いやその……」
「ねぇ、頬の傷、大丈夫?」
悠真が一歩近づく。
指先がゆっくりと、美羽の頬へ伸びて——
(えっ、ま、まさか……)
——むにっ。
「いった!?」
突然、頬を軽くつねられた。
「え、え、なに!? なんで!?」
悠真は笑っていた。
その笑みは爽やかというより、どこか悪戯っぽくて危険。
「美羽ちゃん可愛いね。僕ね…、"女の子の苦痛に歪む表情"が大好きなんだ。」
「えっ!? ゆ、悠真くん!?」
(ちょっと待って。今、さらっと怖いこと言わなかった!?)
悠真は手を離しながら、さらりと告げた。
「ねぇ、美羽ちゃん。僕の彼女にならない?」
「……へ?」
時間が止まった。
「え、わ、私!?」
「うん、僕じゃダメかな?」
「な、なんで……」
「だって僕、強いし、カッコいいし、条件いいと思うんだけど?」
(うわー、めっちゃ自信ある言い方!)
助けてもらった時のことを思い出す。
確かに強い。
確かにカッコいい。
でも——。
(この人、“女の子の苦痛な顔が好き”って言ったよね!?)
(怖い、普通に危ない人なんですけどぉ!)
「ゆ、悠真くん! ごめんなさい。私、怖い人は無理です!」
即答。
悠真はキョトンとした顔になり、
数秒後——吹き出した。
「……ぷっ、ははっ。美羽ちゃん、断るの? こんなの初めてなんだけど!」
「えっ、えぇ……」
「面白い。やっぱり僕、美羽ちゃんのこと好きだわ〜。」
不適な笑み。腹黒オーラ全開。
(やっぱこの人、危険!!)
ちょうどその時、チャイムが鳴った。
救いの音だった。
「ご、ごめんなさいっ!!」
美羽はバッグをつかんで、ダッシュで教室を飛び出す。
(もう無理! 心臓止まる!!)
廊下を全力で駆け抜ける美羽。
その姿を、
偶然廊下の端から見ていた男がいた。
北条椿。
無表情のまま、美羽を目で追う。
そして、空き教室から出てきた悠真を見て、
「……あの女子生徒、保健室にいた奴だな。悠真に靡かない女なんて珍しいな。」
悠真は笑って肩をすくめた。
「でしょ? だからハマりそうなんだよねぇ。」
椿は小さく笑って、
「……あいつ、ただの女子じゃないな。」
悠真は興味深そうに目を細めた。
「ふぅん……それ、どういう意味かな?」
椿は答えず、廊下の先へ歩き去っていった。
光の中で、風がカーテンを揺らしていた。
そして——
美羽の“平穏な日常”は、
もう二度と戻らない予感がしていた。



