——ガチャ。

 美羽が逃げる隙もなく、病室のドアが内側から勢いよく開いた。

「……って、美羽ちゃん?」

 ドアを開けたのは遼だった。
驚いた顔のまま、口元に青あざを作って笑う。

「どしたの?入らないの?冷めちゃうよ〜その差し入れ。」

「ひゃっ……!」

 突然開いたドアに驚いて、紙袋をぎゅっと胸に抱きしめる美羽。

(ちょ、ちょっと待って!!
よりによって “一番気楽に入れないタイプ” が出てきたんだけど!!なんで、玲央くんじゃないの?!玲央くんが当たり障りなく一番ましなのに~)

 遼はニヤリと笑って、ひょいと美羽の肩に手を置く。

「ほら、美羽ちゃん。そんな玄関で迷子みたいになってないで、おいで?」

「ま、迷子じゃないもん……!」

 ぷいっとそっぽを向いた瞬間。

「……美羽?」

 奥から聞こえた低い声。
声だけで心臓が跳ねる。

 視線を上げると、
ベッドから半身を起こした椿が、じっとこちらを見ていた。

 光の入り方なのか、それとも本当にそうなのか——
椿の黒い瞳が、まるで夜の奥底みたいに深くて綺麗で。

(……あ、だめ……目、合わせられない……)

 でも、離せない。

 そんな不思議な吸い寄せられる視線だった。

「……遅かったな。」

 淡々とした声なのに、
その奥にある “安堵” が伝わってきて、美羽の胸がぎゅっとなる。

「ご、ごめん……!ちょっと、莉子のところ行ってて……」

「知ってる。……よかったな。」

 椿の何気ない言葉が、
まるで「帰ってきてくれて、よかった」って言われたみたいで。

 美羽の頬が熱く染まる。






*

黒薔薇チーム、騒がしすぎる歓迎ー。

「お、雨宮さん来てくれたんですね!」
碧が元気に手を振る。

「美羽ちゃんおかえり!!いや〜会いたかったよ〜!!」
悠真が満面の笑みで手を振る。

「データによると、君が来る確率は99.9%だ。」
玲央は骨折した手をかばいながらメモを取っている。

(なんつーしょうもない分析を……)

 いっせいに視線が集まり、美羽の心臓は爆発寸前。

「あ?何お前ら、全員で美羽をジロジロ見てんだよ。」
椿が軽く怒鳴る。

「えー、別にいいじゃーん。美羽ちゃん可愛いし?」
遼がわざとらしいほどにひやかす。

「かっ……!」

 美羽の顔は一瞬で真っ赤になった。

「おい、美羽。こっち来い。」

「へっ!?」

 椿が自分の隣の椅子をポンと叩く。

 美羽は慌てて手を振る。

「い、いいよそこはっ……!椿くんの隣なんてっ……!」

「うるせぇ。……来いよ?」

 その言い方がずるい。
ずるすぎて、胸の奥がまたぎゅっとなる。

(こ、こんなんじゃ……ますます……意識しちゃうじゃん……!)

 赤面しながら、そろそろと椿の隣に座った。

 距離が近い。
息がかかりそうで、また顔が熱くなる。




*
差し入れ騒動ー。

「で?美羽ちゃんそれ何持ってきたの?」悠真が指差す。

「えっと……みんなの好きそうな……フルーツゼリーとか……」

「おっゼリー!食べる食べる!」
遼がすかさず手を伸ばす。

「食うなバカ。まず俺からだ。」
椿がその手を軽く叩く。

「いてっ!独占欲強すぎじゃね?椿。」

「うるせえ。こいつは俺の——」

「椿くん?」

 美羽が小さく首を傾げると、

椿は一瞬だけ目をそらし、

「ちっ、……なんでもねぇよ。」

と小さく呟いた。

(な、何か照れてない?!照れてる…!?)

 胸の鼓動が早すぎて、耳の奥で響く。



*
穏やかな時間の中でー。

「そういえば美羽ちゃん、莉子ちゃんと仲直りできた?」
悠真がふと尋ねる。

美羽はにこっと微笑んだ。

「うん。ちゃんと話せたよ。……これからも友達として向き合ってくよ。」

「そっか」
悠真は柔らかく笑う。

 その顔に美羽はほっとした。

(ああ……帰ってきたんだ、やっと)

 黒薔薇チームの馬鹿みたいに明るい雰囲気。
どんな傷も、笑って冗談に変える人たち。

 その光景を見ているだけで、胸が温かくなる。






「……美羽。」

「え?」

 不意に呼ばれて、びくっと肩が跳ねる。

椿は少しだけ視線を落としながら、
しかし確かに美羽を見て言った。

「お前が、……無事でよかった。」

 たったそれだけなのに。

 胸の奥に、ぽっと灯りがともるみたいに温かくて。

「……うん。みんなも、無事でよかった。」

 美羽がそう言うと、

椿はほんの少しだけ、ゆるく微笑んだ。

 その微笑みに、美羽の心臓は簡単に負けた。

(……好き。私、やっぱり、椿くんが好き……)

 気づきたくなかった気持ちが、静かに、じんわりと胸に浮かんでくる。

 

そして病室の外には、
美羽が今にも逃げ出しそうにテンパったまま落とした、空のゼリーケースがころんと転がっていた。