戦いの夜明けから一日。
 まるで長い悪夢の終わりを待っていたみたいに、病院の窓には澄んだ青空が広がっていた。

 あの倉庫で倒れていた黒薔薇メンバーたちは全員、救急搬送され、
今はこうして白いシーツに包まれながらも、互いの無事を確認し合っていた。

 莉子も意識を戻し、まだ痛々しい包帯だらけの身体でリハビリを受けている。
椿、悠真、玲央、遼、碧――その誰もが、打撲や骨折や裂傷はあれど、ちゃんと元気にしていた。

 生きている。それだけで胸がぎゅっとなる。

「美羽ちゃん、なんか買ってきてくれないかな〜?プリンとかさぁ?」
悠真が病室のベッドから、まるでピクニックの誘いみたいに明るく言う。

「まだ来ねえだろ。友達の方が先だろうしな。」
椿は窓辺に寄りかかりながら、遠くの空を眺めている。
ガーゼの貼られた口元が、やけに絵になっていて腹が立つほどだ。




*

205号室。

 その頃美羽は、手に握った紙袋をぎゅっと握りしめながら、205号室の前に立っていた。

コン、コン——

「……はい」

 中から聞こえる小さな返事に、美羽は深呼吸をして扉を開けた。

「莉子……!!」

 ベッドの上、身体のあちこちに包帯を巻かれた莉子がいた。
その姿を見た瞬間、美羽の胸の奥がぎゅっと痛んだ。

莉子は驚いたように、美羽を見つめる。

「み……美羽……?」

 返事をする間もなく、美羽は勢いよく莉子を抱きしめていた。

「バカ……バカ莉子!!」

 しがみつく腕に力がこもる。
莉子の肩が震え、その声は涙に濡れていた。

「ごめん……ごめんね……美羽……
もう……会ってくれないと思ってた……
私……友達失格だよね……?」

「友達失格なんて言わないでよ……!」
美羽は抱きしめたまま首を振る。

「莉子がどんな気持ちだったのか、全部はまだわからないけどさ……
一人で抱えてたんでしょ?苦しかったんでしょ……?
……でもね、もう大丈夫。莉子はこれから私が絶対守るから。」

 ぽろぽろ涙を流す莉子が、か細い声で笑った。

「……そんなの……ずるいよ……
美羽にそんなふうに言われたら……
また……友達でいたくなるに決まってるじゃん……」

「当たり前でしょ、莉子!!」

 二人は泣きながら笑い合い、強く手を握り合った。







305号室、黒薔薇チーム。

 一方その頃、黒薔薇チームが入院している305号室では、
いつものように賑やかすぎる会話が繰り広げられていた。

「で?白百合の連中はどうなったんですか?」
碧がリンゴを剥きながら尋ねる。

玲央は片手でノートパソコンを叩きながら淡々と答えた。
左手首は骨折しているため、右手だけで器用に作業している。

「まぁ、壊滅だな。
女性に倒されたとなれば、もうチームの看板なんて名乗れないだろう。」

「つーかさぁ〜俺のこの顔よ。これじゃあ暫く、女の子に会えないじゃん?」
鏡を見て溜息をつく遼。

悠真は呆れた目でそれを見ていた。

「いや、こんな状況で女子と遊ぼうとする遼くんの方が不可解だけど?」

 その横で椿がふいに呟いた。

「……遅ぇ。」

 窓の外をじっと見たまま、腕を組んでいる。
口元のガーゼがまた妙に似合っていて、看護師たちに密かに人気だ。

悠真がニヤァッと笑って言った。

「美羽ちゃんは皆の美羽ちゃんだからね?
会長"の”じゃないからね?」

椿はすぐさま噛みついた。

「は?どう考えてもあれは俺への告白だろ。俺の女だ。」

「はああ!?誰も椿の名前なんて出してないんですけど?!
勝手に自給自足の恋愛してんじゃねぇよ!」

悠真は爽やかな笑顔が崩れ、逆ギレしている始末。

そこに碧が静かに参戦した。

「ずるいです。僕だって雨宮さんのこと、まだ諦めてませんから!」

「え!まじ?そんなことになってんの?まぁでも、強い美羽ちゃんって、なんかエロいよなぁ。」
遼は目を輝かせる。


「「「遼(くん)は黙って(ろ/て)ください。!!」」」

三人が意気投合する。

玲央も画面から顔を上げずに言った。

「なかなか面白いデータだ。」

 喧噪の中。





その頃305号室の前……

 その305号室の前で、美羽は袋を持ったまま立ちすくんでいた。

(ど、どうしよう……
入るタイミング……わかんないっ……!!!)

 顔は真っ赤、心臓はバクバク。
莉子と仲直りして勢いづいたはずなのに、黒薔薇チームの前だとなぜか急に気恥ずかしさが襲ってくる。

(いや、だって……
みんな私のこと、あれからなんか変なふうに見てくるんだもん……
椿くんとか……特に椿くんとか……!)

 ドアの前でモジモジしながら、美羽は小動物のようにそわそわしていた。

(……入る?いや、まだ?
でも差し入れ溶けちゃう……ってプリンじゃないけど!!)

 深呼吸を一つ。

(……よし。入る、入る……入る……入るってば、私!!)

 ガチャッ、と小さくドアノブが揺れた。

そこで中から――

「だから言ってんだろ、あれは絶対俺に向けて――」

「いやいや、ありえないから!美羽ちゃんは——」

 美羽の心臓は、さらに早く跳ねた。

(……やっぱり無理ぃぃぃ!!!)