爆ぜるような衝撃音が次々と、倉庫の静寂を叩き割った。

ガシャァァァン!!

金属扉が歪み、破壊され、粉塵が舞い上がる。その向こうから――
夜空を切り裂くような、何台かのバイクのヘッドライトの光が差し込んだ。

「……っ!!」

美羽の胸が、大きく跳ねる。

まるで映画のワンシーンのように、白い煙の向こうから姿を現したのは――

黒い特効服を風に揺らし、傷だらけの額をそのままに、歩いてくる椿だった。

そして、椿の後ろには黒薔薇の生徒会メンバー――
悠真、碧、遼、玲央――全員が並んでいた。

夕日のような逆光に照らされ、彼らの影が長く伸びる。
その姿は、圧倒的で、強くて、怖いほど美しかった。

美羽は震える声で言った。

「つ……つばき、くん……みんな……!」

椿は息を切らしながら、しかし静かな怒気をまとって一歩踏み込む。

悠真は美羽の姿を見つけて、息を呑んだ。

「美羽ちゃん!!」

縛られ、頬に涙とほこりをつけ、首には秋人の手による赤い痕。
それを見た瞬間――悠真の顔から笑みが消えた。

碧はニコリと笑うが、その目は今まで見たことのないほど冷たい。

「女性を痛めつけるとは……あなた、とっても良くない趣味をお持ちのようですね?」

遼は足を組み、秋人を睨みつけた。

「その手を離しな。……女の子の扱い方、一から教えてやるからよ?」

玲央は溜息をつきながら、秋人を軽蔑したように見た。

「SMは、ちゃんとした店で取り扱うものです。素人がやると事故になりますよ?」

「……なんだ、お前ら……」

秋人が舌打ちし、美羽を乱暴に突き放して立ち上がった。

美羽は倒れ込みながらも、椿の方を見る。

「椿くん……!」

――その瞬間だった。

50人近い白百合の構成員が、秋人の背後から姿を現した。

倉庫の広間は、黒と白の特攻服で埋め尽くされ、重苦しい殺気が漂う。

秋人は手を広げ、余裕の笑みを浮かべた。

「ようこそ、黒薔薇の皆さん。歓迎するよ。
昨日ぶりだねぇ……ゆっくり寝れたかい椿くん?」

椿はゆっくりと前に出る。
その足どりはふらついているが、その瞳は鋭く一点を射抜いていた。

「……秋人、お前……美羽を解放しろ。」

「へぇ、まだそんな余裕があるんだ?傷だらけのくせにさぁ。」

秋人は笑い、手下達に顎をくいっと動かした。

「君達、相手してあげて?」

次の瞬間――白百合が黒薔薇に雪崩れ込んだ。



*

「いくぞ、黒薔薇ァ!!」

遼が吠えるように叫び、最初の一人を蹴り飛ばす。

悠真は美羽を見ると、その目の色が一瞬で変わった。

「……よくも、美羽ちゃんを……!!」

その声はいつもの軽薄なトーンではなかった。

碧は優雅な足さばきで、近づく5人を瞬時に倒していく。

「邪魔ですよ、どいてください!」

玲央は眼鏡を外し、無表情のまま敵の急所を的確に突いた。

「もう少し、静かにできませんか?」

圧倒的だった。

まるで嵐の中心にいるかのように、黒薔薇が華麗に舞い、敵を次々と倒していく。

その光景に、美羽は息を飲んだ。

(すごい……こんなに……強いんだ……)

しかし。

秋人はただ笑っていた。

手下が30人倒れようと、20人になろうと。

「楽しい光景だねぇ?椿。黒薔薇ってこんなに弱かったっけ?」

椿は乱暴に口元の血を拭く。

「黙れ」

美羽は息を呑む。
傷つきながらも立ち続ける椿は、美羽の心を強く掴んで離さなかった。




*

手下が10人ほどになった時だった。

秋人が手を上げた。

「はーい。ストーーップ」

白百合も黒薔薇も、その声に反応して動きを止める。


「俺ちょーっと、飽きてきちゃった。
そうだ、楽しい余興を思いついた!」


秋人はニヤリと笑い、美羽の前に歩いてきた。

そして――美羽の顔すれすれに、銀色のナイフを突きつけた。

美羽の喉が、ひゅっと鳴る。

椿が叫ぶ。

「秋人!!てめぇ……!!」

秋人は子どもみたいに笑った。

「面白いねぇ、椿くん。
動けないでしょ?
だって……美羽ちゃんの顔に、傷がつくかもしれないもんねぇ?」

「……っ!!」

椿の拳が震える。

悠真も、碧も、玲央も、遼も――息を呑んで動けない。

美羽は震えながら秋人を睨む。

「卑怯よ!そんなの……!」

「何言ってるの?戦いなんていつだって卑怯なものだよ?」

秋人は椿を見ず、美羽の顔をじっと見つめた。

その目が――狂気に染まっていた。

「椿。どうして君は……昔みたいに、俺だけ見てくれないの?」

「秋人……」

「俺の顔、覚えてる?
君の後ろを守った時にさ――
この顔になったんだよ?」

秋人は右目の傷を指で撫でた。

「椿!!俺はなぁぁぁ!君に、見てほしかったんだよ!!」

「……秋人、」

椿の喉がわずかに震えた。

そして椿は、震える拳を握り締めながら、ゆっくり言った。

「――わかった。」

秋人の顔が喜びに歪む。

椿は続けた。

「俺を好きなだけ殴れ。
お前の……気が済むまでな。」

「っ!!椿くん!!だめ!!」

美羽の叫びは、声にならない悲鳴になった。

秋人は笑い出し、残った手下達に命じた。

「やれ。」



*

そこからは――地獄だった。

椿の身体や顔に拳が振り下ろされるたび、美羽の胸が裂けそうになる。

悠真は鳩尾を蹴られ、倒れ込みながら叫んだ。

「美羽ちゃん……逃げて……!」

遼は顔面を殴られながらも、美羽の方を見て言った。

「泣くなよ……美羽ちゃん……」

玲央は腕を踏まれながら、震える声で呟いた。

「……暫くパソコンが、使えないな………」

碧は足を押さえられ、苦しげに息を吐いた。

「雨宮……さん……目を閉じていてください……!」

秋人は笑い続けていた。

「いいねぇ!いいよぉ!その顔!
絶望した女の子の顔って、芸術だよねぇ!」

美羽は震える身体で、涙を止められずに叫んだ。

「お願い……やめて……椿くん達を傷つけないで……
私なんて……どうなってもいいから……!」

秋人が美羽の顔にナイフを近付けた。

「じゃあ……君の顔を壊していい?」

「っ!!」

死の匂いがした。

倉庫の空気が――止まった。

椿が血まみれの姿で叫ぶ。

「美羽に……触るなぁぁぁっ!!」

しかし身体が言うことを聞かず、膝をついてしまった。

美羽は震える声で呟く。

(どうすれば……どうすればいいの……
もう……誰も傷つくの見たくない……)

涙が頬を伝い、床に落ちた。

(椿くん……ごめん……)

秋人のナイフが、美羽の右目のすぐそばに迫る。

秋人が囁く。

「ねぇ、美羽ちゃん。
傷つく瞬間の顔、俺に見せてよ?」

美羽はきつく目を閉じる。

そのとき――
倉庫が震えるほどの怒号が響いた。

「秋人やめろ――――!!」

椿の叫びは、どんな爆発音よりも大きかった。

美羽の心臓が、大きく跳ねる。

(椿くん……)

その声だけで、まだ戦える気がした。

秋人は笑う。

「怖がる顔が一番いいんだよねぇ。
ほら、美羽ちゃん、諦めて……?」

ナイフが、頬に触れようとしていた――