◯▲コンビニの白い看板が朝日を反射して、やけにまぶしく感じた。

息を切らしながら、美羽は店の脇にしゃがみ込む小さな影を見つける。

三角座りして、俯いた肩が震えていた。

「……莉子!!!」

美羽が声をかけると、莉子は顔をあげた。

その瞬間、涙で濡れた目がふわりと揺れて――

「美羽っ……!!!」

莉子はよろけるように立ち上がり、美羽に向かって走ってきた。

二人は勢いのまま抱き合う。

「よかった……無事で……ほんとによかった……!」

「美羽……っ、怖かったっ!……うぅ……!」

莉子は子どものように泣きじゃくった。

美羽は背中をさすりながら、胸の奥で固く抱えた思いを飲み込む。

(……よかった。ほんとに、会えて……)

けれど――
どうしても、聞かなきゃいけないことがあった。

涙で濡れた莉子の肩をそっと離し、美羽は小さく息を吸った。

「莉子……あのね? ちょっと聞きたいことがあるの――」

莉子は涙を拭きながら、美羽を見つめ返した。

「な、なに……?」

「えっと……もし、私の勘違いだったら本当にごめんね? でも……」

美羽は唇を噛んだ。

心臓が暴れて、声が震える。

「莉子……もしかして……
秋人くんと……知り合いだったり……
その……兄妹、とか……だったり……する……?」

莉子の表情が、凍りついた。

肩がビクリと震え、

「み……美羽……あのね……それは……」

その瞬間。

ドスッ。

鈍い衝撃音。

「……え?」

美羽の視界がふっと揺らいだ。

後頭部に、焼けるような痛み。

(な……に……?)

莉子の顔が歪み、遠ざかる。

「美羽ッ!!」

莉子の悲鳴。

視界が暗く滲む。

美羽は倒れこみながら、かすかに呟いた。

「……莉……子……?」

そして、意識が闇に溶けた。

――ドサッ。

地面に落ちる音だけが乾いた朝に響く。








震える莉子の前に、ゆっくりと影が立った。

「……っ、ごめんなさい……“お兄ちゃん”……」

恐怖で震える、か細い声。

そこにいたのは、白い制服に首には竜の刺青。
片目に白い眼帯をした、ぞっとするほど美しい男。

白百合の王――高城 秋人。

秋人は唇を吊り上げ、不適に笑った。

「莉子、上手に演技できたねぇ。えらいよ?
さすが俺の可愛い“ペット”だね。」

莉子の膝が崩れ落ちる。

「ひ……ひどいよ……なんで……なんでこんな……!」

「泣くなよ。仕事は終わったんだ。ほら、戻るよ?」

秋人は当然のように美羽の腕を掴んだ。

莉子は地面に手をつき、声を張り上げた。

「美羽!! ごめんなさい!!
美羽ぇぇえ!!」

青空がやけに遠く、無慈悲に広がっていた。






その頃――。

黒薔薇生徒会室は、緊迫した空気に支配されていた。

悠真が電話を耳に当て、蒼白な顔で立ち尽くしている。

玲央は険しい表情でキーボードを叩き、
遼は拳を震わせ、
碧はただ祈るように目を閉じていた。


何度かの電話のコール音で
誰かが電話にでた。

そのとき――

スマホから、聞き慣れない嘲笑が響いた。

『やぁ黒薔薇の皆さん、このスマホの持ち主は
君たちの“天使”……いや、“お姫様”と呼んだ方がいいかな?
あはははは……!』

悠真の顔色が変わる。

「秋人……!!」

秋人の声はぞっとするほど冷たく甘い。

『その声は、椿の仲間の白石悠真くん?だよね。じゃあ早速伝言頼むよ?

“雨宮 美羽は白百合が預かった。
返してほしくば椿、黒薔薇を引き連れて××倉庫に来い。”』

ブチッ。

通話は強制的に切れた。

「くそっ!!…やられたっ…!!」

悠真は椿に即座に連絡を入れた。

コールが鳴り終わるか終わらないかの瞬間。

「悠真、どうした。」

「椿!!、美羽ちゃんが……さらわれた!!」

「何だと?!」

その言葉で、椿の中の何かが切れた。






病室。

椿は立ち上がり、点滴を乱暴に引き抜いた。

血が滴り、包帯がほどけても、構わなかった。

「……ふざけんなッ!!」

壁を殴りつけ、走り出す。

看護師の制止も、誰の声も届かなかった。

ただひとつの名前だけが、胸の奥で燃えていた。

――美羽っ!!。






黒薔薇生徒会室。

特攻服に着替えた4人が集結する。

黒地に紅い薔薇の刺繍。
ただの不良の服ではない。
“黒薔薇”の魂そのものだった。

玲央はメガネを外し、冷静に告げる。

「敵のデータは頭に入れた。いくぞ。」

碧は腕を回し、息を弾ませる。

「久しぶりに暴れられますね……!」

遼はバイクの鍵をくるりと回して笑う。

「美羽ちゃん、絶対助ける!」

悠真は唇を噛みしめ、震える声で言った。

「椿も向かってる……! さあ、行こうっ!!」

4人は同時にバイクに跨がった。

黒いバイクの列が校門を飛び出し、
朝の空を裂くように走り抜けた。











同時刻。

すでにハーレーに跨った椿は、

風を裂きながら叫ぶように、たった一言だけ呟いた。

「美羽……待ってろ!!」

黒い特攻服が風にはためき、
病院前の空気が爆発するように押し流される。

その背中は、怒りと愛情で灼熱のように震えていた。

世界のすべてを敵に回しても、
彼女を取り戻すためなら――

椿は迷いなく、地獄さえ踏み抜いて走り出した。