朝、目覚ましが三度鳴っても、美羽は布団の中でただ天井を見つめていた。
まぶたの裏には、昨日の惨劇が、映画のフィルムみたいに何度も巻き戻っては再生される。

椿が倒れた瞬間。
莉子が連れ去られた光景。
秋人の、あの冷たい笑み。

「……寝れる方がおかしいよね、こんなの。」

布団をめくって起き上がると、窓の外は――やけに晴れていた。
雲ひとつない、澄みきった空。
まるで今日が、何事もなく始まる“普通の日”であるかのように。

「はあ……」

胸の奥に溜まったモヤモヤが一気にこみ上げ、美羽は強くまぶたを閉じた。
けれど泣いてる暇もない。
黒薔薇のメンバーと合流しなきゃ。
莉子を助けるために、少しでも早く動かなきゃ。

急いで着替え、カバンを持ち、美羽は家を飛び出した。







その頃、黒薔薇生徒会室。

椿を除くメンバーが揃っていた。

玲央はパソコンに向かい、眼鏡のブリッジを押し上げながら言った。

「――例の黒い手紙の解析が終わった。
 犯人が、わかった。」

悠真は苛立ったように椅子の背に寄りかかり、

「いまさら解析なんてどうでもいいよ。犯人は秋人なんだからさ!」

碧は腕を組んで真剣な顔をし、

「我らの宿敵、倒すべき相手はただひとり、秋人さんです。なかなかの抗争になりますよ。」

遼はのんびりとソファに寝転びながら、

「てか玲央ってば、今回わりと時間かかったよね?珍しい〜」

玲央はゆっくりと息を吐いた。

「まあ聞け。黒幕はそうかもしれないが――これは別件だ。
 最後に入れられていた手紙。数日前の監視カメラに、“黒いパーカー”の生徒が映っていた。
 姿は巧妙に隠されていたが…追跡していくと――」

カタッ。

玲央がエンターキーを押す。
画面が切り替わり、映るのは――小柄な女の子の後ろ姿。

悠真が立ち上がった。

「えっ……これ、莉子ちゃん……?なんで……!」

碧も眉をひそめる。

「おかしいですね。今、彼女は白百合の人質になっているはずでは?」

遼は目を見開き、額を押さえていた。

「つまり……グルってこと?
 うわ、同年代の女子こっわ……」

玲央は静かに言葉を続けた。

「調べたところ――高城莉子は、高城秋人と血縁関係にある。
 DNAも一致した。“実の兄妹” だ。」

「……!!」

室内が凍りついた。

碧が信じられないというように首をかしげる。

「でも、同年代であれば双子……?しかし顔は似ていませんが。」

玲央は画面を切り替えながら淡々と説明した。

「一卵性と二卵性の違いもある。
異性一卵性双生児の場合を想定すると、
 高城秋人は背が高いが、高城莉子は一卵性の遺伝子によって染色体の減少が原因だと考えれば、低身長になるのが自然だ。双子でも顔が多少違っていたりもするだろう。よって、医学的には成立する。」

遼は「あっ!」と手を叩いた。

「そういえば莉子ちゃん、美羽ちゃんよりけっこう背ちっちゃかった!」

悠真は、顔色を失っていた。

「……やばいよ。
 これ、美羽ちゃん知らないよね?
 莉子ちゃんが拐われたのって、絶対“罠”だ……!!」

スマホを取り出し、美羽へ急いで電話をかけた。

しかし――通じない。

「どうして出ないの!?もう学校に着いてる頃だよね……!」

遼は即座に立ち上がる。

「俺、美羽ちゃんのクラス見てくるわ!」

碧も駆け出した。

「僕は、登校中の友人達に聞き込みします!」

悠真も生徒会室を飛び出した。

「美羽ちゃんを迎えに行ってくる!」

空気は完全に戦闘態勢へと変わっていた。






一方そのころ。

美羽は学校へ向かう坂道を走っていた。
朝の光が木々を通り抜け、道にキラキラと影を落としていく。

「莉子……大丈夫かな……
 とりあえず、黒薔薇のみんなと合流しないと……!」

ポケットのスマホが震えた。

「あっ、悠真くんかな……?」

画面には――

“高城莉子”

美羽の心臓が跳ねた。

急いで電話に出る。

「もしもし!?莉子!?」

『み、美羽!?よかった……!
 わ、私……いま××倉庫のそばの、〇▲コンビニの前にいるの……!
 隙をついて逃げてきたの……!
 お願い、美羽……会いたい……!怖いの……!』

涙声の莉子。
美羽の目にも涙がにじむ。

「あぁ……よかった……!
 今行く!!莉子!絶対行くからそこから動かないで!!」

スマホを握りしめ、美羽は全速力で走り出した。

息が切れても、足が痛くても、止まれない。

莉子が……生きてる。
無事だった。

ただその事実だけで胸がいっぱいになる。

「莉子に会ったら、悠真くん達に連絡だっ……!」

そう呟きながら、必死にコンビニへと向かう。

しかし、美羽はまだ知らない。

彼女の“親友”が――
秋人の血縁であり、
黒い手紙を入れていた“張本人”であることを。

そして、

莉子の電話が、罠そのものだということを。

空は、今日も残酷なほど晴れていた。