校舎の外は朝からにぎやかだった。
焼きそばの香ばしい匂いと、スピーカーから流れるポップな音楽。
空は高く晴れていて、まるでこの日のために磨かれたみたいだった。

「いよいよ文化祭、始まっちゃったね〜!」
莉子がテンション高く、ポスターを抱えながら走ってきた。

「ほんと、すごい人の数……。生徒会とクラス、どっちもあるからバタバタだよ〜」
美羽は肩のネーム札を直しながら、笑った。

そのとき——スマホが震えた。
"鈴ちゃん"の文字。

「え?鈴ちゃん、もう着いたの!?」

画面を見つめながら思わず声が上ずる。
「少し抜けてくるね!」
「ちょっと〜、すぐ戻ってきなよ〜!」と莉子の声が背中に届いた。




校門前、人混みの中で聞き慣れた声がした。

「美羽ちゃーん!こっちこっちーっ!」

手をぶんぶん振っているのは、北条鈴。
その隣には数人の女子中学生がきゃっきゃと盛り上がっている。

「鈴ちゃ〜ん!」
美羽も笑顔で駆け寄る。
二人が顔を合わせると、鈴は嬉しそうに跳ねた。

「美羽ちゃん、今日はありがとう! 一緒に回ろうってずっと楽しみにしてたの!」

「こちらこそ、来てくれてうれしい!」

そんな平和な空気を、少し低い声が切り裂いた。

「鈴。」

振り返ると、そこには黒薔薇の王――北条椿。

一瞬で、まわりの空気が変わる。
女子たちの黄色い悲鳴が飛んだ。

「え、やばっ、本物じゃん……!」「椿くんって、生で見るとさらに顔面やばい!」
「妹ちゃんも天使〜!!」

鈴の友達たちは興奮していて、美羽は思わず苦笑い。
「はは……これは目立つね……」

(というか……私も一緒に見られてる? 気のせいだよね?)

そんな中で、鈴と椿が並んで話している姿を見て、
美羽の胸の奥がふわりと揺れた。

(椿くん……あんな優しい顔、できるんだ……)

鈴の頭を軽く撫でながら微笑む椿。
その光景が、なんだか胸の奥をくすぐる。
そして、自分がドキドキしていることに気づいて、慌てて視線を逸らした。

(な、なんで私、兄妹の会話でドキドキしてるの!?)







「美羽ちゃん、次どこ行く? 私メイド喫茶見てみたいんだけど!」
鈴が目を輝かせる。

「え!? あ、うん、ちょうど私のクラスだからいこっか!」

「やったー!」

そんな鈴たちと一緒に、美羽はクラスへ戻った。
中に入ると、教室は想像以上の熱気。

「いらっしゃいませ〜♪」

「鈴ちゃん!? なになに!?椿会長の妹さん!?」
「きゃぁー! VIPゲストよー!!」

クラス中がどよめく。
莉子がすぐに飛びついてきた。

「ちょっと美羽!!なんで教えてくれなかったの!? 椿くんファミリーとか超VIPでしょ!? 写真撮りたかったのにぃ!」

「いや、あの、偶然というか……」
美羽は頭をかきながら苦笑いするしかなかった。

そこへまた、タイミングよく登場した男が一人。

「美羽ちゃ〜ん、迎えに来たよ?」

白石悠真。
黒薔薇の副会長、そして腹黒王子。
今日も完璧な笑顔を携えていた。

「……迎え?」

「やだなぁ、美羽ちゃん。文化祭、一緒にまわる約束したでしょ?」
ウインクひとつ。

「そ、そうだった! ごめんね、悠真くん!」

そのやり取りを少し離れたところで見ていた椿。
眉間の皺が、わずかに深くなった。

鈴が面白そうに笑う。
「えー!? 美羽ちゃん、悠真くんとデートなの!?」

「ち、ちがうよ!! ちょっと一緒に回るだけ!」

「ふふ、美羽ちゃん、そんなに照れなくてもいいのに〜」
悠真はちゃっかり彼氏みたいな笑顔をしている。

「もうっ! 調子に乗らないの! 行くよ!」
顔を真っ赤にした美羽は、悠真の手をつかんで引っ張っていった。

その姿を見ながら、鈴が椿に小声で囁く。

「もうお兄ちゃんたら、ちゃんと言わないと、美羽ちゃん取られちゃうよ?」

「……ちっ。鈴、うるさい。」

その声は低く、でもほんの少しだけ寂しそうだった。






悠真と並んで校内を歩く。
風が頬を撫で、遠くで笑い声が響く。
「ねぇ美羽ちゃん、劇見に行こうよ。黒薔薇の劇、すっごいレベル高いんだ。」

「うん! 見たい!」

二人が座った体育館の観覧席。
照明が落ち、ステージが光に包まれる。

"令和版ロミオとジュリエット"——
宝塚志望の生徒たちが演じる、息をのむほど美しい世界。

美羽はうっとりと見入っていた。
(すごい……こんな劇、高校生がやってるなんて……)

そんな彼女の横顔を、悠真は静かに見つめていた。
ステージの光が彼女の髪を照らし、頬を淡く染める。

——眩しい。
本気で、そう思った。

「ねぇ、美羽ちゃん。」

「ん? なぁに?」

「僕、ちょっと気になることがあってさ。」

「なに?」

悠真の声が、ほんの少しだけ震えていた。

「美羽ちゃんさ……もしかして、——"椿のこと好き?"」

劇の音が遠のく。
観客のざわめきも消える。
時間が、ふっと止まったようだった。

美羽は、ゆっくりと顔を向ける。

「……え?」

ステージの光が二人の間を照らした。
美羽の胸の鼓動が、世界の音を塗りつぶしていく。

(どうして……いま、そんなこと聞くの……?)

声にならない思いが、喉の奥で溶けていった。