「ただいまーっ!!」
勢いよく教室のドアを開けた莉子の声が響いた。

その元気な声に、美羽は笑顔を浮かべる。
「莉子! 本当に大丈夫なの? 昨日退院したばっかりなのに!」

「へーきへーきっ!」
莉子はぴょんと跳ねながら笑った。
「もうね、ベッドの上で退屈死しそうだったの! あ、そうだ!」

急に莉子の顔が曇る。

「ねぇ、なんで教えてくんなかったの!? 黒薔薇のメンバー、病室に来てたんでしょ!? 私も起こしてよぉぉぉぉ!!」

「いや、あの時寝てたから……」

「寝てたからじゃないわよ! 目覚ましかけてでも起こして!!」

「……そんな命令、聞いたことないんだけど」

二人の笑い声が、窓の外の青空に溶けていった。







その数日後、
寅豪チームは黒薔薇の手によって、見事に壊滅させられた——。

玲央の冷静なハッキングと、碧と遼の圧倒的な討伐。
そして、椿も参戦し寅豪チームの長を倒した。

黒薔薇の名を冠するには十分すぎる制裁だった。

「……いや、そこまでしなくてもよかったのに。」
美羽は苦笑しながら呟く。

でも——
胸の奥のどこかが、ほんの少しだけ、
“安心”という名前の温もりで満たされていた。






文化祭前日。
教室は、紙の匂いと笑い声でいっぱいだった。

「こっちのポスター、貼っとくねー!」
「リボンあと三本!」

慌ただしい声の中、美羽は机の上でチラシを束ねていた。

黒薔薇生徒会に行く日を、最近はわざと減らしている。
(だって、あの人と顔合わせると……ちょっと、息が苦しくなるから)

椿の言葉、あの頭に触れた手の温もり。
思い出すたび、胸が痛くなる。




そんなとき——教室のドアが開いた。

「やぁ、みんな準備頑張ってるね。」

光を背に、白石悠真が立っていた。
その瞬間、黄色い歓声が上がる。

「キャー!白石くーん!」
「写真撮っていい!?」

いつものこと。
美羽は慣れていた。

(ああ、この人、どこでもアイドルだなぁ……)

悠真は笑顔のまま、美羽の席へ向かう。
「ねぇ、美羽ちゃん。」

「ん?」

「怪我してたんだってね?」

「え……あ、うん。」

「なんで言ってくれなかったの?」

笑ってるのに、声が少し低い。
その優しさの下に、ほんのりとした怒気が混じっていた。

「自分が悪いって思ってたの。
 皆に心配かけたくなかったから……」

「へぇ、水臭いねぇ?」

悠真は少し顔をしかめた。
「もうちょっと、僕たちのこと信用してくれてもいいんじゃない?」

「……うん。椿くんに怪我のこと即バレして、反省した。」

「……は?」

悠真の笑顔が、すっと消える。
「なーんだよそれ。椿に先こされたじゃん。」

「え? そんなこと気にしてたの?」

「気にするよ!!」
思わず声を張り上げる悠真。

「僕はさ、美羽ちゃんのこと好きなんだよ?
 そりゃ気にするでしょ?」

「え、えぇっ……!?」

突然の告白に、美羽の頬が真っ赤になる。

「な、何それ、急に……!」

「だって、本当のことだもん!」

照れくさそうに、それでも真っ直ぐに言う悠真。
そんな悠真を見て、美羽は——ふっと笑ってしまった。

「あははっ……なにそれ。子供みたい!」

「え!?笑った……!?」

悠真の目がまん丸になる。
「美羽ちゃんが、笑った!!」

「え、そ、そんな珍しい?」

「珍しすぎる! 今の録画したかった!」

「もう!変なこと言わないでよ!」

悠真は、勢いのまま美羽に抱きつこうとした。
「美羽ちゃん、可愛い!もう大好きっ!!」

「わっ——やめっ、ちょっと!!」

反射的に美羽の手が動いた。
悠真の腕を掴み、くるりとひねる。

「ぎゃああ!? 痛い痛い痛いっ!!」

「え!? ご、ごめん悠真くん!つい!!」

「ついのレベルじゃないよぉ〜……でも、美羽ちゃん優しいなぁ……」

「どこがよ!」

そんな二人のやり取りに、
教室の窓から差し込む午後の光が、やわらかくきらめいた。

悠真は、痛む手首をさすりながらぽつりと呟く。
「でも、椿はさ……きっと、そういう美羽ちゃんの天使みたいな笑顔に惚れたんだよね。」

「ん? 今なんか言った?」

「…ううん、なんでもない。」

悠真は笑ってごまかした。

「ねぇ、美羽ちゃん。文化祭、一緒に回らない?」

「えぇ? 私、忙しいし……」

「ちょっとだけでいいから!」

「……変なことしないなら、いいよ?」

「やったぁ!!」

悠真は両手を上げて飛び跳ねた。
その声にクラス中が笑い声を上げる。

そんな光景を見ながら——
美羽の胸の奥が、少しだけ温かくなった。

(なんか、みんなが笑ってるだけで……救われる気がするな)

窓の外、夕陽が沈んでいく。
その橙色の光の中で、美羽は小さく呟いた。

「……明日、頑張らなきゃね。」