「黒薔薇学園・文化祭準備開始!」
——という校内放送が鳴り響いた朝、美羽の平穏は再び奪われた。
生徒会室に呼び出された美羽は、目の前に積まれた大量の書類を見て、固まった。
「え……これ、全部……私がやるの?」
椿は腕を組み、淡々と答える。
「当然、新人の仕事だ。」
「ちょ、ちょっと待って!これ絶対“新人”の量じゃないよね!?」
「文句あるのか?」
「ありますっ!!」
すかさず、椿が冷ややかに微笑んだ。
「秘密、ばらしてもいいんだぞ?」
「うぐっ……!」
ぐぬぬ、と美羽は歯を食いしばった。
(この人、ほんとに悪魔!?)
「……わかりました。やりますよ、やればいいんでしょ……!」
「素直でよろしい。」
「素直じゃなくて、脅されてるんですけど!!!」
そんな二人のやり取りを、後ろで見ていた悠真は頬杖をついていた。
「……ねぇ、あれ、どう見てもイチャついてるようにしか見えないのは僕だけかな?」
玲央はタイピングを止めずに答える。
「いいデータ取れそうだな。恋愛傾向、確実に好敵手型。」
「わかる〜。結構お似合いじゃんねぇ?」と遼がにやにや笑う。
碧は両手を上げ、「雨宮さん!今日は俺と勝負しましょう!」と空気を読まない。
「勝負しませんっ!!」
「えぇ〜っ」
(……なんでこの人たち、誰も止めないの!?)
午後。
美羽が大量のポスターを抱えて廊下を歩いていると、悠真が後ろから声をかけた。
「ねぇ、そういえば、美羽ちゃんのクラスって出し物決まったの?」
「ん?メイド喫茶、だけど。」
「えっ!? 美羽ちゃんのメイド服!? え、やばっ、一眼レフ買わなきゃ!」
「悠真くん落ち着いて!! 私、裏方だから!いやはなから着ないから!!」
「……え」
悠真がショックを受けた顔で、しゅんと項垂れた。
「僕の……夢が……」
「勝手に見てた夢でしょ!」
そんなやりとりを横目に、椿が無言で通り過ぎる。
(……聞いてた?今の……絶対聞いてたよね……?!)
――数日後。
文化祭の準備は予想以上にバタバタだった。
黒薔薇生徒会も出し物の統括でてんてこまい。
夜、部屋でスマホを見ると、鈴からメッセージが届いていた。
『美羽ちゃん〜♡ 文化祭、絶対行くね!』
美羽は顔をほころばせた。
「やった……! 鈴ちゃん、来てくれるんだ!」
(あの子が来るなら……がんばらなきゃね)
一方その頃、生徒会室。
椿はひとり、パソコンの前で過去の監視カメラ映像を見ていた。
そこには——
泣きじゃくる鈴の頭を優しく撫で、微笑む美羽の姿。
椿は息をのんだ。
(……あの時の笑顔)
静かに再生を止め、画面を見つめる。
(……この顔、忘れられない)
そんな椿の背後から、軽い足音。
「なに見てんの、椿?」
悠真が現れた。
「……前から思ってたけど、さ。椿——美羽ちゃんのこと、好きだよね?」
椿は即座にパソコンを閉じ、冷たく言い放った。
「なんの冗談だ?」
「冗談に聞こえないけど?」
悠真の瞳が鋭く光る。
「だってさ、その映像。何回見てるの? もうバレバレじゃん。」
椿の表情が一瞬だけ揺らいだ。
「椿、僕は美羽ちゃんを諦めてないから。」
静かな宣戦布告。
その声には、確かな闘志がこもっていた。
椿は腕を組み、無表情のまま言う。
「勝手にしろ。」
しかし、その目の奥は——明らかに、火が灯っていた。
――その頃。
美羽と莉子は文化祭の買い出しに出ていた。
「ねぇ莉子、このリボンかわいくない?」
「かわいい〜! 美羽、リボン似合いそうだよ!」
そんな平和な時間。
……だったのに。
「おい、そこの姉ちゃんたち。ちょっと待てよ。」
黄色いジャケットを着た不良グループが道を塞いだ。
(やば……絡まれた)
「な、なにかご用ですか?」
「へぇ?なかなかいい顔してんじゃん。」
莉子が怯えたように美羽の腕を掴む。
「み、美羽……怖いよ……」
「大丈夫、後ろに下がって。」
「こそこそうるせぇなぁ!」
バシッ、と音が響く。
莉子が叩かれて、地面に倒れ込んだ。
「莉子っ!!」
美羽の中で何かが切れた。
(あぁ……もう知らない)
瞬間、風が走った。
一人、二人、三人——
あっという間に不良たちが地面に崩れ落ちた。
「な、なんだこいつ……!?」
残った一人が震えながらナイフを構える。
「調子のんな、このアマ!」
ヒュッ。
美羽の足首に熱い痛みが走る。
(うそっ!……切られた!?)
だが、美羽は表情を変えず、残りの男の腹を蹴り飛ばした。
静寂。
倒れた不良たちの間で、風の音だけが響いた。
「救急車を!……お願いします!!」
病院の白い光の中。
ベッドに横たわる莉子の手を握る美羽の手が震えていた。
病院。
無機質な光の下、ベッドで眠る莉子。
美羽は手を握りしめていた。
「……ごめんね莉子、守りきれなくてっ。」
その肩を叩く手。
顔を上げると——椿。
その後ろには、悠真・玲央・碧・遼の姿があった。
「おい、一体何があった?」
椿の声が、鋭く響く。
「……買い出しの帰りに、黄色いジャケットの連中に絡まれて……」
「…っ、怪我は!?」
「私は平気……」
「平気じゃねぇだろ!!」
怒鳴られて、美羽は小さく震えた。
悠真が慌てて間に入る。
「ちょっと椿、落ち着けって! 美羽ちゃん、それでも戦って頑張ったんだよ!」
「黙れっ!」
椿の怒りは、心配が変形したものだった。
「……なんでもっと早く呼ばなかった!」
「だって、自分でなんとかできたから!」
「そういう問題じゃねぇ!」
「もう……そんなに怒ることないじゃん……!」
涙が、こぼれた。
沈黙。
椿は拳を握り、そしてゆっくり息を吐いた。
「……悪い。言いすぎた。」
椿の手が、そっと美羽の頭に触れる。
「怖かったろ。よくやった。」
「……」
その優しい声に、胸がぎゅっと締め付けられた。
玲央が冷静に言う。
「黄色いジャケット……“寅豪チーム”だな。」
椿の瞳が鋭く光る。
「全員、潰す。」
「え!? そんなの——」
「俺は許さない。」
短い言葉に、深い怒りと……誰かを想う熱が宿っていた。
「お前はもう、黒髪生徒会の一員だ。
……守るのは俺の役目だ。」
そう言って視線を落とした椿は、
美羽の足元に目を留めた。
ふと椿が視線を落とす。
美羽の足元。黒のルーズソックスが、少し不自然に見えた。
「……おい。足、出せ。」
「え?」
椿が突然、美羽を引っ張り、椅子に座らせる。
「ちょ、ちょっと!? なにするの!?」
容赦なく靴下を脱がされ——露わになる、包帯。
「なんだこの包帯。」
「ちょっと挫いた? みたいな?」
「嘘つけ。」
椿が足首を軽く掴むと、美羽が顔をしかめる。
「いっ……!」
「切られたのか。」
椿の声が低く、怒りを含んでいた。
血がにじんでいる。
「たいしたことないよ……」
「たいしたこと、あるだろ!」
怒鳴り声。
でもその奥には、焦りと痛みが混じっていた。
「いいか?お前がどんなに強くてもな、"所詮は女"なんだぞ……!!」
「わかってるよ!!」
「わかってたら、こんなことにはならねぇ!」
「…っ!!」
声が震え、沈黙が落ちた。
そして——
「ちっ……悪い。」
静かに、ゆっくりと美羽の頭をぽんと撫でる。
「お前の無茶は、もう見たくねぇ。」
椿は立ち上がり、背を向けた。
「ちょっと、外に出てくる。」
その背中を、涙で滲んだ視界で見送りながら——
美羽の胸の奥で、何かが確かに鳴った。
(……どうして、この人の言葉で……こんなに心が痛いの)
そしてその痛みが、
“恋”の形をしていることに、まだ美羽は気付いていなかった——。
——という校内放送が鳴り響いた朝、美羽の平穏は再び奪われた。
生徒会室に呼び出された美羽は、目の前に積まれた大量の書類を見て、固まった。
「え……これ、全部……私がやるの?」
椿は腕を組み、淡々と答える。
「当然、新人の仕事だ。」
「ちょ、ちょっと待って!これ絶対“新人”の量じゃないよね!?」
「文句あるのか?」
「ありますっ!!」
すかさず、椿が冷ややかに微笑んだ。
「秘密、ばらしてもいいんだぞ?」
「うぐっ……!」
ぐぬぬ、と美羽は歯を食いしばった。
(この人、ほんとに悪魔!?)
「……わかりました。やりますよ、やればいいんでしょ……!」
「素直でよろしい。」
「素直じゃなくて、脅されてるんですけど!!!」
そんな二人のやり取りを、後ろで見ていた悠真は頬杖をついていた。
「……ねぇ、あれ、どう見てもイチャついてるようにしか見えないのは僕だけかな?」
玲央はタイピングを止めずに答える。
「いいデータ取れそうだな。恋愛傾向、確実に好敵手型。」
「わかる〜。結構お似合いじゃんねぇ?」と遼がにやにや笑う。
碧は両手を上げ、「雨宮さん!今日は俺と勝負しましょう!」と空気を読まない。
「勝負しませんっ!!」
「えぇ〜っ」
(……なんでこの人たち、誰も止めないの!?)
午後。
美羽が大量のポスターを抱えて廊下を歩いていると、悠真が後ろから声をかけた。
「ねぇ、そういえば、美羽ちゃんのクラスって出し物決まったの?」
「ん?メイド喫茶、だけど。」
「えっ!? 美羽ちゃんのメイド服!? え、やばっ、一眼レフ買わなきゃ!」
「悠真くん落ち着いて!! 私、裏方だから!いやはなから着ないから!!」
「……え」
悠真がショックを受けた顔で、しゅんと項垂れた。
「僕の……夢が……」
「勝手に見てた夢でしょ!」
そんなやりとりを横目に、椿が無言で通り過ぎる。
(……聞いてた?今の……絶対聞いてたよね……?!)
――数日後。
文化祭の準備は予想以上にバタバタだった。
黒薔薇生徒会も出し物の統括でてんてこまい。
夜、部屋でスマホを見ると、鈴からメッセージが届いていた。
『美羽ちゃん〜♡ 文化祭、絶対行くね!』
美羽は顔をほころばせた。
「やった……! 鈴ちゃん、来てくれるんだ!」
(あの子が来るなら……がんばらなきゃね)
一方その頃、生徒会室。
椿はひとり、パソコンの前で過去の監視カメラ映像を見ていた。
そこには——
泣きじゃくる鈴の頭を優しく撫で、微笑む美羽の姿。
椿は息をのんだ。
(……あの時の笑顔)
静かに再生を止め、画面を見つめる。
(……この顔、忘れられない)
そんな椿の背後から、軽い足音。
「なに見てんの、椿?」
悠真が現れた。
「……前から思ってたけど、さ。椿——美羽ちゃんのこと、好きだよね?」
椿は即座にパソコンを閉じ、冷たく言い放った。
「なんの冗談だ?」
「冗談に聞こえないけど?」
悠真の瞳が鋭く光る。
「だってさ、その映像。何回見てるの? もうバレバレじゃん。」
椿の表情が一瞬だけ揺らいだ。
「椿、僕は美羽ちゃんを諦めてないから。」
静かな宣戦布告。
その声には、確かな闘志がこもっていた。
椿は腕を組み、無表情のまま言う。
「勝手にしろ。」
しかし、その目の奥は——明らかに、火が灯っていた。
――その頃。
美羽と莉子は文化祭の買い出しに出ていた。
「ねぇ莉子、このリボンかわいくない?」
「かわいい〜! 美羽、リボン似合いそうだよ!」
そんな平和な時間。
……だったのに。
「おい、そこの姉ちゃんたち。ちょっと待てよ。」
黄色いジャケットを着た不良グループが道を塞いだ。
(やば……絡まれた)
「な、なにかご用ですか?」
「へぇ?なかなかいい顔してんじゃん。」
莉子が怯えたように美羽の腕を掴む。
「み、美羽……怖いよ……」
「大丈夫、後ろに下がって。」
「こそこそうるせぇなぁ!」
バシッ、と音が響く。
莉子が叩かれて、地面に倒れ込んだ。
「莉子っ!!」
美羽の中で何かが切れた。
(あぁ……もう知らない)
瞬間、風が走った。
一人、二人、三人——
あっという間に不良たちが地面に崩れ落ちた。
「な、なんだこいつ……!?」
残った一人が震えながらナイフを構える。
「調子のんな、このアマ!」
ヒュッ。
美羽の足首に熱い痛みが走る。
(うそっ!……切られた!?)
だが、美羽は表情を変えず、残りの男の腹を蹴り飛ばした。
静寂。
倒れた不良たちの間で、風の音だけが響いた。
「救急車を!……お願いします!!」
病院の白い光の中。
ベッドに横たわる莉子の手を握る美羽の手が震えていた。
病院。
無機質な光の下、ベッドで眠る莉子。
美羽は手を握りしめていた。
「……ごめんね莉子、守りきれなくてっ。」
その肩を叩く手。
顔を上げると——椿。
その後ろには、悠真・玲央・碧・遼の姿があった。
「おい、一体何があった?」
椿の声が、鋭く響く。
「……買い出しの帰りに、黄色いジャケットの連中に絡まれて……」
「…っ、怪我は!?」
「私は平気……」
「平気じゃねぇだろ!!」
怒鳴られて、美羽は小さく震えた。
悠真が慌てて間に入る。
「ちょっと椿、落ち着けって! 美羽ちゃん、それでも戦って頑張ったんだよ!」
「黙れっ!」
椿の怒りは、心配が変形したものだった。
「……なんでもっと早く呼ばなかった!」
「だって、自分でなんとかできたから!」
「そういう問題じゃねぇ!」
「もう……そんなに怒ることないじゃん……!」
涙が、こぼれた。
沈黙。
椿は拳を握り、そしてゆっくり息を吐いた。
「……悪い。言いすぎた。」
椿の手が、そっと美羽の頭に触れる。
「怖かったろ。よくやった。」
「……」
その優しい声に、胸がぎゅっと締め付けられた。
玲央が冷静に言う。
「黄色いジャケット……“寅豪チーム”だな。」
椿の瞳が鋭く光る。
「全員、潰す。」
「え!? そんなの——」
「俺は許さない。」
短い言葉に、深い怒りと……誰かを想う熱が宿っていた。
「お前はもう、黒髪生徒会の一員だ。
……守るのは俺の役目だ。」
そう言って視線を落とした椿は、
美羽の足元に目を留めた。
ふと椿が視線を落とす。
美羽の足元。黒のルーズソックスが、少し不自然に見えた。
「……おい。足、出せ。」
「え?」
椿が突然、美羽を引っ張り、椅子に座らせる。
「ちょ、ちょっと!? なにするの!?」
容赦なく靴下を脱がされ——露わになる、包帯。
「なんだこの包帯。」
「ちょっと挫いた? みたいな?」
「嘘つけ。」
椿が足首を軽く掴むと、美羽が顔をしかめる。
「いっ……!」
「切られたのか。」
椿の声が低く、怒りを含んでいた。
血がにじんでいる。
「たいしたことないよ……」
「たいしたこと、あるだろ!」
怒鳴り声。
でもその奥には、焦りと痛みが混じっていた。
「いいか?お前がどんなに強くてもな、"所詮は女"なんだぞ……!!」
「わかってるよ!!」
「わかってたら、こんなことにはならねぇ!」
「…っ!!」
声が震え、沈黙が落ちた。
そして——
「ちっ……悪い。」
静かに、ゆっくりと美羽の頭をぽんと撫でる。
「お前の無茶は、もう見たくねぇ。」
椿は立ち上がり、背を向けた。
「ちょっと、外に出てくる。」
その背中を、涙で滲んだ視界で見送りながら——
美羽の胸の奥で、何かが確かに鳴った。
(……どうして、この人の言葉で……こんなに心が痛いの)
そしてその痛みが、
“恋”の形をしていることに、まだ美羽は気付いていなかった——。



