翌日。
朝から、美羽は深いため息をついていた。

「はぁぁぁぁ……胃が痛い……」

鏡の前で制服の襟を直しながら、スマホを見る。
北条椿からのメッセージが、しっかり届いている。

『本日、生徒会室に9時集合。遅刻したらペナルティ。』



「……ペナルティって何!?」
思わずスマホにツッコミを入れる。

(あの人、絶対わざと脅し文句混ぜてくるよね!?)

背後からママの声がした。
「美羽〜?そんなにため息ばっかりついてどうしたの?」

「……ちょっとね、運命の終わりを感じてるだけ…」

「え?」

「いや、なんでもない!!」

(うん……覚悟しよう。今日から私は“黒薔薇の生徒会メンバー”。
 ──地獄の幕開け、っと。)







校門をくぐると、すでに生徒たちの噂が飛び交っていた。

「見た? 生徒会に新メンバー入ったんだって!!」
「黒薔薇に? マジで? 女子?」
「なんか……白石くんと関係あるらしいよ?」

(うわぁぁぁ!! 噂広まってるぅぅ!!)

顔を真っ赤にしながら、足早に校舎へ入る。

生徒会室の前に立つと、ドアの向こうから声が聞こえた。

「で、椿のタイプってどんな子なんだろうね?」
「さぁな。あいつ、女に興味なさそうだし?」
「でも、昨日めっちゃ笑ってたって噂あるよ〜?」

(……入るの、やめたい。)

しかし、ノックする前に——

「入れ。」

低い声。
……完全に聞かれてた。

「ひぃっ……!」

恐る恐るドアを開けると、そこにはいつもの黒薔薇メンバー。

椿、悠真、玲央、碧、遼。
全員がこちらを見ていた。

「お、おはようございます……」

沈黙。

数秒後、最初に笑い出したのは遼だった。
「おっはよ〜♪ 今日も一段と可愛いね、美羽ちゃん♪」

「……ありがとうございます(棒読み)」

玲央がパソコンから目を上げ、無感情に言う。
「生徒会新メンバー、到着。ログ完了。」

碧は椅子をくるくる回しながら、ニヤッと笑った。
「昨日は楽しかったですね〜。また勝負しましょうね、雨宮さん?」

「二度とごめんです!!」

悠真が美羽の前に立ち、にこっと微笑む。
「美羽ちゃん、今日も僕に会いたかった?」

「いえ、会いたくなかったです。」

悠真は両手で心臓を押さえる真似をした。
「ぐはっ! 冷たい言葉が刺さる……でもそこがいい!」

「やめてください!変な趣味やめて!」

(あぁもう、朝から濃いメンツすぎてツッコミが追いつかない!!)







「静かにしろ。」
低く通る声が、すべてを黙らせた。

椿が書類を持ちながら、美羽のほうへ歩み寄る。

「……初日から騒がしいな。」

「え、いや、それは……みんなが……」

「俺の生徒会は、俺のルールで動く。」

「は、はいっ……」

椿はゆっくり机の前に座り、顎に手をあてて言った。
「美羽。これからお前には、生徒会補佐として働いてもらう。」

「補佐って……何すればいいんですか?」

「俺たちの仕事を手伝う。それだけだ。」

「それだけって……絶対“それだけ”じゃないやつですよね?」

「お前、反抗的だな?」

「……性分です。」

ふっと笑った椿の口元が、わずかに緩む。
(あれ、ちょっと笑った……?)
(……いや、なに普通にドキドキしてんの私!!)







書類を配られながら、玲央が説明する。
「各担当のサポートをしてもらう。
 俺はシステム管理、碧は風紀、悠真は外部交渉、遼は行事運営。
 椿は全体統括。美羽は臨機応変に動くこと。」

「えぇ……臨機応変って一番ふわっとしてる!!」

玲央が冷静に答えた。
「現状分析の結果、雨宮は一番“臨機応変”という統計になった。」

「分析しないでください!」

悠真が机の上に手を置き、顔を近づける。
「じゃあ僕の補佐でいいじゃん。僕、美羽ちゃんに一番優しくできるよ?」

「優しくされるのが怖いタイプなんで!」

碧が笑いながら、
「じゃあ俺が鍛えてあげますよ〜?」

「鍛えなくていいです! 体力テスト満点ですから!」

遼がにやっと笑い、
「僕のイベントサポートとかどう?なるべく可愛い子がたくさんいたら映えるし♪」

「……(ほんと、この人たちまともな発想ない)」

椿が書類を机に叩きつける。
「お前ら、遊ぶな。」

一瞬で全員が黙る。

(やっぱり……この人、ただ者じゃない……)







会議が終わるころには、もう夕方だった。
日が落ちて、窓の外がオレンジから群青に変わっていく。

椿がふと、美羽に声をかけた。
「残っていけ。」

「え? まだなにかあるんですか?」

「お前の立ち位置をはっきりさせておく。」

他のメンバーは「お、椿動いたね〜」とニヤニヤしながら退出。
最後に悠真が、美羽にウインクをして出ていった。

二人きりになった生徒会室。

椿は机の上の資料を片付け、静かに口を開く。
「……昨日のことだが。」

「昨日?」

「俺が言いすぎた。……悪かった。」

「……え?」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。

(まさかこの人が謝るなんて……!?)

「鈴を守ってくれた恩人に対して、少し強引すぎた。」

「い、いえ! そんな、気にしてません!」

「そうか。」

ほんの少しだけ笑う椿。
その表情はいつもの冷たさが薄れていて、
美羽の心臓がまた跳ねた。

(ずるい……その笑い方、反則でしょ……)

沈黙。
時計の針の音だけが響く。

「……お前、やっぱり面白い女だな。」

「え?」

「俺のペースを乱す奴なんて、滅多にいない。」

その言葉に、美羽の顔が真っ赤になる。
(ちょ、ちょっと……なにそれ、告白みたいじゃん!?)

「そ、そんなの……ただの偶然だからっ!」

椿は少し笑って言った。
「そういうところも、だ。」

視線が絡んだ瞬間、
息が詰まるような沈黙。

美羽は慌てて立ち上がった。
「じ、時間なので帰りますっ!!」

「……ああ。」

ドアノブに手をかけた瞬間。
背後から、低い声がした。

「気をつけて帰れよ。……"美羽"。」

「……!」

名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねる。
(や、やめて……名前で呼ばれるの反則なんですけど……!)

顔を真っ赤にしながら廊下に出た。






廊下の角を曲がると、そこには悠真が立っていた。

「……おかえり、美羽ちゃん。」

「ひゃっ!? い、いつからそこに!?」

「全部♡」

「……やっぱりこの人も怖い!!」

悠真はにこっと笑い、
「でもね、美羽ちゃん。僕、諦めないから。」

「え?」

「椿がどう思ってようと、僕は君が好きだから。」

真剣な目。
からかわれてると思っていたはずなのに、
今の悠真は、少しだけ本気の顔をしていた。

美羽の胸が、再びドクンと鳴る。

(やめてよ……そんな顔されたら、……)

廊下の奥から椿の姿が見えた。
静かに歩いてくるその姿に、
美羽は息を飲んだ。

——黒薔薇の中で、恋が少しずつ動き始めていた。