蒼天のグリモワール 〜最強のプリンセス・エリン〜

 タンタン、カンカン。
 コンコン、コンコン。

 工事を担当する兵士や大工たちが屋根やら壁やらをトンカチで叩く音と、わたしが壁をノックする音とが奇妙なハーモニーを奏でている。

 ここはフランシア城でわたしが最初に侵入した部屋――つまり、肖像画が飾られた部屋だ。

 部屋の隅には防護幕が何枚も張られ、クロード・フランシアの魔法でド派手にぶち抜かれた屋根や壁の大穴をふさぐ工事が急ピッチで行われている。 
 そんな中、わたしは一辺が三メートル程もある肖像画の周辺の壁にジッと左耳を当て、壁をコンコンと叩いていた。
 うん、分かっている。あからさまにあやしいって。

 工事の様子を見にきた二十歳のイケメン城主・ヴィード=フランシアと護衛兼お目つけ役の治安維持部隊の隊長・グレイ=ヴァーンがわたしを見つけて、そろって絶句している。
 声をかけてよいやら迷っている様子だ。
 だが、放置するわけにもいかないと思ったらしく、ヴィードがおそるおそる話しかけてきた。

「あの、姫……。何をなさっておいでで?」
「……やっぱりここね。二人ともいいことを教えてあげる。実はここに隠し部屋があるようなの。魔法による鍵じゃないからわたしにも詳細までは探知できないのだけれど。壁を壊すわけにもいかないし、どうやって入ったものか……」
「隠し部屋……ですか」

 ヴィードはポツンとつぶやくと、肖像画の額縁の左下を持ってちょっとだけ浮かせた。
 なんとそこにボタンがある。
 口をあんぐり開けるわたしをよそに、ヴィードがボタンを押した。

 ギギィ……。

 わたしの目の前で壁の模様がきれいに割れ、空間が開いた。

「このことで?」 
「……あんた、知っていたの? 何で言ってくれなかったの?」
「そう言われましても聞かれなかったですし。探していたんですか。どうぞお入りください」 

 ヴィードとグレイが慣れた様子で中に入っていく。
 その様子からすると、公然の秘密だったらしい。馬鹿馬鹿しいったら!

 入ってみると、そこは五メートル四方くらいの小さな部屋で、機械がビッシリ埋め込まれたコンソールデスクと真っ暗なモニターとが設置されていた。
 そう、わたしはこれを知っている。

「でも動かないんですよ、これ。取扱説明書らしきものはあるんですが、達筆な古語で書かれているから読めないし、適当にいじってもうんともすんとも言わないのでどうにもなりません。姫はこれが何の機械かご存じですか?」

 わたしは椅子に座ると、黙ってパネルの上に右手の平を置いた。
 ブゥーーン。
 途端にモニターに古代文字が浮かび、各所でランプが光り出す。
 ヴィードとグレイが驚愕の表情で目を見開く。

「う、動いた。どうやって!?」
「わたしはこれでも王家の人間だから、起動キーを教わっているのよ。さ、二人ともそこのパネルに手を置いて。あなたたちも動かせるよう使用者登録をするから」
「こう……ですか?」

 二人の手があっという間にセンシングされ、緑色のランプが灯る。

「……はいオッケー。これで二人は認証されたわ」
「はぁ、そう……ですか。でも姫、そもそもこれは何をする機械なんですか?」
「まぁ論より証拠よ。えっと、屋根があるところは駄目だから……あぁ、そこのテラス。そこに……よし、設定したわ。床に魔法陣が出ているはずよ? 行ってみましょ」

 小部屋から出てテラスまで行ってみると、思った通り、石タイルの上に、まるでどこかから投影されたかのように複雑な魔法陣が出現している。
 魔法陣の中央に数字が出ているが、これだけが刻々と変化している。
 わたしは尻込みする二人を押して、一緒に魔法陣の上に乗った。

「何か数字が出ていますよ、お館さま。これってひょっとしてカウントダウ……」

 次の瞬間、わたしたちは虚空に消えたのであった。

 ◇◆◇◆◇

「ここは……」
「見たことのない街だ。どこです?」

 わたしは中央広場に設置された黒大理石製のモニュメントの前で二人の方に振り返った。

「二人ともようこそ。ここが天空の王国イーシュファルトよ。湖の直上にあった浮遊大陸、フランシア城からも見えたでしょ? これがあなたたちの故郷よ」
「こ、これが!?」
「伝説の王国、イーシュファルトですって!?」

 二人とも絶句している。
 一から十まで説明してあげたいが、あまり時間がない。

「まぁ驚くのは後にして、さっさと登録を済ませちゃいましょ。さっきと同じ要領よ。さ、パネルに手を当てて……。はい、オーケー。これでフランシア城と浮遊大陸との行き来ができるわ。念のため、フランシア城の子機もこの親機も、ヴィードをメイン、グレイをサブに設定したから、二人同時に手を当てて操作しないと動かないからね。操作には充分気をつけること。あとこれ。読んでおいて」

 わたしは、親機の操作テーブルに置いておいた紙束を取ってヴィードに渡した。
 昨夜、遅くまでかかって書いた取り扱い方法を書いたメモだ。
 わたしが知っている部分を思い出しながら書いたものだが、最低限の機能はこれで使えるはずだ。

 ところが、メモを受け取るも、二人ともまだ呆然としている。
 今まさに伝説の王国にいるという事実をまだ咀嚼(そしゃく)しきれていないみたい。

「しかし、なぜ我々にこれを? これは伝説の王国の機械でしょう? ここにいることはもちろん、我々がその操作方法を知っていて良いものではないのでは?」

 グレイがおそるおそるといった感じで尋ねてくる。
 当然の反応だ。でももう決めたことだ。信じるしかない。それに、グレイならヴィードの補佐をしっかりやってくれるでしょ。

「レオンハルトのことは昨夜話したわよね」
「反逆王子のことですか。この国を滅ぼした大罪人のことですよね」
「そう。そしてこの国を復活させるには、どうあってもレオンハルトの持つ儀式用写本を入手する必要がある。だから、わたしはこれからレオンハルト捜索の旅に出ます」
「どこにいるかも分からないのに、ですか!?」
「そうね。大変な旅になると思うわ。でもやらなきゃ終わらない。だから、万が一わたしがここに帰ってこれなかったときのことを考えて、誰かしらわたしの代わりにここを管理できる人を置いておきたいのよ。それがあなたたち」
「我々が?」
「そうよ。だってフランシア家は名門で、城では代々要職に就いていたわ。そのフランシア家の末裔なら管理を任せるのにもってこいでしょ? なにせ先祖の仕事を引き継ぐだけなんだから。まぁ後は、時間のあるときにでも探検隊を出すなり何なりするといいわ。ただし、故人の魂を(けが)すようなことだけはしないこと。あんたたちに限ってそれはないと思うけど」

 再度親機を操作して、あっという間に元のテラスに戻ってきたわたしは、振り返って二人に命令した。

「フランシア城城主・ヴィード=フランシア! 補佐役・グレイ=ヴァーン!」
「「はっ!」」
 
 ヴィードとグレイが慌てて片膝をつく。

「イーシュファルト王国の王女・エリン=イーシュファルトが命じる。……後は頼んだ! じゃあね!」
「「……は?」」

 わたしはテラスからヒョイっと飛び降りると、ちょうど通りかかった、ワラをてんこ盛りに積んだ荷馬車の荷台に着地した。
 日差しに照らされていたようで、ワラがいい感じに温かい。
 音もさせずに着地した上に背後が全く見えないほど積まれたワラのせいで、御者も全くわたしに気づいていない。

「ひ、姫さまぁぁぁぁぁああああ!?」

 遠くからむさい男二人の絶叫が聞こえたが、まぁ何とかなるでしょ。
 そこへ、白猫アルが姿を現す。

「ようやっと旅が始まるか。で? どこへ行く? あてはあるのか?」
「そんなものあるわけないわ。だいたい写本は近くまで行かないとその存在を探知できないんでしょ? なら地道に総当たりするしかないじゃない」
「頭の悪い探し方だなぁ……。でも、それしかないか。やれやれ」

 わたしとアルは、ワラの上に寝っ転がって目をつぶった。
 よく晴れているからか、日差しがとても暖かい。午睡(ひるね)にはもってこいだ。

「まずは街に寄って、そこから駅馬車でも探しましょ。旅は長いわ。のんびり行きましょ」
「ま、焦ってもしょうがないしな。のんびりのんびり。ふわぁぁ」

 隣でアルが大あくびをする。
 つられたわたしも大あくびをして、しばしの眠りについたのであった。