わたし――天空に浮かぶ伝説の王国イーシュファルトの姫、エリン・イーシュファルトと、裏切り者クロード=フランシアは湖の中央で対峙した。
大丈夫。怒っていないと言えば嘘になるが、問答無用でぶっ飛ばす程ではない。 なにせ、聞きたいことが山ほどあるのだから。
最初に口火を切ったのはわたしだ。
「まずは言い訳を聞きましょうか。クロード、なぜあなたは国を裏切ったの?」
「あなたを手に入れたかったからですよ、姫」
何これ……。斜め上の回答に今一瞬、自分がどこにいるか忘れかけたわ。
眉根をしかめながら問いかける。
「あんた、わたしのことが好きだったの?」
「……ずっと、ずっとお慕いしておりました」
「その割にはあんた、王立学校で女の子取っ替え引っ替えしてたわよね。有名だったわよ?」
「全て過去のことです」
「当たり前だ、馬鹿!」
一瞬王立学校時代に戻ったような気分にもなるが、それは夢だ。五百年も前に過ぎ去った過去だ。あの時の学友たちはとっくに鬼籍に入り、わたしだけが時に置き去りにされている。
クロードが苦笑いを浮かべる。
「で? それとこれとがどういう関係になるわけ?」
「私はあなたに認められるために、まずは婚約者筆頭のレオンハルトさまを超えようと思いました。彼もまた天才と呼ばれていましたが、継承権争いで姫に負けて以来、領地に引っ込んでいましたからね。傷心で不抜けた彼になら勝てると思ったのです」
「……それで?」
「惨敗して絶対服従の呪いをかけられました」
「呪い……。なるほど、レオンはそこであなたを利用することを思いついたのね。あなたに泥棒の片棒を担がせ、蒼天のグリモワールを入手すれば、自分を王に選ばなかった国やわたしに復讐できる」
「そうです。儀式用具庫の管理は我がフランシア家の役割ですからね。鍵の管理者が泥棒当人ならどんなに厳重に施錠したって意味がありません。そうしてレオンハルトさまは蒼天のグリモワールを入手しました。……つまりこの私こそ、現在のイーシュファルトの惨状を招いた張本人なのですよ」
クロードの苦笑いが自嘲のそれへと変わる。
つまり、意図していなかったにせよ、クロードの軽率さがイーシュファルトに破滅をもたらしたってことよね。
事情は分かったけれど、結果としてアルジェントの町は消失し、十万人単位の犠牲者が出た。そのことを考えると、到底庇いようがないわね。
それにしても、レオンハルトが『本物』の蒼天のグリモワールを知らなかったのは本当にラッキーだったわ。アレを持っていかれてたら全てが終わっていたもの。
まぁもっとも、聖堂に封印されていたあの魔導書が儀式用『写本』だと知っていたのは、イーシュファルトの歴史上、始祖シルヴェリオとわたしくらいなんでしょうけれど――。
クロードが続ける。
「以来私はレオンハルトさまの傀儡として生きてきました。悪魔の書の被験者も兼ねていたので、もう私の魂は限界が来ております。勝っても負けてもここが私の終着点。ここで消滅します。もはや私の願いは姫の記憶に残ることだけ。どうかお慈悲と思って、最後のお相手をお願いいたします」
クロードが懐から悪魔の書を取り出した。
もはや止まることができないのだろう。
そっか……。クロード、あんたは自分の死に場所を求めてここまで来たのね。
「オッケー。命と引き換えの愛の告白、しっかり聞いたわ。受け取る余地はこれっぽっちもないけど。その代わり、わたしがあんたの最後を看取ってあげる。安心なさい、誓ってレオンハルトをぶっ飛ばしてあげるから!」
わたしとクロードは、示し合わせたように滑空し、距離を取った。
クロードは上空。わたしは湖上だ。
学生時代、あれだけ天真爛漫に笑っていたクロード=フランシアは、泣きそうな顔で微笑んだ。
クロードが詠唱に始める。
「エグレーデレ ヴィルガン ヴィルトゥーティス(出でよ、力の杖)!」
クロードを中心に稲光を伴った激しい風が巻き起こると、左手に持った黒い悪魔の書が勝手にめくれ、中から真っ黒な短杖が出てきた。
無造作に掴んで本から引き抜くと、クロードは短杖を構えた。
宙に魔法陣を描く。
「灼熱の炎で我が敵を灰燼と化せ! 双頭竜ティアマート!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
クロードが短杖を天に向けると、遥か高空に魔法陣が転写される。
魔法陣の表面が揺らぐと、次元の狭間から銀色の双頭竜がゆっくりと降下してきた。
竜の口の中で炎が揺れているのが見える。
「探知! ……うっは、四千度もあるわよ、あの火焔。まともに食らったら人間なんか一瞬で消し炭だわ。そりゃクレーターだってできるわけよね。どうすればいい? アル」
「どうすればって、エリンも悪魔の書を使うしかないだろ。やり方は頭の中に入っているよな?」
どこから現れたか、白猫姿のアルがわたしの傍に立つ。
蒼天のグリモワールからの知識の流入なのか、ちょっと思っただけで頭の中に辞典のように必要な呪文や効果が浮かぶけど、どれもこれも問題あるものばっかりじゃない。っていうかこれ、禁呪じゃないもの一つもないんだけど!?
「しゃーない、やってみますか。悪魔王ヴァル=アールよ。血の盟約に従い、我が力となれ!」
「おうともさ!」
その場でジャンプした白猫は、空中で一回転すると、真っ白な魔導書に変化しつつわたしの手元に落ちてきた。
左手でキャッチすると、ページが勝手にパラパラとめくれていく。
ゴォっ!!
途端に、わたしの足元を中心に暴風が発生する。
それに合わせ、書の中から真っ白な短杖が出てくる。
わたしは柄を掴むと、一気に杖を引き抜いた。
身体の中をとんでもなく巨大な魔力が駆け巡る。
これが本物の、悪魔王ヴァル=アールの力なのね。
なるほど。偽書とはいえ普通の人間がこんな魔力を扱うとするならば、そりゃ身体だってイカれるわ。
「えっと、あの双頭竜を倒すには……」
「ティアマートは深度十二で召喚できる魔獣だ。面倒くさいから、深度十五の悪魔を召喚しちまえよ。ちまちまやるより、一気に殲滅しちまえ」
手元の悪魔の書――蒼天のグリモワールから声がする。
わたしが言えた義理じゃないけど、なんか雑だなぁ……。
「んじゃ、これいこ。悪魔王ヴァル=アールの名において、火焔の支配者ヴェイアースに願いたてまつる。我が敵を骨まで残さず焼き尽くせ! 紅炎!!!!」
宙にササっと魔法陣を描くと、ほどなく空間を割って異形の獣が現れた。
獅子の頭に人間の身体、上半身は裸で筋骨隆々。下半身に獣の皮をまとった身長四メートルの獅子頭の戦士――火焔の悪魔ヴェイアースだ。
強そうではあるけれど、ティアマートと比べるとやはり小さい。大丈夫かしら。
戦士は上空で攻撃態勢に入ったティアマートを見て面白くもなさそうに鼻で笑うと、太さがわたしの胴囲ほどもある右腕を振りかぶった。
その瞬間、戦士の右手の平の中にまばゆく輝く紅い炎が生まれる。
思わず目を剥く。
侮ってごめん。見た瞬間分かった。この炎はティアマートの火焔のさらに上、一万度を軽く超えている。
水上のわたしと、上空のクロードの目が交差する。
覚悟の証なのか、クロードが悲しげにうなずく。
それを合図に、上空のティアマートがこちらに向かって口から巨大な炎弾を吐いた。
対する湖上のヴェイアースが、ティアマートに向かって紅炎を投げる。
速度はほぼ同じだが、火焔のサイズは圧倒的にティアマートの方が大きい。
だが——。
空中でティアマートの炎とヴェイアースの炎とが激突した瞬間、時が止まった。
地上の影を消すほどの圧倒的な光。そして無音。
次の瞬間、すさまじい轟音と爆風とが一帯を駆け抜けた。空中爆発だ。
直下の湖はわたしの身長を遥かに超える津波を引き起こし、湖岸に建つ家々は爆風をモロに受け、近くに生えた樹木ごとバラバラに吹き飛ぶ。
だが、そんな状況にありながら、爆心地にいるはずのわたしは焼き尽くされるどころか絶対防御によって全く影響を受けていなかった。
髪の毛一本揺れない。
人間じゃないっていうのはこういうことか……。
そんな中、わたしはしっかりと見ていた。
直接見たら失明しかねないほどの光が放たれる中――。
ヴェイアースの紅炎はティアマートの巨大炎と激突し、その場で爆発させるも、その勢いを保ったままティアマートに当たった。
ティアマートが光に飲まれ、一瞬で消滅する。
グギャアァァァァァァァァアアアアアアアアアアアア!!!!!!!
「姫! 姫ぇぇぇぇええええ!!」
刹那の瞬間、ティアマートの断末魔の声とクロードの叫びとが空に響いた。
ヴェイアースの紅炎によって双頭竜の身体は一瞬で炭化し、召喚主のクロードも双頭竜撃破によるダメージのフィードバックを受け、灰燼と化した。
骨どころか粉塵さえ残さず消滅したのだ。
光が徐々に薄れ、青空が戻ってくる。
わたしは軽くため息をつきつつ、後ろを振り返った。
悪魔の力を得たわたしには全く影響がなかったものの、湖岸に建つ家々や木々はきれいさっぱりなくなっていた。
まるで台風が直撃したかのようなひどい有り様だ。
見舞金は国庫から出すにしても、家々の再建が終わるまでの間、避難民はフランシア城で面倒見てもらわないとね。
とそこで、わたしの手の中の蒼天のグリモワールが消え、代わりに白猫アルが現れた。
アルが空を眺めながら口を開く。
「術者も消滅したか。ま、気にするな。アイツは元々限界だった。エリンは彼に死という安らぎを与えてあげたのさ。きっとあの世で感謝しているよ。それにしても、炎系の魔物をあえて炎系の悪魔で倒すとは、なかなか面白いチョイスをするな。あ、ご苦労さん、ヴェイアース」
ヴェイアースはわたしとアルをチラっと見ると、ムスっとしながら陽炎のように消えた。
それと同時に、わたしの身体を猛烈な脱力感が襲う。体内の魔力をゴッソリ持っていかれたのだ。
「さようなら、クロード……」
わたしはクロードの消えた空に向かって、ポツリとつぶやいたのであった。
大丈夫。怒っていないと言えば嘘になるが、問答無用でぶっ飛ばす程ではない。 なにせ、聞きたいことが山ほどあるのだから。
最初に口火を切ったのはわたしだ。
「まずは言い訳を聞きましょうか。クロード、なぜあなたは国を裏切ったの?」
「あなたを手に入れたかったからですよ、姫」
何これ……。斜め上の回答に今一瞬、自分がどこにいるか忘れかけたわ。
眉根をしかめながら問いかける。
「あんた、わたしのことが好きだったの?」
「……ずっと、ずっとお慕いしておりました」
「その割にはあんた、王立学校で女の子取っ替え引っ替えしてたわよね。有名だったわよ?」
「全て過去のことです」
「当たり前だ、馬鹿!」
一瞬王立学校時代に戻ったような気分にもなるが、それは夢だ。五百年も前に過ぎ去った過去だ。あの時の学友たちはとっくに鬼籍に入り、わたしだけが時に置き去りにされている。
クロードが苦笑いを浮かべる。
「で? それとこれとがどういう関係になるわけ?」
「私はあなたに認められるために、まずは婚約者筆頭のレオンハルトさまを超えようと思いました。彼もまた天才と呼ばれていましたが、継承権争いで姫に負けて以来、領地に引っ込んでいましたからね。傷心で不抜けた彼になら勝てると思ったのです」
「……それで?」
「惨敗して絶対服従の呪いをかけられました」
「呪い……。なるほど、レオンはそこであなたを利用することを思いついたのね。あなたに泥棒の片棒を担がせ、蒼天のグリモワールを入手すれば、自分を王に選ばなかった国やわたしに復讐できる」
「そうです。儀式用具庫の管理は我がフランシア家の役割ですからね。鍵の管理者が泥棒当人ならどんなに厳重に施錠したって意味がありません。そうしてレオンハルトさまは蒼天のグリモワールを入手しました。……つまりこの私こそ、現在のイーシュファルトの惨状を招いた張本人なのですよ」
クロードの苦笑いが自嘲のそれへと変わる。
つまり、意図していなかったにせよ、クロードの軽率さがイーシュファルトに破滅をもたらしたってことよね。
事情は分かったけれど、結果としてアルジェントの町は消失し、十万人単位の犠牲者が出た。そのことを考えると、到底庇いようがないわね。
それにしても、レオンハルトが『本物』の蒼天のグリモワールを知らなかったのは本当にラッキーだったわ。アレを持っていかれてたら全てが終わっていたもの。
まぁもっとも、聖堂に封印されていたあの魔導書が儀式用『写本』だと知っていたのは、イーシュファルトの歴史上、始祖シルヴェリオとわたしくらいなんでしょうけれど――。
クロードが続ける。
「以来私はレオンハルトさまの傀儡として生きてきました。悪魔の書の被験者も兼ねていたので、もう私の魂は限界が来ております。勝っても負けてもここが私の終着点。ここで消滅します。もはや私の願いは姫の記憶に残ることだけ。どうかお慈悲と思って、最後のお相手をお願いいたします」
クロードが懐から悪魔の書を取り出した。
もはや止まることができないのだろう。
そっか……。クロード、あんたは自分の死に場所を求めてここまで来たのね。
「オッケー。命と引き換えの愛の告白、しっかり聞いたわ。受け取る余地はこれっぽっちもないけど。その代わり、わたしがあんたの最後を看取ってあげる。安心なさい、誓ってレオンハルトをぶっ飛ばしてあげるから!」
わたしとクロードは、示し合わせたように滑空し、距離を取った。
クロードは上空。わたしは湖上だ。
学生時代、あれだけ天真爛漫に笑っていたクロード=フランシアは、泣きそうな顔で微笑んだ。
クロードが詠唱に始める。
「エグレーデレ ヴィルガン ヴィルトゥーティス(出でよ、力の杖)!」
クロードを中心に稲光を伴った激しい風が巻き起こると、左手に持った黒い悪魔の書が勝手にめくれ、中から真っ黒な短杖が出てきた。
無造作に掴んで本から引き抜くと、クロードは短杖を構えた。
宙に魔法陣を描く。
「灼熱の炎で我が敵を灰燼と化せ! 双頭竜ティアマート!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
クロードが短杖を天に向けると、遥か高空に魔法陣が転写される。
魔法陣の表面が揺らぐと、次元の狭間から銀色の双頭竜がゆっくりと降下してきた。
竜の口の中で炎が揺れているのが見える。
「探知! ……うっは、四千度もあるわよ、あの火焔。まともに食らったら人間なんか一瞬で消し炭だわ。そりゃクレーターだってできるわけよね。どうすればいい? アル」
「どうすればって、エリンも悪魔の書を使うしかないだろ。やり方は頭の中に入っているよな?」
どこから現れたか、白猫姿のアルがわたしの傍に立つ。
蒼天のグリモワールからの知識の流入なのか、ちょっと思っただけで頭の中に辞典のように必要な呪文や効果が浮かぶけど、どれもこれも問題あるものばっかりじゃない。っていうかこれ、禁呪じゃないもの一つもないんだけど!?
「しゃーない、やってみますか。悪魔王ヴァル=アールよ。血の盟約に従い、我が力となれ!」
「おうともさ!」
その場でジャンプした白猫は、空中で一回転すると、真っ白な魔導書に変化しつつわたしの手元に落ちてきた。
左手でキャッチすると、ページが勝手にパラパラとめくれていく。
ゴォっ!!
途端に、わたしの足元を中心に暴風が発生する。
それに合わせ、書の中から真っ白な短杖が出てくる。
わたしは柄を掴むと、一気に杖を引き抜いた。
身体の中をとんでもなく巨大な魔力が駆け巡る。
これが本物の、悪魔王ヴァル=アールの力なのね。
なるほど。偽書とはいえ普通の人間がこんな魔力を扱うとするならば、そりゃ身体だってイカれるわ。
「えっと、あの双頭竜を倒すには……」
「ティアマートは深度十二で召喚できる魔獣だ。面倒くさいから、深度十五の悪魔を召喚しちまえよ。ちまちまやるより、一気に殲滅しちまえ」
手元の悪魔の書――蒼天のグリモワールから声がする。
わたしが言えた義理じゃないけど、なんか雑だなぁ……。
「んじゃ、これいこ。悪魔王ヴァル=アールの名において、火焔の支配者ヴェイアースに願いたてまつる。我が敵を骨まで残さず焼き尽くせ! 紅炎!!!!」
宙にササっと魔法陣を描くと、ほどなく空間を割って異形の獣が現れた。
獅子の頭に人間の身体、上半身は裸で筋骨隆々。下半身に獣の皮をまとった身長四メートルの獅子頭の戦士――火焔の悪魔ヴェイアースだ。
強そうではあるけれど、ティアマートと比べるとやはり小さい。大丈夫かしら。
戦士は上空で攻撃態勢に入ったティアマートを見て面白くもなさそうに鼻で笑うと、太さがわたしの胴囲ほどもある右腕を振りかぶった。
その瞬間、戦士の右手の平の中にまばゆく輝く紅い炎が生まれる。
思わず目を剥く。
侮ってごめん。見た瞬間分かった。この炎はティアマートの火焔のさらに上、一万度を軽く超えている。
水上のわたしと、上空のクロードの目が交差する。
覚悟の証なのか、クロードが悲しげにうなずく。
それを合図に、上空のティアマートがこちらに向かって口から巨大な炎弾を吐いた。
対する湖上のヴェイアースが、ティアマートに向かって紅炎を投げる。
速度はほぼ同じだが、火焔のサイズは圧倒的にティアマートの方が大きい。
だが——。
空中でティアマートの炎とヴェイアースの炎とが激突した瞬間、時が止まった。
地上の影を消すほどの圧倒的な光。そして無音。
次の瞬間、すさまじい轟音と爆風とが一帯を駆け抜けた。空中爆発だ。
直下の湖はわたしの身長を遥かに超える津波を引き起こし、湖岸に建つ家々は爆風をモロに受け、近くに生えた樹木ごとバラバラに吹き飛ぶ。
だが、そんな状況にありながら、爆心地にいるはずのわたしは焼き尽くされるどころか絶対防御によって全く影響を受けていなかった。
髪の毛一本揺れない。
人間じゃないっていうのはこういうことか……。
そんな中、わたしはしっかりと見ていた。
直接見たら失明しかねないほどの光が放たれる中――。
ヴェイアースの紅炎はティアマートの巨大炎と激突し、その場で爆発させるも、その勢いを保ったままティアマートに当たった。
ティアマートが光に飲まれ、一瞬で消滅する。
グギャアァァァァァァァァアアアアアアアアアアアア!!!!!!!
「姫! 姫ぇぇぇぇええええ!!」
刹那の瞬間、ティアマートの断末魔の声とクロードの叫びとが空に響いた。
ヴェイアースの紅炎によって双頭竜の身体は一瞬で炭化し、召喚主のクロードも双頭竜撃破によるダメージのフィードバックを受け、灰燼と化した。
骨どころか粉塵さえ残さず消滅したのだ。
光が徐々に薄れ、青空が戻ってくる。
わたしは軽くため息をつきつつ、後ろを振り返った。
悪魔の力を得たわたしには全く影響がなかったものの、湖岸に建つ家々や木々はきれいさっぱりなくなっていた。
まるで台風が直撃したかのようなひどい有り様だ。
見舞金は国庫から出すにしても、家々の再建が終わるまでの間、避難民はフランシア城で面倒見てもらわないとね。
とそこで、わたしの手の中の蒼天のグリモワールが消え、代わりに白猫アルが現れた。
アルが空を眺めながら口を開く。
「術者も消滅したか。ま、気にするな。アイツは元々限界だった。エリンは彼に死という安らぎを与えてあげたのさ。きっとあの世で感謝しているよ。それにしても、炎系の魔物をあえて炎系の悪魔で倒すとは、なかなか面白いチョイスをするな。あ、ご苦労さん、ヴェイアース」
ヴェイアースはわたしとアルをチラっと見ると、ムスっとしながら陽炎のように消えた。
それと同時に、わたしの身体を猛烈な脱力感が襲う。体内の魔力をゴッソリ持っていかれたのだ。
「さようなら、クロード……」
わたしはクロードの消えた空に向かって、ポツリとつぶやいたのであった。

