「無礼の数々、大変失礼いたしました! よろしければ、お名前をお伺いするわけにはいきませんでしょうか、高貴なるお方!!」
「ん? なになに? どうしたどうした?」
さっきまで剣を向けてきた兵士の突然の変節に目を白黒させるわたしであったが、兵士二人がそろって指差す先を見て納得した。
よりによってこの会議室の壁にデカデカと飾ってあったのだ。……わたしの肖像画が。
「え? なにこれ」
それは、ピンク色のドレスを着た金髪の少女が、薔薇の園で佇んでいる絵だった。
肉壁の幻影とダブって見えずらいが、どう見てもわたしの肖像画だ。
タイトルは『永遠の崇拝』……なんのこっちゃ。
確かこの色のドレスは十五歳のときの誕生日パーティで着ていた気がするけど、こんな絵を描いてもらった覚えはない。はてなんだろ。
とそこで、絵の右下の隅に見慣れたサインを見つけた。
蟲がのたくったような変なサインだ。わたしはそれを知っている。
「……この特徴のあるサインは間違いなく宮廷画家ディーブルスのものだわ。ディーブルスってばこんなところで小遣い稼ぎしていたのね? あんにゃろ!」
だがこれではっきりした。
この絵は本物だ。模写じゃない。そして間違いなくわたしを描いたものだ。
兵士たちのほうに振り返る。
「ね、あなたたち、普段からこれを見ていたわけよね?」
「は、はい」
「でもわたしを初めてみたときは同一人物だとは思わなかったのよね?」
「はい」
「なんで?」
途端に困惑の表情を浮かべ、互いを見やる。
「なぜと言われましても。我々も毎日のようにこの肖像画を見ていたのですが、今の今まで、同じ方だと認識できなかったのです」
やっぱりこの肉壁のせい? 認識阻害させる成分が出ているんでしょうね、きっと。これを消滅させられれば皆、正気に戻るかしら。
それにしても不思議。ここがあのフランシア城だったとして、誰がこんな絵を描かせたのかしら。
バタンっ!
扉が開いて、男が入ってきた。
ゆったりとした生成りのシャツにベージュのズボン、茶色のブーツを履き、栗色の髪の毛を後ろでしばった二十歳くらいのイケメンだ。
そのすぐ後に、二十人ほどの人数が続々と続く。
わたしの傍にいた兵士たちがすかさずひざまずく。
どうやら偉い人らしい。
お付きの中には、歳のいった老人や偉そうな人たち、そして、治安維持部隊の隊長を名乗ったグレイもいた。
イケメンがわたしをねめつけつつ口を開いた。
「貴様が侵入者か、女。名は何という。目的は何だ!」
この場にいる誰よりも偉いと思っているようで、実に尊大な口の利き方をする。
その様子がわたしと同期のクロード=フランシアを思い出させた。容姿もそこはかとなく似ているし。
ま、ここ、フランシア城だし、当然っちゃ当然か。
クロードと姿が重なったからか、軽くイラっとしたわたしは、この際、青年に注意してやることにした。
「人にモノを訪ねるときには自分から名乗るものよ? 両親にそう教わらなかった?」
イケメンが頬を引きつらせながら答える。
「俺はここの城主・ヴィード=フランシアだ。さぁ、名乗ったぞ。女、貴様も名乗れ!」
城主はしょっちゅう悋気を起こすタイプなのか、お付きの兵士たちが息を飲む音が聞こえる。
やっぱりコイツが城主なのね。代替わりしてから戦争が絶えないって言ってたけど、この様子なら納得だわ。
「くっくっくっく……貴女は変わらないな、エリン姫」
わたしの代わりに、苦笑交じりに口を開いた者がいた。
城主・ヴィードの後ろにひっそりと佇んでいた、茶色のローブをかぶった老人だ。
全員の視線が老人に集中する。
「フォルクス! お前、この娘のことを知っているのか!?」
「えぇえぇ、よく存じております。が、その前に……」
老人が持っていた銀色の長杖の石突きで、床をトンっと叩いた。
同時に、凄まじい勢いで肉壁が消えていく。その様子は、まるで黒板消しで黒板の文字を綺麗さっぱり消したかのようだ。
「何だこれは。頭の中の霧が晴れていくかのようだ……」
「どうなっている?」
「何が起こったんだ……」
城主も含め、兵士たちが自分に起こった変化に戸惑っている中、老人はスタスタと歩いて肖像画の前に移動した。
だがその歩みはすでに、老人特有のゆったりとした動きではない。
老人が振り返ったとき、その姿はわたしと同じくらいの年齢の少年のモノへと変わっていた。
変化の自然さを見るに、老人から若者に変身したのではない。どちらかというと老人に変身していたのを解いたといった様子だ。
「こうして会えた以上、もう洗脳用の肉壁は必要ありませんからね。お館さま、こちらにいらっしゃる方は、エリン=イーシュファルトさまです。我らがイーシュファルト王国の姫君です。頭が高いですよ」
「イーシュファルト……。伝説の? それにフォルクス、貴様のその若々しい姿、どことなく私に似て……どういうことだ!?」
皆が目を白黒させながらわたしと肖像画、そしてフォルクスとを見る。
肉壁と一緒に洗脳波が消えたせいで、肖像画は完全にわたしそのものに見える。
もはや見間違えようがない。
フォルクスは城主ヴィードやその後ろに控える重臣、騎士たちには目もくれず、真正面からわたしを見てうやうやしく挨拶をした。
「五百年ぶりのご帰還、おめでとうございます。いやぁ、実に長かった。ようやく会えましたよ。こうして国を荒んだ状態にしておけば、いつかあなたが様子を見に現れると思っていたんです。これでやっとあなたに引導を渡せる。では死んでいただきましょうか、エリン姫」
フォルクスの魔力が見る見るうちに漲っていく。
もはや隠すつもりもないのだろう。わたしの魔法を強制遮断したあの力だ。
「色々聞きたいことはあるけど、重要なのは一つだけね。あなたはわたしの敵になったって認識でいいのよね? クロード」
「それで結構ですよ、エリン姫。ついでに言うと、レオンハルトさまの反逆の手引きをしたのは誰あろう私です」
フォルクス――クロード=フランシアが、あの頃の若い姿のまま、ニヤリと笑って答えた。
そう、それはゼール魔法大臣の息子にしてわたしと同期のあのクロード=フランシアだった。
その様子からすると、眠っていたわたしと違ってきっちり五百年間生きてきたみたいだけど、たかだか五百年修行したくらいで天才のわたしを超えるですって? いくら伝説級の杖を盗んで使っていたとしても、そんなのありえないわ。
「ん? この杖、気になります? そう、この杖はかの伝説の大魔導士、イーシュファルト王国の始祖たるシルヴェリオ=イーシュファルトが使っていた『原初の杖』です。そら穿て、サジタルーキス(光の矢)!!」
「マジアオベクス(魔法障壁)!」
クロードの持つ長杖から光弾がこれでもかと飛んでくる。
肉壁がなくなったお陰で出せた魔法障壁で光弾を防ぐが、クロードの方は照準をつける気すらないらしく、外れた光弾が天井や壁をことごとく吹っ飛ばし、そこらじゅうに大きな穴が開く。
城主たちが慌てて部屋の隅に避難する。
「そんなはずはない! たかだか杖の力ごときでこんな強力な魔法が放てるわけなんかない!!」
何重にも張ったわたしの魔法障壁が、見る見る薄くなっていく。
一発一発が速く重い上に凄まじい連射のせいで、障壁がみるみる削られているのだ。
そして何百発目かの光弾を受けたとき、ついに魔法障壁は砕け散った。
「きゃぁあああああ!!!!」
「ふっふっふっふ。あーっはっはっは!!」
障壁が破られ吹っ飛ばされたわたしを前に、クロードが高笑いをする。
完全に勝利を確信した笑いだ。くそっ!!
「私はあなたを手に入れたかった! 残念ながら婚約者としての順位が低くてそれは叶わなかったが。だから誰よりも強くなってあなたを強引にでも手に入れたかった!」
「それでわたしを攻撃するってどういうことよ! 花嫁を魔法攻撃する花婿なんてこっちから願い下げだわ!!」
クロードの目がおかしい。正気を保っている気がしない。
「目的が変わったんですよ、姫。レオンハルトさまの入手した力は凄まじいものだった。そして私もそのおこぼれをちょうだいしたのですよ! ごらんなさい、この力を! あぁ、なんと素晴らしい力だ! 敬愛するレオンハルトさまのために、私はここであなたを葬り去る!!」
クロードは長杖を宙に投げて消すと、代わりに懐から一冊の本を取り出した。
真っ黒な表紙の本。
見ているだけで精神が変調をきたしそうなほど禍々しい気配が漂ってくる。何なの? 魔導書?
「お見せしよう、我が力を! レオンハルトさまからいただいたこの力を! その力を見てあの世に逝け、エリン=イーシュファルト!! エグレーデレ ヴィルガン ヴィルトゥーティス(出でよ、力の杖)!」
言うと同時に、部屋の中を暴風が渦巻いた。
「ん? なになに? どうしたどうした?」
さっきまで剣を向けてきた兵士の突然の変節に目を白黒させるわたしであったが、兵士二人がそろって指差す先を見て納得した。
よりによってこの会議室の壁にデカデカと飾ってあったのだ。……わたしの肖像画が。
「え? なにこれ」
それは、ピンク色のドレスを着た金髪の少女が、薔薇の園で佇んでいる絵だった。
肉壁の幻影とダブって見えずらいが、どう見てもわたしの肖像画だ。
タイトルは『永遠の崇拝』……なんのこっちゃ。
確かこの色のドレスは十五歳のときの誕生日パーティで着ていた気がするけど、こんな絵を描いてもらった覚えはない。はてなんだろ。
とそこで、絵の右下の隅に見慣れたサインを見つけた。
蟲がのたくったような変なサインだ。わたしはそれを知っている。
「……この特徴のあるサインは間違いなく宮廷画家ディーブルスのものだわ。ディーブルスってばこんなところで小遣い稼ぎしていたのね? あんにゃろ!」
だがこれではっきりした。
この絵は本物だ。模写じゃない。そして間違いなくわたしを描いたものだ。
兵士たちのほうに振り返る。
「ね、あなたたち、普段からこれを見ていたわけよね?」
「は、はい」
「でもわたしを初めてみたときは同一人物だとは思わなかったのよね?」
「はい」
「なんで?」
途端に困惑の表情を浮かべ、互いを見やる。
「なぜと言われましても。我々も毎日のようにこの肖像画を見ていたのですが、今の今まで、同じ方だと認識できなかったのです」
やっぱりこの肉壁のせい? 認識阻害させる成分が出ているんでしょうね、きっと。これを消滅させられれば皆、正気に戻るかしら。
それにしても不思議。ここがあのフランシア城だったとして、誰がこんな絵を描かせたのかしら。
バタンっ!
扉が開いて、男が入ってきた。
ゆったりとした生成りのシャツにベージュのズボン、茶色のブーツを履き、栗色の髪の毛を後ろでしばった二十歳くらいのイケメンだ。
そのすぐ後に、二十人ほどの人数が続々と続く。
わたしの傍にいた兵士たちがすかさずひざまずく。
どうやら偉い人らしい。
お付きの中には、歳のいった老人や偉そうな人たち、そして、治安維持部隊の隊長を名乗ったグレイもいた。
イケメンがわたしをねめつけつつ口を開いた。
「貴様が侵入者か、女。名は何という。目的は何だ!」
この場にいる誰よりも偉いと思っているようで、実に尊大な口の利き方をする。
その様子がわたしと同期のクロード=フランシアを思い出させた。容姿もそこはかとなく似ているし。
ま、ここ、フランシア城だし、当然っちゃ当然か。
クロードと姿が重なったからか、軽くイラっとしたわたしは、この際、青年に注意してやることにした。
「人にモノを訪ねるときには自分から名乗るものよ? 両親にそう教わらなかった?」
イケメンが頬を引きつらせながら答える。
「俺はここの城主・ヴィード=フランシアだ。さぁ、名乗ったぞ。女、貴様も名乗れ!」
城主はしょっちゅう悋気を起こすタイプなのか、お付きの兵士たちが息を飲む音が聞こえる。
やっぱりコイツが城主なのね。代替わりしてから戦争が絶えないって言ってたけど、この様子なら納得だわ。
「くっくっくっく……貴女は変わらないな、エリン姫」
わたしの代わりに、苦笑交じりに口を開いた者がいた。
城主・ヴィードの後ろにひっそりと佇んでいた、茶色のローブをかぶった老人だ。
全員の視線が老人に集中する。
「フォルクス! お前、この娘のことを知っているのか!?」
「えぇえぇ、よく存じております。が、その前に……」
老人が持っていた銀色の長杖の石突きで、床をトンっと叩いた。
同時に、凄まじい勢いで肉壁が消えていく。その様子は、まるで黒板消しで黒板の文字を綺麗さっぱり消したかのようだ。
「何だこれは。頭の中の霧が晴れていくかのようだ……」
「どうなっている?」
「何が起こったんだ……」
城主も含め、兵士たちが自分に起こった変化に戸惑っている中、老人はスタスタと歩いて肖像画の前に移動した。
だがその歩みはすでに、老人特有のゆったりとした動きではない。
老人が振り返ったとき、その姿はわたしと同じくらいの年齢の少年のモノへと変わっていた。
変化の自然さを見るに、老人から若者に変身したのではない。どちらかというと老人に変身していたのを解いたといった様子だ。
「こうして会えた以上、もう洗脳用の肉壁は必要ありませんからね。お館さま、こちらにいらっしゃる方は、エリン=イーシュファルトさまです。我らがイーシュファルト王国の姫君です。頭が高いですよ」
「イーシュファルト……。伝説の? それにフォルクス、貴様のその若々しい姿、どことなく私に似て……どういうことだ!?」
皆が目を白黒させながらわたしと肖像画、そしてフォルクスとを見る。
肉壁と一緒に洗脳波が消えたせいで、肖像画は完全にわたしそのものに見える。
もはや見間違えようがない。
フォルクスは城主ヴィードやその後ろに控える重臣、騎士たちには目もくれず、真正面からわたしを見てうやうやしく挨拶をした。
「五百年ぶりのご帰還、おめでとうございます。いやぁ、実に長かった。ようやく会えましたよ。こうして国を荒んだ状態にしておけば、いつかあなたが様子を見に現れると思っていたんです。これでやっとあなたに引導を渡せる。では死んでいただきましょうか、エリン姫」
フォルクスの魔力が見る見るうちに漲っていく。
もはや隠すつもりもないのだろう。わたしの魔法を強制遮断したあの力だ。
「色々聞きたいことはあるけど、重要なのは一つだけね。あなたはわたしの敵になったって認識でいいのよね? クロード」
「それで結構ですよ、エリン姫。ついでに言うと、レオンハルトさまの反逆の手引きをしたのは誰あろう私です」
フォルクス――クロード=フランシアが、あの頃の若い姿のまま、ニヤリと笑って答えた。
そう、それはゼール魔法大臣の息子にしてわたしと同期のあのクロード=フランシアだった。
その様子からすると、眠っていたわたしと違ってきっちり五百年間生きてきたみたいだけど、たかだか五百年修行したくらいで天才のわたしを超えるですって? いくら伝説級の杖を盗んで使っていたとしても、そんなのありえないわ。
「ん? この杖、気になります? そう、この杖はかの伝説の大魔導士、イーシュファルト王国の始祖たるシルヴェリオ=イーシュファルトが使っていた『原初の杖』です。そら穿て、サジタルーキス(光の矢)!!」
「マジアオベクス(魔法障壁)!」
クロードの持つ長杖から光弾がこれでもかと飛んでくる。
肉壁がなくなったお陰で出せた魔法障壁で光弾を防ぐが、クロードの方は照準をつける気すらないらしく、外れた光弾が天井や壁をことごとく吹っ飛ばし、そこらじゅうに大きな穴が開く。
城主たちが慌てて部屋の隅に避難する。
「そんなはずはない! たかだか杖の力ごときでこんな強力な魔法が放てるわけなんかない!!」
何重にも張ったわたしの魔法障壁が、見る見る薄くなっていく。
一発一発が速く重い上に凄まじい連射のせいで、障壁がみるみる削られているのだ。
そして何百発目かの光弾を受けたとき、ついに魔法障壁は砕け散った。
「きゃぁあああああ!!!!」
「ふっふっふっふ。あーっはっはっは!!」
障壁が破られ吹っ飛ばされたわたしを前に、クロードが高笑いをする。
完全に勝利を確信した笑いだ。くそっ!!
「私はあなたを手に入れたかった! 残念ながら婚約者としての順位が低くてそれは叶わなかったが。だから誰よりも強くなってあなたを強引にでも手に入れたかった!」
「それでわたしを攻撃するってどういうことよ! 花嫁を魔法攻撃する花婿なんてこっちから願い下げだわ!!」
クロードの目がおかしい。正気を保っている気がしない。
「目的が変わったんですよ、姫。レオンハルトさまの入手した力は凄まじいものだった。そして私もそのおこぼれをちょうだいしたのですよ! ごらんなさい、この力を! あぁ、なんと素晴らしい力だ! 敬愛するレオンハルトさまのために、私はここであなたを葬り去る!!」
クロードは長杖を宙に投げて消すと、代わりに懐から一冊の本を取り出した。
真っ黒な表紙の本。
見ているだけで精神が変調をきたしそうなほど禍々しい気配が漂ってくる。何なの? 魔導書?
「お見せしよう、我が力を! レオンハルトさまからいただいたこの力を! その力を見てあの世に逝け、エリン=イーシュファルト!! エグレーデレ ヴィルガン ヴィルトゥーティス(出でよ、力の杖)!」
言うと同時に、部屋の中を暴風が渦巻いた。

