神も悪魔も天使も、ひっきょう全て同じ、『異物』だ。
人間より上位の存在である彼らは、太陽が太陽であるように、月が月であるように、我々人間から見たら自然現象レベルの『そういうもの』でしかない。
彼らは我らのあずかり知らぬ別の次元の規範で動く。
もし彼らと関わることを余儀なくされたとしても、本当の意味での理解はあきらめた方がいい。
蟻に象の世界が想像すらできぬように、我々人間には彼らの真意など分からない。
どれだけ彼らが流ちょうに人間の言葉を話し、表向きコミュニケーションがとれているように見えたとしてもだ。
悪魔王ヴァル=アールに見込まれたわたしは、次元の異なる技をその身に叩き込まれた。
身体の使い方、魔法の使い方、頭脳の使い方、全てだ。
三歳で見出されてから十三年間、そりゃもうみっちりと。
思いだすだけでうんざりする。
だけど、そのおかげでわたしは人間の枠を超えた能力を手に入れた。
そして今――。
◇◆◇◆◇
先頭の兵士が大きく剣を振りかぶった。
元から寸止めを予定していた威嚇ではあったのだろう。実に大振りだ。
なにせ、相手は女の子だしね。
だが、その一瞬で兵士の懐に飛び込んだわたしは胴に容赦なく右肘を叩き込んだ。
言うまでもなく兵士は首から下をビッチリ鎧で覆っているがそんなの関係ない。
一撃で、兵士が五メートルも吹っ飛んで気絶する。その胸の部分が見事にひしゃげている。
何が起こったか分からず目をむく次の兵士のむき出しの首に、すれ違いざまに左の手刀を当てると、兵士は一瞬で泡を吹いてぶっ倒れた。
はい、二人終了。
驚愕に目を見開いた三人目の顎先を右足で垂直に蹴り抜いたわたしは、気絶してゆっくり倒れる兵士を見もせずにクルっと一回転してギャラリーに向き直った。
ひるがえったワンピースのスカートが、その場に見事な大輪の花を咲かせる。
ほら、なんて言うの? ギャラリーへのサービス?
「お粗末さまでした」
一瞬の間の後、拍手の嵐が起こった。
フランシア城の兵士に対しては皆、思うところがあったのだろう。ギャラリーが沸きまくっている。
「いいぞ、お嬢ちゃん!!」
「凄いな、お嬢さん!」
割れんばかりの拍手に対して笑顔で手を振るわたしだったが、新たに馬に乗って急接近してくる鎧の集団の存在にしっかり気づいていた。
「何の騒ぎか!!」
新たな兵士たちが、馬で強引に輪の中に入ってくる。
ギャラリーたちも慌てて避ける。
顎ヒゲを生やした四十代くらいの兵士が、馬を降りて真っ直ぐわたしの前にやってきた。
鎧についている勲章の数が、他の兵士より明らかに多い。
おそらくこの顎ヒゲが隊長で間違いない。
にしても、この状況からわたしのような可憐な美少女の関与を疑うなんて、なーんて鋭いんでしょ。
とそこで、わたしはさっきの兵隊さんたちとの空気の差に気がついた。
普通、こんな風に乱入されたら前の流れもあって猛烈に反発するはずだけど、そんなこともなくひそひそ話を始めている。
ふむ。ひょっとしてこの隊長さんは町の人から一目置かれているのかしら。
「私はフランシア城所属の兵士で治安維持部隊の隊長をやっているグレイ=ヴァーンという。すまないがそこの少女よ、ここで何があったのか教えてくれまいか?」
その口調は実に穏やかだが、目は笑っていない。
現場を見ていないはずだから状況証拠でしか判断していないはずなのだが、確実にわたしをこの騒動の中心人物だと思っている顔だ。
侮れない。
「グレイさんね。いいわよ。この三人の兵隊さんたちがこちらの飲食店さんに支払うべきお代を踏み倒そうとしていたから、駄目よって教えてあげたの」
「教えて……はいいが、なぜ三人とも気絶しているのだ?」
「あら本当だわ。びっくり! お腹がいっぱいになって、眠くなったのかしら」
「……」
わたしの下手な芝居に、しばし沈黙のときが流れる。
言っておくけど、わざとよ?
遠巻きに見ていたギャラリーたちが固唾を飲んで見守っている。
「……フーゴ!」
グレイ隊長は軽くため息をつくと、側近を呼んだ。
茶髪巻き毛の若い兵士が、すかさず隊長の隣にやってくる。
「はい」
「そちらの店長さんにお代を払ってやれ。どうせツケとかもしているんだろうからその分も含めてきれいさっぱりとだ。払った金額は後でしっかり報告しろ。こいつらの給与から天引きさせる。他に被害にあった者はいないか? いるならこのフーゴに名乗り出てくれ。確認が取れ次第、お支払いしよう!」
パチパチパチパチ、パチパチパチパチ!
グレイの指示にギャラリーから拍手があがる。
リーンゴーン。
まるで計ったかのかのように教会の鐘が鳴る。
鐘の音に我に返ったか、町の人が数人名乗り出て、側近の前に並ぶ。
グレイは横目でそれを確認すると、わたしに向き直った。
「さて、お嬢さん。キミにはさらに詳しく話を聞きたいのだが、詰所まで来てもらっていいかな?」
「別に構わないけど。後ろの怪しげな人はあなたの部下?」
いつの間に現れたのか、グレイのすぐ真後ろに、灰色のローブですっぽりと身体を覆った人物が立っていたのだ。
背はそこそこ高く百八十センチ近くありそうだが、フードを目深にかぶっているため年齢はおろか、性別さえも分からない。
なにせ口元しか見えないのだから。
その唯一見えている口が、愉悦の形に吊り上がる。
「後ろ?」
ところが、グレイが振り返ると同時に、わたしの周囲の一切合切が消えた。
目の前にいたグレイもだ。
慌てて周囲を見回す。
なんとわたしは、いつの間にか空中にいた。
風がわたしの自慢の金髪を、服を、バタバタと激しくはためかせている。
「なにこれ!?」
何がどうしてこうなったのかさっぱり分からないが、なぜかわたしは遥か高空から地表に向けて落下していた。
わたしの超感覚が、地上十キロの位置にいることを告げる。
アルに散々叩き込まれた訓練通り、一瞬で思考を切断したわたしは、生存本能に従って身体が勝手に動くに任せた。
滑るように懐に突っ込まれた右手は、だが杖を掴むことはなかった。
愛用の杖は、イーシュファルト城に置いてきたままだ。
無いものは無いでしょうがない。
次いでわたしは右手の人差し指で宙に魔法陣を描いた。
杖がないため精霊への細かい指示は出せないが、必要な魔法は緊急回避だけだからこの状態でも問題ない。
わたしの目の前で光の線が勢いよく走り出し、魔法陣を描き出す。
「ベントゥススピリタス ヴォカーテ(風精召喚)、そして、マジアオベクス(魔法障壁)!」
だが、魔法が発動しない。
これは何千回となく描いた魔法陣で、万が一にも描き間違いはない。
異常事態を目の当たりにしたせいで、自動行動が切断され、思考が戻ってくる。
「そんな馬鹿な! 術式は合っている! 魔法回路も正常に動いている感覚がある! なのに魔法が発動しないだなんて!!」
そうこうしている内に、どんどん地表が迫ってくる。
ぶ厚い雲を割って、その下の地面が見えてくる。
いかに超絶美少女にして天才魔導士と言われたわたしといえども、この速度のまま地面に叩きつけられたら生きてはいられない。
さしものわたしも慌て出す。
「まさか、魔法が妨害されてるってこと!? わたしの魔法発動を封じ込められるだなんて、そんなことが! ……くっ、駄目か!? アル! アルぅぅぅう!!」
「……呼んだかい?」
無惨に地面に叩きつけられる自分を想像して精神が絶望に塗りつぶされそうになったその瞬間、誰かの手がそっとわたしの右肩に置かれた。
触れられた肩に微かな痛みが走る。
「アル!?」
その瞬間、わたしの全身が光に包まれた。
魔法障壁の光だ。
落下しながら振り返ると、わたしの後ろに銀髪のイケメンがいた。
悪魔のくせに、背中に天使のような真っ白な羽根を生やしている。
アルは安心しろとばかりに微笑むと、丘の上のフランシア城を指差した。
「飛ぶよ!」
アルの魔力で強制落下から滑空に変わったわたしは、導かれるままフランシア城の中庭に降り立ったのであった。
人間より上位の存在である彼らは、太陽が太陽であるように、月が月であるように、我々人間から見たら自然現象レベルの『そういうもの』でしかない。
彼らは我らのあずかり知らぬ別の次元の規範で動く。
もし彼らと関わることを余儀なくされたとしても、本当の意味での理解はあきらめた方がいい。
蟻に象の世界が想像すらできぬように、我々人間には彼らの真意など分からない。
どれだけ彼らが流ちょうに人間の言葉を話し、表向きコミュニケーションがとれているように見えたとしてもだ。
悪魔王ヴァル=アールに見込まれたわたしは、次元の異なる技をその身に叩き込まれた。
身体の使い方、魔法の使い方、頭脳の使い方、全てだ。
三歳で見出されてから十三年間、そりゃもうみっちりと。
思いだすだけでうんざりする。
だけど、そのおかげでわたしは人間の枠を超えた能力を手に入れた。
そして今――。
◇◆◇◆◇
先頭の兵士が大きく剣を振りかぶった。
元から寸止めを予定していた威嚇ではあったのだろう。実に大振りだ。
なにせ、相手は女の子だしね。
だが、その一瞬で兵士の懐に飛び込んだわたしは胴に容赦なく右肘を叩き込んだ。
言うまでもなく兵士は首から下をビッチリ鎧で覆っているがそんなの関係ない。
一撃で、兵士が五メートルも吹っ飛んで気絶する。その胸の部分が見事にひしゃげている。
何が起こったか分からず目をむく次の兵士のむき出しの首に、すれ違いざまに左の手刀を当てると、兵士は一瞬で泡を吹いてぶっ倒れた。
はい、二人終了。
驚愕に目を見開いた三人目の顎先を右足で垂直に蹴り抜いたわたしは、気絶してゆっくり倒れる兵士を見もせずにクルっと一回転してギャラリーに向き直った。
ひるがえったワンピースのスカートが、その場に見事な大輪の花を咲かせる。
ほら、なんて言うの? ギャラリーへのサービス?
「お粗末さまでした」
一瞬の間の後、拍手の嵐が起こった。
フランシア城の兵士に対しては皆、思うところがあったのだろう。ギャラリーが沸きまくっている。
「いいぞ、お嬢ちゃん!!」
「凄いな、お嬢さん!」
割れんばかりの拍手に対して笑顔で手を振るわたしだったが、新たに馬に乗って急接近してくる鎧の集団の存在にしっかり気づいていた。
「何の騒ぎか!!」
新たな兵士たちが、馬で強引に輪の中に入ってくる。
ギャラリーたちも慌てて避ける。
顎ヒゲを生やした四十代くらいの兵士が、馬を降りて真っ直ぐわたしの前にやってきた。
鎧についている勲章の数が、他の兵士より明らかに多い。
おそらくこの顎ヒゲが隊長で間違いない。
にしても、この状況からわたしのような可憐な美少女の関与を疑うなんて、なーんて鋭いんでしょ。
とそこで、わたしはさっきの兵隊さんたちとの空気の差に気がついた。
普通、こんな風に乱入されたら前の流れもあって猛烈に反発するはずだけど、そんなこともなくひそひそ話を始めている。
ふむ。ひょっとしてこの隊長さんは町の人から一目置かれているのかしら。
「私はフランシア城所属の兵士で治安維持部隊の隊長をやっているグレイ=ヴァーンという。すまないがそこの少女よ、ここで何があったのか教えてくれまいか?」
その口調は実に穏やかだが、目は笑っていない。
現場を見ていないはずだから状況証拠でしか判断していないはずなのだが、確実にわたしをこの騒動の中心人物だと思っている顔だ。
侮れない。
「グレイさんね。いいわよ。この三人の兵隊さんたちがこちらの飲食店さんに支払うべきお代を踏み倒そうとしていたから、駄目よって教えてあげたの」
「教えて……はいいが、なぜ三人とも気絶しているのだ?」
「あら本当だわ。びっくり! お腹がいっぱいになって、眠くなったのかしら」
「……」
わたしの下手な芝居に、しばし沈黙のときが流れる。
言っておくけど、わざとよ?
遠巻きに見ていたギャラリーたちが固唾を飲んで見守っている。
「……フーゴ!」
グレイ隊長は軽くため息をつくと、側近を呼んだ。
茶髪巻き毛の若い兵士が、すかさず隊長の隣にやってくる。
「はい」
「そちらの店長さんにお代を払ってやれ。どうせツケとかもしているんだろうからその分も含めてきれいさっぱりとだ。払った金額は後でしっかり報告しろ。こいつらの給与から天引きさせる。他に被害にあった者はいないか? いるならこのフーゴに名乗り出てくれ。確認が取れ次第、お支払いしよう!」
パチパチパチパチ、パチパチパチパチ!
グレイの指示にギャラリーから拍手があがる。
リーンゴーン。
まるで計ったかのかのように教会の鐘が鳴る。
鐘の音に我に返ったか、町の人が数人名乗り出て、側近の前に並ぶ。
グレイは横目でそれを確認すると、わたしに向き直った。
「さて、お嬢さん。キミにはさらに詳しく話を聞きたいのだが、詰所まで来てもらっていいかな?」
「別に構わないけど。後ろの怪しげな人はあなたの部下?」
いつの間に現れたのか、グレイのすぐ真後ろに、灰色のローブですっぽりと身体を覆った人物が立っていたのだ。
背はそこそこ高く百八十センチ近くありそうだが、フードを目深にかぶっているため年齢はおろか、性別さえも分からない。
なにせ口元しか見えないのだから。
その唯一見えている口が、愉悦の形に吊り上がる。
「後ろ?」
ところが、グレイが振り返ると同時に、わたしの周囲の一切合切が消えた。
目の前にいたグレイもだ。
慌てて周囲を見回す。
なんとわたしは、いつの間にか空中にいた。
風がわたしの自慢の金髪を、服を、バタバタと激しくはためかせている。
「なにこれ!?」
何がどうしてこうなったのかさっぱり分からないが、なぜかわたしは遥か高空から地表に向けて落下していた。
わたしの超感覚が、地上十キロの位置にいることを告げる。
アルに散々叩き込まれた訓練通り、一瞬で思考を切断したわたしは、生存本能に従って身体が勝手に動くに任せた。
滑るように懐に突っ込まれた右手は、だが杖を掴むことはなかった。
愛用の杖は、イーシュファルト城に置いてきたままだ。
無いものは無いでしょうがない。
次いでわたしは右手の人差し指で宙に魔法陣を描いた。
杖がないため精霊への細かい指示は出せないが、必要な魔法は緊急回避だけだからこの状態でも問題ない。
わたしの目の前で光の線が勢いよく走り出し、魔法陣を描き出す。
「ベントゥススピリタス ヴォカーテ(風精召喚)、そして、マジアオベクス(魔法障壁)!」
だが、魔法が発動しない。
これは何千回となく描いた魔法陣で、万が一にも描き間違いはない。
異常事態を目の当たりにしたせいで、自動行動が切断され、思考が戻ってくる。
「そんな馬鹿な! 術式は合っている! 魔法回路も正常に動いている感覚がある! なのに魔法が発動しないだなんて!!」
そうこうしている内に、どんどん地表が迫ってくる。
ぶ厚い雲を割って、その下の地面が見えてくる。
いかに超絶美少女にして天才魔導士と言われたわたしといえども、この速度のまま地面に叩きつけられたら生きてはいられない。
さしものわたしも慌て出す。
「まさか、魔法が妨害されてるってこと!? わたしの魔法発動を封じ込められるだなんて、そんなことが! ……くっ、駄目か!? アル! アルぅぅぅう!!」
「……呼んだかい?」
無惨に地面に叩きつけられる自分を想像して精神が絶望に塗りつぶされそうになったその瞬間、誰かの手がそっとわたしの右肩に置かれた。
触れられた肩に微かな痛みが走る。
「アル!?」
その瞬間、わたしの全身が光に包まれた。
魔法障壁の光だ。
落下しながら振り返ると、わたしの後ろに銀髪のイケメンがいた。
悪魔のくせに、背中に天使のような真っ白な羽根を生やしている。
アルは安心しろとばかりに微笑むと、丘の上のフランシア城を指差した。
「飛ぶよ!」
アルの魔力で強制落下から滑空に変わったわたしは、導かれるままフランシア城の中庭に降り立ったのであった。

