蒼天のグリモワール 〜最強のプリンセス・エリン〜

 ガラガラガラガラ――。

 馬車が揺れる。
 町への一本道を、くたびれた二頭立ての荷馬車が走る。
 御者台に乗るのは、わたしを助けてくれた老夫婦――ユング夫妻だ。
 お爺さんがマルコ。お婆さんがゲルダという。

 彼らの家は先ほどの湖――カナル湖のほとりにあったのだが、獲った魚を市場まで持っていくついでということで、町まで送ってもらえることとなったのだ。
 何はともあれ、今現在のイーシュファルトの領地がどんな風になっているか確認は必要だもの。

 御者台に座るゲルダお婆さんが振り返って、荷台に座るわたしをまじまじと見た。 

「孫の残していった服なんだが、丈はなんとかいけそうだね。ちょっと古いデザインで好みじゃないかもしれないけれど勘弁しておくれ」
「そんな、全然です。とても助かりました、ゲルダさん!」

 黄色いチュニックワンピースを着たわたしは、ゲルダに向かって笑顔を向けた。
 肯定的な反応に、ゲルダが満足そうにうなずく。

 わたしの着ていたネグリジェは王室御用達(おうしつごようたし)のとても質の良いものではあったが、そのまま外を歩き回っていたから汚れまくっていたのだ。
 正直、お風呂を貸してもらった後に再度あの汚れたネグリジェを着るのは勘弁(かんべん)願いたいと思っていたところだったから、ありがたいったらなかった。

 光かがやく金髪の真下の、素朴な黄色地の服。
 確かに微妙な感じではあるが、このさい贅沢は言っていられない。
 
「あれ、お城ですか……」
「ん? あぁ、フランシア城だね。あれも知らんのかい? お嬢ちゃん、あんたどこから来なすったんだい。本当に空から降ってきたのかい?」
「あはは……」

 完全に不審人物だが仕方ない。
 五百年も経てば世界も変わる。地上の勢力図もわたしの知っているものとは大きく変わっていることだろう。

 いずれ、他の土地も見て回らなければならなくなる。
 だって、イーシュファルト王国が復活するということは、五百年の間に切り取られまくったであろう土地を取り戻すために、戦争を起こさなければならないということだろうから。

 話し合いで解決……というわけにはいかないわよね、やっぱ。
 でもよもや、フランシア城が残っているとは思わなかったわ。
 多少尖塔の配置が変わっているような気もするけど、五百年もあれはリフォームくらいするわよね。

 程なく町に入る。
 レンガ製の家々。立ち並ぶ商店。(せわ)しなく馬車が走り、人々が行き交う。 
 どこにでもある町の風景だ。
 だが、どことなく人々の顔に精彩(せいさい)が欠けている気がする。何でかしら。

「あ、あれ! 子どもたちが! 病気かしら」

 町のあちこちで、汚れた服を着た子供たちがうずくまっていた。
 生きてはいるものの、気力というものを根こそぎ奪われたような生気のない目をしている。
 マルコがそれを見て顔をしかめる。
 何とも複雑そうな表情だ。 

「あれは戦災孤児たちさ。元々(いくさ)の多い土地ではあったのだが、ヴィードさまが家督(かとく)を継いでから戦争が絶えない。物価も上がったし、生きにくいったらないんじゃ」
「戦争? どこと?」
「アンダークに、ベルトランド、キャルロース、デンダルシア。周りじゅう全部さ」

 全てイーシュファルト王国所属の地方都市だ。これでは内乱だ。思わず顔が真っ青になる。

「なんで!」
「なんでってそりゃあ……なんでじゃろう。わしらにも分からん」
「そんなことって!」

 手綱を握るマルコの顔が更に曇る。

「……ここは国の体裁を取ってはいるものの国ではない。領主たちはいても、それをまとめるべき王が存在しないんじゃ。合議制にはなってはいるが、調停する者がいないから最後は力ずくじゃ。なぜこんなことになっているものやら……」

 それを聞いて、わたしは王宮で受けた歴史の授業を思い出した。

 かつてイーシュファルトのあった辺りは、数多くの豪族が覇を競い合う、戦争の絶えないひどいエリアだった。
 そこに現れたのが、かの天才魔導士・シルヴェリオ=イーシュファルトだ。

 悪魔王ヴァル=アールと契約した彼は、その強大な魔力をもって、たった一人でそれら豪族たちに戦いを挑み、勝ち続け、併合した。
 こうしてイーシュファルト王国ができあがり、平和が訪れたのだ。
 
 イーシュファルト王国が消え失せたせいで、始祖が併合する前の戦乱状態に戻っているってこと? どうすればいい? どうすればこの国に平和を取り戻せる? 考えなきゃ。

 丘の上に建つフランシア城を見ながら、わたしは思いを巡らせたのだった。

 ◇◆◇◆◇

 ガッシャァァァァァァアアアアンンンン!!
「うるせぇってんだよぉぉぉ!!」

 ユング夫妻とわたし、三人で市場にある飲食店に獲れたての魚を運び込んでいたところで、外から派手な音が聞こえた。
 いや、わたしだってそれくらいは手伝えるわよ? 
 魔法を使えば重量なんてないようなものだし、溺れかけたわたしを救ってくれた礼としては安いものだわ。

 慌てて店を出ると、ほんの二軒先の飲食店の店先で白いエプロンをつけた中年の店主らしき男が地面にうずくまっていた。
 銀色の鎧を着た三名がそれを囲むようにして立っている。
 おそろいの上に、右胸に紋章が入っているところからすると、どうやらフランシア城直属の兵士のようだ。

「頼むよ兵隊さん、そろそろお代を払ってくれないか。うちはそもそもツケをやっていないんだ。このままお代をいただけないと、うちの店は潰れちまう!」
「だから! 払わないだなんてひと言も言ってないだろうが! 今は残念ながら持ち合わせがないんだよ。仕方ないだろう?」

 兵士がからかうように笑うが、店主のほうは生活がかかっているから真剣だ。
 騒ぎを聞きつけて続々とギャラリーが集まってくるも、兵士が怖いのか遠巻きに見るだけだ。 

「そう言って毎回払ってくれないじゃないか! 金額はもう十万リールを優に越えているんだ! 頼む、うちはギリギリの経済状況でやっててこれ以上は無理なんだ!」
「おいおいオッサン、まさか俺たちが踏み倒すとでも思ってるんじゃないだろうなぁ。そりゃ心外だぜ、なぁ!」

 脅しのつもりか、兵士の一人が剣に手をかけたところで、わたしはその前に立ちはだかった。
 そこにいた全員の視線がわたしに集まる。

「なんだぁ? お嬢ちゃん、俺たちに文句でもあるのか? あぁ!!」
「……こちらのお店、ツケはやっていないんですってよ? 払っておあげなさいな、耳をそろえて。全額」
「ふっ……。あっはっは! あーっはっはっはっは! 可愛い顔していい度胸だ。ただ、大口にはそれなりの代償を払ってもらうことになるがな?」

 顔を見合わせ、しばらく大笑いしていた兵士たちは、いきなり真顔になって全員剣を抜いた。
 実戦用の剣だけあって、よく磨き上げられている。
 脅しで一般人に向けるには物騒すぎる代物だ。

「で? 今なんて言ったんだい? お嬢ちゃん。もう一回同じことを言えるかな?」
「エリンちゃん、逃げて! 兵士さんたちに逆らっちゃ駄目だよぉ!」

 ユング夫妻がギャラリーに混じりながら、真っ青な顔で首を横に振っている。
 わたしはそれに、心配ないとばかりにニッコリ微笑んでうなずくと、再び兵士たちに向き直った。
 
 黙って足を肩幅に開き、左手を前に出し、代わりに右拳を腰の位置まで引く。
 アルに散々叩き込まれた武術の型だ。
  
「何度でも言ってあげるわ。今すぐ溜まっているツケを全額払いなさい。これは命令よ」

 その言葉にカチンときたか、兵士たちが一斉に襲いかかってきた。