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 馬車の窓には見慣れない風景が流れていく。
 ソアラ家はアンリのお父様と共にジャンミリー領を治めているというだけあって、目的地である屋敷が近づくとアンリにもすぐに分かった。周囲に比べて何倍も大きく広い屋敷でオーリン家の屋敷よりも三倍ほどの面積がある。外観もシンプルなオーリン家の屋敷に比べて、かなり豪華だ。
 こうしてみると普段は気にしていなかったが、クイニーはすごい人だったんだと改めて思う。

 馬車が敷地の門をくぐると噴水を囲むようにタイルの引かれた道を通り、屋敷前に向かう。
 フレッドに手を引かれて馬車を降りると、無意識に目の前にそびえ立つ屋敷を見上げてしまう。この屋敷は一体、どれだけの数の部屋があるのだろうか。そしてこれが個人の屋敷だとすると、この国で一番敷地面積の広いと言われている王城というのはどれだけのモノなのだろう。

「なに間抜けな顔してるんだよ。馬鹿に見えるぞ」

 そんな小馬鹿にしたような声がアンリに突き刺さる。アンリにそんな事を悪気もなく言う人間はこの世界にただ一人しか存在しない。

「クイニー、人を馬鹿呼ばわりしないで」
「大口を開けて間抜けな顔をしてる奴を馬鹿と呼ばないで、なんて言えば良いんだよ」
「もぉ、意地悪」
「意地悪で結構、結構。勝手に言ってろ」

 クイニーはニヤリと口角を上げる。やはり燕尾服を着て髪をセットし、格好つけていても、クイニーはクイニーだ。

 屋敷の中に通され、クイニーの後ろについて歩いていくと舞踏会の準備を進めている慌ただしく働く使用人達とすれ違う。使用人達はどんな作業をしていても、クイニーの姿が見えると姿勢を整え、軽く頭を下げる。

 廊下を歩いて行くと外観を見ていた時に想定していたよりも多くの扉が等間隔に並んでいる。

「このお屋敷の部屋っていくつあるの?」
「そんなの数えたことねぇよ」
「ここなら隠れんぼ出来そうだよね」
「お前そんな事言って、ガキの頃に迷子になっただろ」
「え、そうなの?」
「忘れたのかよ。お前も、バノフィーも覚えてるだろ?」

 話を振られたフレッドは過去を振り返り懐かしむような表情を浮かべながら頷く。

「えぇ、あの日は確かオーリン伯爵とソアラ伯爵が領地の話し合いをするためにここ、ソアラ家に集まった時だったかと」
「あぁそうだったな。それで暇になったアンリが隠れんぼをしたいとか言い出して、仕方なく三人で隠れんぼをしたんだったな」
「三人って事はフレッドも一緒に?」
「お前、本当に何も覚えていないんだな。お前が俺と二人で遊んでも退屈だとか言いだして、無理やりバノフィーを誘ったんだろ」
「そしてアンリと僕が最初に隠れることになって、僕はすぐに見つかったけど、アンリはいつまで経っても見つからなかった」
「それで、どうなったの?」
「制限時間を設けて集合場所も決めていたのにお前は戻ってこねぇし、俺ら二人じゃ探せねぇから応接室で話し合いをしていた伯爵達に事情を話して使用人含めて全員で捜索した」
「うわぁ、すごい大変だったんだね」
「なんで他人行儀なんだよ。お前の事だろ」
「だって私…」

 小さい頃はこの世界で暮らしていなかったし、と話の流れのまま言いそうになって口を閉じる。フレッドの前でなら素直に答えれば良いが、アンリの事情を知らないクイニーの前でボロを出すわけにいかない。

「なんだよ?」
「いや、その話って小さい頃の話でしょう?だから忘れてたって言うか…。どこか他の人の話を聞いてる気分になっちゃって」
「呑気なやつだな」

 パッと思いついた言葉を伝えると、クイニーは疑わない。なにより幼い頃、彼らが接していたアンリと今のアンリが別人だなんて、誰だって想像もしないだろう。

 クイニーが通してくれたのは応接室の一室で、アンリとフレッドがソファーに並んで座ると、クイニーはローテーブルを挟んだ向かい側に腰掛ける。するとすぐにメイドがやって来て、紅茶とお茶菓子を置いてくれる。

「ありがとうございます」

 アンリとフレッドがメイドに向かってお礼を告げると、メイドは一瞬驚いたように目を見開いた後「いえいえ」と笑みを浮かべ応接室を出ていく。

「お前らって変わってるよな」
「どうして?」
「普通、使用人にありがとうなんて言わないだろ。しかも丁寧にありがとうございます、なんて」
「だって私達のためにお茶を淹れて持ってきてくれたんだし、お礼を言うのが礼儀じゃない?」
「アイツらは仕事としてやっているし、それで金をもらってる」
「仕事とかお金とか関係ないと思うけど」
「まぁ別に止めろとは言わねぇし、お前らの好きな様にすれば良いと思うけどな」

 クイニーは相変わらず身分の違いを重要視しているようだが、それでも前までと違い、アンリが身分を気にせずに労働者階級の人間と関わったり、彼らを友達だと公言しても大声で否定してくることは無くなった。

「それはそうと、なぜ僕達に早い時間に来るように言ったんですか?」
「別にお前ら二人だけをこの時間に呼んだわけじゃない。アイツらも呼んだんだが、まだ来ていないんだ」
「ミンスくんとザックくん?」
「あぁそうだ」
「でもどうして?」
「他の客が集まってから顔を合わせようとしても大変だろ。それにアンリには一つ、言っておかないといけない事があったんだ」
「私に?なに?」
「今日のファーストダンスは俺が踊る事になっているんだが、その相手をして欲しい」
「え、どうして私?」
「それは…」

 クイニーがモゴモゴと何かを言いかけると同時に応接室の扉が開き「来たよ〜」と大きな声が響く。おかげでクイニーが何を言ったのか、上手く聞き取れなかった。

 声の主はミンスで、扉の方を見ればミンスの背後にはザックと、ここまで二人を案内してきた使用人が静かに立っている。
 ミンスはアンリを見ると瞳を輝かせ、駆け寄ってくる。

「わぁ、アンリちゃん。とっても綺麗だね!」
「えぇ、よく似合っている」
「えへへ、ありがとう。メイドさん達が選んでくれたんだ」

 ミンスとザックも燕尾服を身に纏い、髪もセットしていて大人な装いだが、調子は普段と変わらない。

「アンリちゃん、今日は絶対に一人になっちゃダメだよ?」
「え?どうして?」
「アンリ様が一人で居たら、よくない子息達が集まって来るだろうな」
「お前も去年の舞踏会のような経験は懲り懲りだろ」
「あ、そっか」
「それに前の舞踏会の時のアンリちゃんもすっごく可愛かったけど、今日はあの時より大人っぽい雰囲気でしょう?だから余計に迂闊に一人になったら危ないよ」

 すっかり忘れていたが初めての舞踏会ではアンリがファーストダンスを終え、コンサバトリーで一人過ごしていると男爵家の子息達に声を掛けられ怖い思いをした。あの時はミンスやクイニー、ザックのおかげで大事になる前にどうにかなったが、フレッドは感情が高ぶった子息の一人に手を上げられ痛い思いをしていた。

 せっかくの舞踏会だ。今日は無事に終わりたいし、なによりみんなで楽しみたい。

 場所が変わったとしても、アンリ達は普段と変わらずに過ごしていた。ミンスが喋ったことにアンリやクイニーが反応し、ザックは冷静に答える。時々アンリから話を振ったり、クイニーやザックから話を振り、話題を広げる。

 彼らと一緒に過ごしていると時間はあっという間に過ぎていく。窓の外に見える風景がオレンジ色に染まってきた頃、外からは馬の駆ける音や馬車の車輪がタイルの上を走る音が聞こえ始める。

「そろそろ集まってきたみたいだな」
「あぁ、そうみたいだ」
「じゃあ僕達も行く?」
「あぁ、そうだな」

 応接室を揃って出ると長い廊下を歩き、大広間に向かう。
 オーリン家で舞踏会を開いた時は玄関を入ってすぐの吹き抜けになったホールが踊る場、コンサバトリーが軽食を食べたり、ゆっくり会話を楽しめるように開放され、舞踏会の会場としていた。オーリン家よりも敷地の広いソアラ家では大広間とテラスが解放されるらしい。

 大広間に入ると演奏家達もすでに準備を終え、テラス側のテーブルクロスの引かれた長テーブルの上には豪華な料理やスイーツが並ぶ。招待客も少しずつ集まってきているようだ。

 大広間の中でもクイニーのお父様であるソアラ伯爵のことは初対面のアンリでもすぐに見つけることが出来た。クイニーと同じ深紅色の髪や顔の作りがそっくりなのだ。ソアラ伯爵は客人と話しているようだが、怒っているのか雰囲気が硬い。
 周りにバレないように隣に立っていたフレッドの肩を叩くとこっそり耳打ちをする。

「あの人がクイニーのお父様だよね?」
「うん、そうだよ」
「何か怒ってるのかな」
「ううん、ソアラ伯爵はいつもあんな感じだよ。それに怒っているように見られやすいけど、実際は怒ってないし、話してみると結構優しいんだよ」

 丁度そんな話をしていると、客人と話を終えたソアラ伯爵がアンリ達の元へやって来る。

「やぁみんな、来てくれてありがとう。アンリちゃんは久しぶりだね。ずいぶんとお姉さんになったね」
「ソアラ伯爵、お久しぶりです」

 アンリが話を合わせ返事をすると、ソアラ伯爵はミンスとザックにも一言ずつ声を掛ける。その後、フレッドに視線を向けると、笑みを浮かべる。

「フレッドくんは伯爵位を継ぐことを決めたようだね」
「はい、急な事ですが」
「その報告を聞いたときは嬉しかったよ。私も密かに君には爵位を継いで欲しいと望んでいた人間の一人だったからね」
「そうなのですか?」
「これはオーリン伯爵ですら知らない事だが、私は君のご両親と親交があってね。君が赤ん坊だった頃はバノフィー伯爵夫妻に連れられて、君もよくここに来ていたんだよ」
「そうだったんですか」
「これから色々と大変だと思うが、同じ伯爵として何か困ったことがあれば、いつでもおいで」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ私はそろそろ行くよ。クイニー、後は任せたよ」
「あぁ」

 ソアラ伯爵は笑みを浮かべると別の客人の元へ赴く。どうやら客人全員に声を掛けて回り、相手に合わせた話を持ちかけているらしい。

 客人を見ると、両親世代の夫妻からまだ十歳にも満たない子どもまでが招待されている。確かフェマリー国の貴族階級の家で生まれた子息や令嬢は五歳程で社交界デビューするのが一般的だ。客人の中にはアンリ達と年齢の変わらないご令嬢も多く招待されているが、学園でクイニー達に強引に迫ってくる令嬢はどうやら招待されていないようだ。
 
 そんな客人の中に一人、見覚えのある姿がある。相手も丁度アンリの存在に気がついたのか、手を振りながら近づいてくる。そんな手を振り近づいてくる人参色の髪をした男に、面識のないフレッドやクイニー達は警戒し始める。

「アンリちゃんも招待されていたんだね」
「先輩こそ、ここで会うとは思いませんでした」
 
 警戒を他所にキューバと喋り出すアンリに、周囲は疑念を表情に浮かべながら会話に入ってくる。

「先輩って?」
「えっとね、演劇の授業を一緒に受けてるの」

 アンリがそう説明すると、キューバは一礼し、自己紹介する。

「初めまして、キューバ・オーガスと申します。君達はアンリちゃんのお友達かな」
「えぇ、そうですけど」

 そう答えたのはミンスだ。だが、いつものフワフワとした雰囲気や笑みは消え、冷たい口調で淡々と答える。誰に対しても愛嬌の良いミンスがそういった態度を取る姿を見るのは初めてで、アンリは心配になるが、そんな事を知りもしないキューバは気にする素振りを見せずに話を続ける。

「そっか、仲が良さそうで良いね。それにしてもアンリちゃん、今日のドレスにヘアセット、とても良く似合っているよ」
「ありがとうございます」
「じゃあアンリちゃん、私はそろそろ行くよ。機会があれば一緒に踊ろう」

 手を振りながら去って行くキューバの背中をミンスは睨むような視線で追いかける。クイニーやザック、フレッドでさえ、何事もなく済んだことに安堵した表情を浮かべているのに。

「僕、あの先輩あんまり好きじゃないかも」
「どうして?」

 男女問わず話し掛けられたら笑顔で答え、初対面の相手でもすぐに仲良くなってしまうミンスが特定の人の事を好きじゃないとハッキリと口にするのは初めてだ。

「うーん、なんでかって聞かれたら分からないけど、嫌な感じがしたの。ザックも感じなかった?」
「いや、私は特に感じなかった」
「にしてもミンスが誰かに対して苦手意識を持つなんて珍しいな」
「まぁミンスは昔から変なところで独占欲が強かったし、自分以外がアンリ様の事をアンリちゃんと呼んでいるのが気に入らなかったんじゃないのか?」
「んー、そうなのかなぁ…」

 ザックとクイニーは軽く笑い流すが、ミンスはピンときていないのか唸る。だがそんなミンスも、しばらくすると元通りの様子に戻る。

「アンリ、そろそろ時間だ。行くぞ」
「え?あ、うん」

 アンリはクイニーの半歩後ろを歩いて、すっかり人の多くなった大広間の正面に向かう。どんなに人が集まった空間でも、クイニーが背筋を伸ばし堂々と歩いて行けば、それまで談笑していた男女は自然と道を開ける。

 アンリとクイニーが定位置に立った事を目視で確認したソアラ伯爵は招待客に向かって形式的な挨拶を始める。

 そう言えばオーリン家で開かれた舞踏会の時もクイニーとファーストダンスを踊った。あの日は初めての社交界への出席という事もあり、アンリは緊張でガチガチになっていた。そして不安でいっぱいになっていたアンリに「堂々と踊れ。俺がアンリに合わせる」とクイニーが笑いかけてくれた。今思い返しても、あの言葉のおかげで緊張が和らぎ、無事に踊り終えることが出来た。

「なんか、懐かしいね」
「あぁ、そうだな」

 ソアラ伯爵の挨拶が終わると、アンリとクイニーは互いの片手を取り合い、もう片方の手を互いの腰に当てる。するとあの日と同じ音楽の演奏が始まりアンリ達も息を合わせ踊り始める。
 この曲は一番踊り慣れた曲という事もあり、大勢の客人に見られていても気にせずにアンリとクイニーは踊りながら会話をする。

「まさかこうして二度もクイニーと踊る事になるなんて、思わなかった」
「まぁアンリは滅多に社交界にも参加しないからな」
「でもどうしてソアラ伯爵はファーストダンスの相手として私を選んだんだろう」

 舞踏会のファーストダンスは女主人と招待客の中で一番位の高い男が踊るのが一般的と言われているが、実際は主催する家ごとに決められる。オーリン家でも、アンリの社交界デビューを兼ねた舞踏会ということで、お母様ではなくアンリが踊った。
 今回の舞踏会、アンリは伯爵家の令嬢だが、他にも伯爵家の令嬢は居るだろう。そして彼女達の方がアンリよりこういう場には慣れている。それなのにソアラ伯爵はなぜアンリを選んだのだろうか。

「それは俺が選んだからだ」

 疑問を投げかけたアンリの瞳を真っ直ぐに見つめると、クイニーは堂々と答える。

「今日俺と踊る相手を決めたのは父上じゃない。父上はアンリの他にもご令嬢の候補を挙げていたんだが、俺がアンリにしてくれと、無理やり頼み込んだ。アンリ以外が相手ならファーストダンスはパスすると断言してまで」
「どうして?他のご令嬢が苦手だから?」

 クイニーは学園で女学生に迫られることが多く、彼女達を忌み嫌っているのはアンリもよく知っているが、周囲を見渡しても普段クイニーに声を掛けてくるような令嬢達はやはり見当たらない。

「まぁそれも少なからずある」
 
 クイニーは繋いでいたアンリの右手を強く握りしめ深く息を吸うと、改めてアンリのブルーの瞳を真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと口を開く。

「俺がアンリ以外と踊りたくないのは…、俺がお前、アンリの事が好きだからだ」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。だが揺らぐことのない瞳に見つめられていると、大広間に響く演奏も周囲の話し声すらもアンリの耳には聞こえなくなる。そしてクイニーに告げられた言葉が脳内で繰り返される。

 それまで堂々と踊れていたというのに、不思議と足がプルプルと震えだし、頭も真っ白になって体が動かなくなりそうだ。だがそれはこの空間、そして共に踊っているクイニーが許さない。アンリは次の動きも分からないまま、ひたすら足を動かし続ける。

 クイニーが私を好き?学園で共に時間を過ごしていても、そんな気配を感じたことはない。それにアンリとクイニーは少し前まで言い合いばかりしていた。

「本当に…?」
「嘘ついてどうするんだよ」
「まぁ確かに…。でもどうして?」
「どうしてって言われると、分かんねぇ」
「分からないの?じゃあ別に…」

 恋愛モノの小説や漫画を読んだり、そういった物語の中に推しを見つける事があっても、現実世界で好きな人が出来たことのないアンリには特定の異性を好きになるという感情がよく分からない。だが、人を好きになった理由を聞かれれば普通、答えられるモノじゃないのだろうか。

「アンリには良い所がたくさんある。だからどうしてって聞かれても一つに絞ることは出来ねぇ」

 そこまで堂々と言われてしまうとアンリは何も答えられないまま黙り込んでしまう。そしてその会話を最後にダンスも演奏の終了と共に終わりを迎えた。

 周囲からは拍手が送られるが、アンリはぎこちない笑みを返すことしか出来ない。ソアラ伯爵がダンスを終えたアンリとクイニーの元に笑みを浮かべてやって来ると感想と礼を告げられるが、それすらほとんど脳内に入ってきていない。

 次第に拍手が止むと、これからは誰でも自由に踊れる時間となる。アンリとクイニーは離れた位置でアンリ達を見守っていたフレッド達の場所に戻ろうと人並みを避けて歩くが、クイニーは踊り終えてからずっとアンリの手を握ったままだ。クイニーはいつもと変わらない様子だが、一体今どんな事を考えているのだろうか。
 そしてクイニーはポツリとアンリの名を呼ぶ。

「アンリ、俺がさっき言ったことは忘れてくれ」
「え?どうして?」
「俺は五人で過ごすあの時間が大切なんだ。それにアイツらにとっても五人で過ごす日々は他には変えられない大切な時間だろう。だから俺の告白のせいで、その空間を壊すような事はしたくない」

 そう告げるクイニーはいつもと変わらない表情で、何を考えその言葉を口にしたのか思考は読めない。でもだからといって、もし今すぐにでも告白の返事を求められていたら…。

 もちろんクイニーの事は好きだ。クイニーだけで無く、フレッドやミンス、ザックのことも好きだ。だがアンリが好きだと思っている気持ちがクイニーの言う好きと同じモノなのかと聞かれると、今まで考えたこともないし、いまいち分からない。
 だからこそクイニーに忘れてくれと言われ、安堵してしまったのも事実だ。

 その後、クイニーは踊る男女を避け、壁側に移動していたフレッド達の元へ着く前にアンリの手を静かに離した。

 アンリとクイニーが戻ると三人はそれぞれダンスの感想を言ってくれる。おそらく頭が真っ白になってもなんとか踊っていたんだろうが、残念ながらアンリには途中から踊っていた感覚がないため、笑顔でありがとうと答えるしか出来ない。
 そしてアンリの隣に立つクイニーは、まるで何事もなかったかのように、いつもと変わらない声で答える。