伯爵令嬢になった世界では大切な人に囲まれ毎日が輝く2

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 ザックに付いてきて欲しいと言われ、どこに行くのかも分からないまま上階へと上がる。

 まさかザックに想いを寄せられていたなんて思わなかったし、告白されるなんて想像もしていなかった。だがザックはアンリが戸惑っている間に「悪い、アンリ様。いくら友人とはいえ、分を弁えない事を言ってしまった。今のは私の気の緩みだと思って、忘れて欲しい」と言って一方的に話を終わりにした。

 最近はすっかり忘れていたが、クイニーからの告白の返事も未だにしていない。それどころか、ザックやクイニーはアンリからの返答が欲しいと望んでいない。
 クイニーの時はひとまず様子を見る事にしたが、本当に無かった事にして良いのだろうか。だからといって、ザックやクイニーがアンリに向ける好意と、アンリが彼らに向ける好意が同じ種類のモノなのかと言われると、何も言えない。

 どこに行くのかも分からないまま、到着したのは本館最上階のラウンジだった。しかもラウンジにはフレッドやクイニー、ミンスだけで無く、カリマーやフルールを初めとした生徒会メンバー、そしてお母様やお父様まで揃っている。

「え?なんでみんな揃っているの?」

 理解が追いつかず間抜けに口を開くアンリにミンスとフレッドは微笑む。

「えへへ、アンリちゃん驚いてる。サプライズ大成功だね」
「実は副会長さんに親しい人を呼んでお疲れ様会をやるから、アンリや僕達を招待したいって伝言を預かったんだ」
「そう、それでせっかくならアンリちゃんには内緒にしてサプライズにしようって僕が言ったんだ~」

 離れた席でカリマーと笑い合っているフルールに視線を送ると遅れて気が付いたフルールは席を立つと、カリマーを置いてアンリの元まで走って来る。勢いのままフルールはアンリを抱きしめると上目遣いでアンリの瞳を見つめる。

「アンリちゃん、来てくれたんですね!舞台、とっても感動しました!」
「フルール先輩!ありがとうございます」
「えへへ、やっぱりアンリちゃんに抱きつくと癒やされますぅ」

 カリマーは相変わらずのフルールに呆れながらも遅れてやって来ると頭を下げる。

「アンリさん、舞台に続き、見回りもお疲れ様です。レジスさんもご協力、ありがとうございました」
「カリマー先輩!お疲れ様です。でも先輩、私達がここに招待して貰って本当に良かったんですか?」
「えぇ、もちろん。それにこれはアンリさんの初舞台に対してのお疲れ様会でもあるんですよ」
「私の?」
「今朝、フルールが提案してきたんです」

 視線をフルールに向けるとスリスリと頬ずりしていたフルールはアンリの方を再び見て笑う。

「えへへ、だってアンリちゃんは私に初めて出来た女の子のお友達ですから。そんなお友達の初舞台、しかも主演を演じきったアンリちゃんの為に私も何かしてあげたかったんです」
「そう言う意味も込めて、勝手ながらアンリさんのご両親にも声を掛けさせて貰いました」

 カリマー曰く、舞台が終わり楽屋に戻った後、一度席を外したカリマーはキューバの絡みから逃げたのだと思っていたが、あのタイミングでアンリの両親の座るボックス席まで走り、ラウンジでお疲れ様会をやるからと招待していたらしい。

「カリマー先輩、フルール先輩、本当にありがとうございます!」
「いえいえ、今日は軽食も用意して貰っていますから、みなさんでごゆっくりしていって下さい」
「アンリちゃん、今日はまだまだ楽しみましょうね」

 フルールはカリマーに引き離される形で惜しみながらもアンリから離れると、席へ戻っていった。そして入れ替わるように今までアンリ達に温かい微笑みを向けていたお母様とお父様がやって来る。フレッドやクイニー、ミンスやザックは空気を読み、一度離れていく。

「アンリ、舞台とても良かったよ。よく頑張ったね」
「私も感動して涙が止まらなかったわ」
「ありがとう、お父様、お母様」
「それにアンリにはたくさんの素敵なお友達が出来たみたいね」
「うん!みんな優しくて私と仲良くしてくれるの」
「貴方が幸せなら私も嬉しいわ」
「それにフレッドもずいぶんと馴染んだようだね。アンリ、ありがとう」
「ほらアンリ、みんなが貴方を待っているわ。行ってらっしゃい」

 お母様達に見送られながらフレッド達の元へ戻ると、彼らはアンリを笑顔で迎え入れると、揃って舞台を絶賛してくれる。

「アンリ、色々な人から既に言われたと思うけど舞台、とっても面白かったよ」
「お前、本当に今回が初舞台なんだよな。あれだけの人の前で堂々と居られるんだから、さすがとしか言えねぇよ」
「それにそれに、ピンク色のドレスもすっごく似合ってて可愛かったよ!」
「ありがとう、みんな」

 満面の笑みで礼を告げると彼らは口々に褒め続ける。すると話を聞いていたフルールがカリマーを連れてやって来ると、アンリの隣に腰掛ける。

「アンリちゃんの天真爛漫なお姫さまもとても可愛らしくて、お姫さまの為に奮闘するカリマーも格好良かったのです」

 フルールの言葉に共感するように、フレッドやクイニー、ミンスやザックはカリマーの事も絶賛し出す。
 アンリやカリマーは初めはお礼を言っていたものの、あまり褒められ慣れていない為、次第に恥ずかしくなって来る。

「会長、そろそろ時間ですよ」

 助け船を出す様に声を掛けてきたのは生徒会のメンバーの一人だ。カリマーはホッと息を吐くと立ち上がる。

「みなさん、そろそろ花火が上がる時間ですよ。バルコニーの方に出ましょう」

 揃ってバルコニーへ出ると校庭ではキャンプファイヤーが出来ていて、周辺には学生達が集まり語り合ったりしているが、雰囲気が良いからか、カップルの姿が目立つ。

 学生達のカウントダウンに合わせヒューと笛を鳴らすような音と共に光の球が打ち上がると、大きな破裂音と共に大輪の花が夜空に咲く。色とりどりの花火はアンリ達の視線を集めるには十分だ。

 まさか私の人生、こんな風に大切な人達と一緒に花火を見られる日が来るなんて思ってもいなかった。
 最後に思い出す花火の記憶と言えば、五畳ほどの部屋の小さな窓から遠くの夜空に見える小さな花火だ。

 アンリが沢木暗璃として過ごしていた頃、近所ではそれなりに有名な花火大会が行なわれていた。だが残念な事に沢木暗璃には友人と呼べる人もおらず、そういったイベントとは無縁だった。そして花火が上がっているからといって、特に特別味を感じる訳でもなく、ただただぼんやりと見える花火を横目に見ていた。

 そんな暗璃が今では友人や両親と共に目の前で咲く美しい花火を見ている。花火は次々に上がるが、一つの花火が綺麗に咲いていられる時間はほんの一瞬だ。そんな儚さが余計に綺麗で、この時間を愛おしく思わせる。

「アンリ…?」

 この場に似合わず怪訝そうに名を呼ぶフレッドに目線を向けると、アンリを見る瞳が揺らいでいる。遅れてアンリとフレッドに視線を向けたみんなもハッとして目を見張る。

「フレッド?どうしたの?」
「なんで泣いてるの…?」
「え?」

 伺うように遠慮がちに声を出すフレッドに言われ、手を目元へ持って行くと、確かに目元は濡れていた。
 でもこの涙は悲しさや苦しさ、恐怖から流れるモノじゃないとハッキリと分かる。

「私、今とっても幸せだなって思ったの」
 
 花火の光が反射するキラキラとした涙を流しながらアンリが笑ってみせると、心配の顔を見せていた彼らは揃って頬を綻ばせる。

「ほんと、紛らわしい奴だな」
「でもそういう素直なところも、アンリ様の良い所だ」

 アンリ達はフィナーレの花火が上がり、ラウンジに戻った後も軽食を取りながら時間が許すまで語り、笑い合うのだった。