実行委員会へ出席した次の日も演劇の授業が入っていた。制服から動きやすい服装に着替え集会室に向かう。一度深呼吸して集会室に足を踏み入れると、人参色の髪がすぐに目に入る。そしてキューバもアンリの顔を見つけるとすぐに接近してくる。
アンリの事を良く思っていない女学生達は、どうやらキューバや生徒会長であるカリマーの前ではいい顔をしていたいようで、彼らが集会室に居る時はアンリを睨みながら小声でコソコソと喋る事があっても、アンリのことを大声で罵倒したり悪口を言ってくることは無い。
「アンリちゃん、お疲れ様」
「お疲れ様です」
アンリとキューバが挨拶を交わしていると、カリマーも集会室に顔を出す。カリマーは大抵、先生がやって来るまで一人で台本を読んでいる事が多いが、今日はアンリとキューバの元へ真っ直ぐにやって来る。
「あ、先輩!どうしたんです?」
カリマーが近づいてくるとキューバは尻尾を振るようにカリマーに向かって声を掛ける。カリマーはそんなキューバに対して心を乱すこと無く冷静に対応する。
「君に用事は無いよ。アンリさん、この授業が終わった後、少しだけお時間を貰っても良いですか?渡したいモノがあるんです」
「はい、大丈夫ですよ」
一度、冷たくされても懲りないキューバはカリマーに再び茶々を入れる。
「え、先輩なんですか?ラブレターですか?」
「馬鹿なのか、君は…」
「そんな真顔で言わないで下さいよ。ジョークです、ジョーク」
「はぁもういい、僕は向こうに戻るから」
溜息を零すとカリマーはいつもの定位置に戻っていく。
キューバは時々、カリマーの事を揶揄うが大抵は不発に終わる。それでもいつまで経っても諦めることを知らないらしい。
「今回もダメかぁ」
「よく諦めないですね」
「だってあの先輩が舞台に立つ以外で感情を爆発させてる所って見たこと無いし、どうしても見てみたいんだよね」
「感情を爆発…」
「そ、例えば大声出して笑ったり、怒ってみたり、大泣きするとかさ」
キューバは例をいくつか出していくが、昨日会長室でカリマーは声を上げて笑っていた。それこそ、涙が浮かぶ程。
それなのにアンリよりも一年長く共に授業を受けているはずのキューバがカリマーのそんな一面を見たことが無いと言うのは驚きだ。
でもアンリに対しても、カリマーは授業で何度か話すうちに今の様に会話してくれる様になったが、普段は必要以上に物事を言わないし、どこかルエに似ている部分がある。
ルエも初めはほとんど自ら話す事は無かったし、アンリから話し掛けてもいつも怯えて俯いていた。だが、徐々に心を開いてくれたルエは最近では自らよく話し掛けてくれるようになったし、笑顔を見せてくれるようになった。そんなルエもやはり慣れていない人の前では無口に戻る。
カリマーもそんなルエと似たり寄ったりなのかもしれない。
「はい、始めますよ」
いつの間にかやって来ていた先生が声を掛けると、散らばっていた学生達が駆け足で集まる。
「では今日は基礎練をしたら完成した大道具を入れて練習していきます。ですから基礎練が終わり次第、大道具担当はすぐに準備に移りなさい」
「「はい」」
アンリはキューバ、カリマーと共に空いているスペースに移動すると、発声練習、そしてプランクや腹筋といった筋トレなどの基礎練を進める。
少し前まで基礎練はキューバと二人で行なっていたが、最近はカリマーを加えた三人で行なうようになっていた。と言うのもカリマーがペアを組んでいた四年生の男子学生が最近、病に伏せたらしく、しばらくは学園を休むことになったらしい。そのためペアの居なくなったカリマーは一人で基礎練をこなそうとしていた。そんなカリマーに気がついたアンリが声を掛け、それ以降基礎練は三人で行なうようになったのだ。
カリマーは発声練習となると透き通るような声を出すため、聞いていて心地が良い。それでも意外だったのは、カリマーは筋トレ全般が苦手だということ。腹筋は二回もやれば音を上げている。
弱々しい見た目に反して実は運動も出来てしまうのでは、と思っていたアンリは逆の意味で驚いたが、全てが完璧にこなせるわけじゃ無いのだと知ると、なんだか嬉しく思ったのも事実だ。
演劇部で活動していた頃、演劇部は文化部ということもあり緩いと思われがちだった。だが実際は体幹作りとして筋トレをするし、中学の頃は朝練で中庭を走ったりもしていて、部員の中には演劇部は体育会系文化部だと言っている人もいた。
今、部活ではなく授業として演劇に関わる様になったが、実際に舞台に関わっていると楽な事ばかりでは無いし、関係者にしか分からない苦労や日々の積み重ねの連続なんだと改めて再認識した。
基礎練を終えて大道具や小道具のセットが終わるまでの間、アンリ達は台詞の確認をする。
今回の舞台はアンリ演じる姫が城に出入りするカリマー演じる平民と親しくなり、頻繁に隠れて会うようになる。二人は互いに惹かれ合っていくが、姫はキューバ演じる王子との婚約が強引に決まってしまう。それでも姫と平民は変わらず同じ時を過ごすが、そんな場面を目撃した王子はまるで人が変わった様に豹変し姫を城の外れにある塔に幽閉してしまう。そしていくら待っても現れない姫を心配し、不審に思った平民が姫を探し出し、救うと言うのが大まかなあらすじだ。
貴族階級の子息や令嬢が学生の大半を占める学園、おまけにこの世界は階級制度が絶対の世界だ。そんな中で王子を悪役、平民をヒーローとした台本が題材となった事には正直驚きを隠せなかったが、アンリはそれと同時に嬉しさを感じたのも事実だ。
身分なんて関係なく誰にだってどんな事も出来る、身分が必ずしも正しい訳じゃないとこの台本は訴えているようで、少しでもそんなメッセージが届けば良いなと思うし、精一杯演技したい。
「カリマー先輩、ここってどんな風に演技すれば良いと思いますか?」
「それなら、前回のイメージのままで良いと思いますよ。姫は探究心が強い様ですし、明るいイメージがピッタリかと」
「分かりました、ありがとうございます」
今まで床にカラフルなテープしか貼られていなかった集会室は、いつの間にか雰囲気ががらりと変わっていた。姫と平民が城の花壇で隠れて会う場面をイメージして作られたセットは本格的で、今は造花だが本番には学園で育てている本物の花で花壇を作るらしい。
「では今日は姫と平民が初めて出会うシーンから始めます。オーリンとウッド、それから城の衛兵役を担当している人はそれぞれ位置につきなさい」
「「はい!」」
「いつも言っていますが、見ている側も休憩ではありません。何か気になることがあれば、その都度言いなさい」
「「はい」」
カリマーは花壇の前でしゃがみ込み、アンリは舞台袖のテープの元に立つ。このシーンはカリマー演じる平民が綺麗な花々に目を奪われていると、偶然通り掛かった姫と出会うシーンだ。
「よーい、アクション!」
舞台監督の手拍子に合わせてアンリは袖から出て、花壇の前を通り掛かる。そして見かけない青年を見つけ、不思議そうに首を傾げながら声を掛ける。
「貴方、何をしているの?」
すると青年は驚いたように飛び上がり、姫を見ると頭を下げる。
「申し訳ありません。つい、ここに咲いている花が綺麗だったので」
「花?」
「はい、他では見ない品種のようですね」
愛おしそうに花を見つめる青年と対照的に、姫は花に向けて冷たい視線を向ける。
「私はここに咲いている花、嫌いよ」
「どうしてですか?」
「だってこの城の花壇に咲く花はどれも各地から取り寄せた華やかなモノばかりなんだもの。私はその場の環境に合わせて育つ、小さなお花が好きよ」
「小さいお花?」
「えぇ、だってこの花壇は庭師が毎朝手を加えて立派に育てているけど、彼らは自らの力で頑張って生きようとしている。素敵だと思わない?」
「それなら僕の家の庭には、そういった花がたくさん咲いていますよ」
「本当?」
「よろしければ今度、お持ちしましょうか」
「えぇ!見てみたい!私はお城から出る事を父上に許して貰えないから、この城に咲く花以外は見る事が出来ないと思っていたわ」
「では次にお城に入る許可が出たら、必ずお持ちします」
「そんな許可を待たずとも、私が許可証を書くわ。そうすれば貴方もいつでもここに来ることが出来るでしょう?」
「僕なんかに、良いのですか?」
「貴方もお花が好きなのでしょう?お花が好きな人に悪い人は居ないわ。それに私もお話し相手が欲しかったの」
「そういう事なら明日、またここに来ます」
「えぇ、約束よ!」
本番の舞台ではここで一度、舞台は暗転する。
集会室の練習では暗転終了までの時間を先生がカウントする。その間にアンリは花壇の中に隠してあったカゴを手に持ち、立ち位置を調整する。
「…2、1」
「ちゃんと来てくれたのね」
「お約束していましたから」
「それで、例のモノは持ってきてくれた?」
「はい、ここにあります」
青年は濡れた布で丁寧に茎の部分を巻いている花を姫に見せる。今回の舞台では客席にも見えるよう、この花は小道具担当が作ってくれた水色の造花だ。
「これは、キュウリグサ…かしら」
「はい、そうです。もしかして目にした事がありましたか?」
「いいえ、実際に目にしたのは初めてよ。本物はこんなにも小さく、可愛らしいのね!」
青年から花を受け取った姫は愛おしそうに花を見つめた後、満面の笑みを青年に向ける。
「ありがとう、素敵なお花を見せてくれて。貴方、これから時間はあるの?」
「はい、今日は仕事はお休みですから」
「そう、それなら一緒にピクニックしましょう。実はこっそり敷物と、クッキーを持ってきたのよ」
「いいんですか?」
「えぇもちろん!貴方さえ良ければ、私のお友達になって欲しいわ」
姫は青年の手を引き木陰に移動すると持っていたカゴから敷物を取り出し、腰掛ける。青年も遠慮がちに腰掛けると姫に向かって声を出す。
「僕のような平民が姫とここに居て大丈夫なんでしょうか」
「本来なら許されないかもしれないけど、ここには誰も来ないわ。それに見回りの兵士も、まさか木陰に私が隠れているなんて思わないでしょうし」
「なんか、そう言われると余計に不安です」
「たまにはスリルも味わわないと。それに、もしもの時は私が貴方を守るわ」
アンリの事を良く思っていない女学生達は、どうやらキューバや生徒会長であるカリマーの前ではいい顔をしていたいようで、彼らが集会室に居る時はアンリを睨みながら小声でコソコソと喋る事があっても、アンリのことを大声で罵倒したり悪口を言ってくることは無い。
「アンリちゃん、お疲れ様」
「お疲れ様です」
アンリとキューバが挨拶を交わしていると、カリマーも集会室に顔を出す。カリマーは大抵、先生がやって来るまで一人で台本を読んでいる事が多いが、今日はアンリとキューバの元へ真っ直ぐにやって来る。
「あ、先輩!どうしたんです?」
カリマーが近づいてくるとキューバは尻尾を振るようにカリマーに向かって声を掛ける。カリマーはそんなキューバに対して心を乱すこと無く冷静に対応する。
「君に用事は無いよ。アンリさん、この授業が終わった後、少しだけお時間を貰っても良いですか?渡したいモノがあるんです」
「はい、大丈夫ですよ」
一度、冷たくされても懲りないキューバはカリマーに再び茶々を入れる。
「え、先輩なんですか?ラブレターですか?」
「馬鹿なのか、君は…」
「そんな真顔で言わないで下さいよ。ジョークです、ジョーク」
「はぁもういい、僕は向こうに戻るから」
溜息を零すとカリマーはいつもの定位置に戻っていく。
キューバは時々、カリマーの事を揶揄うが大抵は不発に終わる。それでもいつまで経っても諦めることを知らないらしい。
「今回もダメかぁ」
「よく諦めないですね」
「だってあの先輩が舞台に立つ以外で感情を爆発させてる所って見たこと無いし、どうしても見てみたいんだよね」
「感情を爆発…」
「そ、例えば大声出して笑ったり、怒ってみたり、大泣きするとかさ」
キューバは例をいくつか出していくが、昨日会長室でカリマーは声を上げて笑っていた。それこそ、涙が浮かぶ程。
それなのにアンリよりも一年長く共に授業を受けているはずのキューバがカリマーのそんな一面を見たことが無いと言うのは驚きだ。
でもアンリに対しても、カリマーは授業で何度か話すうちに今の様に会話してくれる様になったが、普段は必要以上に物事を言わないし、どこかルエに似ている部分がある。
ルエも初めはほとんど自ら話す事は無かったし、アンリから話し掛けてもいつも怯えて俯いていた。だが、徐々に心を開いてくれたルエは最近では自らよく話し掛けてくれるようになったし、笑顔を見せてくれるようになった。そんなルエもやはり慣れていない人の前では無口に戻る。
カリマーもそんなルエと似たり寄ったりなのかもしれない。
「はい、始めますよ」
いつの間にかやって来ていた先生が声を掛けると、散らばっていた学生達が駆け足で集まる。
「では今日は基礎練をしたら完成した大道具を入れて練習していきます。ですから基礎練が終わり次第、大道具担当はすぐに準備に移りなさい」
「「はい」」
アンリはキューバ、カリマーと共に空いているスペースに移動すると、発声練習、そしてプランクや腹筋といった筋トレなどの基礎練を進める。
少し前まで基礎練はキューバと二人で行なっていたが、最近はカリマーを加えた三人で行なうようになっていた。と言うのもカリマーがペアを組んでいた四年生の男子学生が最近、病に伏せたらしく、しばらくは学園を休むことになったらしい。そのためペアの居なくなったカリマーは一人で基礎練をこなそうとしていた。そんなカリマーに気がついたアンリが声を掛け、それ以降基礎練は三人で行なうようになったのだ。
カリマーは発声練習となると透き通るような声を出すため、聞いていて心地が良い。それでも意外だったのは、カリマーは筋トレ全般が苦手だということ。腹筋は二回もやれば音を上げている。
弱々しい見た目に反して実は運動も出来てしまうのでは、と思っていたアンリは逆の意味で驚いたが、全てが完璧にこなせるわけじゃ無いのだと知ると、なんだか嬉しく思ったのも事実だ。
演劇部で活動していた頃、演劇部は文化部ということもあり緩いと思われがちだった。だが実際は体幹作りとして筋トレをするし、中学の頃は朝練で中庭を走ったりもしていて、部員の中には演劇部は体育会系文化部だと言っている人もいた。
今、部活ではなく授業として演劇に関わる様になったが、実際に舞台に関わっていると楽な事ばかりでは無いし、関係者にしか分からない苦労や日々の積み重ねの連続なんだと改めて再認識した。
基礎練を終えて大道具や小道具のセットが終わるまでの間、アンリ達は台詞の確認をする。
今回の舞台はアンリ演じる姫が城に出入りするカリマー演じる平民と親しくなり、頻繁に隠れて会うようになる。二人は互いに惹かれ合っていくが、姫はキューバ演じる王子との婚約が強引に決まってしまう。それでも姫と平民は変わらず同じ時を過ごすが、そんな場面を目撃した王子はまるで人が変わった様に豹変し姫を城の外れにある塔に幽閉してしまう。そしていくら待っても現れない姫を心配し、不審に思った平民が姫を探し出し、救うと言うのが大まかなあらすじだ。
貴族階級の子息や令嬢が学生の大半を占める学園、おまけにこの世界は階級制度が絶対の世界だ。そんな中で王子を悪役、平民をヒーローとした台本が題材となった事には正直驚きを隠せなかったが、アンリはそれと同時に嬉しさを感じたのも事実だ。
身分なんて関係なく誰にだってどんな事も出来る、身分が必ずしも正しい訳じゃないとこの台本は訴えているようで、少しでもそんなメッセージが届けば良いなと思うし、精一杯演技したい。
「カリマー先輩、ここってどんな風に演技すれば良いと思いますか?」
「それなら、前回のイメージのままで良いと思いますよ。姫は探究心が強い様ですし、明るいイメージがピッタリかと」
「分かりました、ありがとうございます」
今まで床にカラフルなテープしか貼られていなかった集会室は、いつの間にか雰囲気ががらりと変わっていた。姫と平民が城の花壇で隠れて会う場面をイメージして作られたセットは本格的で、今は造花だが本番には学園で育てている本物の花で花壇を作るらしい。
「では今日は姫と平民が初めて出会うシーンから始めます。オーリンとウッド、それから城の衛兵役を担当している人はそれぞれ位置につきなさい」
「「はい!」」
「いつも言っていますが、見ている側も休憩ではありません。何か気になることがあれば、その都度言いなさい」
「「はい」」
カリマーは花壇の前でしゃがみ込み、アンリは舞台袖のテープの元に立つ。このシーンはカリマー演じる平民が綺麗な花々に目を奪われていると、偶然通り掛かった姫と出会うシーンだ。
「よーい、アクション!」
舞台監督の手拍子に合わせてアンリは袖から出て、花壇の前を通り掛かる。そして見かけない青年を見つけ、不思議そうに首を傾げながら声を掛ける。
「貴方、何をしているの?」
すると青年は驚いたように飛び上がり、姫を見ると頭を下げる。
「申し訳ありません。つい、ここに咲いている花が綺麗だったので」
「花?」
「はい、他では見ない品種のようですね」
愛おしそうに花を見つめる青年と対照的に、姫は花に向けて冷たい視線を向ける。
「私はここに咲いている花、嫌いよ」
「どうしてですか?」
「だってこの城の花壇に咲く花はどれも各地から取り寄せた華やかなモノばかりなんだもの。私はその場の環境に合わせて育つ、小さなお花が好きよ」
「小さいお花?」
「えぇ、だってこの花壇は庭師が毎朝手を加えて立派に育てているけど、彼らは自らの力で頑張って生きようとしている。素敵だと思わない?」
「それなら僕の家の庭には、そういった花がたくさん咲いていますよ」
「本当?」
「よろしければ今度、お持ちしましょうか」
「えぇ!見てみたい!私はお城から出る事を父上に許して貰えないから、この城に咲く花以外は見る事が出来ないと思っていたわ」
「では次にお城に入る許可が出たら、必ずお持ちします」
「そんな許可を待たずとも、私が許可証を書くわ。そうすれば貴方もいつでもここに来ることが出来るでしょう?」
「僕なんかに、良いのですか?」
「貴方もお花が好きなのでしょう?お花が好きな人に悪い人は居ないわ。それに私もお話し相手が欲しかったの」
「そういう事なら明日、またここに来ます」
「えぇ、約束よ!」
本番の舞台ではここで一度、舞台は暗転する。
集会室の練習では暗転終了までの時間を先生がカウントする。その間にアンリは花壇の中に隠してあったカゴを手に持ち、立ち位置を調整する。
「…2、1」
「ちゃんと来てくれたのね」
「お約束していましたから」
「それで、例のモノは持ってきてくれた?」
「はい、ここにあります」
青年は濡れた布で丁寧に茎の部分を巻いている花を姫に見せる。今回の舞台では客席にも見えるよう、この花は小道具担当が作ってくれた水色の造花だ。
「これは、キュウリグサ…かしら」
「はい、そうです。もしかして目にした事がありましたか?」
「いいえ、実際に目にしたのは初めてよ。本物はこんなにも小さく、可愛らしいのね!」
青年から花を受け取った姫は愛おしそうに花を見つめた後、満面の笑みを青年に向ける。
「ありがとう、素敵なお花を見せてくれて。貴方、これから時間はあるの?」
「はい、今日は仕事はお休みですから」
「そう、それなら一緒にピクニックしましょう。実はこっそり敷物と、クッキーを持ってきたのよ」
「いいんですか?」
「えぇもちろん!貴方さえ良ければ、私のお友達になって欲しいわ」
姫は青年の手を引き木陰に移動すると持っていたカゴから敷物を取り出し、腰掛ける。青年も遠慮がちに腰掛けると姫に向かって声を出す。
「僕のような平民が姫とここに居て大丈夫なんでしょうか」
「本来なら許されないかもしれないけど、ここには誰も来ないわ。それに見回りの兵士も、まさか木陰に私が隠れているなんて思わないでしょうし」
「なんか、そう言われると余計に不安です」
「たまにはスリルも味わわないと。それに、もしもの時は私が貴方を守るわ」

